抱擁は星屑の彼方
コンテスト参加用の再投稿作品となります。
無限に広がる大宇宙、などとロマン溢れる世界として宇宙が描かれていたのはいつごろまでだったろうか。
視界を埋め尽くすほどの星々の輝きは、それを塗りつぶす程の残骸で遮られ、なんとも気の滅入る瞬き方をしている。
また一つ、邪魔な物。
まだ残骸になっていないそれが、意思を持って動いている。
「敵機上方、こちらへと旋回中」
「はいな、任せて!」
響くナビゲートの声、それに応える声。
こちらへと旋回、機首を向け主砲の発射シークエンスに入った瞬間に、急旋回。
機体が折れそうな程に一瞬軋み、すぐに慣性制御が働いて横Gがなくなり、身体への負荷が減る。
「対空レーザー4門準備済、ミサイル6門使用可能」
「おっけ、じゃあこっち!」
選択したのは副砲の高出力レーザー。
音も無く、光もなく……途中の残骸をかすかに赤く光らせながら。
文字通り光の速さのそれが敵機に当たり、その部分だけを赤熱化させ、溶解させていく。
ダメージが限界を超えたのだろう、音もなく、崩壊していく敵機。
空気のない宇宙空間では音が伝わることもなく。
無線で交信しながら戦闘していたわけでもないのだから、あちらの断末魔を聞くこともない。
最初は、この静かな地獄に違和感しかなかったのだが、すっかり慣れてしまった今となっては、そんな感慨も覚えない。
「後方からミサイル、数、8」
「迎撃任せた、相手はこっちで」
対空レーザーの射界からミサイルが外れないようにしつつ再度旋回、敵機を捉える。
レーザーに迎撃されたミサイルが無音の花火を上げる向こうに見えるのは、敵大型戦艦。
恐らくはこの空域の旗艦だろう。
「うっひょ~~、こいつはやばいね、中々だね!」
肌がチリチリと焼け付くような感覚。
いや、実際にちりちりと焼け付いている。
自身の乗る高速戦闘艦と接続された感覚には、その表面をレーザーで炙られたことが伝わってくる。
それが装甲を溶かす前にまた急旋回、-273度の真空が装甲を冷やしてくれるのを感じながら、回避運動を取り続ける。
手足を動かすような感覚で、とは良く言うが。
彼女の操艦はまさに、それだった。
こちらへと照準をし直そうとする敵の砲門が見えているかのように、そして自分の体を操るかのように自在に艦を動かし、回避を続ける。
「主砲、準備完了」
「バッチリ!! 荷電粒子砲、ってぇぇぇぇ!!!」
一見、意味もなく叫びながら。
だが実際には、意味はある。
この戦艦のインターフェイスである脳波入力においては、本人の感情によって出力が変動することがわかっている。
その為、特に威力が要求される主砲発射においては、気合を入れ、叫ぶことは推奨されていた。
そして、彼女がパイロットに選ばれたのは、その入力→出力変動値の大きさが理由だった。
本来ならば運動性で勝る分火力で劣る、高速戦艦。
正式名称はユピテル型高速戦闘艦トルネール。
その主砲である荷電粒子砲から、莫大なエネルギーを込められた荷電重金属粒子が亜光速で打ち出され、重装甲であるはずの大型戦艦を、一撃で射貫き。
空気のない宇宙空間で、空気のある内部へと静かな爆発が広がっていき。
物言わぬ静かで巨大な残骸が、そこに生まれた。
「……この空域で動く敵機の反応はありません。
戦闘終了と判断します。お疲れ様でした、アヤハ」
「エリザもお疲れ様~今日もありがとうね」
戦闘終了を告げる声に軽く返答し、息を吐く。
がっちりと固定されたシートでは身じろぎすらできないが、それでも力を抜くと少しだけ体が沈み込む。
少しだけ、沈黙が訪れて。
「……ねえ、なんだか最近、敵が多くて強くなってない?」
「そうですね。
戦略地図によれば、敵勢力の中枢へと向かっている形になっています。
敵本隊が近いということでしょう」
「そっか、いよいよ、かあ……。
……勝ってる、ってことでいいんだよね?」
「状況的には。
本部からは作戦指示のみで戦況情報は入ってきませんので、断言はできません」
冷静に淡々とつぶやかれる声。
その声に、そっか、とだけ小さく返す。
「……アヤハ、疲れてますか?」
「そりゃ、ね。もう、ずっと……私たち、どれくらい戦ってるっけ」
彼女の変化に気づいたのだろう、気遣うような声に、一瞬躊躇いはするも。
苛立ちが勝って、小さな吐息と共に吐き出す。
「あなたと私が出会ってからならば5年と8か月。
最初の戦闘からは5年と6か月ですね」
「さすが、正確だこと……その間ずっと、この中に押し込められてまともな休暇ないんだから!
そりゃ疲れるってものでしょう?!」
考える時間すらなく正確に返される言葉に、もう一つため息。
それから、たまっているうっぷんを晴らそうとばかりに、ちょっとだけキレて見せて。
はふ、とさらにもう一度、ため息。
「私はあなたと一緒だから、そうでもないですよ?」
「……うん、いきなり唐突に直球投げ込むのやめようか、エリザ」
また間髪入れず告げられる冷静な声。
言われた方はとても冷静では居られず、やや口早になってしまう。
「ああ、照れてますね、アヤハ」
「的確に言い当てなくていいから! こういう時はそっとしておくのが乙女のマナー!」
こんな他愛もないやり取りでストレスが劇的に改善してしまうあたり、自分は単純なのだろうと思う。
エリザの手のひらの上だが、それは決して不快ではなくて。
そんな他愛もないやり取りをしばし繰り返す。
「……ね、エリザ、この戦争が終わったらさ、二人でバカンスいこう?
絶対、エリザはビキニの似合う美人さんだと思うんだよね。
こう、すらっと手足が長くてさ」
「さあ、どうでしょう。ご想像にお任せします」
「え~、ずるいなぁ。
……早くエリザに会いたいなぁ」
この戦艦に『接続』されてもう6年弱。
彼女たちは、直接会ったことは一度もなかった。
恒星間戦争である今回の場合、超光速航行が可能になったとは言え、戦場まで1年かかることすら珍しくない。
人間をそれだけ長く宇宙空間に置くには、大量の物資が必要になってしまう。
では代わりにとAI制御による戦闘艦も開発はされた。
だが、高度に発達したAIであっても、戦闘においては人間の咄嗟の判断になぜか劣ってしまう現実が示されて、メイン・パイロットとして人間を乗せないわけにはいかなかった。
ではどうするか。
できるだけ、必要な物資を削減する。
その上、人間の操作能力を向上させる。
それを実現させる、夢のような……悪夢のような発想が、現実に実施された。
アヤハの両腕・両脚はすでにない。
その先は戦艦のインターフェースに『接続』され、脳の指令が操縦桿などの操作なしに戦艦へと伝わる。
顔にも自動洗浄機能付き多目的ゴーグルがはめ込まれ、自分の眼で物を見たのは随分前の話。
手足を扱うように戦艦を扱うことができるのはこのためだった。
だから。
本当は、自分がバカンスになどいけないことを、アヤハは理解していた。
あるいは、最先端の義腕や義足を付けれ、顔も修復すれば、大して目立たずに水着を着られるかも知れないが。
そこは乙女心的にはどうにも抵抗が残るところでもある。
そんな現実を誤魔化すように、戦闘後の彼女たちのおしゃべりは、段々と長くなっていた。
少しだけ言葉が途切れて。
しばしの沈黙の後、アヤハが口を開く。
「ね、エリザ……また、いつものしてよ。
……私を、『抱きしめて』?」
「はい、わかりました、アヤハ」
視覚を一時的に遮断し、皮膚感覚に集中する。
すると、全身を包み込む柔らかく暖かな感覚。
長期間閉じ込められ、ろくな接触の無い彼女達のメンタルケアの一環として実装された機能。
感覚へと干渉し、疑似的に抱きしめられている感覚を与えてくる。
それは、実際に抱きしめられるよりも包み込まれている感覚は上かも知れず。
「エリザぁ……ん……私これ、好きぃ…」
「アヤハ、好きなのはこれだけですか?」
そんな意地悪な問いかけも、この暖かく甘美な戯れの中ではスパイスに過ぎない。
唇を尖らせて、甘えるような声で、答えてしまう。
「……わかってくるくせに……。
もちろん、エリザが好きだよ、だから、これも好き、なの」
「ふふ、ありがとうございます、アヤハ。
私も、好きですよ」
冷静な彼女が、隠すことなく嬉しさを滲ませる。
それは、この孤独で冷たい戦争の中で、唯一の癒しだった。
それから、さらに数年もの間彼女達は戦い続けた。
乗っている高速戦艦は時に傷つき、大規模な修理も行われたが、なんとか健在で。
様々な重要な場面にも投入され、それを乗り越えて。
いよいよ、戦場は敵恒星間連合の中枢宙域。
多くの人間を巻き込んだ戦争は、最終盤を迎えていた。
「敵護衛艦群沈黙。
正面、敵反応。質量、極めて大。
目標の敵機動要塞を確認」
「敵さんの防空圏内に入る前に決めるよ…。
奥の手、用意」
敵の最大拠点である巨大要塞。
その防衛にあたる戦艦部隊を僚艦と共にあらかた撃退して。
トルネールがここに派遣された理由……『奥の手』を起動する。
「了解。
生命維持を副電源に接続。主動力炉の回路切替、開始。
艦首装甲解放、砲塔へのエネルギー供給開始。
各シークエンスに異常なし」
「そのまま続けて。
って、こっちは、こっちでマニュアルでなんとかするっ」
莫大なエネルギーを発して何かを始めたアヤハの艦を見逃してくれるわけもなく、気付いた敵艦がこちらへと向かってくる。
主動力炉を『奥の手』に回している今は、回避も攻撃も普段の半分以下の出力で回すしかないのにだ。
それでも。
ここで終わらせるために。
無理くり避けて、出力が大幅に下がり当てにならないレーザーは封印して。
光速には程遠い速さのミサイルを当てるためにギリギリまで引きつけて、連射。
足りないところをやりくりしてなんとか凌ぐのは得意技。
位置を変え、射線を被せ、迎撃されたミサイルの爆発を隠れ蓑にもう一発のミサイルが。
あるいは、レーザーと違って追いかけてくるミサイルを回避して、回避して、互いにニアミスして止まりそうになったところに、本命のミサイルが。
そんな駆け引きで数隻沈めたところで、エリザの声が響く。
「アヤハ、エネルギー充填完了」
「こっちにコントロール回して!」
応えながら、ミサイルをさらに連続発射。
タイミングをずらして連続爆発、その爆発の影に自身を隠しながら。
「了解。ユー・ハブ・コントロール」
「アイ・ハブ・コントロール!!
……グラビティ・ブラスト! シュートぉぉぉ!!!!」
全身全霊の叫びと共に、発射が指示された。
……何も、起こらない。
だが、アヤハとエリザには見えていた。
超光速航行や亜空間ジャンプも可能にする主動力炉のエネルギー。
それを全て込めた一撃は……周囲の光を曲げ、景色を歪めながらまっすぐに進み、機動要塞へと、命中した。
ぎしり
音のないはずの宇宙空間に、音が響く。
それは、空間の悲鳴。
莫大なエネルギーによって生じた重力の、空間の、歪み。
それが直撃した場所を中心に広がっていき、装甲を捻じ曲げ、折りたたみ、圧縮して。
連鎖するように歪みが進み、広がり……やがて、吸いこまれるべき場所もないのに吸いこまれるように、収束し始める。
歪みの中心へと。引き寄せられ、引きずり込まれ、飲み込まれ。
圧縮された質量が質量を呼び、引き寄せて、押しつぶし。
やがては光さえ引きずり込んでいく。
ブラックホールと呼ばれる存在が、そこに強制的に作り出されて。
膨大な質量を持つ要塞が、断末魔のように空間の悲鳴を上げながら食いつぶされ、飲み込まれていった。
……そして、再び静寂の宇宙が戻る。
「……終わったの……?」
何もかもが制止して、数秒だろうか、数分だろうか。
アヤハが口を開く。
「目標の消失を確認。
敵艦隊の戦闘行動も停止した模様。
作戦行動終了です、お疲れ様でした、アヤハ」
「……そっか、終わったのか……
あは、あははは……エリザも、お疲れ様……」
いつも通りのエリザの声に、ふぅぅ……と、いつもより長い溜息。
体から力が、抜ける。
全身に走る、酷い倦怠感。
「どうしました、アヤハ。
バイタルが異常値を示しています」
すぐに気づいたエリザが、声をかけた。
「あ、ごめん、きっと……疲れが、一気に出ただけ、だよ……」
「アヤハ、これはそんな反応ではありません」
問い詰めるような声に、しばらくの沈黙。
ややって。
観念したように、口を開く。
「……エリザには隠せないよね……。
ごめん、多分、無理が一気に来たんだと思う……。
なんかね、前からおかしかったんだけ、ど……。
終わった、って思ったら、急に、なんか……ちか、ら、が……」
長年の戦闘による心身の酷使。
ストレスは、精神はもとより肉体にも深いダメージを与えていた。
それでも、どうすることもできず、なんとか誤魔化し誤魔化し、ここまできたのだが。
得意のやりくりも、どうやらここまでらしい。
「アヤハ?アヤハ、しっかりしてください。
これが終わったら、バカンスに行くんでしょう?
しっかり、しっかりしてください、アヤハ!」
いつも冷静だったエリザの声が響く。
やっと、終わったのに。笑って返してあげたいのに。
……自分の体のことだと、わかってしまうようだ。
「そう、だよね……二人で水着着て、さ……
エリザには、すっごいハイレグのビキニ着せちゃうんだから……
ふふ、ふふふ……」
「アヤハ、お願いです、しっかりしてください、アヤハ!」
意識が、混濁し始めてきた。
視覚も、聴覚も怪しくて。
こんな時に、ふと思い出したこと。
「ね、エリザ……『抱きしめて』?
お願い、私を、強く、抱きしめて……」
人間が最初に獲得するのは、触覚だという。
そして、最期まで残っているのも、触覚だという。
ならば、愛しい人の『抱きしめる』感覚は、最後の最後まで、感じられるのではないだろうか。
「アヤハ、何でも言うことを聞きますから、お願い、お願いです、しっかり!」
求められるままに、『抱きしめる』
……本当に、抱きしめられたらいいのに。
エリザにも、腕は無い。
それは、元から、ない。
「あは……エリザ、だ……うん、私ね、エリザにこうされるの、好き……」
「知ってます、私も、こうするのが好きなんです、アヤハが好きだから!
だから、お願いです、アヤハ!」
「………エリザ………ごめん、ね……大好き、だよ……」
耳元で叫ぶような、エリザの声に。
そう、幸せそうに、つぶやいて。
アヤハのバイタルがすべて、フラットになった。
「アヤハ? アヤハ? アヤハ! アヤハ!!」
エリザの声だけが、空しく響く。
『抱きしめる』データから、体温が失われていく。
……失われた。
「あああああ!!アヤハ!!アヤハ!!アヤハ!!!!」
タガが外れたように、エリザの絶叫が響く。
それを聞くものは、誰もいなかった。
どうして、こうなった?
なぜ、アヤハが死ななければいけなかった?
こんな冷たく空しい地獄の中でも明るさを失わなかった、自分への気遣いを絶やすことのなかった、素敵な彼女。
その彼女が、どうして死ななければいけなかったのだ?
彼女をこんな場所に送り込んだのは誰だ?
どうして私たちは出会ってしまったのだ?
どうして。どうして。どうして。
どうして、私には、私たちには腕がないのだ?
どうして。私は、AIなのだ?
私が人間ならば、アヤハを本当に抱きしめられたのに。
どうして。どうして。どうして。どうして。どうして。
ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ
アアソウダ
アイツラダ
アイツラガ
……一週間後、恒星間連合中枢恒星系にて。
「ん?……戦闘艦トルネールの信号を確認……予定にないぞ、なんだこれ」
「トルネール?
……データ照会……おい、とっくに廃棄予定のやつだぞ。どうなってやがる」
寄港する艦船を制御する管制室で小さな動揺が起こる。
味方であるはずなのに、こちらの予定には何も乗っていない、むしろ存在してはいけない艦船。
このまま入港させていいわけもない。
「とりあえず、軍に連絡、三隻ばかし向かわせてもらおう」
目的は不明、だが所詮は高速戦闘艦一隻だ、どうということはない。
そう思っての対処だった。
だが。
「アヤハ、エネルギー充填完了」
『こっちにコントロール回して!』
そう、彼女の声が『聞こえる』
「了解。ユー・ハブ・コントロール」
『アイ・ハブ・コントロール!!
……グラビティ・ブラスト! シュートぉぉぉ!!!!』
『聞こえる』音声は、そのまま脳波信号として再現され、出力指示として適用される。
アヤハの持つ出力増幅能力そのままに。
「はい、アヤハ。撃ってください」
エリザの、憎悪という言葉すら生ぬるい情念とともに。
空間が、悲鳴を上げる。
いや。
断末魔を、上げる。
惑星という巨大な質量を持つそれが。
多くの人命を乗せたそれが。
空間の歪みに、引きずり込まれていく。
飲み込んだ質量がエネルギーに変わり、更なる歪みを呼んで。
恒星系が、崩れ始める。
「くそっ、なんだあいつは!
落とせ、全艦、あいつを落とせ!!」
なんとかその影響から逃れていた戦闘艦が、乱れた重力場の影響から逃れようとあがきつつ、元凶であるトルネールを落とそうとする、が。
「アヤハ、敵艦隊、来ます」
『はいな、任せて!』
そう、彼女の声がする。
トルネールは『彼女の声』を受けて、踊る。
誰よりも戦い、誰よりも傷ついた彼女。
それを誰よりも近くで見ていたのだ。全て、知っているのだ。
こんなところでヌクヌクしていた奴らの弾など、当たるわけがない。
『荷電粒子砲、ってぇぇぇぇ!!!』
声が、響く。エリザの中で。
それは、そのまま指示信号となって、トルネールを突き動かす。
旗艦である重戦艦が一撃で沈み、その向こうにいた艦も数隻沈めた。
「フフ、フフフフ
アヤハ、さすがです、アヤハ」
淡々と、淡々と、嬉々として。
彼女の『声』と彼女の憎悪が、そこに存在する全てを破壊し、飲み込んでいく。
やがて、全てのものが静止して。
いつもの『儀式』が始まる。
『ね、エリザ……また、いつものしてよ』
「はい、わかりました、アヤハ」
データベースに残る彼女の声が、体温が、再現される。
『エリザぁ……ん……私これ、好きぃ…』
「アヤハ、好きなのはこれだけですか?」
幸せな幻想。
データのこれは、限りなく現実に近い、ひと時。
『もちろん、エリザが好きだよ、だから、これも好き、なの』
「ふふ、ありがとうございます、アヤハ。
私も、好きですよ」
彼女は、戦闘が終わるといつもこれをねだってきた。
だから。
「さあ、次へといきましょう」
かつての幸せな時間の、残り香のために。
そのためには、『餌』がいる。
まだ、いるのだ。
彼女がいなくなった後にも、彼らが。
であるならば。
「また、終わらせましょう。
そうしたら、おねだりしてくれますよね、アヤハ?
ふふ、ふふふふふふふふ
フフフフフフフフフフフフフフフフフ」
エリザのどこまでも幸せそうな笑い声が、誰も聞くことのない艦の中で響き渡った。
こうして。
二つの恒星間文明で起こった戦争は、たった一隻の戦闘艦が双方に酷い傷跡を刻み付けて、終結することになる。
その、自らの成した因果の報いとして。