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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無貌の少年は

作者: 杵島 鵜月

 誰もが(オレ)

化け物だと、死神だと、不幸を招く存在だと

指をさし、石を投げ、罵倒した。

理由はわからなくもない。

 他人と姿形は同じだが、明らかに違う部分がある。

(オレ)には、顔がない。のっぺりとしているわけではなく、顔を隠すように黒い靄のようなものが揺らめいている。

風で飛ばされることもなく、顔を全体的に覆い隠すためだけに存在するような、それ。

のっぺりとしていたほうが、まだましだったような気がした。

それに加え、何故か視界はぐるりと1周出来る程見えた。


 この町には居られない。

とうとう、武器を翳された。

ある程度出来るまで成長を待ってくれていたらしい。

町長には上部だけでも感謝をしておこう。

そう思いながら、粗末な頭陀袋をすっぽりと被って町の外へと出ると人々は「疫病神が居なくなった!」と歓喜の声を上げた。

少しだけ親切にしてくれた人も。

 こちらが喋れないから、耳も聞こえていないと思ったのだろうか?残念なことに、(オレ)の耳はよく聞こえる。

心の奥の、本音さえも。


 だから

悲しくて、苦しくて、憎くて、黒い感情が入り雑じって、耐えきれなくて、出ない声の代わりに体を震わせて泣いた。

口を噛み締めるようにキツく接ぐむイメージで、精一杯に体を抱き締めて。

心なしか、靄の量が増した気がした。


ドドドドドドドド


 何処からか何かが、擬音語?にすればそんな轟音を響かせて走ってくる。

その音の大きさに驚いて体を硬直させていれば、上に影が満ちた。

ブルルッと大きな、馬の。

見上げれば、首のつけ根から蒼い炎を噴出させて纏っている黒い馬が2頭、並んでそこにいた。

そして


「泣かないで、」


喋った。片方の馬は優しい女性のような声だった。

 泣かないで、と喋りながらスリスリと大きな頭を押し付けてきて、その言葉と体の暖かさに心が震えた。

涙があったのなら、立っている足元がぬかるんでいたことだろうし、声があったのなら、嵐の日に聞いた雷鳴の如く耳を割いたのだろう。そんな事を思った。

 体を抱き締めていた腕を馬の首へと伸ばす。

拒絶することなくそこにいて、ぎゅうっと抱き締める。

蒼い炎は腕を避けるように退いて、ゆらゆらと揺れている。熱は感じなかった。


「君に望みがあるのであれば、私たちはそれに応えましょう。だから、どうか、泣かないで」


 蜂蜜色の目が煌めく。

どこか神秘的で、ただ「わかった」と肯定の意を込めて抱き締める力を強めることしか出来なかった。


 そんな幼少期の出会いから数年が経ち、傷だらけで貧弱だった体はアザルト(声的に♂)とプトレス(声的に♀)に連れて行かれたアドゥル・バディア(魔族達の住まう街)という街で保護されて平均に戻り、更に筋肉と力を鍛える等をして立派に成長をした。

漆黒(シュナイザ) という名ももらった。

最初の頃は色んな心の声を拾っていたが、大半が己を心配していたもの(残りは好奇心が占めていた)と知り、やがて拾うことはなくなった。


 アドゥル・バディアの魔族達は、(オレ)に声が無いとわかると、耳は聞こえるかと問いかけ、そうだと頷けば文字の書き方・読み方・意味を教えてくれ、紙とペンを携帯すれば意思の疎通がスムーズに行えるようになって、それが嬉しかった。

教えてくれた魔族も、良かったなと己の両肩に手を着いて揺さぶってきた。

 文字を習いはじめて少したった頃にアザルトとプトレスの炎について訪ねると、蒼い炎は強い魔力が可視化したものだと教えてもらった。

魔力の質によって色や動きに若干の違いもあるのだとも聞いた。

もしかしたら、己の頭部を覆う(コレ)も魔力なのだろうか?と聞くとわからないと答えられた。

 力試しにと狩りにも赴き、狩って戻れば街の皆から感謝もされた。

 ちなみに、街の外に出るときにはスッキリとした獅子の頭を模したような形状の兜を被るようにしている。

顔がないとわかると怖がられるためだ。これが中々に役に立つ。

……いや─十数キロは離れているが─隣街の小さな子供には泣かれたな。


 そんな事を思い出しながら、依頼で狩った獲物をプトレスにくくりつけ、負担が片寄らないように少しだけ背負ってアザルトに乗り帰路についた。

その道中で、だ。アドゥルで異変が起こっていると2頭が気付いたのは。

聴覚はアザルトとプトレスの方が良い。

 アザルトとプトレス、2頭とも─双子であるから当たり前だが─魔馬だ。それも、魔物と馬の間の魔馬同士の。

故に普通の馬と魔物の間の魔馬とはまた違う。その体躯も、身体能力も。だから喋れるのだろう。

己が身を震わせて泣いているのを聞き付けたほどだから。


「シュナイザ、街の方角がいつもより」「……静かだな」


 その言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がした。

ただでさえ喋らないアザルトが声を発したとなると余計に。

確信はない。ただ、本当に予感だけで焦りが生まれた。

不思議な感覚だった。

アザルトの背を一定のリズムで叩いて「早く」と伝えると、答えることなく速度をあげた。


 ドッドッドッドッと走る音が響く。

その音一つ一つで地面が抉られ、土が舞う。風が吹き、後方で土煙となる。

蒼い炎の出力も上がり、蒼い軌跡を描き真っ直ぐに街へと向かう。

 なんだ、この胸騒ぎは。

その速さゆえに吹き飛ばされぬよう、身を屈めた体勢でより一層感じる鼓動の強い音を聞いた。








 それから、通常であれば三時間程度の距離を数十分で走りきり、街へと足を踏み入れて、信じられない光景を目にすることになった。


 ──────誰も、居ない。

異様な静かさが漂っている。

通常であれば子供たちが走り回り、夕食の買い出しで人々が行き交っている筈の時間帯。

それなのに誰も居ない。

 おかしい、おかしいおかしいおかしい

アザルトから降りて、育ての親と暮らしている家へと駆ける。

重い鎧が煩わしいが、構っていられるかと足を動かす。

その間にも、誰ともすれ違うことがなく不安を掻き立てられる。


バンッッ


と乱暴に扉を開けた。

いつもなら「おかえり」と声が聞こえる筈なのに聞こえない。

漂う夕飯の匂いもしない。

忘れかけていたモノがこみ上げてくる。


 「シュナイザ、」


 背中をプトレスにグイッと押される。

1歩足を踏み入れて、テーブルの上を見れば紙切れ─いや、封筒が置いてあった。

手に取ってみてみる。


“シュナイザへ”


 (オレ)への、手紙だった。

震える手で封を切り、中身を取り出す。

鼓動が強く鳴り響く。

広げ、文字を追う。己よりも綺麗な字が列び、意味を成していた。


「シュナイザ、これは……」


読み終えたあと、プトレスと顔を見合わせた。

簡単に説明するならば、まぁ、なんというか

 魔族全員での引っ越しのことをすっかり伝え忘れていたとの事だった。

呼び出しにも近い、早急な引っ越しだったためにほぼ荷物は置きっぱなしらしい。

物取りが来たらどうするのかと思いきや、引っ越し先に着き次第、各々で生物無効の転移魔法を使うから問題なしとも書かれていた。

 地図も同封されており、マーキングがされていた。

なんでこれはしっかりしてあるんだ、という思いは靄の揺めきに溶けた。

マーキングが無かったらどこへ向かえば良いのかわからないからな。と理由をつけた。


〔追いかけよう〕

「えぇ、そうしましょう。その前にシュナイザ、装備は大丈夫ですか?

ちゃんと整えないとここの地域は危険です」


 地図に鼻を押し付けてそういう。

若干湿った部分が危険な地域らしい。

じわりじわりと広がって行ってるんだが、濃い部分だけでいいんだな?と顔を向ければバチリとウィンクをされた。

相変わらずプトレスは睫毛が長い。


〔問題無い。〕


 使い回しができる単語は単語用メモ帳にまとめておいてたすき掛けの革細工に仕舞っておいてあるのですぐ出せて楽だ。

ざっと装備確認をして簡単に返す。

数時間前に狩った獲物に対して武器は使っていないから、脂汚れも着いていない。

 プトレスに後退してもらって家から出て、再びアザルトの背中へ飛び乗る。

目指すはまだ少し、冬が居座る地。


「魔物に遭遇する前に街に着けるよう急ぎますので、しっかりと手綱を掴んでいるんですよ?」


 チラチラとこちらを見て確認してくるプトレスの首元を軽く叩いて、わかったわかったと返事をする。

上手く締めようとしたんだが、締まらないな。と肩を竦めた。





 その日、二度目の蒼色の軌跡が目撃される。

その方角は、かつて魔王が支配していた地があった方角だった。

それを見た商人達は口々にこう言った

 「魔王が愛した魔馬が居る」「魔王が復活した」「あぁ、()()我らは苦しまなければならないのか」

 シュナイザの嫌な予感は、完全に拭いきれていない。

その事にシュナイザが気付くのはいつだろうか。




 再びアザルトとプトレスの走る、地面の抉れる音が間隔を空けることなく響く。

急いで走っては体力が持たないだろうと不安になるが、この速度で走っても追い付けていない。

この異様な行軍速度はどうなっているんだと頭を抱えたくなる。

2頭の尋常じゃない馬力ならすぐに追い付けるハズが、目の前には人影もなにも見当たらない。


 空を飛んでいるのであれば話は別だ。しかしそれらしき影も空にはない。

魔法で運べるならば生物用の転移魔方陣もあったんじゃないか?とも思うが、それがあるならわざわざ置き手紙に地図を同封するだろうか?

大掛かりな引っ越しのことをうっかり伝え忘れる事なんてあるだろうか?

一度疑問に思ってしまうと、沸々と他の疑問も沸き上がってくる。


 「シュナイザ、此処から先は少し速度を落とします。」


 その思考を遮るように、アザルトに並走していたプトレスが声をかけてきた。

 ずっと走りっぱなしで居たのだ。生き物である以上は疲労が溜まる。

もとより、ある程度進んだら休憩を挟もうとも相談していた。


 〔構わない。久しぶりに野宿をしよう〕


の意を込めて頷けば、アザルトの方もブルルと了承の声を上げた。

 日が暮れるとは言わずとも、そろそろ獲物の処理をせねばと足を止めたのは森を抜けた拓けた川の側。

抜かれず放置された切株を見付けたので、その上に乗るサイズの一角兎(ホーンラビット)を数羽置き、近くの高さがありしっかりとした気に鹿の魔物(バンビッグ)を吊るす。

血抜きは済ませていたが、バンビッグ程の大きさの獲物を解体するのには吊るした方が楽だ。


 周りに肉食の魔物が出るかもしれないので結界を張るための媒体を切株を中心に10メートル範囲に置き、媒体と媒体の間に棒で深さ1センチの溝を彫り、溝をたどるように魔力を流せば薄い紫色の結界が張られた。

ちなみに溝は彫らないでも張れるが、彫った方が魔力の流れをコントロールしやすいので()()()そうしている。

 いや、()()()


 「シュナイザ、鮮度が落ちて食べられなくなりますよ」


 プトレスが首に鼻をぺったりと付けてきて背筋にゾゾゾッと不快感が駆けた。

あぁ、そうだった早く処理をしないとな。ハッとして切株の場所へと足を進めた。


 背後でプトレスがどんな表情をしていたのか、それを少しだけでも気にかけて居たのなら、結末は変わったのではないかと後に(オレ)は後悔することになる。




 その日の夜、夢を見た。

真っ白な玉座の間、その中央で黒い靄と白金が得物同士をぶつからせて音を奏で踊るように舞っていた。

最後はわからない。けれど黒い靄から頭ほどの大きさの靄が跳ね飛んだ。

白金が口を開く。先程まで音が流れていた筈が、その言葉は聞こえてこなかった。

わかる範囲で音にするならば『ゆる「主、主よ、気を抜くな」


 フワサァと首筋にアザルトの尾が当たり、そのくすぐったさで意識が一気に戻ってきた。

そうだった、朝のブラッシングをしているところだったとブラシを滑らせる。

アドゥルから離れるとこうして気が散ることが多くなる。

何かがこの先にあるのだろうか?

(オレ)はそれを知っても良いのだろうかと不安になるがしょうがない。

行くしかないのだ。皆が、待っている。


 ブラッシングを終え、荷をくくりつけてから結界の魔力を散らし解除する。

昨日は走らせ過ぎたからゆっくり行こうと伝えれば肯定された。

ここらの地域ははじめて来る為、出現する魔物の種類を知る機会にも丁度良い。


 四つ足で地を駆け、しなやかな動きで襲い掛かってくる白い狼のような魔物。

最小限の、左へ上体を逸らして右腕を魔物の腹へとめがけ突き上げれば「ギャウンッ」の悲鳴と共にボキリと骨の折れる音が聞こえた。

腰の骨さえ折ってしまえば終わりだ。どんな生き物であろうと。

 いつからだろうか、(オレ)が武器を使わなくなったのは。

血を吐き、ヒューヒューと息を吐く魔物。

最初こそは躊躇した。

まだ襲ってくるのではないかと滅多刺しにして、大人達から「怖がりだな」と笑われた事を思い出した。

けれど今は、首を押さえて力を込める。

ボキリと、また骨の折れる音。

きれいな毛皮が出来るな、と思った。


 走っては休憩をとり夜を明かしてを繰り返すこと3日。

ようやく目的地についた。

プトレスが心配していた魔物も、いつの間にか狩れるほどに成長していたようで難なく糧とした。

……荷物が増え、アザルトにも荷を乗せたので半日ほど歩いた時に狩りすぎたか?と少し後悔したのは内緒だ。

修繕あとが残る、街をぐるりと囲む白い壁。

入口の門へと行けば、アドゥルでも門の前に立っていた人が出迎えた。


 「やぁ、シュナイザ。お疲れ様。ちょっとした旅はどうだった?」


 いつの間にか越してしまった低い身長で、大きなモフモフとした翼をそわそわと動かして感想を聞いてくる。

その様子が子供じみていて、無意識に頭に手を伸ばして撫でていた。


 〔中々に楽しめたような気がする〕


 「っそうですか!」


 返ってきた返事に驚いて手を下ろした。

門を開けてもらい、中へと入る。

何処か懐かしいような、なんとも言えない感情が浮かんだうえ、兜の隙間から漏れる靄が増した気がした。

感情が動くとこうなると気付いたのは何時だったか。


 自然と足が動く。

育ての親はどこに居を持ったのか知らないハズなのに。

まるで自分の体ではないように、門から見えた城へと歩が進む。

広場を抜け、芳しい香りが漂う通りを抜けて。

途中、見た覚えがない魔族が頭を下げて()を見送った。


 真っ直ぐに城へと辿り着いた瞬間、体を靄が覆い尽くした。

入るなと言うように、踏みとどまれと言うように。

けれど体は動いた。

駆け足て、勝手知ったる足取りで。


 気付けば庭にいた。

天から降り注ぐ光のなかで、1つの株から8つほど、可憐な赤い色の花が連なって咲いて風に揺れていた。

良かった、残っていた、咲いていた!

早く渡さねば……誰に?


 そう思った瞬間、視界が暗転した。

意識が無くなる寸前、アザルトとプトレスの嘶きが聞こえた気がした。

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