第3話 その名は、トラバーユ
――――――――異世界、トラバーユ――――――――。
労働を意味する、その言葉は、苦痛や拷問が語源とされている。
ここでは、現実世界の苦行を断ち切る為、会社員達は、足を踏み入れる。
トラバーユのコロシアムでは、月に1度、決闘が行われていた。
現実世界で働く企業戦士は、上司に不満を持ち、刃向かうにも、組織のしがらみや、能力差、パワーバランスなどで、太刀打ち出来ないでいる。
そんな、企業戦士の為に、異世界の住人が用意した、決闘の場なのだ。
そして、闘技場に立つ、前沢課長も、その一人だ。
彼は日頃から、目の前の、幕ノ内常務の仕打ちに耐えかねていた。
ある日、勢い余って、彼は上司である、幕ノ内常務に、異世界での決闘を申し込んだのだ。
会社組織では、上司に報復など、そう易々と出来る物じゃない。
自分の上司を打ち負かすには、上司より出世するのが妥当だろう。
しかし、それは時間もかかる上に、心労への負担は図りしれない。
当たり前だが、自分が出世するまえに上司が先に出世し、その空いた席を誰かがが埋める形で収まり、出世する。
出世しても、常に目の上のタンコブのように、嫌味な上司の顔があるのだ。
上司が失脚するか、仕事で並外れた手腕を発揮し、上司をもしのぐ出世をすれば、嫌味な上司より上にはいけるだろう。
そんなことは、そうそう出来ることではない。
現実世界では、上司に勝つのは至難の技だ。
だが、この異世界では、営業成績だけが、サラリーマンの強さじゃない。
このコロシアムでは、名刺と言うブレーンこそが、最大の強み、最強の武器なのだ。
前沢課長は、この場に行き着くまでの課程を思い出し、腸が煮えくり、声に怒りを交え言う。
「挨拶回りや接待の準備は俺で、ヨイショはいつもあんたが持って行く。お膳立てするのはいつも俺だ。アンタは誰のおかげで、今のポストに付けた思っているんだ!」
常務は口を歪めて、反論する。
「恩着せがましいことを、部下の適正を見極め、正しく利用するのは、上司の実力だ!」
「優に事欠いて、適正の見極めだと? アンタのパワハラで、何人の部下が潰れたことか……今、この場に立つ俺は、消えて行った部下達の恨みを背負っているんだ!」
前沢課長はネクタイを緩め 外したネクタイを頭に巻き、ねじり鉢巻きを作った。
常務に、決闘を申し込む際、外して投げつけたネクタイだ。
「俺はアンタに勝って、踏みにじられたプライドを、取り戻す!」
幕ノ内常務は鼻で笑うと、彼を罵った。
「のぼせるな! ビジネスは戦場……食うかくわれるかだ!」
負けじと、前沢課長は噛みつく。
「この、てっぺんハゲぇ」
「口に気を付けろぉ!!」
二人は構え、声を揃える。
「「SERVICE、Za・N・Gyo。STAND BY!」」
先攻、前沢課長。
「俺のターン!」
名刺ケースから5枚の名刺を取り出すと、片手で扇のように持ち、更に1枚取ると、指で弾くように投げた。
名刺はブーメランのように回転し、地に落ちる。
すると、名刺は1メートル手前で、見えない力場のようなものに包まれて、宙に浮く。
そして、名刺が淡い、エメラルドグリーンの閃光を発し、輝く柱となる。
無数の雷が、地をのたうち回り、光りの柱からシルエットが浮かび上がった―――――。