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悠利くんとの出会い

「最近、飲み過ぎかなあ」



 そんなことを呟きながら、昨日に引き続き晩酌の用意を始める。



「2日連続はなあ……」



 流石に自重すべきかもしれない。一瞬そう思ったけれど、そもそも昨日の晩酌は、ティターニアが予告なしに現れて、無理やり付き合わされたのだ。それに比べて、今日の晩酌は大分前から約束していた分だ。うん。私自身が望んで晩酌を頻繁にしている訳ではない。……ないったらない。

 そんな私を、妹のひよりは台所の椅子に座ってジト目で見ていた。



「ほんとにねー。最近、晩酌の回数多いよねー。騎士団長(ダージル)さんといくら気が合うからって、頻繁に飲み過ぎ! 知らないよ? 太っても」

「うっ……!」

「ぷくぷくして、ジェイドさんに嫌われても知らなーい」

「なんで、そこでジェイドさんが出てくるの!」



 妹の言葉に頬が熱くなる。妹はそんな私を見て楽しそうに笑うと、「精々、飲みすぎないようにすること!」と言い残して、二階へ上がって行った。


 ため息を零し、古ぼけた我が家を眺める。

 異世界に一緒に召喚された、日本家屋(わがや)。聖女である妹の召喚に巻き込まれた当時は、王城の外れにある離宮に滞在させてもらっていた。そこから、またこの家で住めるようになって、あまりの開放感に歯止めが効かなくなっているのかもしれない。



「うー……。やっぱり、今日は飲むの止めようかな」



 でも、ジェイドさんも今日の晩酌を楽しみにしていると言っていたし。

 ダージルさんなんて、とっておきのお酒を持ってきてくれると言っていたし。

 うん。仕方ないね。それに、美味しそうなお酒を目の前にして、自重できる自信もないことだしね!


 ――まあ、いいか。気にしない!


 私はいつものように、お酒を飲むことに対する自重と罪悪感を、思考の彼方へ全力で投げ捨てて、調理に集中した。

 三十分もすると、粗方下ごしらえが終わったので、居間に戻る。

 後は、皆が来てから調理すればいい。そう思って、縁側に腰掛けて月明かりが照らす庭を眺めた。


 ――今日は満月だ。

 春の夜空に浮かぶ大きな月は、若干、霞がかってはいたけれど、日本にいたときよりは随分と大きく感じる。

 周囲は静まり返っていて、どうやら警備の兵士たちは離れた場所にいるらしい。

 誰の気配もしない、静謐な時間が流れる月明かりに照らされた庭――そこを、ただ只管ぼうっと眺めるという贅沢。


 ……そう言えば、ティターニアが今日「面白いこと」が起きると言っていたけど。

 もう夜なのに、なにも起きていない。きっと、ティターニアの勘違いだったんだろう。


 私は軽く鼻歌を歌いながら、ひとり、ゆったりと静かな夜を満喫していた。

 ――けれど、その時間はティターニアの予言通り、直ぐに打ち破られることとなる。

 急に茂みが揺れたかと思うと、そこから誰かが現れたのだ。



「……ひっ!?」



 その瞬間、さあっと血の気が引いていった。心臓の音が途端に激しくなり、少しでも人影から距離をとろうと座ったまま後ずさる。


 我が家は、ジルベルタ王国の王城の中庭のど真ん中に召喚された。

 中庭は、王城の中枢に近い場所にある。だから、城門から中庭に至るまでは、沢山の警備兵が配置されている。

 それに加え、聖女である妹を狙う輩がいるかもしれないと、我が家の周辺は警備が厳重になっているのだ。

 それなのに、今まさに不審者がそこにいる!


 ――ああもう! 護衛騎士(ジェイドさん)が居ないときに限って……!


 この人は他国のスパイ? それとも、妹を攫いに来た不届き者――?

 いろんなことが、脳裏を駆け巡る。どちらにしても、このまま放ってはおけない。妹に危害を加えるつもりなのであれば、なんとかしなくては……!!

 私は、いつでも助けが呼べるように準備しつつ、勇気を出して不審者に声をかけた。



「……だ、誰!?」



 すると、不審者が薄闇の中で首を傾げたのが見えた。

 その瞬間、霞がかっていた空が一気に晴れ、青白い月の光が一層強くなり、不審者を浮かび上がらせた。

 月明かりの下で明らかになった不審者の姿は、少年のように見えた。


 目は大きく、瞳の色は黒。そして丸い眼鏡を掛けている。髪色は黒く、短く切りそろえられている。白いシャツに黒っぽいパンツのシンプルな出で立ちをしていて、とても軽装だ。まるで普段着のように見える。

 いや、それ以前に目を引くものがあった。

 それは、少年の顔立ちだ。少年の顔は、私にとってどこか懐かしさを覚えるものだった。

 そう、少年の顔立ちは東洋風(・・・)だったのだ。



「ここ、どこだろう」



 その少年は、のんびりと呟くと、キョロキョロと辺りを見回す。



「あ、いけない」



 すると次の瞬間、少年は思い出したかのように「こんばんは! お邪魔しています」と、私に向かって元気よく挨拶をしたではないか。


 ……最近の刺客は、挨拶をするのが主流なのだろうか。


 って、そんなわけない……!

 心の中でひとりツッコミを入れつつ、少年の動向に注目する。

 少年は特に危機感や焦りを感じている様子はなく、のんびりと辺りを見回していた。そして、我が家に目を留めると、はしゃいだ声を上げた。



「わあ! 日本(・・)の家だ! 懐かしい! ……ってことは、ここは日本?」



 少年は手を合わせ、にこにこ顔で我が家を眺めている。けれど、我が家の向こうに巨大な城がそびえ立っているのを目にすると、今度は口をぽかんと開けて固まった。



「お城……おおきい……ヨーロッパ(・・・・・)みたい……。じゃあ、ここはヨーロッパ?」



 そして、何やらブツブツと呟くと、ひとり考え込んでしまった。

 私は、少年の口から飛び出した単語に、内心驚きを隠せなかった。

「日本」に「ヨーロッパ」。それは、この異世界には存在しない単語。その単語は、あちらの世界からやってきた人間にしかわからないはずだ。


 ――この子、もしかして……!!


 すると、少年が私をじっと見つめてきた。

 眼鏡が月明かりを反射して輝き、少年の優しげな眼差しを隠している。

 少年から私に注がれる視線には、得体の知れない力が篭っているような気がしてどきりとする。

 ほんの少し居心地の悪さを感じていると、少年は柔らかく微笑んで、私にそっと手を差し伸べてきた。



「あなたも、日本人なんですね! 僕、釘宮 悠利(くぎみや ゆうり)と言います。おねえさんと同じように、異世界に来ちゃった日本人です。僕たち、仲間ですね!」

「なかま……」

「そう、仲間です! よろしくお願いします!」



 少年――悠利くんの手を、じっと見つめる。

 未だ、私の頭は疑問符でいっぱいだ。

 悠利くんが、どうして私が日本人であることを見抜いたのかも。

 本当に彼が「日本人」なのかということも。「日本人」なら、彼がどうして我が家の庭にいるのかも。頭が混乱して、考えがまとまらない。そう、きっとこの時の私は混乱していたのだ。


 だから、普通ならば警戒し疑うべき相手が差し出した手を、ぎこちなく握り返してしまった。



「よ、よろしく……?」

「はい!」



 ――これが、別の異世界から来た少年、釘宮 悠利くんとの出会いだった。


 *****


「うわ、悠利くん。めっちゃ包丁使い上手」

「ありがとうー」



 悠利くんと妹が、和気藹々と話しながら台所で料理をしている。と言っても、妹は横から口を出しているだけだけど。


 ……どうしてこうなった。


 混乱する頭で、なんとか記憶を整理する。確か、妹が騒ぎに気づいて二階から降りてきたんだったよね。そして、日本人だという悠利くんに、いくつかクイズを出したんだ。国民的アニメのキャラ名とか、ちょっとマニアックなネタまで……。そのクイズに、悠利くんは笑顔で全問正解して、妹から見事日本人認定を受けていた。

 まあ、それはいい。寧ろ、悠利くんが日本人でほっとした。



「おねえちゃん、庭から入り込んできた知らない人とすぐに仲良くなるの、危ないから止めて!」



 妹からは、こんな風にお叱りを受けた。それも別に構わない。毎度のことながら、自分に危機感が足りないとも思っているのだ。うん。ここまでは普通。いつもどおりだ。問題ない。


 問題はその後だ。悠利くんが日本人だと解った後、いつまでも外で話すのは冷えるし、周囲を警戒している兵士に見つかっては面倒だと、取り敢えず我が家に彼を招き入れることにした。すると、畳やテレビを見て興奮していた悠利くんが、台所を見たいと言い出したのだ。そして台所に入った途端、悠利くんは下ごしらえしておいた材料に目を止めると――さも、当たり前のように料理をし始めたのだ。


 ……うーん。 


 ここまで思い返してみても、初対面の少年が料理をし始める理由が見当たらない。

 早々に思考を放棄した私は、本人に聞いてみることにした。



「……君は、どうして料理を始めているのかな?」

「え。材料がそこにあったから?」

「どうしてそうなるの……」

「いやあ。僕、料理とか好きで」



 悠利くんは照れ笑いを浮かべると、手際よく調理しながら自分のことを色々と教えてくれた。

 どうも、悠利くんは男の子でありながら、料理が得意らしい。それに加え、掃除・洗濯・裁縫など家庭的なことが大好きなのだそうだ。



「僕はそれを活かして、異世界に飛ばされてから、『真紅の山猫スカーレット・リンクス』って言う、トレジャーハンターの育成をする……クラン? ってところで、家事をして過ごしているんです」

「そうなんだ……。苦労したでしょう」


 悠利くんは話しながら、熱した油にお玉からそれ(・・)を落とし入れた。途端、水分が弾ける軽快な音がし始め、周囲に油の匂いが立ち込め始める。



「いやあ、とっても親切な人に拾われて。楽しく暮らしていますよ」

「へえ……」



 それ(・・)は、火が通ると途端に色鮮やかな桜色に変わる。次第に、浮いてくる泡が大きくなってくると、衣が黄金色に色づき始めた。



「それに、異世界に飛ばされたからか、チート的な能力を知らないうちに手に入れていて……。それがとっても便利で役立ってます。偶にやらかして、アリーさんっていう人に滅茶苦茶怒られたりしますけどね。さっき、日本人だってわかったのは、その能力を使ったからなんです。本当は、見ず知らずの人に使ってはいけないんですけど。ごめんなさい」

「それは気にしてないから大丈夫」

「そうですか。良かったです」


 

 悠利くんは柔らかく笑うと、ふと視線を油に落とした。そして、さっと油の中からそれを引き上げた。


 

「はい、茜さん。揚がりましたよ」

「……うわあ! 滅茶苦茶上手!!」



 悠利くんがさっきから揚げていたのは、桜海老のかき揚げだ。

 桜海老……と言っても、異世界食材だからこちらの名前は違うけれど。元の世界で言う桜海老相当の小エビは、今が旬なのだそうで、市場で沢山売られていた。

 元の世界、異世界に関わらず、桜海老で作るかき揚げは、中々上手に揚げるのが難しい。水分でベタベタになってしまったり、油の中で分解してしまったり……。

 けれど、悠利くんが揚げてくれたそれは、海老は鮮やかな桜色に揚がっていて、薄い円柱に仕上がっている。見た目だけならば、お店で出てくるような完璧な仕上がりだ。



「味見どうぞ。やっぱり、お塩ですかねえ」

「だよね〜」



 悠利くんの勧めに素直に従って、いそいそとかき揚げに塩をつける。

 すると、妹が不満げな声を上げた。



「あ! おねえちゃんだけ、ずるい!」

「今、ひよりちゃんのぶんを揚げてるよ」

「何この子、完璧な気遣い……! お母さんみたい……!」

「いや。僕、男だから」



 そんなふたりの声を聴きながら、思い切りかき揚げに齧りつく。


 ――ざくっ。



「〜〜〜! うわ、おいっしい〜〜!!」



 噛みしめる毎に、うるさいくらい海老と衣がザクザクと軽快な音を立てる。それが食べていて楽しいし、失敗したときにありがちなべっちょりした感じがまったくないのは、見事としか言いようがない。

 それに、桜海老の香ばしいこと!

 頭の先から尻尾まで、まるごと揚げられた桜海老。ちょっぴりつけた塩が桜海老の旨味を引き立たせ、噛みしめるごとに、舌の上を濃厚な桜海老の味が蹂躙して、香ばしい香りが鼻を抜ける。これは――。



「ああもう、ビールが欲しくなる味……!」

「はいどうぞ」

「ちょっとまって、神対応すぎない!?」



 スナックのママかと言いたくなるほどの最高のタイミングで差し出されたビールを、ツッコミつつもしっかりと受け取って、ごくごくと飲む。キンキンに冷えたほろ苦いビールが、喉を通り過ぎていくと、体に染み渡る酒精も相まって、途轍もない快感を伴う。



「……ぷっはあ! ああ〜……悠利くん」

「なんでしょう」



 私は、キョトンとしている少年の両肩を掴む。

 そして――。



「もう、最高! うちの子になって!」

「ええ……!?」



 久しぶりに食べた、「自分以外が作った日本食」。しかも、最高に美味しいやつ……!

 異世界に来てから特に感じては居なかったけれど、思いのほか他人の味に飢えていたらしい。

 私は高ぶる気持ちのままに、悠利くんを思い切り抱きしめた。

 

 と言っても、悠利くんは「無理です!」って、即拒否していたけれどね。……うう、残念。


 その時だ。庭の方がにわかに騒がしくなった。

 更には、複数の人間の声と、剣戟の音までするではないか。

 慌てて、三人で縁側へ向かう。

 そこで私の目に飛び込んできたのは――騎士団長(ダージルさん)と、護衛騎士(ジェイドさん)が、スキンヘッドに眼帯のいかつい見た目の男性、茶髪で身軽そうな青年、赤毛の少女の三人と、険しい表情で対峙している光景だった。

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