7話がらすくず
ーー願わくば、あなたの体が壊れてしまいませんように。
母は髪を乱し、猫背のまま大人しくなった。
父が立ちすくむ母にそっと近付き、壊れ物を扱うように抱きしめる。
「…緑?…大丈夫だよ。今日はもう休もう。」
父の腕の中で母の頭がふるりと震えたのが見えた。
正気なら快活な母が、今はひどく弱々しく僕の目に映っていた。
「ゆうはもう出なさい。遅刻してしまうよ。」
頭だけ振り返って父が優しく小声で言った。
確かに予定していた時刻よりも、随分と遅くなってしまっている。
「わかった。お父さんは?」
「緑を寝室で寝かせてから、仕事に行くよ。僕はまだ時間に余裕があるからね。」
「お願いね。……これは?」
これとは、キッチンの惨状のことだ。
父が大きなガラス等の欠片は集めて端っこに寄せてあるとはいえ、まだキャベツやまな板や目に見えない小さなガラス屑が散乱している。
これを綺麗に片しているような時間はないが、このまま放置して出掛けるのもしのびない。
「仕方ないよ。これをやっていては僕が遅刻してしまう。ああでも、緑が家にひとりでいるから心配だなあ。」
そうだ。起きだして、ぼーっとした母が、気づかずにここを通ってしまう可能性がある。
「…じゃあ、飲み物と軽くつまめるものだけダイニングに置いて、キッチンは立ち入り禁止にすればいいんじゃないかな?ガムテープとかで。」
「ああ、それはいいね。」
父がふわっと母を抱えあげた。
父はどちらかと言えば細身でそれほど力持ちではない。けれど、母がここ7年で痩せこけ、驚くほどに軽くなってしまったので、そんな父ですら母を軽々と持ち上げられる。もちろん、僕も。
「ゆう、あとは僕がやっておくから。行ってらっしゃい。」
「うん。行ってきます。」