6話かけ
ーー願わくば、この言葉があなたに届きますように。
僕が語りかけた瞬間、母の動きがぴたっと止まった。
焦点の合わない両目でじっと虚空を見つめ、やせ細った腕がだらりと垂れる。
父がこの機に、と母の周りに散らばる割れたガラスやらの欠片を母から離そうと動いた。
でも、ちりとりを取りに行くような余裕はさすがにない。
(お父さん、ガラス気をつけてね。)
(大丈夫だ。緑のこと頼んだよ、ゆう。)
父と一瞬目をあわせて、軽く頷きあう。
未だ母は戻って(・・・)きていない。
僕はひとつ大きく息を吸って。
「お母さん。お弁当作ってくれてありがとう。とっても美味しそうだね。あのね………っこっちのお弁当も僕が食べてもいいかな?」
「…そ、のお弁当は……」
「…うん、わかってる(・・・・・)。でも、僕だって、お母さんの子供だよ?だから、2つとも僕が食べてもいいでしょ?」
(ああ、全然うまく言えてない。こんなんじゃお母さんを戻せないかも…)
母が瞳孔の開いた瞳で、僕の手にあるお弁当を凝視する。
内容も論理もめちゃくちゃな僕の言葉を理解しようと、ゆっくりゆっくり考えているのだろう。
物音ひとつしない静寂が、続いた。
1分、いや10秒かもしれない。
しばらくして。
強ばっていた母の表情がだんだんと解けてきた。
「……お母さん…?」
おそるおそる尋ねてみる。
父も息を呑んで、静かに母の様子を覗っている。
「ええ…そう、そうね。構わないよ、ええ。」
「お母さ…」
「2つとも、大事に、食べなさい、ね。」
表情の抜け落ちた顔で僕を見て、母はぼそぼそと、まるで独り言のようにそれだけ呟いた。
「うん。ありがとう、お母さん。」
母がほんの少し微笑んだ気がした。