おもてなしの春色お昼ごはん1
異世界料理フェアと銘打って、書店さんでおもてなしご飯の一巻、最強の鑑定士1、2巻を購入のお客様に特典SSが着いてきます!(うちは堅物宰相様が、酔っ払ってヘロヘロになった挙句に、わんこ愛に溢れてやらかすSSです)
対象の書店様の一覧等々、詳細はカドカワBOOKSホームページか、
https://kadokawabooks.jp
活動報告をご覧になってくださいね!
庭に「稀人の扉」が出現して、二日目。
今日は異世界からお客さんが来るはずだから、訓練に行きたくないとゴネる妹を無理やり送り出して、ジェイドさんと一緒に一通り簡単に掃除をし終わった頃。庭の方から賑やかな声が聞こえてきた。
急いで庭の方へと行くと、そこにはアリーさんと悠利くん、それと緑色の髪に眼光がやけに鋭い、騎士というか武人という風な雰囲気を漂わせている男性がひとり。その横には、背中に大きな弓を背負った、紺色のポニーテールが涼やかなクール系のお姉さん。そして、柔和な笑みを浮かべた、朱色の髪をハーフアップに結った女性が居た。
……おおお。色とりどりの髪色。
日本では、コスプレかアニメくらいでしかお目にかかれない、色彩豊かな風貌に思わず見入ってしまう。なんというか、THE異世界って感じだ。意外と私のいるこの世界は、普通の髪色の人が多いから尚更だ。
すると、アリーさんがこちらに気がついて、手に持った酒瓶を掲げて挨拶をした。
「約束の酒を持ってきた。こいつらは、うちのクランの連中だ……すまんな、大勢で押しかけて」
「いいえ。大丈夫ですよ。王様も、出来れば沢山連れてきて欲しいって言ってましたもんね」
「ああ。どちらにとっても、貴重な体験であることには間違いないからな……」
私は初めて見る面々に向き直ると、自己紹介をした。
「初めまして。小鳥遊 茜と言います。よろしくお願いします」
すると、ジェイドさんも私の後に続き、お互いに挨拶を交わした。
「ジェイドです。茜の護衛騎士をしています」
「……俺はブルックだ」
「私はフラウ。よろしく頼む、アカネ、ジェイド」
「ティファーナと申します。女同士、仲良くしましょうね」
男性はブルックさん、ポニーテールのお姉さんはフラウさん、おっとりとした女性はティファーナさんと言うらしい。一応、異世界に来るからだろうか。彼らはしっかりと装備を着込んでいて、如何にも冒険者という出で立ちだ。
……おお。かっこいい。
私が普段目にするのが、兵士さんたちや騎士さんの着るきっちりとした鎧ばかりだからだろうけれど、彼らのちょっと着崩したような感じの装備が、アウトローっぽくて中々惹かれるものがある。
――そう言えば、昨日来たレレイちゃんとクーレくんも、面白い格好をしていたなあ。
彼らを探して、周囲をキョロキョロと見回す。けれど、ふたりの姿はどこにもなかった。すると、私の様子に気がついたアリーさんが、苦笑を浮かべて今日はあいつらは居ないと教えてくれた。
「昨日、ここから戻ったあと、異世界に行ってきたとクーレとレレイがうちの見習い連中に自慢して回ったらしくてな……。勝手に言いふらした罰として、あのふたりは留守番だ」
「わあ……」
……きっと、アリーさんにしこたま怒られたんだろうなあ。
昨日聞いた、アリーさんの雷のような怒号を思い出して、思わず身を竦める。
あのときのアリーさんったら、毘沙門天もかくやという迫力だった。まあ、悠利くんは慣れているのか、割りかし平気そうだったけど……。
因みにそんな悠利くんは、尻尾を振りながら出てきた我が家の愛犬、ダックスフンドのレオンに「お手ー」なんて言って手を差し出している。うちのレオンも、張り切って短い前脚を乗せていた。うん、仲良し。
「あのふたりのせいで、若い奴らが自分たちもこちらに来ると大騒ぎしてな……大変だったんだ」
アリーさんは、その時のことを思い出したのか、げんなりした様子で深く嘆息している。
「……? 連れてくればいいじゃないですか」
「駄目だ。あいつらはまだ、トレジャーハンターとしても未熟だが、人間としても未熟だ。この城で粗相されたら、たまったものじゃねえからな」
「だから、今日は大人だけだと?」
「…………あいつらが来る前の引率の下見だ。下見」
アリーさんはそう言って、さっと目を逸らした。
なんだかんだ言っても、見習いたちをこの世界に連れてくるつもりではあるらしい。
もしかしたら、若者たちの好奇心でいっぱいの眼差しをたっぷりと注がれて、連れてこないのは可哀想だとか思ったのかもしれない。アリーさんはいかつい見た目とは違って、面倒見のいい性格のようだ。
「それと、もういい大人なのに自重が効かなそうな奴も置いてきた」
「そんな人がいるんですか?」
「いる。……こっちに連れてきたら、知的好奇心が爆発して死にそうなやつがな。そういう、問題行動を起こしそうな奴らは、明日だ。俺らも、魔法があるなんて摩訶不思議な世界に来るのは、当たり前だが初めてのことだからな。あいつらが面倒起こさねえように、少しは慣れとかねえと」
クランのために、なにをどうすれば最適解が得られるのかを、常に考えているアリーさん……こういうところが、皆に頼られる所以なのだろう。まあ、真紅の山猫を率いるものとして、当たり前のことなのかもしれないけれど、皆のことをしっかりと考えて行動するところは、好感が持てる。
……でも、色々と気苦労が絶えないだろうとも思う。
私は、にっこりと微笑むと「出かける前にお茶でも如何ですか?」と誘った。
けれど、それにアリーさんが答える前に、玄関の戸が開いた音がした。
居間から玄関の方を覗き見る。すると、そこには騎士団長であるダージルさんの姿があった。
「おう! アリー! 待ってたぜ! 今日は、うちの騎士団の訓練を見に来るんだろ? 魔法を使えるやつを集めといたから、楽しみにしてろ!」
「団長さん、すまねえな」
「その代わり、手合わせしようぜ。真剣勝負だ」
「おお、いいぜ」
ドカドカと大きな足音を立てて入ってきたダージルさんは、アリーさんを見つけるなり顔を輝かせ、満面の笑みを浮かべて拳をにぎにぎしている。それに、ダージルさんの口から出た「魔法」という言葉に、フラウさんやティファーナさんも興味津々だ。因みに、ブルックさんは無言で目を瞑っている。どうやら、彼は寡黙な質らしい。
ダージルさんは、アリーさんと暫く談笑すると、私に向き合って白い歯を見せて笑った。
「よっし、決まりだ。茜、こいつらの案内は俺に任せろ」
「わかりました。でも、ダージルさんお忙しいのでは?」
「大丈夫だ。見るに、アリー以外の奴らも腕が立ちそうだ。うちの騎士連中に、魔法に頼らない戦法っちゅうのを見せるいい機会だ……なあ? アリー!」
「あんまり買いかぶるなよ、団長さん」
「なにいってんだ。昨日の太刀捌き、忘れたとは言わせねえぞ」
がっははは! とダージルさんの豪快な笑い声が響く。
……なんだろう、やたら気が合っている。
戦いに身を置いている者同士、何か通じるものがあるのだろうか……。
まあ、そんなこんなで異世界からの客人たちの相手は、ダージルさんが務めることになった。
そんななか、ひとりレオンと遊んでいた悠利くんは、自分は出かけないと言い出した。
「僕、騎士団とか興味ないので……ここで、ゆっくりしていてもいいですか?」
「ユーリ、お前なあ。ここに居てどうするつもりだ?」
「うーん。畳の上でゴロゴロしたり……あ、後はご飯を作ります。約束したんですよ」
「折角、別の世界に来たんだぞ?」
「僕はのんびりするほうがいいです」
すると、アリーさんは盛大に溜息を吐き、私の方へ向き直った。そして、なんとも複雑な表情で言った。
「……だそうだ。こいつ、一度言い出すときかない質でな。まあ、騎士団に興味がないのは確かだろうし、ユーリをここに置いていっていいか?」
「あ、はい。構いませんよ」
「すまんな、迷惑を掛ける。多分、おそらく……絶対に何かやらかすだろうから、先に謝っておく」
「アリーさん、なんですかそれ〜」
「普段の行いを省みてから言え」
悠利くんはぷくっと頬を膨らませて不満げだ。アリーさんは、そんな悠利くんの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でると、「行ってくる」と言ってダージルさんたちと出ていった。
「……お茶にしましょうか」
「あ、僕が淹れますよ〜」
「ユーリくん。君はお客様なんだから、座っていてくれ」
「ジェイドさん、私がしますから!」
なんとなく、お互いに誰がお茶を淹れるか競争みたいになりながら、私と悠利くんとジェイドさんとで、濃いめの緑茶を淹れて少しばかり早いお茶の時間にする。
「うわあ! 懐かしい! この粉が美味しいんですよねえ!」
悠利くんは、日本のお菓子……あの、魔性の粉がたっぷりかかった米菓子を美味しそうに頬張り、ひとり置いて行かれたというのに満足そうな様子だった。
……マイペースだなあ。
◇
悠利くんと魔性の粉の魅力について語っていると、あっという間に時間が過ぎて、気がつくと大分昼が近くなっていた。
やばい、そろそろ料理を始めなくっちゃ、お腹を空かせた妹が帰ってきてしまう……!!
「ごめんなさい! 私、昼食の準備を……」
「じゃあ、僕も手伝います」
「俺も手伝いますよ。いっその事、三人で作りましょうか」
「そうですね。あ! 僕、自分のエプロン持ってきたんですよ」
すると、悠利くんが荷物をごそごそと漁りだした。
その様子を、ジェイドさんとふたりで見つめる。
「いつも使っている奴なんですけどね……ほら、これー」
「「……ぶっ!!」」
悠利くんが満面の笑みで鞄から取り出したのは、可愛らしいピンク色のエプロンだった。
しかも、ピンクはピンクでも、優しい色合いのベビーピンク……!! しかも、うさぎの可愛らしいアップリケまでついている。
高校生男子にはいささか可愛らしすぎるデザインのそれは、悠利くんが着るといやにしっくりとくる。……なんでだ。
「あ、ジェイドさんのエプロンは紺色なんですね。渋い」
「いや。悠利くんは……なんというか……うん、似合ってるね……」
「ありがとうございますー」
私とジェイドさんは、ほんわかした雰囲気の悠利くんに苦笑いしつつも、早速料理を始めることにした。
今日のお昼ごはんは、お客様もいることだし春らしい一品にしようかと思う。
「わあ、ちらし寿司ですか?」
「そう。それも、春色のね。ふふふ、菜の花とたけのこが手に入ったのよ」
「へえ! この世界にも、たけのこと菜の花なんてあるんですね」
「そ、そうね!」
まあ、山の主が出してくれたんだけどね!
山の主……それは妹が起こした、とある事件の被害者だ。山を司り、山の為に在り、山と共に生きる……山の霊気が集まって生まれたという人ならざるもの、人外だ。
山の主は、山菜を欲しがった妹のせいで魔力枯渇に陥り、私の手作りの供物で回復したという経緯がある。それからというもの、彼は私の下に、時折山菜や果物を届けてくれるようになったのだ。
「……流石に、菜の花をくれるとは思ってなかったけど。しつこくリクエストしたのが効いたのかな……」
「ん? 茜さん、どうしました?」
「いや、なんでもー」
不思議そうな悠利くんの目線から逃れつつ、早速料理を始めることにした。
すると調理台にずらりと並んだ材料を見て、ジェイドさんは腕まくりをした。
「今日の出汁は、鰹節だけですか?」
「はい! すまし汁にしましょう」
「わかりました。じゃあ、出汁は俺がとりますね」
ジェイドさんはそう言うと、手慣れた手つきで出汁をとる準備を始めた。
その様子をみて、悠利くんは感心したように見つめている。
「騎士……さんなんですよね?」
「あはは。そうよ。本当は、私の護衛なんだけど手伝ってもらっているの」
そんなことを言いながらも、下ごしらえをさくさく進めていく。
塩を入れたお湯で茹でて、ざく切りに。それとたけのこは、先日茹でて置いたものがあるので、それを醤油と出汁で薄く煮ておく。
「悠利くん、炒り卵作れる?」
「はい。作れますよ」
「おお。なんでも作れるねえ」
「それほどでもないですよー」
私は、フライパンで手際よく料理している悠利くんの横顔に、極めて真面目な表情を作って言った。
「……上手。ほんと、うちの子にならない?」
もしかして、悠利くんがいれば、美味しいご飯が座っているだけで出てくるんじゃ……?
それって、最高すぎる。最の高という奴ではあるまいか。
「欲望が透けて見えるので拒否します」
「ぐ……!!」
どうやら、私の下心は筒抜けだったらしい。悠利くんにざっくり斬られた。
くっ! のほほんとしてるのに、意外とこの子、鋭い……!
そんなやりとりをしつつ、魚焼きグリルで鮭を焼いていく。焼きあがったら、皮は外して骨を取りながら身を解しておく。
周囲に、鮭の脂まじりのいい匂いが立ち込める。口内に染み出した涎を飲み込みつつも、次の工程。木桶に入れた炊き上がったばかりのお米に、すし酢をまぶして……。
「ジェイドさん、頑張って!」
「はい!」
ジェイドさんは額に汗を浮かべつつ、すし飯を一生懸命扇いでいる。
すし飯は、米粒を潰さないように、木べらでご飯を切るように混ぜていく。
すると甘酸っぱい香りが台所いっぱいに立ち込めて、なんとも堪らない匂いだ!
ジェイドさんは、団扇で扇ぎつつも不思議な表情をしていた。どうも、何故扇がないといけないのか、理解できないらしい。私はむふふ、と含み笑いをすると、得意気に言った。
「ジェイドさん、見てください! 混ぜながら扇ぐと、ご飯が早く冷めるじゃないですか。そうすると……」
団扇で扇いでいると、段々とすし飯が冷めてくる。人肌くらいまで冷ますのがベストだ。すると――艶々とご飯が輝き出した。
「うわあ……キラキラしていますね」
「ご飯って元々水分を含んでいるじゃないですか。そこに更にすし酢を入れると、べちゃべちゃになっちゃうんです。でもこうやって冷ますことによって、ちょうどいい具合に水分が飛ぶんですよ。ほら、もっちりふっくらしているでしょう。それに、艶々。これが美味しいすし飯の基本です」
「茜さん、具材入れてもいいですか?」
「悠利くん、ありがとう。お願い」
悠利くんは用意しておいた炒り卵と茹でた菜の花、たけのこにほぐした鮭を酢飯の上に乗せた。そして、しゃもじで底から持ち上げるようにして混ぜていく。程よく具材が混ざったら、木桶のなかで平らに均しておく。
すると木桶のなかに広がる光景を見て、三人で顔を見合わせて笑いあった。
「わあ。確かに春ですね……!」
「本当だ、これは凄い」
「でしょう?」
真っ白な酢飯の中に、桜の花びらのような鮭のほぐし身。そして、若芽を思わせる色鮮やかな菜の花の緑色。炒り卵は、たんぽぽにも菜の花畑にも見える。それに、たけのこもなんとも春らしい。
「最後に、フライパンでちょっと炒った白ごまを振って……完成! 春の味満載の、季節限定ちらし寿司!」
「すまし汁も出来ましたよ。このお麩でしたっけ……可愛いですね」
ジェイドさんが手にした紅いお椀には、たっぷり出汁を効かせたすまし汁に、赤と緑で文様が描かれた手毬麩。それと花形の可愛いお麩。そこに、三つ葉を浮かべたものだ。お麩はひな祭り用に取っておいたものだけれど、春らしいメニューだからと入れてみたのだ。
「春が手の中にあるみたいで、可愛いですよね」
「ええ。とっても」
ジェイドさんとにっこり笑い合う。
そんな私たちを見て、悠利くんも自然と笑顔になっていた。
居間にテーブルを出して、その上に料理を配膳していく。
春色に染まったちらし寿司は、それがあるだけで食卓を明るくしてくれる。
――ひより、喜ぶだろうな。
海鮮ちらしよりも、こういうちらしの方が大好きな妹のことを思い出しつつ、機嫌よく皿を並べていると、悠利くんがお皿を手にやってきた。
「茜さん、取り皿ってこれでいいですか……って」
すると、何かに気がついたのか悠利くんが固まってしまった。不思議に思って、悠利くんの視線を辿ると――窓際に誰かいる!!
「……出汁」
「やべえって。マグ、帰ろうぜ!?」
「おい、ヤック押すなって」
「オイラ、押してないって……!」
そこにいたのは、ガラス戸に顔をぺったりと着けて、室内を覗き込んでいる小柄な男の子と、その男の子を必死で止めている少年、その更に後ろで押し合いへし合いしているふたりの少年の姿だった。