入学
翌朝、普段よりも早く目を覚ます。
……というより起こされた。
「お兄ちゃんー、おきてー、今日から学校だよー」
その声の後、妹のあやかが体の上に降ってきた。毎日こんな起こされ方をするので、朝は妹が悪魔に見えてしまう。
「お兄ちゃんは起きてる、起きてるから……」
妹のダイブによりだいぶ目が覚めたが、まだまだ眠気を引きずっている。
「早く布団から出る!」
そんなことはつゆ知らず、あやかに布団を引っ張られ、奪われてしまった。だから仕方がなく朝食を食べるためダイニングへと向かうことにした。
ダイニングテーブルには母の作ったハムとレタスのサンドイッチとコーヒー牛乳が二つずつ並んでいた。
父は商社で働いており海外へ単身赴任中で、母は近くのカフェで勤めており、開店準備のためいつも目が覚めた頃には出勤して家にはいない。そのため、あやかと二人で朝食をとるのがモーニングルーティンとなっている。
「お兄ちゃんの高校ってどこだっけ?」
あやかは口のサンドイッチを飲み込みながら聞いてくる。
「川越だよ。というか前に通う学校見に行きたいって言って一緒に行っただろ」
「そうだっけ~、忘れちゃった♪」
あざとい笑顔である。小学生ながらよい素質があるなとわが妹ながら感心してしまう。だが、今はそれ以上の関心事がある。
結局、昨日のことは一体何だったのであろう。今としては悪い夢であったのではないかとすら思う。とりあえずそんなことを考えてもしょうがないと考え、学校へ向かう支度をすることにした。
「この通りも変わったなー」
最近になって整備された駅前通り。桜がきれいに咲いている。とはいえまだ満開とは言えず、七分咲きといったところであろうか。久しぶりに通る道は、自分の知らなかった景色を見せてくれるので面白い。花粉が無ければ。
長い駅前通りを抜けると、そこそこ立派な駅舎が出迎えてくれる。そこから電車で15分ほど揺られると高校の最寄り駅に到着する。この駅はJR線との乗換駅であるとともに、昔ながらの建物群が魅力的な観光地の玄関としても機能している。そのため、平日でもそこそこ混雑している。
その人ごみの中をかき分けて改札を出ると後ろから肩を叩かれる。叩き方だけで相手のテンションが高いことが分かるほどの勢いだった。
「よう!何そんな暗い顔してるんだ!もしかして入学式に緊張してるんか~?」
話しかけてきたのは、腐れ縁の白河翔太だ。小学校6年間同じクラスの仲良しであったが、卒業とともに転校。中学校は別々でもう会うことはないと思っていたが、入試の時に偶然にも再会したのだ。
駅を出るとともに一緒に学校へと向かう。
「そんなんじゃない。ちょっと考え事」
「彼女できるかどうかなんて分かりきったことだろ」
「だから違…」
「あ~分かる分かる隠したくなる気持ち。思春期ってやつですな」
こんな感じでいつも会話が嚙み合わない。だが根はいいということは確かであるし、いざとなったら友達のために動ける奴でもある。
「じゃあいったい何考えてたんだよ。」
先の会話と同じようなテンションで質問してくる。
「…前に塾の春期講習に行くって話してたじゃん?」
「あ~駅前の?」
「そうそう」
「そこで、未来から来たっていう奴にあった」
「それは面白いな、そいつはネコ型ロボットか冷徹な殺人マシンのどちらかだろ?」
「そうだとよかったんだがな。しかし、もう少しギャグ線高めないとイタい奴にみられるぞ」
翔太は冗談交じりに諭してくる。当然の反応だ。僕だってそんなことをいきなり告げられたら精神科やメンタルクリニックへ行くことをオススメする。分かっていたがそれぐらい突拍子もないことを言っているのだと思う。
こんな感じで話していると学校がもう目の前に見えて来ていた。僕たちみたいな制服の丈が長く、まだ新しく色落ちのしていない通学鞄を持つ新入生が校門前でいくつかのグループを作り雑談をしているようだ。恐らく、出身中学が同じ同士で集まっているのだろう。
それを横目に二人で体育館へと向かう。
校門の対角線上の位置にある体育館は、通っていた中学校の一・五倍はあるだろう大きさだ。そして壁の周囲は、紅白の幕がずらっと一周するように下がっている。中には優に五百は超えるであろうパイプ椅子が並んでいる。
体育館の入り口で先生から誰がどこのクラス所属なのかを示す書類を受け取り、自分のクラスの席へと向かう。僕は三組だった。
「さすがにクラスは別々か~」
どうやら翔太は一組であったようだ。さすがの腐れ縁もここで命運尽きたらしい。
「クラスまで一緒だったら神様はどれだけ僕たちをくっつけたいだって話だよ」
「それもそうだな」
翔太と別れ、書類に書かれている自分の椅子に向かう。前の列から1組、2組…と分かれているため席は一番前であった。この位置だと前のステージを見上げてみる必要があるので首が痛くなりそうだ。
そして待つこと十数分、入学式が始まる。校長先生の挨拶や在校生の入学を歓迎する言葉などテンプレのようなものであった。
いつも思うことだが、校長先生の話はどうしてもあんなに長いのだろう。校長先生も話を毎回考えるのも大変であろうに。しかし、短いと教職員やPTAの役員からやる気がないとみなされるのであろうか。そうであったら学校のトップである校長先生も中間管理職ように挟まれた立場でもあるということだ。そんな見えない苦労があるとしたら大変だなと考えていたら入学式はあっという間に閉会の言葉まで進行していた。
入学式終了後、クラス単位で自分たちのクラスへと向かう。クラスメイトになる面々は少し緊張した面持ちの者、もともと知り合いであったかのような雰囲気で話しかけるが少しぎこちないものなど様々である。
そして、四階にある一年三組につく。基本的に学年が上がるごとに、階数が下がっていくようだ。若いのだからしっかりと運動をして体力のある大人になってほしいという先生と先輩からの後輩思いのメッセージを嚙みしめる。しかし個人的には愛のムチであっても、もう少し優しくしてほしいものだ。
席は窓側の前から二番目。睡眠や内職を絶対に許さない席であるのにもかかわらず、心地良い日差しが睡眠を誘う。なんて非人道的な場所であろうか。
席に着き、穏やかな雰囲気の外を眺める。外は雲一つない晴天だ。花粉がなければ素晴らしい季節なのに。
そんなことを考えていると、自然に隣の席に目が入る。
高校において最初に友達ができる場所ランキングベスト3には入るであろう隣の席の人。やはりどうしても気になってしまう。ワクワクの気持ちの中に少しの緊張感を内包した複雑な心境であり、話しかけるのを少しためらう。そのような経験は皆もあるだろう。
しかし次の瞬間、先程まで考えていたことがすべて吹き飛ぶような光景を見る。
「やっほう~、昨日ぶり」
そこには、“自称”未来から来たという怪力女がいたのである。