最強の能力者、学園に通う
俺はまだ新しい制服を袖に通し、姿見を見た。
「なかなか様になっているな」
俺は今年から長乃浜高校を途中で編入することになった剣崎帝人、二年生だ。
写真でにこやかに笑う女性を、俺は懐かしむように指でそっと触れる。
「姉さん、もうすぐなんだ。もうすぐ仇をとることができる」
俺と姉さんは生まれながらにして特異な能力を持っていた。
俺は自身を加速させる、そして姉さんは傷ついた体を癒す治癒能力だった。
そして今から十年前、俺は異能力者を集めたデスゲームで姉を失った。その名も"キリングゲーム"。
姉さんは力の無かった俺を庇い、最後まで残った参加者と相討ちになり死亡した。
そのときのゲームは終了したが、人々の知らぬところで未だにデスゲームは開催され続けている。
俺の目的は、もう一度デスゲームに参加し、主催者をこの手で葬り姉の仇を討つこと。
運営者たちは常に新たな異能力者を探し、日常生活の中で監視を続けている。
そして、異能を持っていると判断すると奴らはいきなり異空間に引きずりこみ、キリングゲームに参加させる。
もう一度キリングゲームに参加するには、奴らに俺が異能力者であると認識させる必要があった。
そのために、俺は長乃浜高校に編入することにした。
この施設とキリングゲーム。この二つは大きな関係があると考えたのだ。
この学園では、生徒が突然行方不明になるという怪奇事件が数年に一度起こっているらしい。
その消え方は、まるで奴らによってデスゲームに引き込まれるような、似たものを感じ取ったのだ。
この学園に内通者がいる。もしそうならば、俺はその人物の目に留まらなければならない。
「このクラスだな」
学校に到着した俺はクラスルームの扉の前に立っていた。
中は静かで、一人だけの声が響いている。
もう既にホームルームは始まっているようだ。 扉を開くと、生徒全員が俺の方を向いた。
その殆どが怪訝な表情だ。途中編入の見慣れない顔だから当然だろう。
「えっと、剣崎帝人くんかしら?」
俺が無言で突っ立っていると、教師が声をかけてきた。
「はい。剣崎帝人は俺です」
「そっか。剣崎くん、この学校くるの初めてだっただろうから遅刻しちゃったんだろうけど、次から気を付けてね」
「すみません。以後気を付けます」
おどおどするでもなく、俺は淡々と返事をする。
そんな俺に、教師は面打たれたように固まったが、すぐに持ち直した。
「あ、そういえば皆にはまだ言ってなかったわね。今年から編入することになった剣崎帝人くんよ。剣崎くん、簡単に自己紹介してもらえるかな?」
俺は頷き、教壇の前に立った。
俺だけ去年在学していなかったのだから、当然自己紹介はあるだろう。
とはいえ、ただの自己紹介をするつもりはない。
皆には俺が異質な存在であると認識してもらわなければならないからだ。
「俺の名前は剣崎帝人だ。正直、勉学も運動も今さら学ぶ事はない。俺との才能の差に自信を無くすこともあるだろうが、まぁ、嫉妬くらいなら許してやる。これからよろしく頼む」
俺の予想通り、多くの生徒は眉をひそめ教師に至っては唖然としている。
「えっと、冗談よね? あ、あんまりウケを狙い過ぎるのは、先生どうかと思うけどなー」
「冗談? 俺をそこらの高校生と一緒にされては困りますね。やれやれーー」
俺は小さく溜め息をついた。
「これだから凡人は」
教師は何か言いたげに顔をピクピクさせたが、俺は無視した。
「で、俺はどこに座ればいいんですか?」
「け、剣崎くんはあそこの空いている席に座りなさい」
そう言われる中、クラスメイトから非難するような目線が飛んでくる。
今のところのクラスの俺の評価は、「痛い奴」や「嫌な奴」といったマイナスのイメージなのは間違いない。
もし高校デビューを目論む奴なら頭を抱える案件だな。
新学期のガイダンスが終わり、昼休憩に差し掛かる。
すると、隣の生徒が話しかけてきた。
顔立ちの整った、可愛らしいという印象の似合う女子生徒だった。
彼女は長い黒髪を揺らす。
「剣崎えっと……ていなんだっけ」
「ていとだ。帝に人と書いて剣崎帝人」
「そうそう! 珍しい名前だよね。いやー、それにしても随分自己紹介で攻めるね。あれ、もしかして高校デビューのつもりだったり?」
「まあそんなところだ」
といっても悪い意味で運営どもに注目されるためだが。
しかし、悪評とはいえ俺という存在を印象付けたのは確実だ。
「あ、自己紹介がまだだった。私は青峰遥。よろしくね」
「青峰か。よろしく頼む。ところで、よくあの自己紹介をした後で話しかけようなんて思ったな。普通は避けるだろう」
「ああ、えっと……」
すると青峰は返事に困ったように黙った。
「……まあいい。学校ではあまり俺に話しかけない方がいいぞ。恐らく悪い意味で注目されるだろうからな」
「そ、そういうわけには!」
「……そういうわけには? やはり何かあるんだろう。はっきり言え」
青峰は気まずそうに目線をそらしたが、やがて観念したようにため息をついた。
「あのさ、もしかして帝人くんってお姉さんとかいる? 剣崎優子さんっていう」
「……! 姉さんを知ってるのか?」
「あ、やっぱりそうだったんだ。珍しい苗字だからもしかしてって思ったんだよね。まさか本当にそうだとは思わなかったけど」
「確かに俺は剣崎優子の弟だが、君は一体姉さんとどういう関係なんだ」
「私は優子さんの病院の患者だよ。幼いころに担当してもらってて、仲良くしてもらってたんだ」
姉は生前看護師として働いていた。その時に担当していた患者が青峰だったのか。
「優子さん元気にしてる? 突然病院辞めちゃうんだからお別れもいえなくてさ」
姉さんが死んだあと、勤め先や知り合いには行方不明という扱いになっている。
音信不通になれば当然そう処理されるだろう。
「……姉さんは死んだよ」
青峰は「え」と言って固まった。
「ど、どうして!?」
「十年前、交通事故で亡くなったんだ」
本当はキリングゲームで殺された。しかし、それを彼女に言うことは巻き込む可能性がある。
姉さんと親しかった様子の彼女に嘘を言うのは後ろめたかったが、そうするしかなかった。
「そっか……」
彼女は悲しそうに顔を伏せた。
「そうか、青峰は姉さんと知り合いだったんだな」
「うん。優子さんから弟がいるっていうのは聞いてたけど、まさかこんな形で会うとはね。それにしても、当時は素直でかわいい弟って言ってたけど……」
「ほう、今では違うと?」
「いや、素直だったらあんな自己紹介しないでしょ……」
あはは、と青峰は呆れながら笑った。
「まあ、とにかく恩人の弟なら何でも聞いてよ! 私にできることならなんでも力になるよ!」
彼女の提案は俺にとってありがたいものだった。
「そうか。なら、早速だが聞きたいことがある。この学校で一、二年に一度、生徒が行方不明になる事件が起こっているらしいな」
「ウチの怪奇事件のこと知ってるんだね。まあ有名だし、それもそうか」
この長乃浜高校では、一年、あるいは数年間隔で生徒が行方不明になるという事件が起こっている。
原因は一切不明。ある日を境にふと消えてしまうらしい。
俺はこれがキリングゲーム運営者によるものだと判断したわけだが、これが事実なのか判別する必要がある。
「その被害者の親友、冴羽愛莉を知っているか?」
「冴羽愛莉さん? もちろん知ってるよ。行方不明者の友達ってことで随分注目されたみたいだからね」
「彼女は何組にいる? 少し聞きたい話があるんだ」
「えっと、確か愛莉さんなら三組だけど……」
「そうか。教えてくれてありがとう」
俺は席を立ち、早速三組に向かうことにした。
「え!? まさか今からいくの!?」
もし本当にキリングゲームが絡んでいるならば、新たな犠牲者を生む前に一刻も早く俺はそのゲームに参加しなければならない。
俺は早速三組にいるという冴羽愛莉のもとに向かった。