2~事案発生?
PCのネットトラブル等でなかなかうp出来ませんでしたが、ようやくうp出来る運びとなりました
お待たせしました C92で頒布した今作を、一部加筆修正してうpします
……夢を見ていた。
懐かしい。父の夢だ。
「将来は何になりたいんだ?ユキエ」
「父さんと一緒がいい」
「お前も傭兵やるのか?」
「……ダメ、なの?」
「色々複雑なんだよ、父親ってのは」
「今更それを言う?ここまで仕込んでおいて」
「生きる術を教えてきただけだが?」
「狙撃や精密射撃が?言い訳でしょ」
「そうとも言う」
「そうとしか言わないよ!」
ガハハ、と豪快に笑う父さん。
いきなり場面は変わる。夢ならではですね。
「父さん……」
「はは……ワリィ、ドジった」
そう言って横たわる父の背中には、血の海があった。
「何故、あんな無茶を……」
「娘を護るためなら、無茶もするさ。それが親ってもんだ」
「だからって……!!」
声を荒げて、文句を言いながら泣きじゃくる私。
「ま、これも天命ってやつかね……ゴフッ!」
「父さん!」
「そんな顔をするな。お前はもう一人前だ。充分一人で生きていける。こんな日が来ることは、お前だって覚悟していたはずだ。傭兵の端くれならな」
「でもっ!」
「仕方ないさ。こうなっちまった以上……この森を無事脱出出来たら、アメリカに向かえ。とある教育機関に編入出来るよう手続きをしてある。アーサーJr.という人物を頼れ」
「それって……傭兵をやめろってこと?」
「まぁそういうこった。遅かれ早かれ、このミッションが終わったら俺も引退するつもりだったんだ。タイミングは狂っちまったがな」
「……」
「一緒にアメリカに渡って隠居生活するつもりが……俺もヤキが回ったかねぇ」
「父さん……」
「ユキエ。お前にこれを託す」
そう言って、父から受け取ったのは、父の愛銃デザートイーグル。
「わ、私も持ってるんだけど……」
「これぐらいしか渡せるものがないからな。こいつだけでも、お前の側にいさせてやってくれ」
「……わかった。大切にする」
「……!早く行くんだ。囲まれつつあるぞ」
「!!」
気配を探ると、一個小隊ぐらいの規模の敵が、私たちのいる場所に迫りつつあった。
「……父さん」
「何も言うな。早く行け。道は切り開いてやる」
「……わかった。頑張って……って言うのも変だけど」
「タダではくたばらんさ」
後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にする私。しばらくして、後方から爆発音。
(父さん……っ!!)
預かった父の愛銃をホルスターにしまい、自分が普段使う方を手にして、ジャングルをがむしゃらに走り抜けた。
明かりが見えた。もう少しで森を抜ける……そう思った刹那、カンカンとけたましい音が聞こえたと同時に、サーチライトの光が辺りを照らし始めた。
(見つかった!?)
そう思ったが、光は縦横無尽に辺りを照らすだけ。まだ完全に捕捉されていないようだ。カンカンという音がやたら喧しく、方向感覚を狂わせる。取り敢えず、近くの大木に身を隠す。
(しかし、ここには軍事施設の類はないはず。さっきから鳴ってるこの音は……何?)
やけに近くから聞こえる……そんな事を考えた矢先、この場では絶対にあり得ない台詞が聞こえてきた。
『探偵さーん、起きた起きた!もうお昼だよー!』
……は!?探偵?何言ってるの?私は傭兵( 新人)のユキエ・ハルカよ!
『ほら〜起きた起きた!ご飯冷めちゃうよ~』
何、なんなの!幻聴?
振り払おうと、大木から身体が離れた瞬間、サーチライトの光が私を襲った。
(やられる……!)
咄嗟に身体を地面へ投げ出した。
◇
ボフッ!
そんな音を立てて、友貴枝は布団と共にベッドから床へダイブしていた。
「いたたた……」
「やぁ〜っと起きたよ、探偵さん」
「あれ、此処は……自分の部屋……ですか」
身体の痛みを感じながら辺りを見回したら、見慣れた自分の根城だった事に気付き、探偵はようやく眠りから覚醒する。
「何寝ぼけてるの?夢でも見てた?」
身体をさすりながら、先程から別の声がする方へ顔を向けると、何故か金髪碧眼な女性がベッドの脇に立っていた。
「ひどく懐かしい夢を……って、す、ステフさん!?」
「そーですよ。もう忘れちゃったの?昨日の今日で」
「そ、そうじゃなくて……何故貴女が此処に居るんです!?」
居るはずのない人物がそこにいたことにより、友貴枝は夢の事そっちのけで狼狽していた。
「だって、まだ昨日のお礼が返せてないし~」
「そうではなくてですね……それよりも、この場所がよくわかりましたね」
「昨夜、送ってもらった時に道覚えたよ」
(あの複雑な道を……ですか?)
普通の人ならばまず間違いなく迷うはずのこのスラム街。しかも送ったのは夜。どういう記憶力をしてるのか……と、友貴枝はさらに狼狽した。
「どうやって此処まで来たのですか?」
「流石に危ないって聞いてたから、ダディに送ってもらったよ」
「そうですか……それは賢明な判断です。でも、どうやって中に?」
「カギ、開いてたよ?不用心だねぇ探偵さん。自分で危ない街だって言ってたのに」
「え、開いていた……ですか?」
昨日の動揺が行動に出ていたようで、愕然とする友貴枝。ステフとの関係を自問自答しながら家に戻って、そのまま鍵を閉め忘れたようだ。
「だからと言って、勝手に中に入るのは犯罪ですよ?」
「それについては、勝手に入ってごめんなさい」
友貴枝に指摘され、素直に謝るステフ。と、そこで探偵は、部屋のドア方面からいい匂いが漂ってくることに気づいた。
「この匂い……食事でも作ったんですか?」
「そーだよ。昨日作れなかったからね。もうお昼に近いけど」
「人の家の冷蔵庫を漁ったんですね、不法侵入に飽き足らず……」
「重ね重ねゴメンなさいっ!!」
友貴枝の周囲の空気が冷えた気がした……怒気を感じたステフは、ひたすら謝り続けた。
「……まぁ、過ぎた事を責めても無意味です。折角ですから、ご相伴にあずかりましょうか」
友貴枝の言葉を聞いて、ホッと胸をなでおろすステフ。
「では行きましょうか。リビングで良いのですか?」
「うん、期待して……って、探偵さん着替え!」
「ん?あぁ……」
移動しようとした友貴枝だったが、ステフに指摘されるまで己の格好を失念していた。ブラウス一枚でベッドへ直行していたようだ。気づいていそいそと脱ぎ出す。
「ちょ、何で此処で脱ぎだすの!しかも全裸って!?」
目のやり場に困ったステフは、目を瞑りながら抗議した。
「別に貴女は女性ですし、無問題です」
「良い大人な女性が、恥じらいなさ過ぎだよ!」
「こんなことで躊躇してたら、戦場では生きていけませんよ」
「此処は戦場じゃないし!」
友貴枝の楚々とした着替えが終わるまで、ステフの怒号は止まらなかった。寧ろ、同性の生着替えを最後まで見る羽目になり、嬉しいやら恥ずかしいやら複雑な気分になったステフであった。
紆余曲折ありながらも、リビングに移動して来た二人。そこで友貴枝は目を見張ることになる。
「これは……」
テーブルの上に並べられたものを見ると、焼き魚に味噌汁、野菜の煮物におひたし……和食の膳が用意されていた。
「貴女が……これを?」
「ふふん、すごいでしょー」
ドヤ顔で答える金髪女性。
「和膳を作れるなんて……本当に日本人だったんですね」
「ここでその認識!?ってか、和食作れる人皆日本人なのか!」
「西洋の人は基本できないでしょう」
「冷静に返されたし!」
「それはさておき、食事にしましょう。冷めてしまいます」
「さておかれたし!それわたしの台詞だし!」
ステフの怒号は此処でも止まらなかった。
「では……いただきます」
「召し上がれ♪」
「十字は切らなくていいのですか?」
「わたし、十字教の信者じゃないし」
「そうなのですか」
そう言いながら、膳に手を出す友貴枝。味噌汁を啜るなり、
「!」
驚愕の表情になる。そして、ものすごい勢いで全ての料理を平らげていく。
「ふぇ~っ」
あまりの食べっぷりに、ステフは感嘆する。程なくして、用意された和膳を完食。
「綺麗さっぱり食べましたねぇ。作った甲斐があったよ」
感慨も一入な感じのステフの手を、おもむろに取る友貴枝。
「?」
「嫁になってください」
「……はぁ?よ、嫁ェ!?」
真面目な顔をしながら躙り寄りつつ、いきなりの爆弾発言に、目が点になるステフ。
「……あぁ、忘れてください。今のは失言でした」
慌てて訂正する友貴枝。
「あまりにも美味しかったので……って、私は何を言ってるんでしょうか」
と、プチ混乱している探偵。一方で、
(よよよ嫁って何!? わたしが探偵さんの……?あり得ないあり得ない!昨日初めて会ったばかりだし!それ以前に同性だし!何でそういう方向になるのっ!?)
こちらは激しく混乱している女子大生……程度は違えど、二人して混乱して場が収まりそうになかった。そこへ、一本の電話が、探偵の元へ着信する。
「はい、友貴枝です……はい、依頼ですか」
携帯端末を取り出して、通話を始める。どうやら仕事の電話のようだ。邪魔してはいけないと、ステフは静かに食器を集めシンクに移動する。
「はい、ではいつもの時間にいつもの場所で。詳しい話はその時に」
通話を終えたらしく、一息つく友貴枝。
「お仕事……なの?」
内容が気になったのか、片付けが終わったステフはシンクから顔を出し、探偵に質問していた。
「そのようですね。詳しいことは不明ですが、依頼が来たことは確定です」
「じゃあ、お出かけするんだね」
「そういう事になりますね。依頼人と会わないと……」
と、そこまで言いかけた時、ふとステフの方を見た友貴枝はギョッとなった。それもそのはず、何か期待の眼差しでこちらを見ていたのだから。
「え、え~っと……ステフ、さん?」
「何かな?」
「そんな顔をしてこちらを見ても、何も出ませんよ?」
「え?」
彼女は無自覚だったようだ。しかし、如何にもこちらに興味がある旨の顔をしていた。
「ついて来る気満々ですね……」
「ダメ……かなぁ」
「やっぱりですか。守秘義務がありますからね。こればかりは……」
「仕事の邪魔はしないから!探偵のお仕事に興味があるんだよ。なかなか見られるものじゃないし、後ほら、わたし今、就活中だし♪」
「最後のは関係ないでしょう……」
女子大生の押しの一手に、探偵は頭を抱えた。何を言っても、効果はなさそうな事に。
「百歩譲ってついて来るのは良しとしても、貴女は存在自体が目立ちすぎるので、色々とマズイ部分があるのですよ」
「あ〜、そっかぁ」
友貴枝に言われ、自分の格好を改めて確認するステフ。服装自体は普通なのだが、金髪とボリュームある胸が勝手に自己主張している。これでは、本人が幾ら控えめにしていても、自然と目立ってしまう。それを後押ししているのが、友貴枝より頭一つ分以上飛び抜けている高身長である。
「要は、目立たなければ良いんだね?」
「そういう問題でもないんですが……」
「ちょっと待ってて」
探偵の会話を断ち切って、ステフはリビングを飛び出し、何処かへ行った。
(何をしに行ったんでしょうか……)
彼女の行動が気にはなったが、友貴枝も出かけなくてはならなくなったので、いそいそと準備を始めた。
数分後。支度をほぼ完了した探偵の前に、女子大生は再び姿を現した。
「これでどう?」
「!?」
そう言って現れたステフを見た友貴枝。先程と同一人物とは思えない変身っぷりである。身長はどうしようもないにしても、あれほど自己主張していた金髪と胸が、なりを潜めていたのだ。それだけでも、全体的な雰囲気が充分に大人しくなっていた。
「ず、随分と雰囲気が変わりましたね……髪と胸はどうしたんです?」
「髪は束ねて帽子の中に。胸はサラシで潰してるよ♪」
「潰してるって……苦しくないのですか?」
ステフは海外の人の血を引く巨乳だ。おいそれと潰せるものではないはず……友貴枝の心配も尤もである。
「ふふん、そこはそれ。やり方があるんだよ。ちょっと苦しいけどね」
やっぱり苦しいのですか……見上げた根性ですね。そこまでして付いて行きたいのですか、と探偵は溜息をついた。
「……わかりました。仕方ないですね。同行を許可いたします。が、こちらの指示には従ってもらいますから、そのつもりで」
「やった☆」
「そのかわり!」
「?」
「その……胸は元に戻してください。非常に殺意の沸く胸ですが、流石に……可哀想……ですので……」
ついて来るのに必要な条件を述べた友貴枝だったが、恥ずかしいのか、最後の方が尻窄みになって聞き取れなかった。
「え、何?なんて言ったの?最後」
「な、何でもありません!ついて来ないのですか?」
「あ、行く!行くからちょっと待って!」
照れ隠しで怒りながら、一人で事務所を出て行こうとする探偵を引き留め、女子大生は支度をして一緒に事務所を後にした。結局、潰した胸はそのままで。
◇
探偵事務所を車で出発した二人。直列3気筒660ccターボエンジンが、軽快な唸りを上げてスラム街を縦横無尽に駆け抜ける。
「ふぇ~、こんなに入り組んでたっけ?ここ」
「まぁ、こういう所はこんなもんですよ」
後は、簡単に事務所の場所を悟らせないために、ワザとこんな走りをしているんですよ、とは心の中で喋り、声には出さないでおく探偵であった。程なくして広い通りに抜け、ひたすらに車を走らせて行く。
「何処へ向かってるの?」
「それはもちろん、依頼主との待ち合わせ場所ですよ」
「そこが何処なのか、聞いているんだけどなぁ……」
「行けばわかります」
そんなやり取りをしながら、とある街へと車を進める。
「わぁ~、オシャレな街~♪」
市街地に入った途端、ステフが感嘆の声をあげる。
「来たことないですか?この街は」
「ないね~。大学のある街とも反対方向みたいだし」
「そうですか……さて、到着です」
そう言って、友貴枝が車を乗り付けた場所は、街の一角にある古風な喫茶店だっった。
「渋い喫茶店だ〜」
「ここのコーヒーはオススメですよ」
「へぇ~」
そんな会話をしながら二人は車を降り、友貴枝は店のドアノブに手をかけて扉を開いた。カラン、という軽やかな鈴の音が二人を出迎えた。
「いらっしゃい」
落ち着いた雰囲気の店内。木の温もりがふんだんに感じられる作り。そんな店の奥から、白髪と白髭ながら、服装がビシッと決まった、年配だけど背筋がピンと張った、出来る感じのマスターが声をかけて来た。
「マスター、久しぶりです」
「暫く顔を見せんかったなぁ。見切りをつけられたのかと思っとったわ」
「いや、別件が長引きまして……」
「まぁ、忙しいことはいいことじゃ。で、そちらの別嬪さんは誰方かの」
マスターは、友貴枝の後ろにいる背の高い女性に気がついて、質問していた。
「あぁ、彼女は付き添いというか、何というか……」
「ステファニー・山野・ワードっていう女子大生でっす♪」
探偵が言う前に、自己紹介する女子大生。
「ほほぉ、JD……というやつじゃな?」
「イグザクトリィ!」
何故そこで、そう言う英単語が言えるのか、本当に英会話ができないのか疑問を感じる友貴枝。
「うん?外人さんかの?名前の響きといい、碧い瞳といい……」
「どこからどう見ても日本人でしょ!?」
「いや、そうは見えんから聞いとるんじゃが」
どうやら国籍について、両人に見解の相違があるらしく、議論が始まってしまった。
「それより!」
語気を強めて、話に割って入った友貴枝は、電話での件を切り出した。
「電話での件ですが……」
「おぉ、そうじゃった。いつもの席におるぞ」
「へ、どゆこと?」
話が噛み合わないと感じたステフは、何気なく聞いていた。
「このお店で、会うことになっているんです、依頼主と」
「それは何となくわかったけど……さっきの電話の相手って?」
「それはワシじゃ。ほれユッキー、早よ会ってこい」
ここは引き受けた、とばかりにマスターは友貴枝を待ち人の元へ向かわせようとする。
「ユッキーじゃないって、何度も言ってるでしょう。いいですかステフさん。ここで大人しく待っててくださいね。ここまで連れてきたのも、特例処置なんですから」
「大丈夫。お仕事の邪魔はしないよ。ここで、おじいちゃんとお話ししてるから」
「マスターと呼ばんかい、小娘が」
「いいでしょ~?こんなおじいちゃん欲しかったなぁ……」
「そ、そっか……コーヒー、飲むか?」
「飲む~♪」
二人のやり取りを見て、心の中にチリっとした変な感情を抱えながら、探偵は依頼主の元へ向かった。
「貴女が依頼人ですか」
マスターから聞いていた場所のボックス席には、一人の女性が座っていた。歳の頃合いはアラサーといったとこだろうか。
「あ、はい。そうです……け……ど?」
女性は振り替えって、そのまま固まった。
「ん?どうかしましたか?」
「あ、いえ。想像よりも小さい方で、しかも女性だったので……」
「あはは……よく驚かれますので慣れてます」
どういう説明をしているのですか!と、友貴枝は心の中でマスターを毒づいた。
「改めまして……遼河友貴枝という探偵です」
名刺を渡しながら、挨拶をする。
「あぁ、ご丁寧にどうもです。今回依頼させていただいた鏡原翔子といいます」
自己紹介した鏡原翔子。背が友貴枝より頭一つ分上、細身の長身といった感じか。鎖骨辺りまで伸びた綺麗なウェーブのミドルロング。顔立ちはいいが細い目。だが全体的に元気がないように見える。
「何かお疲れのご様子ですが……」
さすがの探偵も、聞かずにはいられないレヴェルだった。
「あ、いえ……はい。毎日家事に追われていまして……」
「ご家族は?……あぁ、すいません。プライベートな事を……仕事上必要なことなので」
「いえ、構いません。娘が二人います。今日は実家に預けてきました」
「そうですか……ん?ご主人は?いらっしゃらないのですか?」
翔子の答えに疑問を持った友貴枝は、更に質問を重ねた。
だが、相手から回答が返ってこなかった。
「そうですか……立ち入った事を聞きました」
「あ!いえいえ、違います。主人はいます!いますのですが……」
無回答を、他界したものと悟った探偵だが、それを慌てて否定する依頼人。
「今回の依頼に関わる事です」
「?」
「私の主人を探していただけないでしょうか!」
(家出?失踪?誘拐?いずれにしろ、久しぶりの大きな事案ですね)
そんなことを考えながら、詳細を聞くために、タブレットPCを準備し始める探偵だった。
「わかりました。お話を伺いましょうか……」
◇
「そういえばさ」
「なんじゃ、突然」
先程まで他愛ない世間話に花を咲かせていたステフとマスターだったが、急にステフが真面目な顔をして、マスターに話しかけた。
「探偵さんへの依頼の電話って、おじいちゃんがかけたんだよね?」
「あぁ、そうじゃが」
「探偵さんへの依頼の仕方ってどういうシステムになってるの?」
「気になるのか?」
ステフの質問に、イタズラを思い付いたような表情で相槌を打つマスター。
「だって、依頼人が直接探偵さんに依頼していないでしょ?今の時代、探偵社だって広告出してるじゃない。気になるよ~」
ステフが言ったように、興信所を始め、最近は探偵社の広告をよく目にするようになった。探偵、という職業がメジャーになった証拠である。しかし、友貴枝は事務所の場所を悟られたくない様子だったのを、ステフは覚えている。
「まぁ、一般の会社のように表だって宣伝はしてないからのぅ」
「だよね。じゃあ、口コミか何か?」
「ん~、また少し違うかのぅ」
「どゆこと?」
歯に着せぬ言動に、頭からハテナが飛び出す始末なステフ。
「実はのぅ、広告の類いはあるんじゃよ、そこに」
そう言って、カウンターの隅を指差すマスター。つられてその方向を見るステフ。
『お困り事、何でも解決いたします Yukie's Detective Office』
そう書かれた小さな黒板?みたいなものが、そこに鎮座していた。
「小っさ!」
思わず大声をあげてしまい、慌てて口に手を当てるステフ。ヤバイかな~、と思い奥の方へ顔を向けると、二つの顔がこちらを見ていた。その片方は、ちょっと怒ったような顔をして。もちろん、それは探偵だった。
(ご、ごめんなさーい……)
手を合わせながら、心の中で謝るステフ。
「こんな看板?があったんだ……でもこれ、連絡先とかないよね。どうするの?」
ステフの言うことも尤もだ。これでは連絡を取りようがない。
「そこは、ワシが窓口じゃ」
「え……?」
「そこに書いてあるじゃろ」
そう言われ、ステフは改めて看板を見直す。すると、隅の方にかなり小さく、『詳細はマスターまで』と書いてあった。よく見ないと見つからない位小さかった。目を皿のようにしてガン見し、ようやく見つけたステフは一言。
「さらに小っさ!」
また大声をあげてしまった。後悔先に立たず。冷や汗を垂らしながら、恐る恐る探偵のいる方向へ顔を向ける。
「ひぃ!」
そんな声をあげてしまうのも、無理はない。視線の先には、般若がいたのだから。
(怒ってる、めっちゃ怒ってる~!)
探偵の怒りを悟り、水飲み鳥のごとく無言でお辞儀を繰り返し、謝罪に徹するステフ。しばらくして、依頼人と向き合ったので姿勢をマスターに戻す。
「あわわわ……後で怒られる……銃で撃たれるぅ……」
般若顔がトラウマになったのか、カウンターでステフはガタガタ震えている。
「わははは、面白い小娘だのぅ」
「あんな顔を返されたら、誰だってビビりますよぉ……」
「まぁ、昔に比べたらだいぶ丸くなったわな」
「え、おじいちゃん、昔の探偵さんを知ってるの?」
「親子でいる頃からの付き合いだからのぅ」
「へぇ~」
「何せ、おしめを変えたkぷげらっ!」
いきなり変な声が聞こえたと思ったっら、マスターの頭に灰皿がめり込んでいた。まさか!と思い、探偵の方を向いたステフだったが、変わった様子もなく依頼人と話をしていた。
「あたたた……相変わらず、精度は完璧じゃのぅ」
「感心するとこそこ!?」
「自分の恥ずかしい過去の話になると、こうやってツッコミがくるんじゃよ。しかも、バスケ選手のようなノールックでな」
(ということは……こっちを向かずに灰皿を投げたってこと!?)
友貴枝の探偵としてのスペック?の一端を、垣間見たような気分になったステフだった。
(拳銃といい灰皿スキルといい、何者なの?探偵さんって……)
そうこうしているうちに、依頼人との話が終わったようで、二人がドアに近づいて来た。
「お帰りですかな?」
「はい、マスターさん、良い人をご紹介頂きありがとうございました」
そう挨拶する依頼人。満足した表情も浮かべている。
「またいつでも来なされ。プライベートでも」
「そうさせていただきます。コーヒーご馳走様でした」
そんな会話をして、依頼人は去っていった。
「ふぅ、無事契約は成立しました」
そう言いながら、カウンター席に腰掛ける探偵。その隣で、ステフがビクッとなる。
「どうしたのですか?」
苦笑しながら、友貴枝はステフに質問していた。
「い、いやぁ〜、怒ってますよね?さっきのこと……」
「何のことですか?」
ステフの問いに、質問で返す友貴枝。
「だって、さっきあんなに怒った顔してたじゃない……」
「あぁ、貴女が大声を出して私達の交渉の場を邪魔したことですか。えぇ、怒ってませんよ。もう過ぎたことですから」
そう言って、最上級と思われる笑顔をステフに向ける友貴枝。
「その笑顔が逆に怖い!」
更に怯えるステフ。
「その辺でやめておけ。嬢ちゃんが立ち直れなくなるぞい」
「それもそうですね。連れて来た私にも、責任の一端はありますから」
「やっぱり怒ってるじゃない!」
理不尽な会話に、ツッコミを入れるステフ。
「何故、あんな大声を?」
「だって……」
そもそもの原因を問いただす友貴枝。ステフは、事の顛末を語っていく。
「そういうことでしたか」
「結局のところ、ここで依頼の相談を受けたおじいちゃんが、探偵さんに橋渡しをしてるって事でしょ?なんでこんな回りくどい事するわけ?」
「それはじゃな」
マスターが話に割って入って来た。
「ワシが、依頼人を見定めておるのじゃよ」
「どゆこと?」
話の内容が掴めず、ハテナになるステフ。
「この世の中、探偵に対する依頼はごまんとある。じゃが、中には非常にくだらない私利私欲な依頼もある。そういうバカげた依頼を、ここで排除しているんじゃ」
「そういう依頼を防ぐための、小さい看板なんです」
「敢えて目立たずに、というわけなんだね……」
ようやく納得がいったようだ。
「リピーターの方は、直接連絡を取り合ってますけどね」
「中には、目ざとく見つけて紹介しろ、という輩もいるからの。そういう奴は、此処で門前払いじゃ」
「だ、大丈夫なの?」
「なぁに、昔取った杵柄じゃ。若輩者にはまだまだ負けんわい!」
そう言って、ガハハと高らかに笑うマスターだった。
「……ねぇ、おじいちゃんって何者?」
「秘密の一つでもあった方が、カッコイイじゃろ」
「それは否定しないけど……おじいちゃんって渋いから好きだよ」
「まぁ、悪い気はせんのぅ」
そんな会話をしていたところで、突然太ももに痛みが走った。
「痛ったーいっ!?」
「どうしたんじゃ?」
「いや、何か抓られたような……?」
抓られたのは左腿。そちら側には、探偵さんが座ってるはず……と思い、そちらを見ると、何故か友貴枝が拗ねた表情でよそを向いていた。
「あの、探偵……さん?」
「な、何でもありません!」
強い語気で返事が返って来た。もうそれは、何かあったと肯定してもおかしくない態度だった。
「妬いておるのか?ユッキー」
「!」
マスターに図星を指摘され、顔を真っ赤にする探偵。
「ん、誰に妬いてるの?」
「ノーコメントです」
「そういう事にしといたるわい」
どうやら、友貴枝はステフがかなり気になっているようだ。その上で、「おじいちゃん好き」発言。本人的には面白くなかったらしい。気持ちを打ち明けているわけでもないのに、勝手である。
「それはそうと、依頼内容は何じゃったんんだ?」
場の雰囲気を変えようと、マスターは友貴枝に依頼の件について問いかけた。友貴枝も、その流れに乗った。
「取りあえずは……人探し、ですかね」
「取りあえずは……?」
変な表現に、ステフは再度ハテナになった。
「ここから別の事案に発展することもありますから」
そう言いながら、一枚の写真をカウンターに置いた。
「詳しい内容は、ステフさんもいるし守秘義務があるので言えませんが、まずはこの男性を探すことが、今回のミッションです」
「探す?」
「一年以上、自宅に帰っていないんだそうです」
「家出?失踪?」
「その辺りは守秘義務にかかるので……」
そう言われ、ブスッとなるステフ。
「どこからどう見ても、ごく普通の男じゃのぅ?」
マスターも一緒になって写真を見る。確かに、中肉中背で取りたてて特徴のない男性が、写真に写っている。
「この人が、さっきの女性の旦那さんなの?」
「そういうことに……って、何故それを?」
「ちょこっとだけ、聞こえちゃったんだよね。主人がどうこうって」
会話を盗み聞きしたみたいになったので、バツが悪そうな顔をしながら、素直に謝るステフ。
「聞こえてしまったものは、しかたありません。ステフさん」
「は、ハイ!」
急に友貴枝の真剣な表情を向けられたステフは、ビックリしながら返事をした。
「時間がある時で構いませんので、人捜しに協力してください。街に出た時など通行人に気をかけてほしいのです」
「わたし、手伝っていいの?」
まさかのお願いに、ステフは聞き返す。
「情報入手の伝手は、多い方が助かります。ただし、人に聞き込みする事だけは絶対にしないで下さい」
「何で?刑事ドラマみたいでカッコイイじゃない♪憧れるな〜」
そう言って、マスター相手に聞き込み捜査の真似をし始める。
「貴女はあくまで一般人です。聞き込みなんかしたら怪しまれますし、そこから危険な事に発展しかねません。なので、通行人の中にこの人がいないか、それだけに徹してください」
「へぇ、心配してくれるんだ?」
「あ、当たり前です!貴女の身に何かあったら、貴女のお父様に申し訳が立たないですから」
「なぁんだ、そんな理由?」
「立派な理由です」
他にどんな理由があるのですか、と友貴枝は憤慨する。
「『わたしの事が好きだから』じゃないんだ〜」
「!?」
ステフによる突然の爆弾発言に、友貴枝が動揺しまくり、キャラが崩壊した。
「にゃ、にゃににょにっちぇにるにょれふか(何を言っているのですか)!」
「あはは!言動がおかしくなってる〜w」
「あ、あにゃてぃあにょちぇいじぇすにょ(あなたのせいですよ)!」
「わけわかんないし〜♪さて、おじいちゃーん、お手洗い借りるね」
そう言い残して、ステフはお手洗いに消えた。動揺しまくりの探偵は、未だにアタフタしている。
「ほれ、これ飲んで落ち着け」
見かねたマスターが、探偵の前にレモンティーを置いた。友貴枝は、それをそれを啜り心を落ち着かせる。
「ふぅ……」
「そんなに、あの小娘が気に入っておるのか?」
ブフゥ!探偵は、飲んでるお茶を噴き出した。
「ななな、何を仰ってるのかよくわかりませんが……」
「大事にせぇよ」
「だ、だから!」
もう何を言っても焼け石に水。そう感じた友貴枝は、反論を諦めた。
「ところで気になったんじゃが」
急に真面目になるマスター。
「何か裏があるのか?その男」
今までの会話で引っ掛かる部分があったのか、友貴枝に聞くマスター。
「ちょっと気になる点がありまして……」
他の人に聞かれたくないのか、声を潜めて話し出す。
「男性の勤めている会社がちょっと……」
そう言って、先程女性から預かった男性の名刺をマスターに見せる。
「!この会社は……」
何か訳ありのようで、マスターは驚いていた。
「それもあって、先程ステフさんに厳命したんです」
「この事案、ヤバくなりそうじゃのぅ」
「その時はその時です」
「あの小娘、手を引かせた方が良いかもしれんぞ」
マスターも、女子大生の身を案ずる。
「他人に情報を漏らさなければ、まず安全です」
「ま、何かあればワシもフォローはするぞい」
「期待してます、元大佐殿♪」
「全く、親子揃って人使いが荒いわい」
そう言って、苦笑いする二人だった。
◇◇◇
ファイルNo.10038
依頼人名:鏡原翔子 (かがみはら・しょうこ)
依頼内容:人探し
捜索対象:鏡原縣壱 (かがみはら・けんいち)
依頼人の夫
〇〇製薬会社勤務
特殊開発研究課所属(依頼時点)
失踪の一ヶ月前に開発課から異動
20XX年X月XX日AM七時頃、自宅を出たのを最後に帰宅せず。連絡は取れていたのでこの時点では問題視せず。
X月XX日、連絡が滞るようになる。
X月XX日、完全に連絡が途絶える。この時点で夫の会社へ問い合わせるも、出張中という返事が返って くるだけ。
X月XX日、会社への問い合わせではラチがあかず、警察に捜索願いを出す。
X月XX日、警察の返答がきた。有力な情報がなく、難航しているとのこと。
X月XX日、捜索開始から一年が経ち、捜索体制が縮小されるとの連絡が来た。
X月XX日、藁をもすがる思いで、我が事務所に捜索依頼。数名の協力者のもと、この案件に着手。
◇◇◇
依頼を受けてから、二週間ほどが経った。
友貴枝は自分の足を使って、様々な所へ聞き込みをかけた。親族やら友人やら手当たり次第に。後、警察の女性刑事のコネを使って、周辺の防犯カメラ画像の解析も行なっていた。「これ、許可取るの大変だったんだから」とは、女性刑事の弁。何時ぞやの捜査協力の貸しをチラつかせたら、アッサリ協力した。決して脅迫ではない、取引です、と探偵は後に語る。
「しかし、さすがに一年以上も失踪してるから、なかなか手掛かりはないですね」
現在行なっていた、机上の作業を一旦中止して、一息つく探偵。
「だからと言って、諦めませんよ。そんなことしたら、探偵の名折れです」
「取りあえずは休憩しようよ。適度な休息は大事だよ?」
そんな声と共に、コーヒーが友貴枝の前に置かれた。
「ステフさん。貴女も、こんな所に通うなんて物好きですね……」
コーヒーを運んで来たのは、金髪の女子大生。
喫茶店での一幕の二日後に、またもや事務所に来たステフ。流石にその時は、鍵が開いていなかったので玄関先で佇んでいたところを、聞き込みから帰って来た友貴枝に発見され、慌てて事務所内へ連れ込まれ説教された。その時に見た部屋の惨状を突っ込まれ、またもや事務所をステフの手によって掃除される始末。更には、「忙しいみたいだし、暫く家事を引き受けようか?」との魅力的な提案に折れ(あくまでも取引です、と友貴枝本人は弁明)、本人不在の時のために合鍵を渡す羽目に。
「外で待っていてもらうよりは安全ですから」
「何かわたし、通い妻?」
というステフの発言に赤くなりながら反論するも、仕事に集中できるためすっかり甘えてる状態なのが現状。
「いやぁ〜、家事大好きだし?少しでも探偵さんのお役に立てるなら、嬉しいよ〜」
「その点はすごく助かっています」
「流石に仕事ではお役に立てないしねぇ。その代わり、栄養価バッチリな食事を作るから!」
「私はアスリートですか」
「でも、体が資本なのは同じでしょ?」
「感謝してます」
そう言って、コーヒーを啜る探偵。そこで目を見張る。
「この味……」
「驚いた?」
何と、何時ぞやの喫茶店で出されるコーヒーに近い味だったのだ。
「教わったのですか?あの店の味を……」
「基本だけね。あのおじいちゃん、簡単には教えてくれないよ。後は見よう見まね」
「……通ったのですか?」
「ほ、ほら!人探ししてるでしょ?そのついでに寄っただけだってば!」
何か会話してると、だんだん友貴枝の沸点が下がってる、そんな気がしたステフは、何故か後半は弁明しながら探偵の機嫌取りをしていた。何でわたし言い訳をしなければならないの?という理不尽さを感じながら。
コーヒーを飲んで落ち着いた友貴枝。
「何だか取り乱してしまいました」
「最近多いよね。特にわたしに対して。もしかして、ホントにわたしに気がある?」
冗談のつもりで言ったステフのセリフに、友貴枝は飲んでいたコーヒーを噴いてしまう。
「え……ま、マジで!?」
その態度で、友貴枝の気持ちを悟るステフ。
全く気がなかった……でもなかったステフだったが、いざあからさまにそんな思わせぶりな態度を取られては、こちらも動揺する以外に取れる選択肢がなかった。先日の嫁発言もあったので余計に。
「し、仕方がないじゃないですか。貴女が私の領域に遠慮なしに侵入してくるし、意外と女子力高いですし、ご飯美味しいですし、スタイルが魅力的だし、か、可愛いし……」
ものすごい勢いで、言い訳を捲したてる探偵。最後の方は、自身が恥ずかしくなってしまい、聞き取れなかったが。
「何だか可愛い、探偵さん♪」
「かかか可愛い?私がっ!?」
「うん。そっか~、そういうことかぁ。まぁ、わたしも探偵さんの事キライじゃないよ?」
「!」
ステフの反応に、異常なまでのリアクションを取る探偵。
「でも、お付き合いとか、そういう段階じゃまだないかな」
「あああれだけかか家事とかやややっておいてですか?合鍵まで渡してますよね!」
「だって、まだ告られてないし~」
そうです、気持ちはバレてもまだちゃんと伝えてはいないです。何を勘違いしているのでしょう、私は……指摘されて気づいた友貴枝は、ようやく冷静になれた気がした。
「そうですね。その件は、また後日じっくりと考えます」
「あらら。ここで愛の告白〜とか期待したのに♪」
「今は抱えている事案の解決が最優先です」
それもそっか、とステフは納得した。ちょっと残念な気持ちだったのは秘密にして。
「しかし、手がかりが皆無に等しいとか……警察も手をこまねいているわけです」
そう言って、三度資料に目を通す。
依頼の受付以来、友貴枝も何もしなかったわけではない。使えるツテは可能な限りフル活用した。自分の足も積極的に。勤務先もそれとなく調べてみたが、決定打がない。
「やはり、裏のツテも使わないと進展しませんかね……」
「お仕事、行き詰まってるの?」
ヒョイ、とステフがデスクを覗き込んできた。
「部外秘ですから、覗かないでください」
見られたわけではないが、用心の為釘を刺しておく。
「ゴメーン。あ、写真もう一度見せて」
資料こそマル秘だが、写真は捜索に協力してもらっている手前、見せないわけにはいかない。依頼人から預かった数枚の写真を、ステフに渡す。
「ホントにふつーのおじさんだねぇ。何度見ても」
写真を見ながら、何度目になるかわからない同じ愚痴を呟く。
「故に難航しているとも言えます」
「だねぇ……ん?」
とある一枚の写真を見た途端、ステフは首を傾げた。
「あれ?この風景、何処かで……」
「どうしたのです?」
ステフの態度が気になった友貴枝は、彼女に質問した。
「いやね、ボケてるんだけど」
「コントでもするつもりですか」
「そうじゃなくて……この写真、ボケてるバックがね、何処かで見たようなないような」
そう言って見せた一枚の写真。白衣は着ているが、若かりし頃の対象者だろう、ごく普通のスナップ写真にしか見えない。
「背景ボケですか。PCに取り込んで、解析してみますか」
「そんなことできるの!?」
「限界はありますけどね」
言うな否や、友貴枝は写真を取り込み、解析ソフトを起動させて写真のピンボケを鮮明にしていく。
「ほえ~」
「モザイク外しと要領は似ていますね」
「ププ、探偵さんそーいうの見るんだ。エッチだー♪」
「仕事の過程で見ただけです‼︎」
失言?の揚げ足を取られ、顔を真っ赤にする探偵。
「ほ、ほら。この程度でどうですか?これが限界ですが」
そう言って、PCの画面を見せる。
「照れないてれ……あ!ここって大学の近くじゃない?」
「本当ですか?」
まさかの回答に驚く友貴枝。
「ちょっと分かりづらいけど、うん、間違いない。大学の側だよここ。道理で見覚えが……」
その回答を聞くや、探偵は行動を起こしていた。
「その場所へ行きますよ。案内してください」
暫くして、二人は問題の場所にやってきた。
「そうそう。この場所だよ」
「ふむ。何てことのない住宅街ですね」
近くには、ステフの通う大学が見える。周りは、所謂学生たちのアパートやら下宿が立ち並んでいる。
「でも、事案にはあまり関係ないような……?」
「まぁそうかもしれません。でも、何もしないよりはマシでしょう」
そう言いながら、友貴枝は早速聞き込みを開始した。
(わたしはしちゃいけないんだよね……羨ましいなぁ)
暇を持て余したステフは、近くにあった駄菓子屋を覗き込んでいた。店先のおばあちゃんは、コックリコックリと舟を漕いでいた。
「こういうの眺めるのも好きなんだよね」
そういって、一通り眺めて駄菓子屋を後にしたステフ。何気なく左右を見やって、どうしようかと考えていたその時、ふと見た右側の路地に違和感のある男性を見つけた。どうって事のない男だったのが、ステフの頭の中では何かが引っかかった。
(何か気になるんだよね)
そう思い至った彼女は、時間を惜しむあまり探偵に何も告げずその男の尾行を開始した。勿論、簡単な変装を施して。
「やっぱり此処でも有力情報は得られませんでしたか」
この辺りは警察も手をつけていたみたいで、「またか」みたいな顔をされた家が何件かあった。
「さて、ステフさん……って、何処にいるのですか?」
帰路につこうとした友貴枝だが、付近にステフがいないことに気づいた。
「何処へ行ったのでしょうか……大学にでも行った?」
そんな矢先、彼女からメールが来た。合鍵を渡す際に、連絡用として予め番号等の交換はしておいてある。それが、こんなところで活用されようとは、夢にも思わない探偵だった。
『ちょっと気になる男を追いかけてる。〇〇駅まで来れる?』
そんな内容だった。
「全く……勝手な行動をされては困るんですが」
友貴枝にステフの行動をを縛る権限はないはずだが、取り敢えず彼女の身を案じて行動を起こすことにした。
「あ、来た来た」
〇〇駅近くのファストフード店。その前に彼女はいた。
「勝手に何処へ行ってるんですか」
「ごめんね。気になる男を見つけちゃったから」
「気になる男?」
そう言うステフが指差した先には、ファストフード店内の窓際席でバーガーを頬張る男性が一人。
「あの方がどうしたのですか?」
「似てない?写真の人に」
そう言われ、ハッとなった探偵はすかさず写真を取り出す。数枚あるうちの一枚と、非常によく似ている。しかし、髪型は短髪と長髪で全く違う。年齢的には写真より老けている気がした。
「非常によく似ていますが……決定打がないですね。何処から尾けてきたのですか?」
「探偵さんが聞き込みに行って、割とすぐだよ。あの駄菓子屋付近で見かけたんだ」
「どうしてすぐに言わなかったのですか」
「まだあの時点では気になっただけだったしね。似てるって確信したのもついさっきだし」
そこまで聞いて、友貴枝は溜息をつく。
「貴女の身に何かあったらどうするんですか。そうそう私がそばにいられるわけじゃないんですよ?」
「だってヒマだったんだもん」
「反省してください」
「あ、出てくるみたい」
注意されていたステフが、男の行動にいち早く気づいた。
「どうすうる?」
「ちょっとカマをかけてみましょう」
そういって、探偵は店を出て来た男に接触を試みた。
「すみません。鏡原さんでしょうか?」
「!」
いきなり声を掛けられた男は、意外と平然としていたが、名字を聞かれた時点でわずかに動揺したようだ。探偵は、それを見逃さなかった。
「……ち、違いますが。何方さんですか?」
「あぁ、人違いでしたか。申し訳ありません。あ、そうそう。こちらを落とされましたよ」
そうして、友貴枝は、男物のハンカチを彼に渡していた。
「ん?見慣れないハンカチだが……」
「お尻のポケットからスルッと落ちまして。奥様が知らない内にお入れになったのでしょう」
「そうなのかな……取り敢えず受け取っておくよ。ありがとう」
そう挨拶すると、男はハンカチを尻ポケットに仕舞い、立ち去った。
「どうだった?」
女子大生は、興味津々で探偵に聞いて来た。
「十中八九、クロですね。おそらく本人です」
「じゃあ追いかけないと!」
もう、姿が見えないことに焦ったステフは友貴枝にそう言うが、本人はどこ吹く風な感じで、こう言った。
「車に戻りますよ」
「へ?」
程なくして、友貴枝の車に戻って来た二人。
「どうして追いかけないの?ほぼ本人だって言ってたじゃない!」
すごい剣幕で探偵に迫るステフ。
「そうは言いましたが、まだ確証が持てません。ので、少し泳がせます」
「でも、どうやって探すの?せっかく見つけたのに……」
「これで追跡します」
ステフの質問に、友貴枝はカーナビを操作し始めた。するとナビ画面に赤い点が示され、さらに走ってもいないのにナビの地図が勝手にスクロールしていた。
「な、何これ。どーなってるの!?」
「先程、私は彼にハンカチを渡しました。それは見てましたね?」
コクコク、と頷くステフ。
「実は、あのハンカチには発信器を仕込んであります。その電波を、このナビで追いかけます。電波を捉えると、この画面に赤い点で表示されます」
「ぇえ、ハンカチが発信器!?どんなハイテクなの」
「そこは企業秘密です。今から、彼の行動を追います……ふむ、電車移動しているようですね。移動しますよ」
赤い点の動きを考察してすぐ、探偵は車を発進させる。
「おっと」
咄嗟に手近なところで身体を支えるステフ。
「これがその点なのね……」
ステフも画面の点を確認した。赤い点は、割と高速移動している。
「どこまで行くんだろうねぇ」
「それを追いかけているんですよ」
しばらくして、赤い点が地図上のとある駅の上で止まった。
「あ、この駅で止まった!」
「この駅って……」
何かに気づいた探偵は、刹那的に逡巡したが、ある決断をする。
「先回りしますよ」
「え、ど、何処へ!?」
ステフの質問にも答えないで、とある目的地を目指す。
暫く車を走らせてきた友貴枝だったが、ある廃工場の入り口に近い、人目につきにくい場所へ車を停めた。
「こ、ここは?」
「対象者が勤めている会社の廃工場です。不況の煽りで閉鎖された……はずですが」
「ですが?」
「まぁ、見ていてください。正解なら、もうすぐ現れますから」
「現れる?もしかして、さっきの人が?」
半信半疑でナビのモニターを見るステフ。すると、赤い点が自分達のいる方へ動いているのが見えた。
「車で移動しているようですね」
赤い点が自分達のいる場所の前を通過するとき、二人して窓の外を見ると、一台の車が廃工場に進入していくのが見えた。運転手付きの車に乗っていたようだ。二人のいる場所からは、後部座席に人がいるのが見えた程度だった。
「あの車に乗ってる?あの人影がそうなのかな」
「どうやら、あの噂はビンゴのようですね……」
あの噂がどの噂なのかわからないステフは、頭の上に疑問符をいっぱい並べていた。
「会社関係を調べていて出てきた噂ですが、どうやらあの会社は違法な手段で新薬開発をしているようなのです」
「違法?」
「会社の経営立て直しの為に、新薬開発や臨床試験が秘密裏に行われてるとか。完全に裏が取れているわけじゃないですが」
「臨床試験が違法なの?」
「国の許可を受けていないのです。試験自体が、公な人体実験のようなものですからね」
「それは怖い……」
そう、新薬開発には臨床試験はつきもの。マウス試験で結果が良くても、人体に悪影響があっては意味が無い。最終的には人体に投与して、結果が良くなければ新薬は認可されない。それ故の臨床試験なのだが、当然ながら新薬開発全般は国の許可がないと出来ない。
「彼は、開発部門のメンバーの一人。結果を急がされているんですかね」
「ということは……会社によって束縛されてる?」
「その可能性は非常に高いです。もしかしたら、新薬の目処が立っているのかもしれません」
「なんちゅー会社だ!今流行りのブラック企業?」
「それで済めばいいんですけどね……いけません、色々喋りすぎました」
そう言いながら、友貴枝は自分の車から降りた。
「何処へいくの?」
「ここから先は、私『本来』の仕事の領域です。危険ですので貴女は此処から動かないでください」
「え、銃撃戦でも始まるの!?」
「ないと言い切れませんので。此処で身を隠していてください」
危険、という言葉から撃ち合いを想像したらしく、期待の目に染まるステフを探偵は諌める。
「残念だなぁ」
「此処まで貴女を連れ回したのも、特別なんですからね。これ以上は流石に……」
「わかった。大人しく待ってる。無事に帰ってきてね」
「元よりそのつもりです」
傭兵の頃に比べれば難易度低いミッションですからね、と心の中で呟く。ホルスターの装備を確認して、友貴枝は廃工場へと足を踏み入れた。
◇
「もうすぐだ。この実験さえクリアすれば……」
廃工場の内部。工場の寂れた外観からは想像できない、立派な研究施設。そこで、一人の長髪の男が研究に没頭しているようだ。
色々な機械、実験機材、傍らにはベッドまで。そのベッドには、一人の女性が横たわっていた。そんな少し広めな施設なのに、研究員と思わしき人間が一人しかいない。
「よし、成分が抽出できた。これを投与し、経過を観察して結果が良ければ、私は家に帰れる……」
液体を注射器に移し、ベッドに横たわる女性に近づく。
「さぁ、最終試験の開始だ……」
「それを投与したら、貴方まで犯罪者になりますよ」
ふと、男の耳に聞こえるはずのない声が聞こえてきた。投与しようとしていた男の手が止まる。そして、声のする方へ振り向いた。
「先程ぶりですね、鏡原さん」
「あ、貴女は、駅前で会った……あ、いや、私は鏡原ではないと言ったはずだ」
「ここまできて否定されても、説得力はないですよ。〇〇製薬特殊開発研究課の鏡原縣壱さん」
「貴女は何者なんだ!」
「しがない探偵です。奥様から貴方を探してほしい、と依頼されましてね」
聞かれた探偵は、簡単な自己紹介と此処に現れた経緯を説明した。それを聞いた男は動揺した。
「妻が?そんなはずはない。会社を通して定期的に状況を教えてあるはずだ」
「一年も出張扱いっておかしくないですか?普通なら単身赴任扱いですよね」
「研究が忙しくて、結果的に会社がそう取り扱ってくれたんだろう」
「まぁ、そこはそれで置いておきましょう。研究って、新薬のですか?」
「企業秘密だ」
「それが危険なものでも?」
「!?」
意外なところを友貴枝に突っ込まれ、さらに動揺する男。
「こ、この薬が危険なものでもあるはずがない!」
「どうしてそう言い切れるのですか」
「この薬は……妻の病気を治す為のものだからだ」
「奥様が……ご病気?」
そういえば、初めて会った時に辛そうな感じだったのを覚えていたが、まさか病気だとは……自分の観察不足を恥じる友貴枝。
「その新薬の開発は、国の許可を受けているのですか?」
「そう聞いている」
「おかしいですね。私が調べた限りでは、貴方の会社からは新薬の開発許可申請が少なくとも数年は出ていないですよ」
「なん……だと?」
三度動揺する男。本当に知らなかったようだ。
「さらに言えば、貴方のその新薬、他人によって改竄されていますよ」
「何だと!!」
そう友貴枝に指摘され、慌てて薬の成分を調べ始める男。そして、結果に愕然となる。
「どういうことだ。こんな成分、入れた覚えがないぞ。ヒトの致死量を超える量じゃないか。おい探偵、何で知っているんだ。何を知っているんだ!」
「先日も此処に寄らせてもらいまして、色々調べさせてもらいました」
「どうやって此処に!?」
「セキュリティが一応あるようですが、私にかかれば只のオモチャですよ」
そう言って、カードの類を手に持ってヒラヒラさせる探偵。何やら、特殊なカードキーのようだ。
「さ、取り敢えず一度奥様の元へ顔を出しましょう。話はそれからです」
「い、今更妻に合わせる顔なぞ……」
「奥様は待っています」
「ほ、本当にか?」
男の問いに、ニッコリ微笑む友貴枝。
「わ、わかった。一度家に戻るよ」
『それは聞けぬ相談ですなぁ』
背後から別の男の声が響いた。可能性はあったはずなのに、別人がいることを失念していた友貴枝。慌てて後ろを振り返ると、信じられない光景が目に飛び込んできた。
「ゴメーン。なんか捕まっちゃったみたい……」
「す、ステフさん!?」
そこには、恰幅のいい男とともに後ろ手に縛られた女子大生がいた。こめかみには、拳銃が突きつけられている。
「どうしたんですか。あの場所にいて、と念を押したはずですよ!」
「いたよ!ただ、外の空気を吸いに降りようと、車のドアを開けた瞬間に何か押し当てられて、気を失って……」
怒り心頭の探偵だったが、真相を聞いて仕方がない、と落ち着いた。どうやら、スタンガンの類で気絶させられたようだ。
「随分と色々嗅ぎ回る鼠がいるようですね。困ったものだ」
「鼠とは随分失礼な物言いですね」
「いやいや、君にはピッタリだろう?元傭兵で、裏社会にも顔が聞く女スパイ、ミス・ユキエ」
「そこまで知っているのですか、闇ルートを牛耳っているという製薬会社の所長さん」
想定内の反応にも冷静な探偵。
「スパイだと!?」
スパイという言葉に驚く男性。
(スパイ?傭兵?何々、探偵さんって何者なの!?)
こちらは、別の意味で驚いている女子大生。
「スパイとは語弊がありますね。何処ぞの国と契約しているわけではないですし」
探偵は、男の言動に反論する。
「似たようなものだろう。我が会社を嗅ぎ回っている時点で」
「それについては、ついでの部分ですからね。鏡原さんを犯罪者にしない為に」
「どういうことですかな?それは」
「調べはついているんですよ。この会社の薬が、中身をすり替えられて海外の死の商人に渡っていることが」
その事柄は本当に初耳だったようで、研究員は驚いていた。
「どういうことですか、所長!妻に対する特効薬の研究をさせてくれてたんじゃないんですか?」
「やたらと詮索する輩は嫌いですねぇ。会社の方針に口出ししないでもらいたい」
研究員の質問を一蹴する男。
「私は……騙されて……いたのか?」
「新薬はおそらく完成されてると思いますよ。ただ、この男によって何もかもが滅茶苦茶にされているだけです」
真実を知り、愕然となる研究員をフォローする探偵。それでも、視線は所長と呼ばれた男からは外さない。
「余計なことを知られた以上、鼠その他は排除しなければいけませんね。さて、ミス・ユキエ。懐にある物騒なものをこちらに渡してもらいましょうか」
男の言葉に驚く友貴枝。デザートイーグルのことを、知られているようだ。
「私の事を、何処まで調べたんですか」
「最近はかなりご活躍だそうですねぇ。得物片手に依頼完遂率100%の探偵、ってね。裏社会にも噂はチラホラと」
会社周辺を調査していたら、その手の情報はどうしても耳に入る。その辺りは、友貴枝も警戒していた。裏を返せば、それだけ仕事が軌道に乗ってきた証拠でもある。仕方ないですね、と諦めの表情を見せ、大げさに両手を挙げて肩を竦める。
「いいですねぇ。素直なのはいい事ですよ。長生きしますよぉ」
そんな気さらさら無い癖に!と、所長以外の全員が心の中でツッコんだ。
「早くしてもらいましょうか。間違ってこの引き金を引いてしまいかねません」
そう言って、男は拳銃をステフに押し当てる。
「ヒッ!!」
軽い悲鳴をあげるステフ。
「彼女は関係ないでしょう。離しなさい」
「此処でのことを知られた時点で、すでに同罪です。それに、貴女に対しての人質ですからね、この小娘は」
小娘と言わしめるばかりの巨体な男。あの女子大生が小さく見える。
観念した探偵はホルスターから得物を出し、床に付けて滑らせた。
「フフフ、こうなれば女スパイも形無しですねぇ……」
床を滑ってくる得物に満足げな表情をし、友貴枝から一瞬視線を外す男。探偵は、その瞬間を逃さなかった。しゃがんだままの姿勢で、足首から小さいナイフを取り出し、男めがけて投擲した。その時間、コンマ数秒。
「ギャッ!」
そのナイフが男の腕に刺さり、よろめく。それを見るや否や、友貴枝は駆け出して距離を詰め、男の腕を蹴り上げた。
「グワッ!」
腕を蹴られ、体勢を崩す男。友貴枝は、そこから更に頭の側面に蹴りを入れ、男を床に叩きつける。男から手放されたステフはもんどり打って、こちらも床に倒れる。しかし、友貴枝にはそれを気にしている時間はない。うつぶせに倒れた男の腕を取り、締め上げる。周りからみれば、友貴枝が丸太を掴んでるようにしか見えないが、彼女には関係ない。傭兵時代のスキルを遺憾無く発揮すればいいだけのこと。その丸太が、面白いように関節とは逆の方向に曲げられている。
しかし力の差は歴然で、男が腕に力を込めて振ると、友貴枝はゴムまりのように空を飛んでいく。彼女にすればそれは想定内だったのか、飛ばされた先で綺麗に着地する。男もそれを予見していたのか、立ち上がって辛うじて手にしていた拳銃を、友貴枝に向け発射態勢に入った。それを飛ばされながら見ていた友貴枝は、着地した瞬間、更に右へ自ら飛ぶ。そして、飛びながら懐にあるもう一つの得物を手にし、男に向けて撃ち抜いた。
数瞬後、二人の動きが止まる。
行方を見守っていた研究員と女子大生。
しばらくして、男の方が白眼を剥いて仰向けに倒れた。それを、伏せた状態で狙いを外さない状態で見ていた探偵。
「私に対して、リサーチ不足だったようですね」
得物を二丁持っていること、暗器があることを男はどうやら知らなかったようだ。
少しして動かないことを確認して立ち上がり、懐に得物を仕舞いながら男に近づき、状況を確認する。そして念の為、再び動き出しても問題無いように縛り上げ、ようやくステフの元へ向かう。
「すみません、フォローしきれなくて。怪我はないですか?」
「……」
「ステフさん!生きてますか!!」
へんじがない、ただのしかばねのようだ……状態なステフに、慌てる友貴枝。
「……あ、探偵さん。凄いものを見ちゃったから、ビックリしていただけだよ〜」
「!、良かった。返事がないから……」
ようやく再起動したステフに、安心した探偵は、彼女の胸に飛び込む。
「わわ!?」
そんなこと一度としてなかった友貴枝の行動に、驚くステフ。
「無事だったんです。これくらいはしてもバチは当たらないでしょう」
「フフ、ま、そういうことにしておきましょ♪」
そんな二人の世界に行こうとしていた矢先、それをぶち壊す声が飛び込んできた。
「警察です!大人しく……って、あら」
そこに現れたのは、あの女刑事であった。それを見た瞬間、二人はパッと離れた。
「なんだ、状況終了してるじゃない。つまんない」
「刑事がそれ言っちゃダメでしょう」
刑事の嘆きに、友貴枝はツッコむ。
「あら友貴枝。何故アンタが此処に?」
今気づいたような刑事の素振りに、頭を抱える探偵。
「例の人探しの件で、たまたま此処にたどり着いたんですよ」
そう言って、友貴枝は研究員のいる方向を指差す。
「あぁ、見つかったのね。流石」
「ほぼ丸投げだったじゃないですか。あんなに捜査資料渡しておいて……」
「警察じゃ限界だったからね。貴女ならって期待はしてた♪」
「また、人を便利屋扱いして……」
「そういう仕事をしているんでしょ?」
「否定はしませんが……」
そんな会話をしながらも、刑事は指示を忘れていない。テキパキと現場を指揮している。そして、程なくして研究員も身柄を拘束された。
「鏡原さん」
「何だ、女スパイ」
「だから、それは心外です。でも、似たようなことはしましたからね。そこは謝罪します」
探偵は、頭を下げる。
「しかし、これは貴方を無事に奥様の元へ返す為にやったことです。貴方も前科者になりたくないでしょう?」
友貴枝の言葉に頷く研究員。
「事情は、これから警察で全てお話しください。あちらも、貴方の会社について色々動いていたようですから」
「そうですか……」
「奥様には、警察に預けたと報告しておきます。しばらくは拘留されると思いますが、後はあの刑事さんが上手くやってくれます」
「聞こえてるわよ!」
彼方から、刑事の抗議が飛んでくる。
「私に丸投げしたことに対する、意趣返しです」
「そう。なら……そこの君。彼女達も拘束して」
「なっ!!」
意外な、意趣返しに対する反撃に、驚く探偵。
「当然でしょ。貴方達にも事情を聞くんだから」
「任意同行でいいでしょう!?拘束はやり過ぎです!」
「ねぇ探偵さん、わたし捕まっちゃうの?何もしてないのに……」
「大丈夫です。貴女は被害者なんですから。ほら、素人さんが怯えちゃってるじゃないですか!」
シリアスから一転、グダグダになる現場。程なくして、一同は警察へ護送された。
◇
「ふぅ、やっと帰ってこられました……」
約3時間に及ぶ事情聴取(友貴枝のみ女刑事の説教も含まれる)も終わり、ようやく事務所に戻ってきた友貴枝とステフ。時間的には、夜も遅い頃合いである。
「おそくなっちゃったね~」
「奥様への報告もありましたからね」
「良かったね、見つかって。泣いてたよね」
先程まで、研究員の奥様に報告をしていていたので、さらに遅くなっていたのだ。研究員の処遇に関しては、完全に警察へ丸投げした。私は人探ししか依頼を受けていない、と友貴枝が頑なに関与を拒んだのだ。
「貴女は、お家の方は大丈夫ですか?」
お父さんが心配しているでしょう、と探偵は聞いたのだが。
「大丈夫だよ。此処に泊まるって言ってある。探偵さん、信頼されてるし」
「いつの間に……」
そういえば、先程帰りの道中でメールしてたのを探偵は見ていたのだが、そんな内容だったとは……。
「シャワー浴びますか?」
「もちろん!浴びなきゃやってらんないよ〜」
そう言って、早速浴場へ向かうステフ。勝手知ったる何とやら、である。
「事務所内部は、完璧に把握されてますね……」
普段から、掃除やら何やらをされている結果である。それでも、未だに立ち入らせていない場所もあるにはある。特に、地下最下層の射撃訓練所とか……素人には関係ない場所については入らないよう厳命してはあるが、いつかは看破されそうで不安が拭えない。意外と行動力ありますからね、あの子は……と、探偵は苦笑する。
「シャワー終わったよ〜」
程なくして、彼女が帰ってきた。
「では、私も浴びますか」
「一緒に入れば、色々節約になるのに……」
「にゃっ⁉︎にゃにをいっておられるのですか!」
予想もしていなかった提案に、激しく動揺する。
「お湯とかガスとか、色々もったいないでしょう?」
「そそそそれ以前に恥ずかしいですっ‼︎」
「人前で簡単に脱ぐ癖にぃ〜?」
「あれはその……忘れてください……」
何時ぞやの醜態を指摘され、小さくなる友貴枝。
「まぁそれはともかく、取り敢えずは浴びてきてよ。わたし、簡単に食事作っておくから」
そう言われ、浴室に移動する友貴枝。完全に家事を仕切られている彼女の敗北である。
(いつからこんなことになってしまったんでしょう……)
シャワーを浴びながら、そんなことを考える。
(あの子を助けたあの日から、運命が決まっていたのでしょうか)
だからと言って助けない、という選択はなかった、と自問自答する。
(このままズルズルといっていいんでしょうか……今日も危ない目に合わせてしまったし、探偵として失格です)
今回の失敗を恥じ、シャワーの中で項垂れる。
(やはり、彼女とは距離を置いた方が良さそうです。こんな事がまた起きるとも限りませんし)
気持ちはバレているとはいえ、危険な事にステフを巻き込むことは本望ではない。やはり、私から身を引くべきだろう……そう思い悩む友貴枝。
(引越しも検討ですかね)
いろんな事を頭に抱えながら、友貴枝は浴室を出た。
「おっそーい!ごはん冷めちゃうよ~」
リビングに戻った途端、女子大生の抗議を喰らった。
「すみません。考え事をしていたもので……」
「色々あったから無理もないか。ささ、食べようよ。もうお腹がペコだよ~」
「ですね。いただきましょう」
二人で食卓を囲む。最近定着した光景に心が和む探偵。
(あぁっ、これではいけません)
と、かぶりを振る。
「何、美味しくなかった?」
「い、いえ、そうではありません……」
ステフの質問に、否定で返す。
「そういえばさ、あの巨漢ってどうなったの?死んじゃったの?」
ずっと気になっていたことを、ステフは友貴枝に質問した。
「あぁ、気絶だけです。撃ったのは、特殊なゴム弾ですから。コメカミにビシッと」
普通にデザートイーグルを撃てば、威力がありすぎるので、普段は特殊ゴム弾を装備している。もう一丁(形見)の方には、メタルジャケットが入っているので、滅多なことでは使わない。
「えぇ、あの体制からよく狙えるもんだね」
「造作もないことです」
「元傭兵……だから?」
その言葉に、友貴枝は飲んでた水を噴き出す。
「どどどどうしてそれを……」
冷や汗ダラダラな探偵。その辺は隠しておきたかったのだが。
「あの巨漢が言ってたじゃん」
「聞いていましたか……」
無理もないか、と諦め、告白する。
「確かに、私は元傭兵です。というより、ジャングルで生き抜く為になるべくしてなった、という方が正解ですかね」
「そんな過酷な環境で、生きてきたんだ……」
友貴枝の告白に驚くステフ。それでも、真実のほんの一部しか話していないのだが。
「これ以上は話す義務もないので」
「裏の世界……にも顔が聞くの?」
立て続けに質問が飛ぶ。
「それは……ノーコメントです。主に父の人脈なので」
そう言われては、ステフも引き下がるしかない。そこそこ疑問も解けたようなので、追求はやめにした。
「だから……もう、此処には……来ないでください」
「え……?」
友貴枝の精一杯の懇願。いきなりの展開にステフは困惑する。
「な、何故!?」
そう反論するのがやっとだった。
「今日のような事がまた起こるかもしれません。ステフさんを連れていったのは失敗だった、そう私は反省しているのです」
「確かに、色々あったよねぇ。捕まっちゃったし」
あれは失敗だったな〜、と苦笑する。
「貴女を守れる自信がありません。私のそばにいると、命の危険が常につきまといます。だから、もう……」
そう言って、項垂れる友貴枝。その一方で、「う~ん」と頭をポリポリ掻きながら、暫しステフは考える。
「まぁ、ついて行っちゃったのはわたしの甘さでもあるし、そこは責めなくてもいいと思うよ」
そんな言葉に、友貴枝は頭をあげる。
「探偵さん、本当にわたしにいなくなってほしいの?」
「!!」
ストレートな質問をぶつけられ、友貴枝は困惑する。
「でも、貴女が、私の、危険で、側が……」
頭の中で本音と建前がごちゃ混ぜになってしまい、言の葉が上手く紡げなくなってしまう。
「質問を変えましょっか。貴女は、私の事が好きですか?」
「す、好きです!……あ」
「ようやく言ってくれましたか……」
反射的に答えてしまい、赤くなる友貴枝。
「私も好きですよ。友貴枝さん」
初めて名前で呼ばれた探偵は、ドギマギしている。
「でも、私の気持ちはまだあやふやです。貴女に対する、憧れの方がまだ優っている」
ステフの意外な気持ちの告白に、「え?」となる友貴枝。
「わたしの気持ちを見極める為、わたしのことが好きならば、しばらくは側にいさせて下さい!これが、今のわたしの正直な気持ちです」
ステフの精一杯な告白。
「良いんですか?また危険な目に会うかもしれませんよ?」
「I believe master.Trust me,my master.」
「???何ですか、それは」
いきなりの英文な回答に、ハテナを浮かべる友貴枝。確か英語は苦手だったはずでは……。
「わたしの好きな一文だよ。英語だけどね、意味を知ってから覚えたんだ」
「でも、私は貴女のマスターではありません」
「そこはニュアンスで。マスターかどうかじゃなくて、わたしは貴女を信頼してる、って言いたいの!危険から守ってくれるって信じてる」
ステフは、これでもかと自分の主張をぶつけてくる。
「信じてくれる……んですか?」
「あの大捕物を見せられたらね〜」
「でも……」
「あぁっ、もう!わたしの事が好きなら!四の五の言わずに!わたしを側に置きなさい!!」
業を煮やしたステフは、ついにキレて本音をぶちまけた。
「は、はいっ!」
その剣幕に押され、つい反射的に返事をしてしまう。
「よっし、契約成立♪言質は取ったからねん♪」
そう言ったステフの手元には、ICレコーダーが。
”わたしを側に置きなさい!!”
”は、はいっ!”
しっかりと録音されていた。もう、言い逃れはできない。
「良いんですね。後悔しても知りませんよ?」
「わたしが決めたんだから、いいの!」
念を押す友貴枝に、我を押し通すステフ。
「あ、そうだ。今日のお礼がまだだった」
突如、そんな事を言い出したステフは、席を立って友貴枝の側にくる。
「お礼なんて……何時も家事してくれてますし」
「それとこれは別♪」
そう言って、ステフは友貴枝の頬にキスをした。
「ありがとう、助けてくれて」
そんな言葉と一緒に。
「……」
「ん、どったの? 」
友貴枝の反応がないことに首をかしげるステフ。数瞬後、探偵は顔を真っ赤にし、頭から湯気を出しながら、座っている椅子ごとリビングの床に倒れこんだ。目も回している。完全なフリーズ状態に陥ってしまったようだ。
「わわ、友貴枝さんっ!?」
その様子に慌てたステフは、友貴枝の看病に奔走するのだった。
とある平日 ステフの大学にて
「さぁ、今日の講義も終了~。どっしようかな」
今後の予定を思案しながら、キャンパスの出口を目指すステフ。
そこで、見知った車を発見。友貴枝の車だ。
(乗せてってもらおうかにゃ~)
そんな事を考えていたとき、友貴枝の姿を発見……したその隣に、見慣れぬ女性がいた。
「お~い……」
声をかけようとしたが、友貴枝は隣の女性と談笑しながら、彼女を助手席に乗せ自分も車に乗り込んだ。
{!!!」
声にならない驚きの声を発したステフを尻目に、車は大学を後にしていった。
「どどどどういうこと?っていうか、隣の人は誰~っ!?」
To be Continued...