短編:三丈さん家とマッスルちゃん。
このお話は舞氏のHP,『SS捜索・投稿掲示板Arcadia』にも掲載しております。
「あら、あらあらあらあら! まあまあまあ! ヤった!? もうヤったの!? 丈夫そうな子ねぇプロレスラーみたいで可愛いわ! あ、おかえりなさい」
懐かしき声。懐かしき匂い。懐かしき玄関。懐かしき顔。懐かしき美的感覚。母親である。
目を弓なりにに、口元を緩やかにつり上げた笑み。浮いた皺が年齢を感じさせるが、片手を頬に反対の手はぐっと突き出し握りこぶし。
ただし人差し指と中指の間から親指がにょっきりと突き出ている。
親指をにゅぽにゅぽ出し入れするんじゃありません。はしたない。
俺は取り敢えず片手で宙を叩き、叫ぶ。
「ノーモアセクハラ! 生々しいコメント自重ーーーーーーーー!!」
久しぶりの里帰り、どうせだからと一緒に着いて来たレティシアと母親の邂逅の瞬間である。
三丈さん家とマッスルちゃん
電車に揺られて一時間と少し。駅から徒歩でもう少し。
ほどほどの大きさでちんまりと鎮座する我が家の玄関口に、ご近所さんを揺るがす俺の叫びが轟く。
「……はぁ。ただいま戻りましたわ、お母様」
「うむ! 残念ながら主殿とはまだヤ」
「何言っくれちゃってんだお前ぇぇぇぇぇぇ!?」
「ぬぅ! 我はただ素直に!」
「あらあらまぁまぁ! 仲が良いのね!? あら私ったらご挨拶もしないで、ごめんなさいね。太郎と撫子の母、花子と申しますー」
「ぬ……ご母堂! お初にお目に掛る、我はトキメキ☆魔法少女レティシアだ! いつも主……太郎くんにはお世話になっていまして! 突然お邪魔して申し訳ないです!」
「微妙に礼儀正しいのかよ! あ、コイツ只の佐藤さん家のレティシアだから。魔法とかもう本当寒さでおかしいだけだから、ね!」
いい加減親指をにゅぽにゅぽさせるのをヤ・メ・ロ。
にこやかにレティシアと初対面を済ませた母は「うふふ。自分のお家だと思ってゆっくりしてね」手を振り、ぱたぱたとキッチンへ戻っていく。
嫌過ぎる下世話さで自己紹介を終えたレティシア達と共に家に上がった。丁度夕飯の支度をしているのか、揚げ物の良い香りが鼻孔を抜ける。
すんすんと鼻を鳴らしながら大分古くなった床板を踏み、リビングへ。
ひょこ、と顔を出す。
食卓に泰然と腰かけ、煙草をくゆらせながらシルバーフレームの眼鏡越し新聞を見ている父親を発見。
「おーオヤジ。久しぶりー」
「お父さま、只今戻りましたわー」
「ぬは! 我は」
「二度ネタやったら飯抜きな」
「……どうも初めまして、佐藤レティシアと言います。本日は突然お邪魔してしまって申し訳ありません。お世話になります」
素直だな。飯で簡単に操れる。ふふ。
久しぶりに見る父の、白い物が混じり始めた頭髪を見ると俺も大人になったのかなぁと感傷が過ぎった。
シックなセーターとゆったりしたチノパンを身に付けた父親は新聞から目を上げ、
「おう、戻っ……戻!?」
珍しいことに新聞をかなぐり捨てて立ち上がり目を見開く。その際に激しく足をテーブルの膝に打ち付けて涙目になった。
咥えた煙草から灰が落ちるのを指摘してやると慌ててもみ消す。
おお、母の時は軽くスルーされたが、やっと常識的な反応が。来るか、来るか来い来いフィッシュカモーン。
「君がレティシア君か! いやぁ噂は聞いていたけど思っていたより器量良しだ。 あ、こういうの失礼なのかな」
「ヴぁーぅ」
はいダウトー。俺は色々説明するのも諦めて、投げやりにソファに倒れ込んだ。
こうなるだろうと思ったから家に帰って来たくなかったんだけども。どう考えたって普通の感性じゃないよね家の両親。
「いえ、そんな、恥ずかしいです! あの、むしろ太郎くんの方が器量良しと言うか……いつもご飯作ってもらってますし!」
「おう、同棲かね!? いやぁ将来も安泰だなぁ」
「そ、そんな……もうお義父様ったら!」
「ごふ! ち、力強いねぇ」
女って怖い。
暫しの歓談を挟んだ後、レティシアは撫子に連れられて客間へと消えて行く。
俺はそれを視線で見送りながら、多分掃除もされずに絶賛放置プレイであったろうことが想像に難くない自室に戻る気が起きないでいた。
ごろり、とソファの上で回転する。だらしなくもまだコートを着たままである。というかマフラーすら外していない。
それぐらい寒さが嫌いなのだ。
「おい、おい太郎」
「何だよ。来客用似非紳士口調が崩れてるぞ」
宙を睨んで煙草をふかしていた親父が、いつの間にか隣に立っていた。
シュールなポーズをキメつつ、ふぅーっと紫煙を吐きだす。
「母さんがあれ位の頃はそれはもう可愛くてな。もう本当毎日がヘブンって言うかヘブン超過して頑張り過ぎてむしろヘルって言うか。まぁ今でも可愛いんだがよ――その辺、お前どう思う!? なぁどう思う!?」
「ノロノロノロノロノロケるんじゃねーよいい年して! オヤジはあれか、万年発情期か!」
真顔でぐいぐい詰め寄ってくる父を手で押しやる。
これだ。感覚がずれている母と二言目には「母さん可愛い」の父。
疲れる。端的に言えば疲れる。ちなみに一度、どれだけノロケられるのか数えてみようと思い立って一時期数えたことがあるのだが。
俺と母さんの出会い〜旅情編〜から俺と母さんの青春グラフィティー、俺と母さんの……と無駄かつ恥ずかしバラエティーに富んだノロケ話の総数が百を越えた時点で諦めた。
ギネスに申請してやりたい。是非申請してやりたい。
「発情期? はん、分かっちゃあいねぇな太郎。万年じゃないん永遠久遠悠久不滅かつ無限に母さんラヴだ。――いいか、テスト出るぞ?」
「もういいよてゆーか何のテストに出るんですかー」
「あ? ……そうかそうか解いてみたいのか。じゃあまず母さんと俺の出会い……」
あるのかよ。あるのかよテスト!
よりによってリビングに据え付けの棚をごそごそし始める父を放って、俺はのっそり立ち上がる。
両親のノロケ話など酒の肴にもなりゃしない。いそいそと自室へ向かう。
廊下を通り階段へ。ギシギシと階段を鳴らしつつ、俺は一番奥の部屋に真っ直ぐ向かう。両親は一階で寝起きしているので、我が家の客間は2階。
二階には三部屋あって、それぞれ俺、撫子、客間で構成されている。
軋んだ音を立てるドアを引き、隙間から中へ滑り込む。記憶を頼りに電灯のスイッチを手探りで探す。
「ででで電源は〜、と。お、これこれ」
シングルベッドに小さな机、そして小さな衣装ケース一つしかないこの部屋が、俺が長年を過ごして来た部屋である。
荷物が少なくて妙に生活感が無いのは、今住んでいる六畳一間にほとんど持って行ってしまっているからだ。
大学に入ってから一度も実家には帰って来ていない。しかし、約二年前と全く変わらぬ様子の自室に何故かほっと安堵の息を漏らす。
ありがたいことに、俺の部屋は掃除されていたようで大して汚れていない。荷物の詰まったバッグをその辺に放り投げ、コートを脱ぐ。
おざなりにハンガーにかけると、丁度小さな姿見に自分の姿が映る。
「……ふむ、厚い」
別に太った訳じゃない。
ただ着脹れているだけだ。半袖長袖分厚い長袖にセーター。それだけ着れば誰だってモコモコになれる。
気分はマトリョーシカ。
体が割れてしまう様な斬新な脱ぎ方は出来ないのが残念だ。
窓の所に歩み寄り、一瞬ちらと外を見る。そしてカーテンを引いた。
小気味良い音を立てて外界と自室を隔てた布の外はすっかり暗くなっている。
ほとんど物のないこの部屋では特にすることもない。
階下から俺たちを呼ぶ声が響いたのでこれ幸い、俺は踵を返した。
「はーーい! 今日のご飯はこれですよ」
ゴトリ! としっかりし過ぎている重量音と共に食卓に供されたソレは、まさに日本を象徴するおかず。
個々として自身の魅力をしっかり主張しつつも、さりとて全体としての調和を感じる程に均一なこんがりきつね色に揚げられたソレ。
出来たてであるからだろう、ほくほくと湯気を立てるその食べ物は、テーブル中央で「さぁ喰え! 喰らうが良い!」とばかりに踏ん反り返ってる。
鬼の如く無駄な芸術的バランスで天高く積み重ねられたソレはまさに山。
スパイシーな香りが食欲を心地よく刺激する魔性の媚薬となって愚かな人間たちを包みこむのである。
「あらあらまあまあ、ニンニク使ってるからこれで太郎の夜もバッチリね!? 明日の太陽はきっと黄色いわね! さぁ召し上がれ」
「お母さま……」
「うふふ、なあに撫子ちゃん」
「まぁこうなるだろうな、とは思っていましたけれど……」
ナチュラルなセクハラ発言を執拗に繰り返す母親をスルーしてぽむ、と撫子の肩を叩く。揃って頷いた。
一緒にテーブルの中央に鎮座するソレを指差す。
せーの、で同時に息を吸い込む。
「「未だに唐揚げしか作れないの!?」」
「ぬあ……?」
ポカンと口を開けたレティシアは一時放っておいて。
「やぁねぇそんな訳ないじゃない! ――母さん、今や30種類のバリエーション唐揚げ作れちゃうわよ?」
「逆にスゲェ!」
「むしろ何で唐揚げ以外の料理に挑戦しないんですの!?」
「母さんの唐揚げは美味いんだからいいじゃねぇの」
謎だ。
総菜でも買って来なければ毎日唐揚げしか作らない驚きの料理スキルを持つ母と暮らしている父は何も思わないのか。
「いいじゃないか2人とも俺は早く母さんのから揚げが食べたいんだだだだだだ母さんの唐揚げは世界一ィィィィィィィィ!?」
「まぁ素敵! お父さんったら恥ずかしげもなく……明日は朝から唐揚げよ!?」
「せ、洗脳されてるぞオヤジ!?」
「お父様!?」
至極当然な俺たちの突っ込みから始まった大騒ぎ。
食卓を前に箸を握りしめたレティシアが大きく腕を振り上げた。
「主殿……静まるのだッ!!」
「ひぶ!」
ゴチン!
食卓に沈黙が満ちる。
何故、俺だけ、思い切り拳骨で殴られなければならないのだろうか。
痛い。
「……! ……!」
「うむ……我はな主殿」
おそらくはっきり涙目になっているであろう目でレティシアをジト見する。
悠然と目を閉じ、大きく頷いたレティシアは思わせぶりに言葉を止め、
「お腹が減ったのだハリーハリー! はやく唐揚食べたい!」
くわっ! と目を見開き自己主張。
「あらあらうふふ、じゃあ頂きましょうか。沢山食べて夜頑張ってね!? ――大丈夫! カメラの用意はバッチリだから!」
「母さん! ビール!」
「仕方無いですわね……ほら、レティシア。お箸はこう持つんだってこの前教えたでしょう?」
「むう……難しいのだ。我は別にこのままでも」
「ママン後でマジ説教ですよその発言! ……おいコラ筋肉娘さん?」
「うむ?」
ゆら、と立ち上がる。俺は箸をぐーで握りしめるレティシアの隣までふらりと歩み寄り。
にゅ、と両の拳を突き出した。
不思議そうにこちらを見上げているレティシアの米噛みを挟み込むようにソレを当て。
「唐揚ハリーハリーってお前ベジタリアンじゃないのかよ!? 俺が毎日どれだけ献立に苦労してると思ってんだイェア制裁ーーーー!」
「ぬおおおお……! あれ主殿結構本気でイタイタイタ痛い痛いごめんなさいごめんなさいごめんなさいお願い梅干しだけひああーー!?」
「……おバカさんですのねー」
ぐりぐり! ぐぅりぐぅりぐり! とやや内側へ抉りこむ様にぐりぐり。
半泣きを越えて一瞬でマジ泣きに移行したレティシアの米噛みに容赦なく梅干しをかましながら、俺はちょっとだけここ最近の台所事情を思い出していた。
……そう、俺はここ最近、肉などと言う、高貴なる食い物を食べていないのだ何故ならレティシアがベジタリアン宣言したから!
特売のとりもも肉やミンチ肉、広がる夢とタツタ揚げ。それら輝かしいお肉の饗宴を完全に自主規制してきたのだ。
肉を食べない食べないと筋肉踊りを披露するレティシアの前で、はいさいですかと一人ガツガツ肉を食う度胸は無い。
流石にそれは可哀想だな、とか思っていたのに! 思っていたのに!
「えいこの! ええいこの! 何と言えばいいか俺のもどかしい欲望の一撃をエンドレスループ! ずっと俺のターン!」
「ひあああああああ!」
「あら欲望の一撃って……エンドレスって朝まで!? 朝までコース!?」
「おや母さん鼻血が……どれティッシュを」
みぎゅうと顔を力一杯顰めて痛みに耐えるレティシアを見ると、何だか非常にいけないことをしている気分になる。
躾。これは躾。と自分に言い聞かせて、俺は少しだけ力を緩めた。
「フフフ、さぁ弁解するがいい姫よ! 変なこと言ったら更なるお仕置きが待っていたりいなかったり!」
「ありゅじどにょみゅおみいははひじむがもさどれぶばばばばこてゆヴぁじゃでゃふぉいはいふぃぁっけうじゅいめまむふぶヴぁーーーーーーーー!」
「何て言ってるのそれ!?」
「あら……おし、お仕置き? この子ったら姫なんて言って、世間知らずなのを良いことに縛ったり縛らなかったりするのかしら? ――教えようかしら実地で!?」
「か、母さんそれは二人の秘かなマンネリ打破というかだねとにかく駄目だ母さんは誰にも渡さんぞ! しっしっ変態息子め!」
意味不明の奇声を発するレティシアに俺が戸惑っていると、当然の如く投下される最新式言語爆弾両親型。
夫婦のマンネリ打破とか生々し過ぎるよパパンママン。頼むから黙れもしくは別次元へ帰れ。
そんな俺達のすぐ傍で、上品に椅子に腰かけている撫子はちらとこっちを見て、んー、あー、と喉を震わせてから。
「コホン、勝手ながら通訳いたしますわ……」
そう言って俺たちの視線を集めたことを確認すると。
「これはだな主殿我にとってベジタリアン宣言は乙女的羞恥心の観点から遺憾ながら端を発した主義主張であって主殿の御母堂が折角用意して下さった手料理をそんな個人の小さな我がままで無碍にしたくないというか正直主殿のご両親とは是非先々のことを考えて仲良くしたいというか主殿の好きな味を今の内に覚えてこっそり練習して披露して驚かせてやろうとかぁぁぁぁぁぁ! ……と、言ってますの」
「アンビリーバボー! 凄いね妹よ!」
台詞部分だけやけに似ているモノマネでレティシアの謎奇声を解読してみせた。
明らかに原文より長いです!
驚きの余り俺の梅干し真拳も対象者を見失っている。
俺は痛みの余り真っ赤なウサギ目になっているレティシアの顔を見下ろし、そしていつの間にか無言で俺を注視する家族ズの視線を感じ。
だらだらだらと脂汗を流した。
あれ、何だコレ、俺不発じゃね?
じわじわと撫子の台詞が脳に沁み込むに連れて。ついでに米噛みを分厚い皮グローブの如き手で押さえたレティシアがこくこく頷くのを見て。
非常にマズイことをやらかしてしまったのを理解した。それと恥ずかしくて顔が熱い。
何だこっそり練習してって……う、嬉しいじゃねぇかちくしょー。
俺は一歩、二歩と食卓から離れる。
「正直すんませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ふぁ!? あ、主殿そんないきなり助走を付けての飛び込み土下座とは難易度が高すぎるぞ!」
「あら、久しぶりに踏み易そうな……踏み……はっ、な、何でもありませんのオホホホ」
「平に! 平にお裁きの程を〜〜〜〜!」
ぐりぐりと床に額をこすりつけ、謝罪。マジすんませんでした。
撫子の発言が気になる所だが、俺にそんな余裕はないのだ。それに撫子の発言がアレな感じなのはいつものことなのでスルー。
「面を上げるのだ、主殿。まぁ、主殿に何も話していなかったのは我の手違いであるし……そ、その……」
ごくり。顔を上げた俺含め、なんとなく家族全員が喉を鳴らす。
「そ、その……?」
「……主殿が、筋肉状態な我と一緒に同じ布団で寝てくれるのであれば! まぁ、許さないでもないかもしれぬ! ぬは!」
あれ嬉し、いや罰ゲェェェェェム! それ何て罰ゲ。明らかに余計な形容詞が付いておりますが訂正は出来ないのでしょうか!?
……いや、そもそもロリーできょぬーな状態で同衾したら確実に俺の少ない理性がゲフンゲフン。
というか家族の前でどんだけ攻めの姿勢なんだ姫よ。
などと、言える訳が無い。
現在三丈脳内国の法廷である最高裁判所は常に第一審にして最終審。
俺は自身フルボッコ法第三条女性に対する謝罪第二項に抵触する被告の(刑事事件ではないので被告人とは言わないぞ)立場に立っているのだ。
自分で言っていて意味が分からないが、とにかくこんなことしたらもうこれフルボッコ確定だろー、という何気ない俺の思いつきが生んだ独自法である。
凄まじくどうでも良いが、そういえばそんなことを考えたこともあったなぁと若き日の過ちを思い出した俺は、唯唯諾々と頷いた。
「あい、謹んでお受けいたします」
「ぬ、ぬは!」
「……やってられねーですの」
「うふふ、はいお父さんビール……カメラの充電大丈夫だったかしら?」
「お、母さん有難う。大丈夫だよ昼間充電しておいたから。それより早く母さんの唐揚げげげげげ」
「まぁ! 素敵! お父さんったらもうお茶目さんねぇ。はい、お上がりなさい」
死ぬ程恥ずかしいが何だろうかコレ。優しさ? 流しても良いのだろうか。
俺とレティシアを残して、いつの間にか食卓は完全なるご飯モードに移行している。
一家団欒、と言うべきその光景を見て、俺は何だか毒気を抜かれてしまった。
気になるのは脳が故障していると思わしき母の言動だけだ。
もういいや色々。とりあえずご飯を食べよう。
箸を伸ばして唐揚げを一つパクリ。
「……うーん?」
散々食べ飽きたはずなのに、何でこんなに美味いんだろう。
レティシアがこの味をモノに出来るのかどうか。帰ったらまずは、包丁の握り方から教えてみようかなぁ。
「ぬは! 御母堂の唐揚は美味でありますな! 後でレシピをば!」
「あらあらうふふ、勿論よ」
「太郎ー、今すぐに、そう正に今このタイミングでお風呂入っちゃいなさーい」
「うぃー」
食後しばらく。
後片付けもてきぱき終わらせ、無限ループするノロケ話を聞き流しながらオヤジの晩酌に付き合った後の手隙の時間。
ほんのりほろ酔いでぽかぽかと暖かい体を動かして、俺は着替えを手に浴室に向かう。
一人暮らしの貧乏アパートでは浴槽が狭いのでゆっくり出来ないのだが、実家のお風呂は結構広め。
思うさま足を伸ばすことが出来るのは単純に嬉しい。
「いーい湯、だぁーな、ハハハン」
懐かしの風呂ソングを口ずさみながら浴室の戸を開ける。
「ん?」
何故か灯りの点いている脱衣所に、眉をしかめて目を細める。
「ぬはーは、ぬはははー♪ 風呂風呂筋肉ポージングー♪ ……ぬお!? あ、主殿!?」
扉を閉めた。
「ふぅー……疲れてるのかな。俺」
呟き、眉間を揉む。
バタム!と急激に開かれた扉の方を見ない様に顔を背けていると、
「主殿ッ! 女子の入浴準備中に浴室無断侵入するとはなんという破廉恥なのだッ!? だが我はエブリシングエブリタイム全て受け止めて見せるぞ!? さぁさぁ一緒に風呂入るか風呂入ろうさぁさぁさぁ……!!」
酔っぱらっている俺の精神を容赦なくへし折る物体Xはそうのたまった。
ガシ! と頬を掴まれ、ぐぐぐと背けた顔を自分の方に向けようとするレティシア。
抵抗むなしくゴキリ! と異音を立てた俺の首は全面降伏。俺は遂に、遂にその物体Xを直視してしまう。
……三千世界に遍く存在する諸兄に電話でお聞きしたい。
脱衣所で女の子とばったり遭遇――そういうイベント時、女の子はどういう格好をしているものだろうか?
半裸? 下着? いやいや全裸? むしろタオルオンリー?
……馬鹿な! 古来より伝わる定番イベントをブチ壊しにするアンチ萌えクリーチャーの存在を侮ってはいけないのである。
近頃精神爆撃されることが減って油断していた俺が悪いに違いない違いない……!
臙脂のリボンにプリーツスカート、特徴的な肩後ろまで広がる紺色の大きな襟。
脱衣所の灯りに照らし出される豊満(みちみちと張りつめている的な意味で)な体が纏うのは、そう、セーラー服。
想像できるだろうか?
身長百八十センチ超。間違いなく屈強な女性世界一でギネスに載れるダイナマイトバディを持つレティシアが着るのは、小さめセーラー服。
可憐な女学生が身につければたちまち可愛らしい若々しさを放出するソレを纏ったレティシアは正に悪魔そのもの。
懐かしくも甘酸っぱい学生の頃の思い出など一撃で粉砕である。
盛りあがった肩、分厚過ぎる胸回りは本来伸びるはずのない素材の衣服をパッツンパッツンに張りつめさせ。
短すぎる裾の下には相も変わらず脂肪の欠片も認められない八つ割れ腹筋とおへそがもうチラチラとチラリズム。
普通サイズであろうスカートは、それこそあろうことかミニスカート扱いの短さ。
そこから伸びる、大木の如き力感を感じさせる筋肉ぼこぼこ絶対安定丸太足は、今にも張り裂けそうな膝上黒ニーソを装備中。
その上に、定番となった極普通に美少女なレティシアのお顔が、載っていらっしゃるのだ……!
ゴスロリを着せた時以上の衝撃である。何せ、ミニスカートに黒ニーソだ。
動きに合わせて揺れるスカートの裾下の空間は絶対恐怖領域。万が一にも風ではためいて欲しくない。
多分死ねる。
「ひぃぃ……! 遥かな昔のマリーンかお前……!」
女学生じゃない。海兵隊だ。俺の記憶検索の結果では海兵隊がヒットしている。
着替えも打ち捨てて必死に体を動かし、何とか邪神象の如き御姿から逃れようと暴れる。
「何を言う! 可愛いであろう!? 主殿の御母堂が貸して下さったのだ……!!」
「おま……やっぱりか!」
どうせこんなことだろうと思ったよだって風呂入れって声掛けてきたの母親だからね!
視線を横に振ると、キッチンから顔を覗かせる母と目が合う。
「ジーザス! 何てことしてくれてんですかあんたぁぁぁぁぁ!!」
「あら、うふふ! だって2人の性生活に、コスプレは必須じゃない!?」
「直接的な表現禁止! 大体これどこから……」
「あぁっ! な、撫子のセーラー服!?」
「何だとぅ……おい揺らすな揺らすなレティシア痛いいたたたた! 千切れる!」
騒ぎを聞きつけて現れた撫子の叫びも加わり、更に騒がしくなる脱衣所前廊下。
俺は指をにゅぽにゅぽさせて「今日あたり行っとく!? 行っとくの!?」とのたまう母を一睨み。
「お兄さま! 何でレティシアが撫子のセーラー……ああっ、ど、どこ触ってるんですの!? ……っこの、この!」
何故か背後から俺を足蹴にする撫子の攻撃に耐え忍びながら「見よ見よこんな風に脱げるのだぞ!?」遂に脳が故障したのか脱ごうとするレティシアを押し留める。
そして限界値を振り切ったストレスに対して俺は遂に。
「……ふぅー、青春だな、息子よ。俺もお前くらいの時は、母さんが毎日の様にセーラー服やナース、バニーガールの……」
「あら嫌だわお父さん! 昨日も着たでしょう?」
「現役かよ生々しいぞ仮にも子供の前で何言ってん……あぁんもうヤダこの家ーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ぬはは! ぬはははははははははははははははは! コスプレ!」
「もーくっついちゃ駄目ですのー!」
いつの間にか集結した面々に対して、半泣きで腹の底から絶叫した。
もう、何でも良いから狭苦しい木造建築に帰りたい。
終われ。