5話ひめい
ーー願わくば、あなたの心を救い出せますように。
「これ、は、これは、こ……れ」
一拍。
「っああああああああぁぁぁああああ!!」
家中に響き渡る悲鳴。
出せる限界ギリギリの大声をあげ、長い髪を振り乱して、赤いお弁当を床に叩きつける母。
父も僕もその声に弾かれたように、母を抑えようと動き出した。
けれど、母は腕を振り回してあたりにあるものを薙ぎ払い、投げつけてくるので、迂闊に近づけない。
「ああああぁぁあの子がぁぁぁあ!あの子のぉちがうっこれは!いやぁいやいやいやぁぁぁああああああああ!」
「……緑っ。落ち着い…いたっ…落ち着いてくれっ!」
父が必死に呼びかけるも、届かない。
お弁当は赤いハンカチで包まれていたからか、形を保ったまま床に転がっている。
まな板が滑り落ちて、キャベツが散らばった。
包丁がフローリングに刺さった。
胡椒の瓶が割れた。
茶碗が飛んできて、父に当たった。
ガチャーン。ガチャーン。と重なるように、いくつもの割れる音が響く。
僕はこの状況を打破するために懸命に頭を回して、あるひとつの案を導き出した。
「お母さんっ!」
語りかけるように、懇願するように、母を呼ぶ。僕は赤いお弁当をそっと拾い上げて、母の目に入るように持つ。
これからやるのは賭けだ。
母を正気に戻せるか、もっと暴れさせるか、どちらに転ぶかわからない一手。
(ふぅ……いつもいつも(・・・・・・)綱渡りな気がするよ。)
ため息を押し殺し、赤いお弁当を大事そうに両手に持ち直す。おそらくだが、こっちの方が成功率が上がるだろうと考えて。
「お母さん、聞いて。このお弁当、僕が大切に食べるよ。」