第5話 ルール・オブ・デュエル2
――――――――――――お辞儀だ。
商談の場に限らず、まずは挨拶が先だ。
頭を下げて、上体を上げた後、二つの幻は、同時に、背広の胸ポケットに手を入れまさぐる。
目当ての物が見つかったのか、幻達は相手にそれを突き出す。
名刺交換。
互いに名刺を渡しあうと、貰った名刺を確認する。
前沢課長が召喚した、モットシャープ、営業二課、課長は、相手の名刺に、隅々まで目を凝らす。
同じように、対戦相手。幕ノ内常務が召喚した、大手通販サイト、ユニゾンの専務は、受け取った名刺を墨で書き込んだかのような、ダルマの目玉で、マジマジと見る。
名刺が、そのまま目玉に、呑み込まれそうに、見えてしまう。
すると――――――――中年の幻が突然、胸を抑え、苦しみ出した。
働き盛りの中年の男性が、現代社会で健康を維持するのは、なかなか難しい。
――――――――モットシャープ、営業二課、課長はコロシアムの中央で、大爆発を起こす。
専務の肩書きに、ストレスを受けて、モットシャープ課長は心筋梗塞を起こしたのだった。
満月まで立ち上る灰色の煙り、立ちこめる粉塵を見て、前沢課長は苦虫を噛む。
幕ノ内常務は、見下すように課長に、目を向けながら解説する。
「勝ったほうのメーカーの売り上げから、負けた方の売り上げを引いた額が、君へのストレスダメージとなる」
攻撃:常務→課長
ユニゾン - モットシャープ = ストレスダメージ
2,800,000円 - 2,500,000円 = 300,000
課長のライフポイント - ストレスダメージ = 残りライフポイント
10,000,000 - 300,000 = 9,700,000
前沢課長の頭上に、現実世界では読み解けない、古代の文字が浮かび上がる。
鳥や、角などを模した、その異世界の文字は、横に8つ並び、課長のライフポイントを表しているのが解った。
そして、異世界の数字が、ルーレットのように切り替わり、一桁減って、7つになると、前沢課長に襲いかかる。
異世界の数字は、彼の周辺を竜巻のように囲む。
課長は困惑しつつも、取りまく数字を目で追う。
文字は、すぐに回転を止め、その場で時を硬直させると、前沢課長の手や足、腹などに吸い込まれる。
異世界の、未知なる力の洗礼を受けた、中間管理職たる彼は、反り返りながら痙攣。
己のダメージを認識する。
「うわぁぁぁぁぁあああああ!?」
な、何てストレスだ!? 胃に穴が空いたような激痛。
胃酸が逆流しそうな不快感。
明日の出社を考えると、憂鬱になる……。
苦痛が通り過ぎると、スーツを着た、ダルマの幻に焦点を合わせ、おののく。
やはり強い! 専務カード!
専務という肩書きにおののき、1ターン休み。
幕ノ内常務はこちらを、たしなめるように見て言う。
「しかし、君。専務との商談で、名刺を目の前に置くと言うのは、ビジネスマナーに反するのではないかね?」
課長は、力場により、膝の位置で浮く、自らが配置した名刺を見る。
く、悔しいが、その通りだ。
商談の場では、貰った名刺は、端によけて置くのがマナー。
俺は何て無礼なことをしたんだ。
フィールドに浮く、モットシャープ、営業二課、課長名刺は、突風にあおられるように消し飛んだ。
無作法により、もう1ターン休み。
前沢課長の額に、冷や汗がにじむ。
マズい、2ターンも相手に許してしまうとは……。