3話あんど
ーー願わくば、あなたの心が安静でありますように。
「ゆう。緑のことなんだけれど……」
どきり、とした。その続きを聞くのが、こわい。
毎朝いくら祈っても、その実どうなるのか全くわからないから。
知らず知らず、体が強ばってゆく。
「……今日は、大丈夫そうだよ。」
(ああ……よかっ…た。今日はお母さん、正気だったんだ……)
ほっとして思わず座り込みたくなってしまったのを、ぐっと堪えて、困ったような笑みを作って父に見せた。
「そう。安心したよ。」
「そうだね。今頃は僕達のお弁当を作ってくれているところだろう。さあ、早く行って緑に顔をみせてこよう。」
うなずいて、父の後ろをついてゆく。
父がリビングへとつながる扉を開けると、芳ばしい卵の香りが漂ってきた。
その奥のキッチンでは、長い黒髪をひとつに束ね、エプロンを着た母がザク…ザク…とキャベツを切っている。
母は僕達が入ってきた音に気が付き、顔をあげてにっと笑った。
母がこうして笑うと、そのキリッとした目尻が優しく変わる。
僕のいちばん大好きな笑顔。
「隆くん、ゆうくん、おはよう。朝ごはんもう出来てるよ。」
「おはよう、緑。」
「おはよう、お母さん。」
淀みなく喋った母に安堵しつつ、イスに着く。机の上には卵焼きとスライスハムと食パンがのった皿が2つ置かれていた。いつも通りの朝ごはん。
そんな当たり前ではない(・・・・)幸せな朝に、心の中で感謝した。
「ゆうくん、今日は入学式でしょう?お弁当、張り切って作っちゃうからね。」
母がふんっと拳を握って宣言する。
「無理しないでね。でも、ありがとう。」
そんな張り切るタイプの入学式ではなく、むしろいつも通りでいいのだけれど、母の気持ちはとても嬉しかった。