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犬の檻  作者: 物部がたり
2/16

二話 家族のかたち

 家に帰ってくると、私は畳に倒れ込んでしまった。疲れて、何もする気がでない。体が疲れたのではなく、心が疲れたのだ。

 知らない土地の、知らない学校で、知らない人たちに囲まれて、知らないことを話した。それはどうしようもなく、疲れることだった。

 家に着いた頃には操り人形の糸が切れたように、畳に倒れ込んだ。


 気が付けば私は眠ってしまっていたようだ。気が付けばと言っても、眠っているときに分かったわけではない、私はそこまで器用な人間ではないからだ。

 当然、目覚めたときに分かったのだ。私はいつも間にか寝てしまっていた、と。もう、空には一番星が姿を現し、月が雲に飲み込まれ宵闇(よいやみ)になっていた。

 私の部屋にはまだ、壁掛け時計がなく。あるのは目覚まし時計だけだ。


 時計の文字盤は小さいが、目覚まし時計として申し分なく、これ以上の時計はないと思っている。薄暗い室内では時計の針だけが薄緑色に発光して深海魚のように、暗い部屋でも時間を知らせる。

 七時を少し過ぎた時間だった。


 襖を開けると、階段の下から人工の明かりが漏れ出る。母が台所で料理を作っているのだろう。今まで暗いところにいて、一か所だけ明るい室内を見ると何だか、夜中に目覚めてしまったときのように物悲しい気持ちになる。

 つくづく、思う、おかしな人間だ、と。

 

 台所に入ると、母の背中が見えた。包丁を叩く音が子気味良く響く。

 私は柱に手を置いたまま、母の背中を見つめた。束ねた髪が揺れる、髪のすき間から華奢な肩が覗いた。私が入り口に立ち尽くしていると、母はいつから気付いていたのか、

「そんなところでどうしたの」

と切り終えた野菜を鍋に移しながらいった。


 刻んでいた野菜はねぎに見える。味噌汁を作っているのだろうか、とくだらないことを考えながら私は母の小さな背中を見つめた。


「いや、何でもないよ」


 と言い、私はそのまま、居間に向かった。六畳ほどの居間にはテーブルとテレビ以外何も置かれていない、殺風景な部屋だった。

 引っ越してきたばかりで、物がないのもあるが私たち家族は転々とした暮らしをしていたので、余り物を持たない。いや、持たないようになったのかも知れない。


 それにこの部屋に物など置いたら狭くてしょうがない。座るところもなくなってしまう。狭い部屋にいくら、明るい照明を置いたところで、暗い雰囲気は消えなのと同じだ。


 私はテーブルに向かい合いテレビを点けた。テレビにはバラエティー番組が映し出され、芸人たちが面白おかしく話し合っている。私は昔からバラエティーを見ていても、怖くなることがある。

 あの笑顔は仮面で、仮面の裏にはまた違う顔が隠れているのではないかと、思ってしまうのだ。例えるなら、芸人も俳優と同じで笑いを演じているだけなのかもしれない。


 口で言っていることと頭で思っていることは違うかもしれない。いや、きっと違うのだ、二重性がある、それが人間だ。

 人の腹の内をさぐるのが、何よりも恐ろしいことなのだから。


「学校はどうだった」


 テレビに視線を向けている私に母はいった。テレビに視線を向けているが、見ている訳ではない。ただ、ぼんやりと流れる画面を眺めているだけだ。

 こうして、流れる画面を眺めていると、どうでもいいことが次から次へと頭に浮かんでくる。考え事をするときはテレビを見ながらや、本を読みながらの方がはかどるというものだ。

 考え事をてくると、私は畳に倒れ込んでしまった。疲れて、何もする気がでない。体が疲れたのではなく、心が疲れたのだ。

 知らない土地の、知らない学校で、知らない人たちに囲まれて、知らないことを話した。それはどうしようもなく、疲れることだった。

 家に着いた頃には操り人形の糸が切れたように、畳に倒れ込んだ。


 気が付けば私は寝てしまっていたようだ。気が付けばと言っても、寝ているときに分かったわけではない、私はそこまで器用な人間ではないからだ。

 当然、目覚めたときに分かったのだ。私はいつも間にか寝てしまっていた、と。もう、空には一番星が姿を現し、月が雲に飲み込まれ宵闇(よいやみ)になっていた。

 私の部屋にはまだ、壁掛け時計がなく。あるのは目覚まし時計だけだ。


 時計の文字盤は小さいが、目覚まし時計として申し分なく、これ以上の時計はないと思っている。薄暗い室内では時計の針だけが薄緑色に発光して深海魚のように、暗い部屋でも時間を知らせる。

 七時を少し過ぎた時間だった。


 襖を開けると、階段の下から人工の明かりが漏れ出る。母が台所で料理を作っているのだろう。今まで暗いところにいて、一か所だけ明るい室内を見ると何だか、夜中に目覚めてしまったときのように物悲しい気持ちになる。

 つくづく、思う、おかしな人間だ、と。

 

 台所に入ると、母の背中が見えた。包丁を叩く音が子気味良く響く。

 私は柱に手を置いたまま、母の背中を見つめた。束ねた髪が揺れる、髪のすき間から華奢な肩が覗いた。私が入り口に立ち尽くしていると、母はいつから気付いていたのか、

「そんなところでどうしたの」

と切り終えた野菜を鍋に移しながらいった。


 刻んでいた野菜はねぎに見える。味噌汁を作っているのだろうか、とくだらないことを考えながら私は母の小さな背中を見つめた。


「いや、何でもないよ」


 と言い、私はそのまま、居間に向かった。六畳ほどの居間にはテーブルとテレビ以外何も置かれていない、殺風景な部屋だった。

 引っ越してきたばかりで、物がないのもあるが私たち家族は転々とした暮らしをしていたので、余り物を持たない。いや、持たないようになったのかも知れない。


 それにこの部屋に物など置いたら狭くてしょうがない。座るところもなくなってしまう。狭い部屋にいくら、明るい照明を置いたところで、暗い雰囲気は消えなのと同じだ。


 私はテーブルに向かい合いテレビを点けた。テレビにはバラエティー番組が映し出され、芸人たちが面白おかしく話し合っている。私は昔からバラエティーを見ていても、怖くなることがある。

 あの笑顔は仮面で、仮面の裏にはまた違う顔が隠れているのではないかと、思ってしまうのだ。例えるなら、芸人も俳優と同じで笑いを演じているだけなのかもしれない。


 口で言っていることと頭で思っていることは違うかもしれない。いや、きっと違うのだ、二重性がある、それが人間だ。

 人の腹の内をさぐるのが、何よりも恐ろしいことなのだから。


「学校はどうだった」


 テレビに視線を向けている私に母はいった。テレビに視線を向けているが、見ている訳ではない。ただ、ぼんやりと流れる画面を眺めているだけだ。

 こうして、流れる画面を眺めていると、どうでもいいことが次から次へと頭に浮かんでくる。考え事をするときはテレビを見ながらや、本を読みながらの方がはかどるというものだ。

 考え事をするときは、とにかく難しい本がいいだろう。


「普通だったよ」


 私の向かいに座った、母にいう。母は眉根に薄いしわを浮かせ、心配気に私を見る。


「そう」


 家族なのに話が続かない。私が口下手なのは両親からの遺伝なのだろう。

 父も母も口下手なのだから、私が口下手なのは当たり前のことであり遺伝だ。家族で過ごしていても、居心地の悪い家庭もある。

 当時の私はおかしな家庭に生まれたものだ、と思っていたが成長するにしたがい、このような家庭も珍しくないことを知った。


 大抵の家庭は家族だろうと、話をしない。特に日本人は、だ。


「父さんは仕事で遅くなるって……。だから、先にご飯食べましょうか」


 そう言って、母は台所に向かった。私も台所に向かう。テーブルの上にはさっき母が作っていた、味噌汁が蒸気を立てて、二人分置かれていた。

 白ご飯と味噌汁、サバの塩焼き、そしてひじき煮がテーブルに並べられている。

 サバは光沢を放っており、溶けた脂が塩と合わさり、キラキラと光っていた。


 私は母の向かいの席に腰を下す。

 母との食事は静かに進んだ。口を動かすのはご飯とおかずを咀嚼(そしゃく)するときだけだ。静かな台所には箸が食器を鳴らす音だけが聞こえるだけ。

 食事中はおしゃべり厳禁となどと、いう家庭があるがこの家では、そんな取り決め必要ない。会話のない食事はどこか虚しさが伴う。


 食事が終わり、流し台に食器を持っていく。食器を洗うのは私の仕事になっている。私は小鉢や、皿を丁寧にスポンジで洗った。母は居間でテレビを見ている。

 そのまま二階に上がっても良いのだが、すぐに二階に戻ってしまうのも、どうかと思い数十分だけ私は居間で過ごすことにした。


 とはいっても、何も話すことなどない。一緒にいて気まずくなるだけだった。こういうとき、他の家族はどのように過ごしているのだろうか。

 私たちのような家庭は珍しいのだろうか。会話をするでもなく、流れるテレビを二人を無言で眺めていた。こういうとき、映画を観たり、ドラマを観たりして、話題を作るのだろうか。


 しかし、私たちが映画やドラマを観ても、何も話すことなく淡々と物語が終了するだけだろう、と想像できた。

 このまま、ここにいてもお互い困るだけだと思い、私は二階に上がることにした。私が立ち上がり、廊下に通じる襖を開けたとき、後ろから母の声が聞こえた。


「お父さんは遅くなるから、先に寝てなさい」

と、母はいった。

 私は首だけを捻り、横目で母を見て、「分かったよ。じゃあ、先にお風呂に入って、眠る」と言い、襖を閉めた。

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