プロローグ わたし
落ちる。落ちる。落ちる。落ちる。
酔ってしまいそうな激しい揺れ。
おもちゃ箱をふたを閉めたまま、力いっぱい振りたくったかのような騒音。
わたしは細く頼りない腕で頭をかかえて、声を押し殺すことしかできない。
不幸にもわたしは無力だから。
ーードゴオオォン
後ろのほうでまた爆発音がきこえた。
「……っ。……うぅ。」
ひときわ大きな揺れが小さな体をおそう。
わたしは必死にこぼれ落ちそうな涙をこらえる。
こんなところで泣くわけには、いかない。
その瞬間、ぞわり。とした。全身の毛が逆立つ感触。
お腹のそこが押し上げられる不快な感覚。
落ちる速度が上がっていた。
より速く。もっと速く。落ちる。落ちる。
気持ち悪い。喉の奥から酸っぱいものがかけ上がってくる。あわてて小さな手て口をおおうも。
「っ……うえぇ」
出してしまった。けれども、右手に残るサラサラとした手触りに、そういえば、と思い出す。
(お昼ごはん、まだだっけ?)
そんなこの状況には全く似つかわしくないことが頭をよぎって、少しだけ冷静になれた。
視界がひらけ、周囲の様子に意識がむく。
糸が切られたマリオネットのように、細い首を力なく揺らす隣の女の子。
ブランケットを掻き抱いて、甲高く泣きわめくその奥の男の子。
不規則に点滅する点灯。
通路に転がる荷物や飲み物。
ふとよく聞く大人の声がきこえた。何かを懸命に叫んでいる。ちゃんと聞かないと、と思うのに騒音にかき消されて聞き取れない。
近くの子に尋ねようとしても、誰も彼も周りのことなんか見えていない。
でもきっと「頭をかかえて、しょうげきたいせいをとれ。」と言っているのだろう。
しょうげきたいせいはよく分からないけれど、出発前にそういったビデオを見させられたから。
先生の言うことは絶対。
そっと静かに、折れてしまいそうな両腕で頭をかかえて、体を丸める。
もう自分の膝と前の座席の背しか目に入らない。
限られた視界の中で、思い出すのは家族のこと。
心優しい父。
しっかり者の母。
内気な弟。
楽しかったこと、怒られたこと、苛立ったこと、感動したこと、悲しかったこと、嬉しかったこと。
大切な家族との大切な思い出がいくつもいくつも溢れてきて、目の前で再生される。
ひとつひとつが宝物。
だからわたしは、ひとつずつじっくり見入る。
もう二度と、思い出せない、大切な、思い出、だから、いま、見ておないと、だめなの。
この思い出している時間さえも大切で、思い出の中の家族さえも大好きで。
終わってしまった再生に、落胆すらしてしまう。
ぐらりと体が傾いだ。わたしの座っている椅子ごと。わたし達の乗っている機体ごと。
反動で、わたしは前の座席の背に顔面をぶつけてしまった。
痛みに耐えつつ、前の席を睨むと、その背に縫い止められた荷物ネットが目にはいった。
そしてそこに入れられた《旅のしおり》が。
どうしてこんなことになっているのだろう?どうしてわたしは、わたし達は落ちているのだろう?どうして今ここに家族がいないのだろう?
さっきまでは楽しかった。もうすぐ家族に会えると安堵していた。今こんなことになるなんて考えもしなかった。
しおりに挟まったペンの先のイルカの小細工が揺れる。これも宝物。だから手を伸ばしてーー
ーーー窓の外に心奪われた。
白と紅。
切り取られた窓の景色は、たった2色に分けられて、じわじわと紅が白を塗りつぶしてほいく。
それにつれて紅が判然としていく。
紅葉。
秋の風物詩。
まっ紅に色付いたあまたの木々が、山肌をおおい隠していた。
ふわりと風に煽られて舞い散る木の葉が綺麗で綺麗で、あまりにも綺麗で、ひとしずくの涙が頬をつたって落ちた。
窓の外は紅。
美しい紅葉。
「…ふふ。最期にこんな綺麗な景色が見れたよ。お母さん、お父さん……ゆうちゃん」
願わくば、この感動をみんなで分かち合いたかったな……