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Yukie's Detective Story  作者: M11
3/3

猫と女と事案?

不定期と言うには時間が開きすぎた(土下座

去年(2019年)の夏コミで頒布したものをうpします

「ホームベースよりファースト。対象は30メートル先の路地に入った模様です」

『ファースト了解。意地でもみつけるよー。オーバー』

「決して無理はしないで下さいね。オーバー」


 とある昼下がり。

二人の女性が、捜索対象を追いかけていた。厳密には、一人が車の中で対象を捕捉し、もう一人が無線からの指示により追いかけているのだが。


『ファーストよりホームベース。この路地でいいんだよね?』

「カメラをもう少し上に……そうです。その路地の奥に居る筈です」

追いかけている女性が装備している、無線と繋がったヘッドマウント型カメラから送られてくる画像を見て、PC画面とにらめっこしながら、指示を出している女性が肯定した。

『運動能力は、友貴枝さんの方がいい筈なんだけどなぁ……どうしてこうなった!?』

「ステフさんでは、こちらの機器は扱えないでしょう。それでも、仕事を手伝うと言い出したのは貴女なのですよ?愚痴は却下です」

『仕方ないかぁ。ま、友貴枝さんほどでないけど、わたしもそこそこの自信はあるし』

「なら、つべこべ言わず対象を捕獲して下さい」

『はぁーい』

ステフと言われた金髪碧眼の女性は、指示された路地を捕獲対象に気づかれないよう、慎重に歩を進める。それをPC画像越しに見守る、友貴枝という女性。この辺りの街では、割と知られた探偵(何でも屋)である。

『……ん、T字路に出たよ?』

「周辺の画像を送ってください」

そう言われ、ステフは頭をグルッと回して、周囲の景色をカメラに写していく。送られてくる映像を精査する友貴枝。

「ストップ」

『何か見つけた?』

「今の位置から30度程戻してください」

『難しい注文だなぁ……』

ステフは愚痴りながらも、言われた通りに頭を先程とは逆に動かす。

『この辺かにゃー?』

「猫語尾は入りません。今見える非常階段らしき物に……いませんか?」

場を和ませようとした語尾を咎められながらも、目を細めて友貴枝に言われた階段を注視するステフ。

『……いた♪』

視線の先には、階段の踊り場で悠々とお昼寝している……猫が一匹。

『この子が、リリーちゃんで合ってるんだよね?』

「こちらでもズームを上げます……そうですね。今回の捕獲対象です」

『さて、そこなる猫よ。大人しくお縄につくが良い』

「何故、急に時代劇調なのですか」

『……あ、ダディの時代劇好きな影響が出てしまった』

そんな漫才を繰り広げる二人をよそに、猫は起き上がり、逃走を図ろうとする。

「ステフさん!」

『ヤバ、猫ちゃんは逃げ足が速いからね……っと!』

逃走体制に気づいたステフ。猫がジャンプするタイミングを見計らって、彼女も飛び出した……は良いのだが、勢い余って近くにあったガラクタ置き場に、猫ごとダイブ。マイク越しにドンガラガッシャンという盛大な音が、友貴枝の元にも届いていた。

「だ、大丈夫ですか!?」

ステフの身を案じる友貴枝。状況を把握しようとしたが、ガラクタにダイブした影響か、カメラが機能しなくなったようで、PCに映像が送られてこない。

『な、なんとかーって、痛っ!こ、こら落ち着きなってい、痛い!』

無事?なコメントとともに、何かを痛がってる様子。

「何が起きているのですかっ!?」

『あぁ、何でもって痛っ!おイタは駄目だってば。取り敢えず、そっち戻るよー』

何が起こっているのか心配な友貴枝だったが、気をつけてくるように、という言葉を投げかけるしか出来なかった。



「毎度ご苦労様ねー」

何時ぞやのタワーマンションの玄関。どうやら、ここの猫は脱走常習犯らしい。

「毎度ながら苦労させられますね、リリーには」

「仕方ないわね。元々野良猫だったのを、わたしが保護したのだから。隙あらば逃げ出しちゃうのよねぇ」

「前回捕獲時に、予め首輪に発信機(GPS)を仕込ませてもらいましたので、今回の発見は早かったです」

そう言えばそんな事言ってましたね、と住人は頷いた。

「それに……そちらの方は?新人さんですの?ボロボロじゃないの」

ステフの存在に気づいた住人は、彼女の出で立ちにギョッとなった。

「あぁ、彼女は今回特別に手伝ってもらったんです」

「いやぁー、捕まえる時に一悶着ありまして……」

住人が驚くのも無理はない。服はあちこちボロボロで、腕や脚には猫のものと思われる引っかき傷が無数にある。よく見ると、顔にも一筋の傷が。

「大層な怪我をしてるじゃない。手当てしてあげるから、お上がりなさいな」

「大丈夫だよ。こんなの擦り傷だし♪」

「猫の引っかき傷を甘く見てはいけないわ。そこから菌が入って、死に至るケースもあるのよ?」

有無を言わせない、住民のあまりな迫力にタジタジになるステフだが、横から助け舟が入った。

「大丈夫ですよ奥様。私が責任持って治療しますから」

「あら、そうなの?それならお任せするしかないわね。なるべく早く治療してもらうのよ?」

「ラジャー♪」

ノリの軽いステフの返事に苦笑する住人。それを機に、玄関先を辞する二人。

「だから、一度家に戻ってからにしようと言ったんですよ」

帰りの車に乗り込んだ途端、友貴枝はステフに苦言を呈する。

「依頼主に、無用な心配をさせてしまいました……」

「だって、早いとこ猫ちゃんを奥さんの所に返してあげたかったじゃん?」

「せめて、もう少し服を何とかしたかったです」

「まぁ、このカッコじゃ驚くよねー。『何があったの!?』ってね」

「お得意様なので事なきを得ましたが……」


運転中である(はる)()()()()は、嘆息する。

 助手席に乗っている金髪碧眼の女子は、ステファニー・(やま)()・ワードという大学生。

 ある場所でトラブルに巻き込まれていたステフを友貴枝が助けてから、三ヶ月近くの時が過ぎた。

 紆余曲折あって、二人は恋仲……とまではいかないが、友貴枝をステフが仕事以外をサポートする形でここまでやってきた。友貴枝が多忙(でもないが笑)で、家事などが疎かになっていたのをステフに指摘され、「私がやってあげる!」と押し切られて以来、そのままズルズルと時が経ってしまっていた。

恋仲までいかないと先述したが、友貴枝はステフに一度(勢い余って)告白している。ステフは満更でもなかったが、返事を曖昧にしたまま今日まで来ている……というのが現状だ(前話参照)。

そして今回、どうしても仕事を手伝いたいと言うステフに根負けした友貴枝は、たまたま依頼が来ていた件の猫探しに同行させた。ここの猫を探した後に、彼女と出会ったというのが二人の馴れ初めだった為、何か運命めいたものを感じた友貴枝だった。


 程なくして、事務所に帰還した二人。部屋に入った途端、友貴枝は言い放った。

「さ、脱衣(キャストオフ)の時間です」

「え、いきなり……?友貴枝さんに襲われるの?わたし(泣)」

「何の話ですか。治療するので服を脱いでください、と言っているんです」

「は、恥ずかしいよ……」

「何で雰囲気を作ってるんですか!」

(しな)を作った途端、友貴枝のツッコミが飛び、観念したステフは「ちぇー」と言いながら、ボロボロの服を床に落とす。

「さて、(おし)(おき)を始めましょうか……」

「何故にお仕置き!?」

消毒薬を片手に持ちながら、不穏な台詞を吐く友貴枝に、ステフは困惑する。

「私は言いましたよね?決して無理はしないように、と」

「無理はしてないよ全然!!」

「その怪我がなによりの証拠です」

友貴枝の視線を辿って、ステフの脚をよく見ると、引っかき傷とは別の傷が何箇所かあり、更に足首が少し腫れていた。

「あはは……」

 それを改めて見たステフは、苦笑するしかなかった。

「映像が途切れた後、何があったのですか」

「逃げようとする猫ちゃんを抑えるのに必死で、よく覚えてないんだよねー。その時に、ガラクタにぶつかったりしたのかな」

「全く……要らぬ心配をさせないでください」

「ゴメーン……って、痛い痛い!染みるーっ!」

愚痴りながら傷の消毒をしていく友貴枝に、痛みを訴えるステフ。だが、元傭兵な彼女だけあってか(友貴枝の過去の一部は、ステフにバレている)、テキパキと消毒し、場所によっては包帯が鮮やかに巻かれていく。

「ほえー、手慣れてるねー」

「戦場では怪我は日常茶飯事ですから……ん、ここの怪我は……この胸が邪魔ですね。切除しましょうか」

「ちょ、何で治療なのに胸を取る話になってるの!?関係ないよね!」

「言った筈ですよね、お仕置きだと」

「理不尽なお仕置きで胸を取られるなんて、いーやーだー!」

治療も終盤になり、何故か漫才が始まったところで、友貴枝の携帯端末が着信を知らせて来た。

「はい、友貴枝です……例の依頼?あれは断って下さいと何度も……ぇえ、先方が?はぁ、わかりました。私が直接断ります。明日ですね」

そんな会話が聞こえたと思ったら、友貴枝が通話を終えたようだ。

「お仕事?」

「ですね。あまり気が乗りませんが……」

「めずらしいね。友貴枝さんのそのテンション」

友貴枝の落胆ぶりは、素人であるステフでもわかるほどだ。

「ステフさん」

「なにかな?」

「明日、その依頼主に会うのですが、付いて来てもらえませんか」

「いいの?」

あの事案(鏡原氏失踪案件)以来、基本的に友貴枝が依頼主と会う時は、付いて行かないようにしていたステフだが、友貴枝に懇願されるとは驚きだった。

「嫌な話になりそうなので、心の拠り所がほしいのです」

「友貴枝さんがそんなに言うなら、付いていってもいいよ。依頼人とは顔合わせなくていいんだよね?」

「そこは私の仕事領域なので。マスターと世間話でもしていて下さい」

「おじいちゃんに会うのも久しぶりだなー♪」

「……そんな感じでいいです。変に巻き込みたくないので」

「ついて行くだけで巻き込んでるでしょ。そんなに嫌なの?明日の依頼人って」

「生理的に受け付けたくない人なので……」

それを聞いたステフは(ぅわぁー)となるしかなかった。




あくる日。

友貴枝とステフは、連れ立って待ち合わせ場所の喫茶店に来ていた。

車に乗り込んだ時点で気分が重い友貴枝は、移動中一言も発しなかった。ステフも、敢えて話しかけるようなことはしなかった。一応、空気が読めるJDなのだ、ステフも。

「……はぁ」

ドアノブに手をかけるや否や、溜息をつく友貴枝。やがて、意を決したのかドアを開け、入店する。

「……待っておったぞ。奴はもう来とる」

カウンター越しにいた、店のマスターの台詞を聞いて頷くと、何時も依頼人と会うボックス席へと向かった。それを見計らったかのように、喫茶店のドアが再び開いた。

「おじいちゃん、久しぶり!」

時差で入店して来たステフ。友貴枝との関係を悟られないようにする為の、彼女からの指示だった。

「ぉお、久しぶりじゃのぅ。近くまで来たのか?」

マスターもそのあたりを瞬時に悟ったのか、名前を呼ばずに応対した。手練れである。そうでなくても、珈琲の挽き方煎れ方を習いにJDが通っていたので、既にそれなりの面識は出来ていた。

「久しぶりにおじいちゃんのコーヒーが飲みたくなって。修行してはいるけど、中々ここの味にならなくて……」

「ほっほっほ。そう簡単に再現されたら、ワシはこの店を畳まなければならんからのぅ。ほれ、飲んでいきな。これは、ワシの奢りじゃ」

「いいのっ!?」

「No Problem.じゃ」

「それって、問題ないって意味だよね?」

「Exactly(正解じゃ)♪」

「それはわかるー♪」

そんな感じで、カウンター方面で世間話が始まったことを横目で確認した友貴枝は、依頼人と対峙した。

「よく来てくれたね、友貴枝殿」

「私は会いたくなかったんですが。何処ぞの企業の社長様には」

 よほど逢いたくなかったのか、その社長に毒を吐く友貴枝だった。

「つれないことを言うなよ。キミとボクは腐れ縁だからねぇ」

「そんなものはありません。前回の仕事で、もう貸し借りはない筈ですが?」

「ところが、まだあったんだよねぇ。キミの親父さんに」

「!?」

此処で父親の話が出るとは思わなかった友貴枝は、苦渋の表情を浮かべた。父よ、昔になんて事をしてくれやがりましたか!と思いながら。

「まぁまぁ、そんな顔をしなさんなって。貸し借りは建前で、実はこっちも困った事を抱えちゃってねぇ……」

何となく落胆している、依頼主の話の意図が読めず、疑問顔になる友貴枝。

「実は、折り入って頼みがあるんだ……」

そこからは、双方とも真剣な仕事モードになっていった。


数刻後。

話が終わったのか、依頼主はマスターに一瞥すると店を出ていった。傍にいた女子大生には目もくれずに。

退店を確認した友貴枝は、暫くボックス席に佇んでいたが、足取り重くカウンターにやって来た。

「お疲れさん」

そう言って、マスターはコーヒーを友貴枝の目の前に置く。が、彼女はそれを手に取ることなく、カウンターに突っ伏した。

「大丈夫?」

心配になったステフは、そんな友貴枝に声をかけた。

「大丈夫……ではないですね。精神的には」

そう答えながら、友貴枝は何とか身体を起こす。

「依頼は……断ったのか?」

「残念ながら、受けざるを得ない状況になってました」

マスターの問いにそこまで発言して、溜息をつく探偵。

「内容は色々あるので言えませんが……面倒な事になってきました」

「あの男のことじゃからなぁ。何かやらかしたんじゃろ」

相手の男のことを知っているかのような口ぶりのマスター。二人して、更にテンションが下がっていく様子。

(大丈夫なのかなぁ、この仕事……)

二人の態度を見て、不安しか感じられないステフだった。



数日後。

ステフの姿は、彼女が通う大学内にあった。

必須の授業があったので、サボる訳には行かない。

時刻はお昼時。授業も終わり、お昼どうするー?みたいな話を友人達と話しながら大学の正門に向かっていた時だった。

正門の向こうに、見知った車を見つけた。660CC3気筒ターボ搭載な、友貴枝の愛車だ。

(今日はもう授業もないし、乗せてもらっちゃおうかなにゃー♪)

そう考えて、友人達に断りを入れつつその車に向けて移動しようとした時、探偵の姿も見つけた。

「おー……ぃ?」

友貴枝の名を呼ぼうとした時、彼女の隣に見知らぬ女性が並んでいるのを見てしまった。それだけならまだ良いが、二人で談笑している様子。更に、そんないい雰囲気のまま、二人は共に友貴枝の車に乗り込んだのだ。見知らぬ女性は、助手席に自然と着座後、車は発進して行った。

あまりにも自然な流れな一部始終を、自らの目で目撃してしまい、呆然とするステフ。暫くして再起動を果たした彼女は、心の底から叫ばずにはいられなかった。


「あの(ひと)は一体誰なのよーっ!!」


その日の夕刻時。

仕事を終え、単身で事務所に戻ってきた友貴枝。

 帰ってからやるべき事を、頭の中で考えながらドアを開いた。

 ……その先に鬼がいるとも知らずに。

「おかえりなさーい……」

「ただい……まっ!?」

玄関を閉めると、もの凄いローテンションな声が聞こえたので、パンプスを脱ぎながら顔を上げると、そこには仁王立ちし、鬼の形相を呈した女子大生が待っていた。

「ひっ!すすすステフさん?」

この状況には、百戦錬磨な元傭兵もたじろいた。

「何でございましょうかぁー?」

顔の表情だけではなく、返ってくる返事にも怒気がこもっていた。それを聞いた友貴枝は、唯々混乱していた。何か怒らせるような事をしたのだろうか、と。

「どうしたのですか?今日は来るとは聞いていませんでしたけど……」

「どうした?ちょぉーっと、お伺いしたい事がぁ、あるんですけどぉー?」

 ますます怒りゲージが上がっている様子のステフ。友貴枝は、話の先を促した。

「今日はお楽しみだったようですね探偵さん?」

(呼び方まで昔に戻ってる!……ん?お楽しみ?)

混乱に拍車がかかりつつも、一部引っかかる台詞に疑問を持つ友貴枝。

「お楽しみ、とは何ですか?」

「とぼけないで!わたし見たんだから」

「何をです?」

話の意図が読めない友貴枝。ステフの詰問は更に続く。

「今日、わたしの大学(がっこう)に来たでしょう?」

「何処ぞの大学には確かに行きましたが……ステフさん、あの大学だったんですね」

「知らなかったの!?」

「聞いていませんが」

「……あれ?わたし言ってなかったっけ」

「……そう言えば」

失踪者探しの時に近くを訪れていた事を、今更のように思い出した友貴枝。

「思いっきり失念してました」

それを聞いて、嘆息するステフ。

「まぁ、それは良いとして。何故、大学に来てたの?」

「何故って、仕事ですが」

「ふーん、へぇー、ほぉー」

「何なのですか一体……」

疑いの態度全開なステフに、困惑するしかない友貴枝。

「若い女性と談笑しながら、車に乗り込んで何処に行くことが仕事、ねぇ……?」

「見ていたのですか!?」

「たまたまね。もの凄く仲良さそうでしたねぇ……」

(お楽しみって、そういう事でしたか)

ステフに見られていたのは驚きだったが、友貴枝にとっては、別に隠蔽しなければならないものでもない。しかし、もの凄く見解の相違がありますね、と嘆息ていた。

「彼女とは、仕事上の付き合いです。それ以上でもそれ以下でもありません」

「そうは見えなかったんだよねー」

未だに追及の手を緩めないステフに、友貴枝はついにキレた。

「何故、ステフさんにそこまで言われなければならないのでしょうか?」

「……へ?」

風向きが変わった。此処ぞとばかりに、友貴枝は反撃の口火を切った。

「私が仕事上とはいえ、何方と一緒にいようが、ステフさんには関係のない事です」

「そ、それはそうだけど!」

 追求していた筈なのに、何故か劣勢に転じるステフ。

「ステフさん。貴女は私の何ですか?」

「何ですかって……それはぁ……」

言われてみれば、わたしと友貴枝さんとの関係って、何なんだろう?と、今になって考え込むステフ。過去の自分の記憶を、頭の中で必死に思い出す。

「私には、貴女がヤキモチをやいているようにしか見えないのですが?」

「や、やき……!?そそそそんなんじゃないってば!」

友貴枝からの意外な指摘に、今度はステフが混乱状態に陥った。

「では、私との関係は?」

「……ぱ、パートナー?」

「パートナー契約をした覚えはありませんが」

「んがっぐぐ」

事実を返されたステフは、言葉に詰まる。

「で、でも!此処の家事諸々引き受けてますよね!わたし」

「それは助かっています。でも、それだけです」

「はうっ!」

更なる事実を突きつけられ、ステフの心に矢が刺さる。スイッチの入った友貴枝は、更に追い詰める。

「更に言えば、私は貴女に告白しました。しかし、貴女はまだわからないと言いましたよね」

段々と過去の記憶が蘇ってきたのか、ステフは冷や汗タラタラだ。何を言ってるんだ、過去のわたしー!な状態に。

「親密ではあれど恋仲ではまだない貴女に、ヤキモチをやく資格はない筈ですが?」

「すいませんでしたーっ!!」

友貴枝のトドメの一言で、ついに心が折れたステフは、飛び跳ねながら正座をし、着地と同時に床にぶつける勢いで頭を下げた。

 ジャンピング土下座、とか言うんでしたっけ?ステフさん出来るんですね、と友貴枝は失礼な事を考えていた。

 一方のステフは、これでもか!というくらいに身体を折って、頭を床に擦り付ける。友貴枝よりも大きい彼女が、もの凄く小さく見える。

「まぁ、依頼内容を言っていない私にも非があるのかも……」

「え、あの女の人って、今回の依頼に関係あるのっ!?」

友貴枝からの意外な台詞に、驚き飛び起きたステフ。意外に短時間での復活である。

「有り体に言えば、そうなります」

「それでも、やっぱり内容は話せないんだよね?守秘義務?ってやつで」

一応、その辺りはステフも理解していたから、敢えてそれ以上は聞かないつもりだった。でも、友貴枝は違う考え方をしていた。

(あの大学が、貴女の学校である以上、話しておいたほうが良さそうですね……)

意を決した探偵は、伏せる部分は伏せて、ステフに今回の依頼内容を話すことに決めた。

「ステフさん、よく聞いてください。今から大事なことを話します。実は、貴女が見たという女性なんですが、彼女は貴女と同じ大学に通う女性です」

「そうなの?」

「名前は【(かねが)()()()()】という方です。貴女と同世代ですね」

同じ大学の生徒だという事に、驚くステフ。彼女には、そうは見えないくらい大人びていた印象をもっていたからだ。背は、友貴枝とステフの間くらい、細身でスタイルが良いほうであるのを、友貴枝が渡してきた写真等で確認した。

「良いの?わたしに名前やら色々教えちゃって」

「大学内で、彼女の事を気にかけてほしいのです。私が学校まで入る訳にはいきませんから」

「声をかけても良いのかにゃー?」

「その辺りは、お任せします。ただ、その際は『私が教えた』という事は伏せておいてください」

「ほへ?なして?」

「今回の依頼の根幹に関わる事ですから」

「尚更わたしが関わってもいいのか疑問だよぉ」

 友貴枝の仕事の大変さをこの前、身を持って体験しているステフだから、そういう事も忌憚なく言える。

「一体何をやってるの?今度のお仕事は……」

あまりにも煮え切らない友貴枝の態度に、ステフは聞かずにはいられなかった。聞いても答えてはくれないとわかってはいたのだが。

「身辺警護、です」

だが、友貴枝はアッサリと白状した。

「あら、喋っちゃったよ」

「大丈夫です。伏せるところは伏せてますので」

それでも、名前とかバラすのはどうなんだろう?と、ステフは素人ながらも色々思った。

「これも探偵のお仕事……なの?」

そこで、思いついた事を質問するステフ。

「……そうなります」

友貴枝は、一瞬の間を置いて答える。でも、ステフは『間』に気づいていなかった。

「不審者に付きまとわれているらしいので、通学を含め家以外の場所ではなるべく一緒にいてくれ、という事でしたので」

嘘はついていません、と心の中で弁明する友貴枝。

「今流行りのストーカーかにゃー?」

「……そうかも知れませんね」

そういう事にしておきましょう、と友貴枝は更に弁明する。

「明日も学校へ?」

「家への送迎をしていますから、必然的に行く事になりますね」

それを聞いて、何かの算段を立て始めたステフ。そして考えがまとまったのか、徐ろに口を開いた。

「それじゃ、正門で二人が出会うのを待って、彼女に突撃しようかにゃ♪」

「突撃って……何をするつもりですか」

彼女の算段に、不安しか感じられない友貴枝。

「『おいコラ嬢ちゃん、ヒトの女を横取りすんじゃねぇ』……とか?」

(……何処でそんな言い回しを覚えて来るのでしょうか?)

その台詞を聞いた途端、友貴枝はステフに向けて愛銃を傍のホルスターから抜き、彼女の正面に構えた。そこまでの時間、およそコンマ3秒。

「……いつ貴女のオンナになりましたか?」

「じょ、冗談だよぉ……お、おっかなーい。銃を取り出す瞬間が、全く見えなかった」

それは当たり前だ。向こうはプロなのだから。いくらゴム弾が入っているとはいえ、得物はあのデザートイーグルである。引き金を引かれたら、タダでは済まない。

「そんな物騒な物は仕舞ってくださいよぉー」

「貴女が変な事を言い出すから、無意識に掴んでしまいましたよ」

「無意識こわい」

 ガタガタ震えるステフを見て、意趣返しが出来た事に友貴枝は満足し、銃をホルスターに戻す。

「では、明日は午前中にに正門前で落ち合いましょう。彼女、明日はお昼前に授業だと伺ってるので」

「折角だから、わたし今日泊まって一緒に行こうよ」

 魅力的な提案がなされたが、友貴枝は心を鬼にして断った。

「あくまで偶然出会った、というようにしたいので、却下です」

「ちぇー、かったるー」


 という事で、今日は解散となった。

 ステフが関わる事になった、今回の身辺警護。 果たしてどんな展開が待っているのか、それは友貴枝にもわからない。

 これで良かったのか?

 自問自答しながら、探偵は床についた。






翌日。

ステフが通う大学の正門横に、一台の軽自動車が横付けされた。停車と同時に運転席のドアが開き、運転手が降車した。遼河友貴枝という探偵である。探偵は即座に助手席側に回り、ドアを開く。「ありがとう」と言いながら、乗っていた女性が降りてきた。

(ふーん、あの女性が鐘江祐希代って人なのか……)

友貴枝より頭半分程背が高く、ほっそりとした体型でセミロングな彼女。その一連のシーンを、当のステフは正門近くの物陰から見ていた。金髪碧眼な彼女が行うその行為は周りから非常に浮いて見え、その傍を通った人は必ずと言っていいほど、ビックリしていた。

(さーて、突撃してみるかにゃー♪)

頃合と判断したステフは、友貴枝をビックリさせるつもりでそぉーっと二人に近づき始めた……のだが、相手はプロである。一歩を踏み出した時点で、友貴枝は彼女のいる位置を気配で把握していた。そして、「さぁ驚かすゾォ♪」と構えた絶妙なタイミングで、彼女に振り向いた。

「あら、ステフさんじゃないですか」

「にゃーっ、何故バレたっ!?」

驚かす側が、声を高らかにして驚いた。

「気配がダダ漏れでしたよ。何時ぞやとは大違いですね」

「どうしてこうなった……」

目論見が失敗したステフはその場で跪く。側にいた祐希代は、訳が分からずポカーンとしていた。

「こちらは……お知り合いですか?」

何とか再起動を果たした祐希代は、さっそく友貴枝に質問していた。

「まぁ、一応……」

ここまで見事にハマるとは思っていなかった探偵は、苦笑するしかなかった。

「こちらは、ステファニーさん。貴女と同じ大学に通う学生さんです」

「は、初めまして。ステファニー・山野・ワードと言います」

漸く金髪碧眼な彼女が立ち上がった。祐希代は、自分より高いステフを見上げる格好になった。

「鐘江祐希代と申します。背がお高いのですね。海外の方ですか?」

「生粋の日本人です!」

「え、そうなのですか?俄に信じられませんですねぇ……」

「ですよねぇ……」

マスターと初めて会った時のように見解の相違を感じたステフは、信じてもらえない二人(友貴枝は悪ノリ笑)に、如何に自分が日本人なのかを猛烈にアピールするのだった。


「朝からめっちゃ疲れたよよよ……」

「気を取り直してください」

「友貴枝さん絶対面白がってるでしょう!」

悪ノリしていた探偵に、憤慨する金髪JD。

「毎度ご苦労なされてるのですね……」

「わかってくれる?」

いきなりステフにがっしり手を握られ、苦笑気味の祐希代。

「わたしも、一部から『お嬢』とか言われて困る時があるから」

「祐希代ってお嬢様なの?」

裕希代が発した『お嬢』というキーワードに、ステフが食いついた。

「親が成金なだけ。わたしはお嬢でもなんでもないですわ」

「ナリキン……?」

耳慣れない単語なのか、頭の上に「?」を浮かべるステフ。

「短期間で事業等を成功させ、大金持ちになった方のことを指す言葉です。日本人なのに知らないのですか?」

「し、知ってるよそれくらい!」

本当に知ってるのか怪訝な視線を送る探偵に対し、明後日の方向を向く金髪。祐希代は、二人の漫才を見てクスクス笑っていた。

「では、そろそろ校内へ行かないと。授業がありますので」

挨拶をして、その場を離れようとする祐希代に、ステフは声を掛けた。

「ねぇ、お昼時間ある?ランチ一緒しない?」

「貴女とは友人でも何でもない筈ですが……?」

突然のお誘いに難色を示す祐希代だが、この金髪JDは押しが強かった。

「じゃ、今から友達。いいでしょー?」

「強引ですわね……」

「ねー行こ行こ。友貴枝さんも一緒に!」

「わ、私もですか!?」

ステフが発した火の粉は、探偵にも降りかかった。自分も誘われるとは思っていなかったので、友貴枝は大層驚いた。

(ボディーガードするんでしょ?)

(それはそうですが……)

突然、探偵に内緒話を振るステフ。そういう計算ですか……と、色々思案した友貴枝は、誘いを受けることにした。

「わかりました。お誘いを受けましょう。祐希代さんもいいですね?」

「え、決定ですか……?」

探偵が快諾した事に、困惑する祐希代。

「元々誘われたのは貴女ですし、貴女が行くのであれば私がついていくのは必然です」

「初対面の方ですよ?警戒しなくてもいいんですか?」

「私はステフさんとは既に面識ありますし、彼女のお父様とも面識ありますので無問題です」

「そうですか……」

祐希代はそう言うと、徐ろに携帯端末を開き、何かを操作し始めた。

「予定を確認させてください。今日の授業は……今からの一コマだけ、か……わかりました。ではご一緒させていただきます」

「やったー!」

OKの返事に、大層喜ぶステフ。

「良いイタ飯のお店が、近くにあるんだよ。じゃ、お昼前にここで待ち合わせでいいかな?」

「ステファニーさんと言いましたね。貴女今日の授業は?」

「わたしは、今日はゼミに顔を出すだけだから」

「わかりました。では、終わりましたら連絡したいので、番号交換お願いしても?」

「オッケー♪」

暫く携帯でやり取りした後、「では」と祐希代は踵を返し構内へ消えていった。

「ふぅ」

祐希代の姿が見えなくなった直後、友貴枝は大きく息を吐いた。

「お昼の件はビックリしましたよ」

「わたし、あの子と仲良くなりたかったから♪」

「私がいるというのにですか?」

嫌味を込めて言の葉を返す友貴枝に、ステフは予想の斜め上の返答をした。

「なーんか、ほっとけなかったんだよね……」

そう言いながら、対象が見えなくなった方を見つめるステフの表情は、友貴枝がいままで見たことのないものだった。



程なくして、お昼時。

大学近くのイタリアンレストランに、再度集合した三人の姿があった。友貴枝は、愛車を近くのコインパーキングに預け、正門前で他の二人を待って移動してきた。待つ間、正門にいた警備員と、友貴枝の姿格好について一悶着あったのだが、この場ではどうでもいい事なので割愛する。

「まさか警察を呼ばれる羽目になるとは思いませんでした……」

「わたしら居ない間に何があったの!?」

憔悴しきった表情で着座する友貴枝に、ステフはツッコまずにはいられなかった。

「その件については、もう解決済みなので。それより食事にしましょう」

「そうですね。折角のステファニーさんのオススメなんですから」

それがキッカケで、三人は食事をオーダーしてまったりする。

「それはそうと、祐希代が例の身辺警護の対象……ってことでいいんだよね?」

徐ろにステフは、今回の仕事について友貴枝に話を振った。

「そういう事になりますね」

「嫌がっていたわりには、ノリノリで仕事してない?」

「ノリノリって……祐希代さんには関係ない事なので」

「あの人にこんな娘さんが居たなんてねぇ」

「父を知っているのですか!?」

ステフの何気ない一言に、祐希代は驚きで反応した。

「たまたま友貴枝さんと一緒に見たことがあってね」

(あの日のことは、内密に願います)

(ほい了解)

「お二人で、何をコソコソしてますの?」

『ナンデモナイデスヨ!?』

多少はギクシャクしながらも、概ね順調に会話は進んでいるようだ。

「父は本当に、何をやっているのかわからない人でして」

「どういう事?」

今度は、祐希代の一言にステフが反応した。

「ひと月程全く家に帰ってこないかと思えば、逆にひと月程ずっと家でノンビリだらけたりと……行動が読めない人なんです」

「何のお仕事してる人なの?」

「よく知りません。取引がどうの……という話を小耳に挟んだ事がある位です」

「健全な仕事をしている筈ですよ。……昔と違って」

「昔の父をお知りなのですか?友貴枝さん」

「ハハ……ちょっと(どころじゃない)ですけどね」

独り言のように呟いたつもりが裕希代に食いつかれ、焦る探偵。迂闊なことは言えないですね、と自戒する。

「そもそもさ、何で祐希代のボディーガードすることになったの?」

ここにきて、ステフは心の中で燻っていた疑問を、友貴枝にぶつけてみた。

「彼女のお父様に頼まれたのが理由の一つですけど」

友貴枝は、ステフと一緒に行ったあの日が事の発端だと説明する。

「その後、彼女とお会いしてお話を聞いたんです」

「最近、私の身の回りでおかしな事が起き始めたのが、最大の理由ですわね」

「おかしな……事?」

おかしな事と言われ、ステフの頭の上にハテナマークが浮かんだ。

「えぇ。無言電話が家だけでは飽き足らず携帯にまで来るようになったり、尾行までされているような気配も。最近では、駅のホームや階段でぶつかられることもしばしばですね……」

「ふむ、それは立派なストーカーだね!」

「ですよね。立派なストーカーですよね!」

何故かJD二人は、そこで意気投合をしていた。

「それだけで済めばいいのですけどね……」

友貴枝には別の懸念があるのか、何気にそんなことを呟いた。仕事柄、此処から別の事案に発展する事はよくある。それ故の呟きだ。

「何か言った?」

「いえいえ、只の独り言です。あ、お料理が来たようですよ」

これ以上は言えない……と、探偵は次に紡がれる筈だった言の葉を、心の奥にしまい込んだ。

「来たきた!カルボ、カルボ♪」

「好きですねぇ、カルボナーラ」

何時ぞやのお礼の時も、カルボナーラを作っていたステフ。相当に好きなようだ。彼女の様子を見ていた探偵は、人知れず嘆息した。

「いいじゃんさー!祐希代はドリア?」

ツッコまれたステフは、話の矛先を裕希代に向けた。

「ですね。美味しそうだったので。友貴枝さんはピザ?」

「ですが……これは流石に大きいですね。良かったら、お二方もどう……」

「では、いただきマース!」

『取るの早っ!!』

予想より大きいピザが出てきたので、お裾分けしようと提案するや否や、一切れは既にステフの口に運ばれていた。それを見た二人は、彼女の行動に驚いていた。



「ふぅー、食べた食べた♪」

「食べ過ぎですよ、ステフさん」

食事を終え、店を出て来た三人。散歩がてら車に戻ろう、という事で近くの公園まで足をのばしていた。

「美味しかったですわ。今度友人を連れてこようかしら」

「気に入ってもらえてよかったよー」

祐希代に気に入ってもらえ、安堵するステフ。それを見た彼女は、プッと吹き出した。

「ステフさんには、イタリア人の血が入っているのですか」

「それはないと思うよ?ダディはイギリス生まれだし、マミーはアジア系とか言ってたから」

相変わらず、謎が多いステフの血縁関係。一度キチンと調べる必要がありますね、と心に誓う友貴枝だった。

たわいも無い話をしながら、公園内の開けた一角に差し掛かった三人。その瞬間、友貴枝は得体の知れない気配を感じた。と同時に、JD達の足元に何かが地面に刺さる音が聞こえた。

「!?」

気になり、音がした地面を覗く友貴枝。

「どったの?」

探偵の突然の行動に、首を傾げるステフ。お構い無しに地面を掘る探偵。そして、刺さった物の正体を見るや否や、全身に戦慄が走った。

(何処から!?埋まった角度的に……後ろ!)

すぐさま、後ろを振り向く友貴枝。自身の後方には、公園の木々。そして都市の街並みが広がっている。更なる遠方には、幾つかオフィスビルが固まって建っているのが見える。そのビル群を視界に捉えた時、窓ガラスのソレとは違う、キラッと光るモノを見た。

「走って!全力で!!」

刹那、友貴枝は二人に叫んだ。

『……え?』

いきなりの探偵の叫びに、JD二人は反応出来ずにいた。

「いいから、私の言うことを聴いて!前方の御手洗の裏まで全力で走って!」

「あ、うんわかった」

友貴枝から何かただならぬものを感じたステフは、祐希代の手を取り走り出した。

「え、え、何事ですの!?」

未だに、何が起こっているのか理解出来ていない祐希代は、ステフに引っ張られながら走る事しか出来ていない。その二人の後方に、JD達を気にかけつつ懐に手を入れながら、遠方を警戒する友貴枝が居た。彼女も動こうとした瞬間、またもや何かが地面に刺さる音がした。遅れて、よく耳をそばだてていないとわからない程の、小さな「ある音」が聞こえた。

(くっ、遊ばれていますね……!)

そして、「次」までに時間があると判断した彼女は、JD達を追って御手洗の裏へ全力で駆ける。そして、彼女達が「何事?」という顔をして居た場所に飛び込んだ瞬間だった。

「チュン!」

何かでコンクリートが削れるような音が聞こえてきた。音を聞いてから、物陰からそーっと顔を出して様子見する探偵。そして、手元にあった少し大きめな小石を放り投げながら、再度身を隠す。すると、その小石が「何か」に当たって弾け飛んだ。一連の流れに、JD達は困惑の表情を浮かべながら、フリーズしていた。

「♪ー」

その直後、祐希代の携帯端末に着信音。彼女も「またですか」といった表情でディスプレイを見る。もちろん、番号は非通知だった。

「もしもしっ!」

「……」

意を決して応答した祐希代だったが、やはり無言電話だった。

「貸してください」

「えっ?」

探偵の動作に祐希代は驚いた。電話を貸せ、と言っているのだ。

「何時もの無言電話ですよ?」

「わかっています」

早く寄越せ、と言わんばかりのジェスチャーに、祐希代は探偵に電話を渡した。この時点で、スピーカー機能をオンにした。

「……もしもし?」

「……」

友貴枝が出ても無言のようだ。しかし、彼女の次の一言で状況は変わった。

「Hello,This is Yukie speaking.」

『……やはりミス・ユキエか。我の邪魔をするのは』

「!!」

JD二人、特に裕希代は大層驚いた。今まで無言だった相手が漸く反応した事に。

「わかってて言ってるんですよね?スコープ越しで見てるのに」

一方の友貴枝は、相手の反応に些か嘆息する。如何にも、相手を知ってるかのように。

『確かにそうだな』

「相変わらず趣味の悪い人だこと。で、何か御用ですか?こちらのお嬢さんは、貴方には関係ないと思うのですが」

『残念ながら、こちらには関係ある。依頼を請け負ったのでな』

「……『彼女を殺せ』と?」

友貴枝の台詞に、祐希代はビクッと身体を震わせた。それを見たステフは、「大丈夫だよ」と優しく抱き留める。

『……何処まで知っているのかね?』

「今までも、散々彼女にちょっかいをかけていたようですが?」

『それは別人だ。我ではない』

「では、今日初めて私達に絡んだ、という事でいいのですか?」

『そういう事になるな。依頼を請け負ったのは昨日なのでな』

「彼女を狙うという事は、私と対峙するという事と同義です。良いのですか?」

『重々承知している。今日は、ほんの挨拶代わりだ。次は外さん』

「此方としては、逢いたくないのですがね」

探偵の台詞と同時に、電話は切れた。そして、息を吐く。

「……厄介な相手に狙われ始めたようですね、祐希代さん」

「な、何か相手を知っているような会話だったけど!?」

ステフは堪らずツッコんだ。

「えぇ、非常に良く知っていますとも。元御同輩ですし」

「御同輩……ですか?」

「その辺の話は、私の家でしましょう。祐希代さん、一度自宅へ戻り支度をして下さい。一週間程泊まれる程の」

「どういう事ですの?」

「それも込みで後ほど。今からお送りしますので。ステフさん。申し訳ないけど、ラルフ氏に電話してもらってもいいですか?」

「えぇ、ダディ!?どういう事なの?」

「全て、私の家でお話します」

その後、暫くしてステフのダディ登場。探偵がここまでの経緯を説明し、同行を求めると「わかった」とだけ言い、一緒に行動することになった。




同日夕方。

友貴枝の自宅兼事務所に、五人の姿があった。

探偵、JD二人、ステフの父親ラルフ氏と、何故か女刑事の姿が。

「急に呼び出すものだから、慌てたわよー」

「来てもらわないと、貸しを返して貰えませんからね」

「寧ろこっちの方が貸しが多い筈なんだけど!?」

「主観の違いです」

納得いかない刑事だったが、早く本題に入れと急かす。

「で、どういう状況なの?」

「今日のお昼頃に彼女、『鐘江祐希代』さんが狙撃(スナイプ)されました」

「あれが『狙撃』だったんだ……」

ステフは今になって、当時の状況を理解したようだった。

「今までは、どうやらストーキングしつつ、事故死に見せかけるのが目的だったようですが……」

「友貴枝さんが身体を張って守ってくれてたんですよね」

 祐希代は、今迄の出来事を反芻する。どの時も、絶妙なタイミングで守られていたので、ある時から友貴枝を信頼し切っていた。

「なので、業を煮やした黒幕がプロを雇ったようです」

「それがさっきの、電話の人……ってこと?」

ステフの問いに、探偵は首を縦に動かし肯定する。

「そんでもって、そのプロって人が同業者……なの?」

「『元』ですけどね」

「……あ、貴女は過去に何をされていたんですか!?」

友貴枝とステフの会話に次元の違いを感じ、堪らず祐希代は問い詰めてしまう。

「たとえ同性でも、女性の過去を問い詰めるのは御法度ですよ」

「……はい、すみません」

探偵に窘められて、気落ちする女子大生。

「それにしても……わからないのは、貴女が狙われる理由です。プロまで用意されてしまうとは、何をしたんですか?」

友貴枝は、ボディーガードは依頼で請け負っていたが、それ以外の事は緊急の事案ではないと、狙撃される前までは考えていたのだ。

しかし、プロが出てきたとなると話は変わってくる。腹を括らねばなりませんね……と思案顔になった。

「それがわかれば苦労はしません!」

「だよねぇー」

JD二人は、タッグを組んで憤慨しているようだ。いつの間にこんなに仲良くなったのですか?と、探偵は軽い嫉妬を覚えた。

「それについてなんだけどねェー」

ここで、暫く黙っていた女刑事が喋り始めた。

「彼女、鐘江さん……だっけ?此方で軽く調べさせてもらったけど、貴女のお父さん、かなりヤバい事に足突っ込んだようね」

「「そうなんですか!?」」

その発言には、祐希代だけではなく探偵までもが驚いていた。

「おかしいですね。足を洗った筈なんですが……」

「父は昔、何をしていたんですか?知っているのでしょう!」

「……」

友貴枝の沈黙という名の肯定に、相当ヤバい事をやってたのを悟った祐希代は、「そ、そんな……父が……」と狼狽えてしまった。

「でも、変だよね?それなら、狙われるのはお父さんの方だよね?」

ステフのツッコミは尤もだ。その疑問に答えたのは、女刑事だった。

「どうやら、違法な海外の臓器売買に加担しかけたようでね。内容を知った彼は、仕事は流石に断ったらしいけど、それなら娘を差し出せ!と脅されているらしいの。彼はもう、別件で署の方に任意同行してるから、狙われることは無いわ」

少しずつ詳細が明らかになってきた。全く、あの男は何をやっているのでしょう、と友貴枝は心の中でJDの父親を毒づいた。

「臓器?が狙いなら、祐希代が死んじゃったらまずいんじゃないの?」

「部位によっては、提供側の生死はあまり関係がない、と聞いたことがあります」

「その部位が問題なければ、移植は出来るし」

ステフのさらなる疑問に、探偵と刑事がそれぞれ答える。

「わたし……父のせいで、殺されてしまうんですね……」

「何言ってるの!そうならない為に、友貴枝さんが頑張ってるんでしょ?諦めちゃダメ!」

祐希代の、半ば諦めムードな呟きに、ステフが喝を入れた。

「そうです。時間の猶予はあまりありませんが、活路は見えました。貴女のことは私が全力で守ります」

「は、はい。よ、よろしくお願い致します」

「いいなぁー、わたしも言われてみたいなぁ……」

うっとり顔のステフ。

「あたしの情報のおかげよね♪」

ドヤ顔をする刑事。

「さて、これからですが……」

「全てスルーかいっ!」

いちいち相手をするのが面倒になり、各人の反応を無視して話を進めようとする友貴枝に、刑事が全力でツッコミを入れていた。

「ひとつ、いいカネ?」

ここで、ずっと沈黙を続けていたステフ父が、漸く口を開いた。

「話の大筋は理解出来た。だが、ワシが呼ばれている意味が理解できないのダガネ、ミス・ユキエ」

「ラルフ氏には、やってもらいたい事があるのです」

「ホゥ、それは?」

「小耳に挟んだのですが、貴方は財界に顔が利くそうですね」

その辺りの事を話したことが無い筈なのに、それを知っているとは……とステフ父は、驚きの顔を隠せないでいた。それは、ステフも同様だった。

「ダディ、私んちもナリキン……なの?」

「それは違うぞ娘よ。財界とのコネクションが豊富なだけだ」

「そうか、山野・ワード……何処で聞いたことある名前だとずっと思っていたけど、そう言えばロビイストにそんな名前の人がいたわね……」

ステフの名前にずっと引っかかりを感じていたらしい刑事は、ここで漸く胸のつかえが取れたようだ。

「ラルフ氏にお願いがあります。私の事務所に、祐希代さんを匿っている旨の情報を、財界に限らず各方面に流してほしいのです」

「フムフム、陽動作戦という訳ダナ?」

ステフ父が探偵に確認すると、彼女は首を縦に振った。

「という訳で、祐希代さんには暫く事務所(ここ)で泊まっていただきます」

「え、こちらに……ですか!?」

話の流れが理解できなかったのか、祐希代は大層驚いた。

「プロに狙われてる状況で、普段の行動は危険です。些か退屈になるかも知れませんが、此処で匿わせてもらいます」

「それで泊まりの支度をしろ、ということなんですね」

此処に移動する際に、泊まり支度を命じられていた祐希代は、ここで漸くその意味を理解した。まさか、此処に泊まることになるとは、彼女は微塵も思ってもいなかったのだ。

「上の階に、ゲストルームが幾つかありますので。出来る限り、一週間でカタをつけます。お願い出来ませんか?」

因みに、友貴枝が住んでいるこの建物は、地上五階地下二階構造の雑居ビル。周りの建物も似たようなビルばかりなので、案外目立たない。玄関がある側だけ、通りに面していて開けている。

「ここに居れば、安全なんですね?」

「100%保証します」

JDの確認に、頷く探偵。

「……わかりました。お世話になります」

「ハイハーイ、わたしも泊まりたーい!」

「貴女もですか?」

泊まりの話が纏まった直後、もう一人のJDが声を高らかに名乗りを上げた。

「だって、友貴枝さんが出かけたりしたら、祐希代ここで独りになっちゃうでしょ?話し相手もいないんじゃあ可哀想だよ」

「それもそうですね……」

昔も今も、単独行動が多い探偵は、そういうところまで気が回らない自分を恥じた。

「ねぇダディ、いいでしょー?」

「……此処は、本当に安全なのカネ?」

祐希代が聞いたセキュリティー面を、ステフ父が再度問う。

「先程も言いましたが、パーフェクトです」

その返答に満足した彼は、顔をJDに向けた。

「ミス・ユキヨと言ったか。キミも娘が泊まることは構わないかネ?」

「んー、折角友人になれたんですもの。一人より二人の方が心強いですわ」

ふむ、そうか……と、彼は満足顔で頷いた。

「では決まりね。泊り込みとなると、食料が問題か……」

と、刑事が指摘すると、ステフが反応した。

「あ、わたし一旦帰って支度するついでに、買い物してくるよ。ダディの車あるし、わたしはまだ狙われてないからいいよね?」

その反応に、探偵が注意を促す。

「ですが、気をつけてください。ステフさんの顔も、おそらくプロに見られてますから」

「大丈夫だよ!ダディの車は防弾仕様……って言ったよね?」

「うむ。だから、要人来日の際にはレンタルされてしまうがな。ワッハッハ」

「ラルフ氏って、一体何者なんですか……」

「タダの帰化した元イギリス人だゾ?」

「深くは詮索しない方が良さそうね」

「ですね……」

そう言いながら、ドヤ顔をするステフ父に溜息を吐く探偵達だった。



ゲストルームにて


色々な事が片付き、夜になって夕食&お風呂が終わり、JD二人は探偵に用意されたゲストルームに移動して、ベッドの上で話に花を咲かせていた。

「成り行きで、此方にお世話になる事になったんですけど……」

「何か心配?」

話はしているものの、心配事が抜けない祐希代は、どうしても表情にソレが出てしまう。それを見たステフは、気をかける。

「父が無事だといいんですけど」

「大丈夫って言ってたよね、刑事さんが」

「それはそうですが……」

どう慰めても、不安な気持ちは拭いきれないものだ。

「後は友貴枝さんが何とかしてくれるって。わたしも助けてもらったことあるし」

「貴女もですか?」

「そそ。それが二人の出会いだったんだよねぇ」

ステフからの探偵との馴れ初め?に興味津々になった祐希代は、ズズいっとステフに近づいた。それを良しとしたステフは、友貴枝との出会いを話し始めた。


「海外の方に絡まれたのですか……」

「わたし、日本人なのにこんなナリでしょ?」

「まず、日本人という事に激しい違和感を覚えるのですが」

「まだそれを言う?結構苦労してるんだよー(滝涙)」

「そのようですね(苦笑)」

あ、やっと笑った!と、ステフはひと安心した。

「その、絡まれてるところへ探偵さんが現れた、と」

「そゆこと。最初、英語で話しかけられたので、訳わかんなかったんだよ」

「……本当に英会話が出来ないのですね」

「ひっどーい、笑うなー!」

コロコロと笑い始めた祐希代を見て、もう大丈夫かな、と思うステフだった。そこで、ステフは裕希代を抱き寄せた。

「ななな何をするのですか!?」

いきなりの抱擁に、ドギマギするしかない祐希代。

「大丈夫。さっきも言ったけど、あの人に任せれば万事上手くいくよ」

抱き寄せられた後からの、突然の囁き。それを聞いた祐希代は、ステフに密着していた身体を弛緩させた。

(貴女も、私を安心させようとしてくれるのですね)

ステフの意図を感じ取った祐希代は、安心して彼女に身を委ねた。

……その時だった。ゲストルームの扉が勢いよく開け放たれたのは。

「ステフさん!」

「あ、あれ、友貴枝さん!?」

「ノックも無しに入ってくるとは、幾ら家主でも無粋じゃありません?」

JD二人はグダグダと文句を訴えてるが、全てを無視して探偵はステフに近づく。

「緊急にやってもらいたい事があるので、下の事務所に来てもらえますか、ステフさん」

「い、今から!?」

「緊急ですので」

「明日じゃダメ?」

「ダメです」

仕方ないなぁ……とボヤきながら、ステフはベッドから立ち上がった。

「ゴメンね祐希代。ちょっと行ってくるよ」

「こちらの事はお気になさらず。お先に就寝させてもらいますね」

再度ゴメンねー、と両手を合わせて謝りながら、探偵とゲストルームを後にした。

「それにしても、緊急って……何?」

仕事なのかそうじゃないのかよくわからないが、何をするのだろう?と考えていたステフは、やるべき事は何なのか探偵に聞いてみた。しかし……

「……」

友貴枝は、事務所に着くまでずっと無言だった。

「何か言ってよーっ!」

ステフがそう叫んでも、彼女は無言を貫いた。そして、事務所に入り辺りを見回したステフの目が、あるモノを捉えた。

「あれ?こんなモニター、さっき無かったよね……え?」

そのモニターには、激しく見覚えのある画が映っていた。それは、先程までステフが居た筈のゲストルームだ。画面に、ベッドに入ろうとしている祐希代の姿が映っているので、間違いない。

「友貴枝さん、なんですかこれ……」

声を震わせながら、ステフは友貴枝に質問した。

「防犯カメラの映像ですが何か?」

友貴枝は答えはしたが、早口かつ投げやりだ。

「それにしては、画面が大き過ぎない!?」

ステフが驚くのも、無理はない。家電量販店でよく見かける一般家庭用のの50インチ級液晶モニターが、友貴枝が何時も事務仕事をしているデスクの上に鎮座していたからだ。その大き過ぎるソレに、先程までいたゲストルームの様子が鮮明に映し出されているから、余計に驚きだ。最近流行りの、高精度な液晶モニターのようだ。カメラの方も、かなりの高性能だ。そんなカメラあったっけ?とステフは部屋を思い出すが、記憶が無い。巧妙に隠されているのだろう。

「たかが防犯カメラの映像で、ここまで必要ないよね!?」

「いえ、必要ですよ。ここをこうして……」

そう言いながら、友貴枝が手元にあったスイッチを操作すると、16分割ではきかない数のカメラ画面が表示された。

「ほえー」

この分割された画面の数にビックリするステフ。一体幾つあるのやら。

「この建物の全ての部屋に、カメラを設置してあります。使用していない部屋は、自動でオフになってますので、黒いですが」

「で、必要に応じて全画面に展開できる、と」

そうステフが尋ねたが、探偵は沈黙を保った。

「何故、わたし達の部屋を?」

「……」

「何故?」

ステフは、語気を強めた。

「……ぼ、防犯の、ため、です」

圧倒された友貴枝は、弱々しく答えた。

「ふーん……」

ステフは納得してないようだった。

「あ、そういえば……さっき、やけにタイミングがよかったよねー。わたしが丁度、祐希代を抱き寄せた時……だったよねぇ」

「!」

ステフに図星を付かれた友貴枝は、動揺した。

「もしかして……監視してた?」

「!!!」

更に動揺しまくる探偵。

「監視は別にいいんだけどねぇ。でも、あのタイミングで部屋に来た、という事はァ……まさかの嫉妬?」

「私が悪ぅございましたーっ!」

とうとうプレッシャーに負けた友貴枝は、何時ぞやステフが見せたジャンピング土下座をして、床に伏せた。小さい彼女が更に小さくなった。何この可愛い生き物わ!とはステフの心の内。

「友貴枝さんの仕事柄、そういうのもアリだとは思うけど、盗撮一歩手前だよね」

「……」

「せめて、モニターは目のつかない所に設置してね?」

「はい……」

「祐希代には言わないでおくよ?」

「お気遣い感謝します……」

探偵は、伏せたまま感謝の意を示す。その姿勢に嘆息したステフは、起き上がるよう促す。

「おかしいなぁ。今回は、わたしが友貴枝さんと祐希代に嫉妬していた筈なんだけどなぁ……」

「そんな時もありましたね」

漸く起き上がった探偵とJDは、過去(と言っても三日ほど前だが)を思い出したのか微笑みあった。

「さて、私は出かけてきます」

「え、今から!?」

もう、日付も変わろうとしている時間だ。ステフが驚くのも無理はない。

「少し、やらなければいけない事がありますので」

「こんな時間から?」

「こんな時間だからです。昼間では出来ないことなので」

一体何をするんだろう……ステフの疑念は晴れない。

「後その絡みで、暫くは夜を留守にしますので、祐希代さんをお願いします」

「だ、大丈夫なの?」

祐希代のこと、友貴枝のこと、両方を心配するステフ。わたしが、祐希代をプロから守るの!?と、困惑顔だ。

「ここにいる限りは安全です。私に秘策あり、です」

そう言いながら、友貴枝は、残念でしかない胸を張る。

「をー、何だかわからないけど、凄い自信だぁ」

「という事で、此処はお願いしますね。此処をほぼ掌握している貴女だから、お願い出来るのですよ」

「ん、わかった。友貴枝さんも気をつけてね。プロ?が出張ってきてるんだし」

「わかりました。では、行ってきます」

お互いが手を振りながら、ステフは玄関先で友貴枝を見送った。

「さて、明日の為に其ノ壱。わたしも寝るかなぁ」

そう言いながら、ステフはゲストルームに戻るのだった。







祐希代を匿いだしてから三日後。

今日も、友貴枝は夕食前に事務所から出かけて行った。

「毎晩、どちらへ出かけているのでしょうか?」

「わたしも、それは聞かされていないんだよねぇ……」

JD二人の、夕食時の会話。出かけるのが三日目ともなると、流石に祐希代も気になり始めたようだ。帰ってくるのが朝方で、そのまま就寝ともなると、ボディーガードの件はどうなっているのか問い詰めたくもなる。

「こんなに美味しいお食事を食べて行かないなんて……」

「褒め言葉ありがとー!」

賛辞に嬉しくなったステフは、対面に座っていた祐希代に、わざわざ抱きつきにいった。

「ちょ、離れてくださいませんか!?食事中ですよっ!」

抗議の弁を発する祐希代であったが、言うほど嫌がってはいないようだ。

「祐希代が嬉しいことを言ってくれるからだよー♪」

「そんなところだけ、欧米人を真似しなくていいんですよっ!」

「親愛の証だよ?照れない照れない♪」

「照れていませんっ!」

「ツンデレだなぁ、祐希代はぁ♪」


そんなやり取りが事務所で行われていた頃。

とある十階建てな雑居ビルの屋上。

眼下には、ライトやネオンやらが賑わいをみせているが、十階建てビルの屋上ともなれば賑わいも激減する。そんな夜の帳が支配し始めた場所に、人影が現れた。その人影は、持っていた大型なアタッシュケースを足元に置くと、徐ろに開いた。

「……」

無言で、中にある物を取り出し、組み立て始める。少しして、組み上がった物の全容が明らかになった。

M24SWS。

レミントン・アームズ社製の、世界中で使用されている狙撃銃だ。

つまり、ここに居る人物こそ、過日に祐希代達を狙撃したプロだ。どうやら、奴は今日此処から「仕事」をするらしい。

屋上のフェンス沿いにうつ伏せで寝て、銃口をフェンスの隙間に通し狙いを定める。銃口の先に見えるのは、街の喧騒を通り過ぎた先、スラム街にあるとあるビル。それは、友貴枝が探偵事務所を構えるビルだった。

肉眼ではわからないが、スコープ越しではハッキリと目標であるビルが見える。そして、ビルの玄関から視線を上に移すと、ある窓に二人の女性の姿が。薄いカーテンが引かれてはいるが、姿は確認できる。その二人こそ、ステフ達だ。

設置が完了したのか、奴は一度起き上がり徐に煙草を取り出して、火をつけた。

「フゥ……」

紫煙が風にたなびく。屋上という割に、風が弱い。

(仕事をするには好条件だな)

距離にして一キロ弱。銃の射程距離ギリギリなので、微風は狙撃手にとって願ったりだ。

(さて……)

煙草を揉み消し、マイ灰皿に仕舞う。此処に誰かが居たという痕跡を残さない為だ。今の時代、こんなとことからも足がついてしまう可能性もある為、処理は慎重に行い準備に入る。

先程設置した銃に張り付き、最後の調整を行う。

(ちょこまかと動かないでいてくれるから、サイト調整がやりやすい)

スコープ越しに対象をみながら、細部の調整をしていき、準備は整った、

(後は、風が止む瞬間を待つのみ……)

待つこと数分。僅かな風も、間もなく止みそうな気配。この感覚は、長年の経験で培ったものだ。

(お嬢さん、恨みはないけど悪く思わないでくれ。これも仕事だ)

……刹那、風が止んだ。

トリガーに掛けていた指に、いざ力を込めようとした瞬間。


「そこまでです」


その台詞とともに、狙撃手の後頭部に「何か」が押し付けられた。

友貴枝の愛銃(デザートイーグル)だ。

背後を取られた奴は、動けなかった。


「そろそろだとは思っていましたが、ほぼ予測通りですね、ミス・ヤン。後ろががら空きですよ。チェックシックスを忘れてますね」

相手に気配を悟られずに、友貴枝は背後からマウント状態を仕掛けた。

「……ユキエ、か」

「今は、プロの殺し屋Y、でしたか」

「……よく、我だとわかったな」

「女性でそんな口調のスナイパーなんて、貴女ぐらいしかいませんよ」

「先日は声を変えていた筈だが」

「それが貴女のやり方ですからね。声を聞いた瞬間にわかりますよ。貴女とは、何度もやり合ってますからね。傭兵時代から」

それもそうか、と狙撃手は納得した。しかし、別の疑問が生じた。

「何故、此処がわかったのだ?」

「状況を見て、わからないのですか?」

然もありなん、と言いたげな友貴枝は、ヤンの疑問を聞いて嘆息した。

「私が、考えもなしにあの場所に居を構えたとでも言いたいですか?」

「……そうなのか?」

「あの時、声を聞いて貴女とわかってから、色々策を講じました。あなたの銃に関しても調べました。射程距離、腕前、風の条件……結果、今度の「仕事場所」はここしか無い、と断定し一昨日から張ってました」

どうやら、ここ最近の夜のお出掛けは、此処が目的地だったらしい。

「我のことを読み切った、という事か」

流石はユキエだ、と息を呑むヤン。

「ですね。更に言えば、私の家を長距離狙撃するのに適した場所は、此処しかないんですけどね」

「なんと」

衝撃的な発言に、ヤンは驚きを隠せない。そういえば、狙撃ポイントを吟味している時、やけに選択肢が少なかったな、ということを今更ながら思い出していた。

「そして、貴女が狙撃するのは必ず夜。この前のは、本気ではなかった。私を試してましたよね」

過日の狙撃シーンを、反芻する友貴枝。

「ターゲットの周りにいる鼠も排除してくれ、とも言われていたのでな。貴様とわかったついでに、腕が鈍っていないか確認させてもらったがな」

「心外ですね」

友貴枝は嘆息し、銃が僅かにターゲットからズレた。その一瞬のスキを見逃すヤンではない。

「これで、心置き無く戦えるというもの……だッ!」

そう言うと、突然友貴枝の下から身体ごと突き上げた。馬なりでヤンの上に乗っていた友貴枝は、体勢を崩されたたらを踏む。それを見たヤンは、間髪入れず友貴枝に後ろ蹴りを入れた。吹っ飛ばされた友貴枝は、後方のフェンスに激突。蹴りと背中の衝撃で血を吐き、もんどり打つ。

「マウント時間が長すぎるのではないか?」

「……カハッ……ちょっと……油断し過ぎましたね」

計らずして、ヤンと対峙する形になった友貴枝だが、奇襲されても眼光は衰えていない。フラフラと立ち上がりながらも、激突の衝撃で愛銃を手放してしまった右手は既に懐に入っていた。

「……早撃ち勝負か?」

「残念ながら違いますよ」

そう言うな否や、友貴枝は懐からあるものを投げた。それはヤンの側をすり抜け、M24の銃身に当たった。据え付けてあったM24は少しズレただけだったが、狙撃銃に僅かなズレは致命傷なので、今はそれで充分。祐希代が狙われなければいいのだから。

「投げナイフか……」

「こんな街中で銃撃戦は出来ないでしょう?」

「……それはどうかな?」

そう言って、ヤンが懐から出したのは、コルトパイソンだった。しかも、ご丁寧にサイレンサー付きだ。

「そんな物まで持ってましたか!」

それを目にした刹那、友貴枝は右手へ横っ飛びして近くの物陰へ。と同時に、パシュッと銃声がして、物陰の壁が銃弾で削れた。

「スナイパーでも、ハンドガン位は普通に持ってるぞ」

(あれは予想外の得物ですね……市街地故に銃撃戦は無いと読んでいたのですが)

ヤンのハンドガンは、本当に想定外だったらしい、ほぼ丸腰状態の友貴枝。攻防を繰り広げてはいるものの、ジリジリと袋小路に追い込まれる。

「さぁ、逃げ場はないぞ?足首のデリンジャーで応戦したらどうだ」

(流石に知っていましたか)

暗器を割と得意とする友貴枝。元同僚にはお見通しのようだ。後ろはフェンス。左右は、設備機器が入っている建屋。逃げ場がない……ように見えた。

「!」

チラッと後方のフェンス下を見た友貴枝。刹那、身を翻して飛び降りた!

「なんと!」

この行動には、流石のヤンも驚いた。慌ててフェンスに駆け寄り下を見やるが、友貴枝の姿はない。代わりに、下の部屋に続くベランダがあるだけだった。

「そこから下の階に逃げ込んだか」

そう呟き、ヤンもそこへ飛び降り、階下の部屋へ侵入する。その時だった。

「!」

脚や腕や腹に違和感を感じたと思った瞬間、部屋の中に設置されてあったキャビネット等の備品がヤン目がけて倒れてきた。普段ならラクに回避出来るのだが、違和感のせいで回避行動が取れず、それらと一緒に埋もれてしまった。

「な、何なんだ一体……」

ガレキとは違うが、色んな物で埋もれた所から立ち上がろうとするものの、やはり違和感を感じてマトモに動けない。

「暗視装置無しで部屋に侵入とは、相変わらずツメが甘いですね」

そう言いながら、ヤンの前に現れた友貴枝。よく見ると、いつの間に付けたのか、顔には暗視装置があった。

「何がどうなっているっ!」

「わかりませんか?よーく見てください。特に腕の辺りを」

友貴枝に言われるまま、視線を腕に移すヤン。丁度その時、月明かりが部屋に差し込んだ。そして、そこで漸くヤンは違和感の正体に気づく。

「……ワイヤーか!」

月光が当たってキラキラしているが、それでもよく見ないとわからない程、極細のワイヤーが無数にヤンの身体に巻きついていた。おそらく、これが部屋にあった物に繋がっていたのであろう。

「正解です。あれだけ私の事を知っているのに、これは想定外でしたか?」

「流石に、屋内戦は想定してなかったからのぅ……」

「私も、こんなこともあろうかと準備はしておきましたが、見事にハマるとは思いませんでしたよ。階下が空室で助かりました」

友貴枝側にしても、これはまさかの展開だったようだ。

「さ、コレでチェックメイトです」

そう言って、友貴枝はワイヤーを避けながら慎重にヤンへと近づき、徐に注射器を取り出して彼女へ打った。

「な、何を打った!」

「今にわかります。さて、取引といきましょうか」

「と、取引だと!?」

突如、取引と言われ混乱するヤン。

「今回『も』、私の勝ちで良いですよね」

「そんな訳あるか!」

「い・い・で・す・よ・ね?」

「……」

更に有無を言わせない勝利宣言をされ、無言になるヤン。

「ですが、私は貴女の命は取りません」

「どういう事だ?」

「今やってる探偵業のポリシーに反するので」

「そうか、今は探偵だったか……。だが、今ここで我を逃がしてもいいのか?また狙う事になるぞ」

そう切り返すヤンだったが、友貴枝は嘆息する。

「言った筈です。取引をする、と」

友貴枝の発言の意味がわからず、ヤンは首を傾げる。

「見逃す代わりに、本来受け取るべき報酬を貴女に支払います。悪い話じゃないでしょう?」

「それは買収ではないか!」

「いいじゃないですか。依頼失敗な上に、報酬も手に入るのですから」

つまり、友貴枝はヤンの依頼自体を買収する、と言っているのだ。

「別に断ってもいいんですよ?そしたら、此処で命を落とす事になるだけですから」

「我に選択肢が無いではないか!それに、さっきと言ってる事が違うぞ!」

「だから、取引を受けてもらわないと困るのですよ。貴女が死んでしまうので」

「……くっ。流石は『睨まれたら最期。戦場の女死神』」

その台詞がヤンから放たれた刹那、彼女の額に目にも止まらぬ速さでデザートイーグル(もうひとつの愛銃)が突きつけられた。

「その通り名、すぐ忘れろ」

友貴枝の口調が変わった。と同時に、周囲の空気が冷えた……と、ヤンは感じた。

「今まで本気ではなかった……のか?」

「あぁ?こんな市街地で、本気になれるわけねーだろ。もちっと頭使え。だから、私に何時も勝てねーんだよ」

傭兵時代でも友貴枝に勝てたことが無かったヤン。その理由の一辺が垣間見えた気がした。

「どーする?取引。受けるんだろ?受けなきゃ死ぬだけだしなぁオイ」

 先程の不用意な一言で、完全に裏モードへ入った友貴枝。ヤンは、冷や汗流しまくりだ。

「う、受けてもいいけど、肝心な依頼主の情報とかはどうするのだ?」

「そこで、先程の注射器が役に立つ、って訳だ」

「ま、まさか……」

そこまで言われて、心当たりがありまくりなヤンは、突然自我を失った。

「そ、自白剤……って、もう聞いてねぇか。おい、喋れるか?」

「ハイ、シャベレマス……」

「よしよし。じゃあ、依頼主を教えてもらおうか……」


その後、無事に事務所へ帰った友貴枝だったが、出迎えたステフに汚れたスーツについて長時間の説教を食らったのだった。それを傍観していた祐希代は、若干引いていたとか。


 因みにヤンは、数日後に自我を取り戻した時には、見知らぬ外国の地に居たとかなんとか。




更に三日後。

「ええーいっ、未だヤツは捕まらんのか!」

とある会社の役員室。中堅どころの医療機器メーカーらしい。その部屋で、男が声を荒らげていた。

「ここ暫く音信不通でして……」

平謝りする部下らしき人物。

「何がプロじゃ。そんなモノに頼ったワシが莫迦じゃった。おい、至急次の手を考えよ!取引まで時間が無いのじゃぞ」

そんな風に部下を叱咤していた時だった。急に廊下が騒がしくなった。時折、「グエッ」とか「こいつ!」とか様々な声が飛び交っている。

「何事じゃ?」

「み、見て参ります」

そう言って、部下が扉に近づいた瞬間に、それが開け放たれた。近づいていた部下は勢いで吹っ飛んだ。


「お邪魔します」


そこに現れたのは、探偵・遼河友貴枝だった。

「く、曲者だ!」

男がそう叫ぶと、吹っ飛んだ部下以外の男共三人ほどが、彼女に飛び掛ってきた。しかし、体術に優れる友貴枝は、軽くいなして男共を処理する。

「手荒い歓迎ですねぇ」

「ま、まさか……お前が標的にくっついていた鼠か!」

「女性を鼠扱いとか、酷いですねぇ」

「ちっちゃいから、仕方ないんじゃない?」

さらに酷いことを言うのは、男共を拘束していて遅れて部屋に入ってきた女刑事だった。

「な、何なんだ貴様らは!」

「悪党に、名乗る名などありません」

「不法侵入だ。警察を呼ぶぞ!」

「それなら間に合ってるわ。わたし、刑事だし♪」

警察手帳を見せながら、応える刑事。

「そ、それなら早くこいつを捕まえろ!」

「残念ながら、逮捕されるのは貴方よ。賀井忠(がいちゅう)医療機器の(とく)(ぞう)さん。いや、篤蔵組のトップと言った方がいいかしら?」

そう言って、逮捕状を見せる刑事。それに、愕然となる会長。

「ヤクザの隠れ蓑として、会社を作ったのは賢かったですが、ボロが出ましたね。私の知人が、取引に関わりかけた時点で、貴方の命運は決まったようなものです」

「貴様……あの鐘江とか言う奴の仲間か!」

「とんでもない、只の腐れ縁です。ただ、関係が拗れて娘を狙うようになり私が動いた。そこが、貴方の敗因です」

「くっ、そこまでバレていては仕方がない」

そう言って、会長は机の引き出しから護身用と思われる銃を取り出して、二人に銃口を向けた……が、友貴枝にとっては遅すぎる行為だ。構え終わる寸前には、既に友貴枝の手からナイフが投擲されていた。

「ギャッ!」

手首にナイフが刺さり、倒れてもんどり打つ会長。そこへ、刑事が手錠をかける。

「臓器移植に関する違法売買の疑いで拘束します」

手錠をはめられた会長は、項垂れた。

「あ、因みに」

そこで、ふと思い出したかの様に喋り出す友貴枝。

「貴方がプロに頼んだ依頼ですが、買収して阻止させてもらいました。今頃は海外でしょうかね」

「な……」

道理で、連絡がつかない筈だ……と会長は驚愕した。

「貴様は……貴様は一体なんなんだ!」

後は刑事に任せようと、友貴枝が踵を返したところで、会長に吠えられた。そこで半分だけ身体の向きを変え、ポーズを作って答えた。

「言った筈です。悪党に名乗る名は無い、と。まぁ、強いて言うなら……」


「通りすがりの、只の探偵です。覚えてもらわなくて結構です」



「あ、やっと出てきた!」

製薬会社のビルから出てきた友貴枝。警察関係が玄関付近で右往左往している中、ラルフ氏の車で一緒に来ていたステフと祐希代が出迎えてくれた。

「終わった……のですか?」

おずおずと祐希代が尋ねてきた。

「終わりましたよ。ほら」

友貴枝が視線を後ろに向けると、丁度会長が他の刑事に連行されるところだった。

「あの人が黒幕……ってやつなの?」

「そういう事♪んじゃ、わたしは署に帰るから」

ステフの質問に、これまた丁度よく出てきた女刑事が去り際に答えて行った。

「すみません!父は……父はどうなるのでしょうか?」

去ろうとした刑事に、祐希代はずっとしまい込んでいた質問を飛ばした。

「無問題よ♪」

刑事はそれだけ言うと、警察車両に乗って現場を後にした。

「答えになってませーん!」

思わず吠える祐希代。

「また面倒事を残して行きましたね、あの女狐は……」

こちらはこちらで、嘆息しながら見送る友貴枝。

「どゆこと?」

訳が分からず、友貴枝に聞くステフ。

「事後処理を押し付けられたんですよ」

「……あらまぁー」

漸く納得したステフは、苦笑するしかない。

「祐希代さん。おそらく、貴女の父は無罪放免ですよ」

「そうなんですか!?」

祐希代が驚くのも無理はない。今回は、彼が発端で事案発生したようなもの。何かしらの罰は受けるものだと覚悟はしていたのだ。そうなれば、望まなくても火の粉は祐希代にも降りかかる。それも覚悟していた。しかし、友貴枝は彼は無罪だと言い切ったのだ。

「何しろ、手を出しかけたけど加担はしていない。娘の身を案じて、わざわざ私に依頼してきましたからね。あの刑事の話によると、取引に関しては何も知らなかったらしいです。もう一歩、足を突っ込んでいれば無罪は無かったでしょう」

「そうですか……」

友貴枝の説明に、いまいち納得出来ていない祐希代だったが、この人がそう言うのならそうなのだろう、と思うことにした。

「まぁ、貴女には悪いですが、依頼料は踏んだくりますから。ヤツに払う買収代金の事もありますし。高い授業料になりますかね」

「いいんです。ガッツリ請求してやってください」

思いがけない娘からのOKサイン。これには、流石の探偵も表情が引きつった。

「いいの?祐希代。お嬢様じゃなくなっちゃうよ?」

「いいの。家に有り余る位お金があるのがいけないのです。ある程度減らしてやってください。父にはいい薬です」

ステフの心配も何のその。祐希代は、あっけらかんとしている。

「ま、何かあれば、金銭面以外はラルフ氏がサポートしてくれる筈ですし」

友貴枝はそう言って、運転席にいたステフ父に視線を送ると、彼はサムズアップして応えてくれた。


「では、帰りましょうか。久しぶりにステフさんのご飯が食べたいです」

「腕によりをかけて作るよー!」

「それは、わたしも楽しみです。あれは、店を開けるレヴェルですからね」


そんな事を言いながら、三人はワード家の車に乗り込み、帰路につくのだった。






エピローグ


数日後。

探偵事務所にて。


「おっじゃまー、って、祐希代!貴女、何時までここに住む気なの!?」

授業が早く終わったステフ。何時もの如く家事をする為に寄った、探偵事務所。扉を開けたら、先客がいた。

事件後、祐希代の父関係が落ち着くまで、匿うからお泊まりレヴェルになった彼女。しかし、流石にもう撤収しただろうと、鷹を括って事務所に寄ったら、当の本人がまだ居るではないか。

「あらステフ。お帰り♪」

「ただいまー、って違う!呼び方も、いつの間にかフランクになってるし!」

「友人同士なんでしょ?わたし達」

「まぁ、変に敬語よりはいいけど……それより、いつまで此処に!?」

事務所での家事一切合切は、わたしの仕事な筈……仕事が奪われる危機感からか、ステフもツッコミまくる。

「昨日、父から電話がきて……」

突然、祐希代がトーンダウンした。

「何かあったの?」

「あの人、あんな事があったのに全然反省してなくてね。また突然、フラっと家を留守にしたらしいの。二人いたお手伝いさんも解雇したというのに……頭にきたので、家に帰るのを止めたの」

「はいぃぃぃぃっ!?」

ステフが驚くのも無理はない。つまりは、家出をしたと言っているのだ。

「そんなんで、家出てきていいのっ!?」

「流石のわたしも愛想が尽きたわ。だから、暫く距離を置こうと思って」

「ほ、本気なんだ……」

祐希代の本気度に、ステフは唖然とした。

「で、でも!ここに住むってことは、友貴枝さんの許可いるでしょ!?」

「それなら……」

祐希代が言葉を続けようとしたら、上の階から家主が欠伸をしながら降りてきた。

「どうしたのですか皆さん。騒々しいですよ」

「友貴枝さん、どういうことなのっ!?」

「すいません、主語を入れて話してください」

祐希代への勢いそのままに、友貴枝へ食ってかかるステフ。

「祐希代の事、どうなってるの?後ついでに何で眠そうに降りてくるんですか!」

「ツッコミまくりねぇ……」

若干引き気味の祐希代だった。

「眠いのは、朝まで仕事をしていたからです。祐希代さんに関してはまぁ、仕方が無い事だと」

「家出だよ?大問題だよ!」

友貴枝の超端折った説明に、納得してないステフ。

「祐希代さんのお父様にも、お願いされましたからね。『留守にするから、暫く娘を頼む』と」

「親公認の家出!?」

「あぁ、友貴枝さんにも連絡行ったんですね。どうしようもない父です」

「本当に、昔からどうしようもない人です」


嘘は言っていないですよね、と友貴枝は心の中で弁明する。


祐希代の父は、事情聴取の後釈放されたものの、今回の事件に関わった事を週刊誌にすっぱ抜かれたという情報が、ステフの父ラルフ氏からもたらされた。

事態を重く見た友貴枝は、一度日本を離れた方がいいと祐希代父に提案した。それに乗っかった彼は、夜逃げ同然に日本を発った。そして、依頼料諸々を支払うため家財道具や資産やらを、ラルフ氏に頼んで処分してもらった。故に今、祐希代は帰る家が無い状態なのだ。匿ってる状態から、そのまま事務所に居候しているので本人には実感がないだろうが。

彼女をどうするのか尋ねたら、「預かってくれ」となった。小さい子供を預かる訳では無いのでその辺は問題ないが、海外逃亡を提案した手前、友貴枝は受け入れるしかない。彼の渡航先はラルフ氏に一任してあるので、そちらも問題ない。彼の会社も、後任を立て顧問にこちらもラルフ氏が一時的に就任しているので、立て直しは時間の問題かと思われる。本当にラルフ氏には感謝ですね、と心の中でお礼を言う友貴枝だった。

今は、祐希代には黙っているが、バレるのは時間の問題だろう。その時には、友貴枝は包み隠さず話すつもりだ。既にお嬢様ではないことも含めて。


「そんな事よりも、ご飯作らないと。友貴枝さんの事だから、また家事サボってるだろうしぃ?」

「あ、それならわたしが……」

そう祐希代が言い、リビングに案内されると、既に食事が用意されていた。しかも、わりと家庭的だ。

「出過ぎた真似をしたけど、お世話になってる以上、これ位はやらないと……」

「祐希代って、家事出来るのっ!?」

「ぐうたらな父だったから、自然とね」

「メイドさんいるって言ってたよね!」

「メイドじゃないけど……わたしが出来ない時に代わりに、って程度よ」

「わ、わたしのしごとがぁー……」

尽く自分の仕事を奪われた錯覚に陥ったステフは、床に崩れ落ちた。

「あ、これ美味しいですね。ステフさんのと比べても、引けをとりません」

早速摘み食いして、料理を評価する友貴枝。

「はしたないですよ、友貴枝さん」

「そう、それ!いつの間に名前で呼んでるのっ!?」

探偵を窘める祐希代に対して、名前呼びに関しツッコむステフ。

「だって、何時までも探偵さんじゃ呼びづらいし?」

「私の居場所がだんだんなくなっている気が……」

「そんなことないですよ。ステフさんには何時も助けられています」

そう友貴枝は慰めるものの、どんどん鬱スパイラルに落ちていくステフ。

「よし決めた。わたしも此処に住む!」

「貴女は自宅があるでしょう?そんな事したら、ラルフ氏に私が怒られてしまいます!」

「わたしがダディを説得する!」

「そういう問題じゃありません!」

突如、喧々囂々と探偵とJDの口喧嘩が勃発した。

「はは……何か修羅場ってる?」

事態の引き金を引いた(と思われる)祐希代は、引きつり笑いを浮かべながら、二人のやり取りを見ていることしか出来なかった。

これからもゆるーく更新していきます


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