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忌者の英雄  作者: 竹下しい
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英雄総括という女

【英雄】の住まう国──ランバル。人間が唯一生きる国だ。この国は三つの区画に別れている。


安寧の中で国民が日常的に生活する場、ウラノス。

病院や研究室、軍基地等の施設が集まる場、ガイア。

戦争による捕虜や犯罪者を収容する場、タルタロス。


これらに含まれない、すなわち国の領土ではない場所は規定区画外と呼ばれ、出入りを禁じられていた。


「だから規定区画外にまで行くなって何回も言ってるでしょうが!!」


怒りをこめて机が強く叩かれた。豪奢な椅子から半ば立ち上がるようにして叫ぶのは、英雄将軍パトリシア・モントローズ。数多いる英雄たちの指揮官。そして、“先生”の年上の幼馴染でもある。


元は端正であろう顔は、“先生”が規定区画外で実験をしていた為に鬼の形相になっている。


「区内で十分な実験が出来るなら出ていかないんだけどな」

「区外一斉実験で我慢するか、実演場で我慢して!」


区外一斉実験──ガイアのトップレベル研究者のみに許されている、区外での実験期間のことだ。いくら広いとはいえ、予約制の実演場では出来ない火薬実験などはこの時期一斉に行われることになっている。


「死体を使った実験はできないじゃないか」

「あたりまえだわ!実験で死体なんて使ったらそれこそ大問題よ!ガイアの倫理観はどうなってるのかって、民衆の不信感を煽るわ!っていうか言ってくれれば実験体くらい回せるのに!」


区外一斉実験は、実験内容を国民に公表する。公表したくない実験(それこそ死体使役など)は、そこでするべきではない。実演場でするべきだ。


しかし、“先生”が実演場を使わず、区外にまで出ていったのには理由があった。


「俺の所に実験体が大人数回ってくるとは思わないし、数人じゃどっちみち足りなかった。それに例えば、俺がもし大規模実験をしたいと言ったら?どこでしろと?俺が実演場を予約しても、何故か必ず割り込みが入る」


“先生”は研究者仲間に嫌われていた。その類希な才能と、もう一つの理由によって。


「…それは」

「まあいいじゃないか。新たな英雄が作成できそうなんだから」

「【死神】?…あまりに非人道的だわ。レウリア貴方、そろそろマッドサイエンティストよ」


先程上げた報告書をもう読んだらしい。それには区外で行われた実験の詳細が書かれており、写真も添付してある。


“先生”──いや、レウリアは“マッドサイエンティスト”に苦笑で返す。自分でもそう思っているのだから。


「マッドサイエンティスト…俺にぴったりだな」

「ふざけているんじゃないのよ…もう…」

「勿論わかってる。俺はただ我が国を思ってな。富国強兵、基本だろう?それに、強くなれば死者が減る。戦も勝つ。良いことずくめだ」


両手を広げて、そうだろ?と問いかける。パトリシアは眉を顰めた。


「此方の死者はね。確かに戦も勝つでしょう。でも、それに比例して相手の死者は増えるわよ。貴方、いいの?」

「…寧ろ本望だね。それに、今更だ」

「でも」

「パティ。いいって言ってるだろ」


強い口調にパトリシアは口を閉じる。レウリアの顔は酷く歪んでいた。


「…酷い顔してるわよ」

「ふむ。──これでどうだ?」

「気持ち悪い、やめて」


レウリアは肩を竦めて顔の力を抜いた。無理矢理作った笑顔は、確かに気持ち悪いものだったろう。


「悪かった、冗談だ。ただ…いくら母の祖国だと言っても、母がそれを憎んでいるなら、俺にとっては敵なんだ。殺戮を嫌った母も、祖国の奴は死んでもしょうがないとか言ってたし。」


レウリアの母は、『妖精』の国、ルフア帝国生まれの妖精。


これこそ、レウリアが他の研究者に嫌われている最も大きな理由だった。


「ごめんなさい、貴方にその話をさせるつもりは、」

「いい」


レウリアは、人間と妖精のハーフなのだ。このランバルにおいて、人間が人間以外の人形種族と子を成すことは有り得ないとされている。それは、人間が妖精を忌避しているからだ。


──人に似た見た目の癖に、心というものが無い種族だ、と。


パトリシアは、1度だけ会ったことがあるレウリアの母親を思い出す。なんてことはない、子供を溺愛する普通の母親だった。だから多分、人に、いや、妖精によるんだろう。だが、それを理解している人間は少ない。


「母さんの事を考えない日はないんだ、問題ない。ああ、そうだ!悪いと思っているなら、実験体をすぐに1人まわしてくれないか?」


どんなに狂っていると言われようと、どんなに嫌われようと、レウリアが譲らない理由もまた、()の母親が大きく関わる。母親の願いを叶えることは、今までの()の原動力であり、原点であり、進み続ける理由なのだ。


「…そんな言い方されたら……。本当、貴方って人は。昔からそうだわ」

「まあな、頑固で悪いね」

「少しも思ってない癖に。…はぁ、良いわ、そちらに1人実験体を提供する」


椅子に深く沈み、そう言ったパトリシアに、レウリアは目を丸くする。


最初の実験体を依頼した時は、半年かかった。次の依頼の時は1年だった。レウリアの所には、実験体がすぐにまわらない。


レウリアを嫌うのは研究者だけではない、ということだ。タルタロスの看守もまた、レウリアを嫌っていた。研究者よりも看守の方がより敵意がわかりやすい。


「へえ、珍しい!良いのか?」

「問題ないわ。貴方から依頼すると年単位でかかるでしょう。私から依頼して、貴方の所に連れていく。それに、『実験体が支給されなかったから探しに行った』って言い訳でまた出ていかれても困るし」

「…まあ、否定はしないな」


今度はため息と同時に額に手を当てる。疲れきったようなパトリシアと元気そうなレウリアはやけに対照的だ。


「頼むからもう面倒を起こさないで。庇いきれなくなるわ」

「いつも感謝してるよ。それについては善処しよう。…さて、これで話は終わりかな?」

「ええ。……?」


上機嫌で退室しようとするレウリア。その背中を見て首を傾げる。あれ、本当にこれで終わり?まだ何か…


「って待ちなさい!お説教がまだ!!」


人間にはないはずの尻尾がレウリアの細い胴を捕まえた。あ〜〜と唸っているレウリアを座らせ、仁王立ちして見下ろす。


この尻尾だけではない。見れば、パトリシアには普通の人間にはありえないようなもの──尻尾に始まり、角や翼など──が生えていた。


「危ない危ない…逃がすところだったわ」

「ええええ…折角終わりだと思ったのに…」


再び鬼と化したパトリシアに「正座なさい!」と怒鳴られ、すごすごと正座する。まだ尻尾は巻きついたままだ。


パトリシアに代表される【英雄】とは、『魔法を使えるように機械化し、人体の強化をした人間』のことだ。彼女に生えているように見える尻尾、角、翼は全て、レウリアが開発した人体強化パーツ──通称《竜の鱗》である。このパーツを搭載すれば、魔法使いでは最上位の存在である竜が使う魔法を使えるようになる。


史上初の【英雄】、それ故最強の【英雄】。それが“英雄総括”パトリシア・モントローズだ。


「貴方、元々なんで呼ばれたのか分かってるの?」

「知らない…あ、痛い、締めないで、痛い」

「痛いなら大人しくしなさい」


レウリアは説教を受けながら、じっ、とパトリシアの全身を眺めた。自分が彼女を【英雄】化した時から幾度となく変えてきたそれらのパーツは、回を重ねる毎に彼女に馴染んできている。


【英雄】化した当初なんて『尻尾に羽!?こんなのどうやって動かすの!?』とか騒いでたのに。あの頃は可愛かったなあ、なんて考えていると、尻尾の締め付けが少し強まった。


「…レウリア?聞いてる?」

「ぅえ!?…聞いてる!聞いてるから尻尾緩めろ!」

「絶対聞いてなかったわよね。じゃあ私、今なんて言った?」


彼女を初めて【英雄】化した時を思い出していたのだからもちろん話など聞いていない。

かと言って、鬼を前にして何も言わないなど出来るわけがない。レウリアは脳をフル回転させて考える。


「あ〜、あ!あれだ!実験体はどんな子が良い?…痛い!!」


どうやらハズレだったようだ。本気で当てる気だった()は涙目である。


「ぜんっぜん聞いてないじゃないの!!」

「待て待て待て!それ以上締められたらほんとにヤバいって話聞くからやめろー!」


容赦ない締め付けに、レウリアの絶叫が響いた。

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