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Yukie's Detective Story  作者: M11
1/3

1~プロローグ?

完全新規な百合(になる予定のw)小説です

毎度の如く、不定期更新なので気長にお付き合いくださいませ……

「まぁー、リリーちゃーん!おかえりなさーい♪」

 とある、タワー型マンションの一室。玄関先にて、手放しで喜ぶマダム風の女性の姿が。

「ただいまだよ、ってほら」

 彼女の反応に、手を振って応える、もう一人の女性……の手には、更に別の手が。よく見ると、しっかと猫を抱えているようである。

「もぅ、家出しちゃダメでちゅよー♪」

 マダムの口ぶりや態度から、ペットの溺愛ぶりが一目でわかる。

「かなり苦労させられましたが、何とか捕獲できました」

「ご迷惑をおかけしましたわねぇ」

「いえ、仕事ですので。完遂しないと、信用問題にもなりますし」

「ご謙遜を。腕利きの探偵さんだって、この界隈では有名ですわよ?」

「しがない独り身の自営業ですよ」

 玄関先でマダムと対峙していた女性は、探偵業を営んでいるようだ。しかし、世の中の噂なんて何処吹く風、みたいな感じで気にも留めていない態度である。

「それでも、依頼完遂100%は誇っても良いのでは?」

「そうでなければ、依頼者に迷惑がかかりますから」

「どこまでも謙虚なのねぇ。その姿勢がいいのかもしれないのね」

「褒め言葉として受け取らせていただきます」

押し問答のようなやり取りであるが、彼女の仕事ぶりに依頼人はお気に入りのようだ。

「では、報酬はいつも通りに」

「よろしくお願いします」

「また何かあったら、お願いするわね」

「今後もご贔屓に」

そう会話して、玄関を辞する探偵。



「ふぅ」

人知れずため息をつく、探偵。名を(はる)()()()()という。マダムとの会話にもあったように、(くる)()(まち)界隈では知る人ぞ知る凄腕の探偵のようである。

「探偵、と言えば聞こえはいいけど、結局のところ便利屋扱いなんですよね……」

 まぁ、それでご飯食べさせてもらってますしねー、とため息をつく。

 仕事内容といえば素行調査が8割、先程のようなペットの迷子探しが1割、その他書類関係が1割といった感じである。殺人事件の調査なんてドラマのような仕事は皆無。警察とのコネクションがあればそういった類いも舞い込んでくるかもだが……あくまで、「かも」だ。

 警察OBとかが、引退後に探偵……とかなら、話は別かもしれないが、彼女は警察OBとかでも関係者でもない。その手で有名な海外の養成所を首席で卒業して、そのまま向こうで探偵業に就職しようとしたが、一身上の都合で働けなくなり、一昨年帰国。その後、伝手を頼って独自に探偵社を起業し、今に至る。

 細々と活動している(本人はそのつもりらしい)が、人の噂には戸が立てられないのか、評判を聞き付けた人からの依頼が入り始め、何とか生活が出来るレヴェルになってきている。

「さて……と、任務は完了したし、何か買って戻りますかね」

 そう言えば、冷蔵庫の中身がそろそろだったな、と手近なスーパーのある方向へ足を向けたとき、それは聞こえた。


「いい加減にしてください!」


(何かのトラブル……ですかね?)

 探偵はそう考え、声のする方向に向かっていった。買い物は、一旦後回しにして。


 大通りから少し外れた路地の一角。どうやら現場は、割と近いらしい。

「もういい加減にして!英語は喋れないのよ!あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅー!」

『HAHAHA、冗談はよしてくれよ』

『お前、日本人じゃないだろ?』

「もう、何言ってるのかわかんないんだってばー!」

(外人とのトラブルですか……男が2人に女性が1……ん?全員外人じゃない。でも、確かに日本語聞こえましたよね?)

 探偵は首を傾げながら、その三人組に近づく

『どうかしましたか?』

「え、な、何?何て言ってるの!?」

(あれ、外人さんなのに通じない?)

 取りあえず、女性の方に英語で問いかけてみた探偵だったが、通じなかったようだ。

『なんだい?嬢ちゃん』

『なんだ?このガキは……』

 代わりに、男性の方から返答が返ってきた。

(確かに背は低いですけどね……ガキときましたか)

 一番のコンプレックスな部分をつかれカチンときたが、ひとまず冷静になり事を進める。

『あぁ、こちらはOKですか。何かトラブルですか?大声が聞こえたので、来てみたのですが』

『あんたにゃ関係ねぇんだよ。引っ込んでな』

『ガキはお呼びではないぜ』

「な……」

 にべもない返事に、唖然とする探偵。しかも、だいぶスラングが強い英語だと感じる。どうも、危険な匂いがする……そう思った探偵は、会話の矛先を女性に変えてみた。

「ニホンゴ、ワカリマスカ?」

「ば、バカにするなー!あたしは日本人だ!」

「……はい?」

 探偵は目がテンになった。日本人だといった女性は、金髪碧眼な顔立ち。背丈もあり、グラマラスなボディをお持ちの、どこからどう見ても海外の方にしか見えない風貌の女性だ。

「日本人なの?本当に日本人?」

 驚きのあまり、二度も聞いてしまう。

「日本生まれの日本育ち、立派な日本人だよ!」

「英語は?全くダメ?」

「おふこーす!」

「出来るじゃない」

「簡単な単語しかわからないの!ネイティヴな会話なんてムーリー!」

「Oh……」

 どうやら、本当に日本育ちの方なようだ。そうとわかると、額に手を当て大げさなジェスチャーで呆れる探偵。

『おい、そこのガキ』

『俺たちゃ、そこの美人さんに用があるんだ。早く家に帰ってママに甘えてな!』

 再びのガキ扱いに怒りがこみ上げる探偵だが、努めて平静になる。

『この女性に用とは何でしょうか?彼女、英語がわからなくて困ってるんですけど』

『そのなりでそのジョークはないだろう?』

『とにかく、俺たちゃその子とイイコトをしたいんだ。ガキが余計なことすんな!』


 カチンッ!

 金髪女性は、そんな音が何処からか聞こえたような気がした。

『……堪忍袋の緒が切れたぜ。テメェら、よくも散々アタイのことをガキ呼ばわりしてくれたなぁオイ』

 突然、空気が変わったような雰囲気の探偵に、ビクッとなる女性。言葉の意味はわからなくても、険悪な雰囲気は伝わったようだ。

『お、なんだなんだ?』

『ガキが威勢張っちゃってるぜ。やめとけやめとけ』

『俺達に勝てると思ってるのか?こんガキゃ』

 筋肉マッチョな男性2人と対峙する探偵。アワアワしっぱなしの女性。明らかに形勢不利である。

『ったく、こっちは穏便に済ませようと思ったのによぉ、テメェらのガキ呼ばわりで、全てが台無しや。どないしてくれるんじゃわりゃあ』

『ほぉ、ヤるってのか?』

『俺たちゃガキと喧嘩する趣味はねぇよ』

『なら、ガキ扱いを謝罪しな。さもなければ、痛い目見るぜ?』

『ガキがどうやって喧嘩するんだよ、笑えるぜ』

『ほう、ガキには勝てねぇってのか?この筋肉ゴリラ共が』

『なっ!?』

『言わせておけばっ!』

 探偵に散々煽られたマッチョが業を煮やし、大振りで拳を探偵に向けた!……が、難なく躱す。

『その程度か。たかが知れるぜ。その筋肉は見せかけか?』

『こんのぉっ!』

 そして、2人がかりで拳やら脚やらを探偵に浴びせるが、間一髪で全てを躱していく。

 その様子をアワアワしながら見ていた女性は、探偵があるジェスチャーをしている事に気づいた。

(あれは……電話をかける仕草?そうか、110番ってことね!)

 探偵の真意に気づいた女性は、慌ててスマホから警察へと通報した。

「あ、すいません!……は、はい、事件です。外国人の2人組と喧嘩になってて、女性の方が……」

 その様子を、マッチョの攻撃を避けながら確認した探偵は、女性に向けてサムズアップした。

『よそ見してるとは……余裕だな!』

『しっかし、当たらねぇぜ、兄弟』

『こんの……ちょこまかと!』

『もっと本気出さんかいゴリラ共!ちっとも当たんなくて退屈だぜ』

 そう探偵に煽られ、さらに攻撃度合いが増してゆくマッチョ達。

(あーあ、単純ですねぇ)

 ヒラリハラリと攻撃をいなしながら、さてどうしようかと探偵が思案しているその時、パトカーのサイレンが聞こえてきた。

(予想よりも到着が早かったですね)

『お、おい。ポリスが来るぜ』

『ズラかるか?』

 マッチョ組がそんな囁きをした瞬間を、探偵は見逃さなかった。目にも止まらぬ速さで視界から消えたかと思ったら、男達が突然倒れた。

『グワッ!』

『な、なんだぁ!?』

 どうやら、一瞬の隙をついて足払いを仕掛けたようだ。もんどり打って倒れたマッチョ組は、何が起こったのかわからず混乱している様子。

『フリーズ』

 その男達の頭部に、探偵は何かを突きつけた。

(拳銃!?)

 女性は、見間違いではないかと目を疑ったが、ナイフではないのは見て明らかだ。しかも、二丁拳銃で丁寧?に男達を威嚇している。

『な……ハンドガン……だと!?』

『な、何故こんなガキがガンなんか持っている!?』

『日本でだって、持ってる奴は持ってるんだ。だから言っただろう?痛い目を見るぞって』

『……モデルガンじゃねぇのか?』

『あ、あぁ、そうだ。モデルガンか。そうだよな、そうでなけりゃ持ってるわけねーよな?なぁ、兄弟』

 モデルガン、という可能性を思いつき、虚勢を張るマッチョ組。だが、そんな彼らの希望も、探偵の次の台詞でもろくも崩れ去ることになる。


『セーフティーロック解除』

 その台詞と同時に、カチャリと撃鉄を操作する音も一緒に聞こえた。

 

『ヒッ!!』

 その意味がわかったのか、男達は更に萎縮した。次はないぞ、と探偵は無言で威圧している。

『さぁ、命乞いしな。鉛玉のプレゼントが良ければすぐにでもくれてやるぞ』

 探偵がそこまで言ったときだった。

「そこまでだ!警察だ!」

 数人の警官が現場に駆けつけてきた。

「ようやく来ましたか」

 ようやく事案終了か……と思った探偵だったが、次の警官の台詞に驚いた。


「武器を捨てて投降しなさい!然もなくば、発砲するぞ!」


 よく見ると、警官の銃口は探偵に向けられている。

(あれ、もしかして……私に向けられています?)

 拳銃を構えている、という点だけを見ればこっちが悪者ですしねぇ……と思うことにし、探偵は銃口を男達から外した。

『チャンスだ!』

 そんな声が聞こえた刹那、マッチョ組は探偵をはねのけて起き上がり、一目散に逃げ出した。

「あっ!」

 一瞬のスキを突かれた探偵。逃げた彼らを数人の警官が追う。まぁいいか、と拳銃を仕舞おうとしたら、

「う、動くな!」

と、叫ばれた。どうやら、ロックオンは解除されていないようである。

(あらら、どうしましょうかねぇ……)

 次の行動を思案しているときだった。

「はい、そこまで」

 膠着状態に陥るかと思われた矢先、1人の女性刑事が探偵と警官の間に割って入った。それを見た警官達は、銃を腰に戻した。

「とりあえず、任意同行してもらえるかしら。探偵の遼河さん?」

「……登場が遅いですよ、刑事さん」

 探偵の銃は、刑事によって没収されていた。



「ちょっと久し振りだね。元気?商売はどう?もうかってまっかー?」

「定番のギャグをやるために、此処へ連れてきた訳じゃないでしょうに」

 相変わらず軽い感じな女刑事の挨拶に、頭痛を覚える探偵だった。どうやらこの二人、顔見知りのようである。今、二人がいる場所は、先程のトラブル現場から程近い警察署の取調室。刑事は、探偵の拳銃を有無を言わさず取り上げ、任意同行の名のもと署に連行されてきたのだ。そして、机を挟んで二人は対峙しているが、険悪な雰囲気は微塵も感じられない。

「任意同行された理由が聞きたいんですけど」

「一般人に銃を突きつけた。充分な理由じゃない?」

「正当防衛ですが」

「それは、これからの事情聴取で説明してもらいましょうか」

「銃は返却されるんですよね」

「全て終わればね……彼女と何かあったの?」

 そう言って、刑事は壁にある小窓を見やる。そこからは、隣の取調室の様子が伺えるようになっている。そこでは、先程の金髪美女がおとなしく取り調べを受けている様子が見えた。

「トラブルに巻き込まれそうだった、自称日本人を助けに行っただけですが」

「彼女、ホントに日本人?」

「本人はそう言ってました」

「俄に信じられないわよね」

「実際、此方の英語の呼び掛けが通じませんでしたし」

 しばらくの間、そんな事情聴取(世間話)をしているさなか、別の刑事が部屋に入ってきて資料のようなものを渡していた。

「あぁ、ご苦労様。……ふむ、あの娘が日本人、というのは間違いなさそうね。国籍が日本になってるから」

「調べたんですか」

「一応ね。個人情報だから、詳細は貴女に教えるわけにはいかないけど」

「機会があれば、聞いてみますよ。彼女に」

「そんな機会があればいいけどね……さて、暴漢の方の裏もとれたようだし」

「そういえば、男二人はどうなりました?」

 逃げられた筋肉ゴリラのことが頭の隅に残っていた探偵は、資料に視線を落としている女刑事に、彼らの顛末を質問した。

「無事身柄を確保して、別室で私の上司がお説教中」

 あぁ、あの強面な人ですか……と見たことがあるのを思い出した探偵は、乾いた笑いを浮かべた。あの人、英語出来るんですね……という失礼なことを思いながら。

「女性との調書とも一致したし、無罪放免確定だから、お帰りいただいてもいいわよ」

 そう言って、机上には探偵愛用の銃が置かれた。

「デザートイーグル。しかも2丁……日本で持つには、物騒すぎる銃よね」

「……父の形見、ですから」

「そうだったわね。元傭兵の娘さん♪」

「貴女が父の親友の娘でなかったら、張り倒してますよ」

 皮肉に皮肉で返す探偵。

「お手柔らかに頼むわよ?また有事には、協力してもらうから」

「あなたのお陰で、今の仕事が廻っているのは事実なので、借りはちゃんとお返ししますよ」

 遼河の仕事が順調なのも、この女刑事のお陰でもある。父の死後、色々世話を焼いてくれた人物。彼女の父親にも世話になっているため、頭が上がらないらしい。探偵業の起業の際にも相談したら「やっぱりね……」と呆れながらも協力してくれた。その見返りとして、難事件の捜査があるときに強制参加されられるのが、目下の悩みであることはとても口には出せない。

「気を付けて帰ってね。また時間ができたら、飲みに誘うから」

「徹夜明けとかは勘弁ですよ?」

 そんなやり取りをしながら、遼河は警察署を後にした。



「……尾行されている?」

 警察をあとにして、当初の目的だった買い物に行こうとスーパーに足を向けた時点で、何かの視線を感じた探偵だったが、気にせず買い物を堪能した。そして、スーパーを出たときに同じような視線を感じたので、これは偶然じゃないと思い、注意深く気配を探りながら事務所への帰路についた。

 幾度となく後方を振り返るが、相手も巧妙に隠れているのか、姿を視認できない。

(この私に視認させないとは、なかなかの手練れですね)

 ならば、と一計を案じた探偵は、すぐ脇にあった小路にスッと入り込んだ。

「!」

 それを見た尾行者はハッとなり、慌てて探偵が入り込んだ小路へと駆け込んだ。

「あれ、いない!?」

 小路へと入ってまだ間もないのに、探偵の姿は何処にもなかった。

「おっかしーなぁ。後をつけていたのがバレちゃった?」

 周辺を探しても探偵の姿を見つけられないその者は、首をかしげて考え込んでいる。その様子を、探偵は一目見ただけではわからない物陰から窺っていた。

(誰かと思えば、あの彼女ではないですか)

 尾行者の正体を確認した探偵は驚いていた。彼女……先刻、マッチョ二人組に絡まれていた自称日本人。どう見ても、外見からは信じがたい。警察が事情聴取で確認しているので、間違いはないのだが……。

(私の後をつける理由がわかりませんね……)

 一応、助けられた側のはずなので、恨みとかの類いではないはず。ますます理由が思い付かない探偵は、直接聞いてみるしかないですね、という結論に至り、行動を起こした。気配を消し、そっと彼女の背後に近づいて指を背中に押し当て、一言。

「フリーズ」

「ひゃあああああああああ!」

「うわっ!?」

 想定外の大きな悲鳴に、探偵までもが一緒になって驚いた。

「拳銃で撃たれるー!」

「こんなんじゃあ撃てませんよ」

 自称日本人が後ろを振り返ると、指で拳銃を作った探偵が「バァン」とやりながら苦笑していた。

「それとも、本当に撃たれたいですか?」

 そう言いながら、空いていた左手で懐からハンドガンを取り出し、彼女に向けて「ホールドアップ」と発した。

「きゅうぅ~~~~」

 突如、彼女は奇声を発して倒れてしまった。精神状態がいっぱいいっぱいだったようだ。

「あらら、ちょっと悪ふざけが過ぎたようですね。反省です」

 そう台詞をこぼし、探偵は慌てて彼女の介抱に取りかかった。



 数瞬後。

「あれ……わたし……」

 彼女が意識を取り戻した。

「気がつきましたか」

 それに気づいた探偵は、彼女の顔を覗きこんだ。

「あなたは……」

「私の事、わかりますか?」

 探偵を認識した彼女は、パッと飛び起き距離を取った。

「う、撃たないで~」

「大丈夫ですよ。安全装置が効いていますから。弾も入っていませんし」

 そう言いながら、ハンドガンを仕舞う探偵。それを見てホッと胸を撫で下ろす彼女。その撫で下ろす彼女の胸を見て、探偵は一瞬殺意を覚えたが、自分に無いものはどうしようもないと、心の中で泣きながら納得し、殺意を押し殺した。

「確認の意味で聞きますが、貴女は先程の日本人の方でよろしいですか?」

「あ、はい、そうです。あたし、ステファニー・山野・ワードって言います」

「ご丁寧にどうもです。私は遼河友貴枝というものです」

 そう言って、探偵は名刺を取り出し彼女に渡した。そのときの動作で、懐に手をいれたときに彼女がビクッとなったので、「撃ちませんよ」と苦笑した。

「ほえ~、探偵さんなんだー。だから、拳銃なんか持っているの?」

「探偵が皆そうではありません。私の場合は特殊な事情があるのです」

「……非合法?」

「れっきとした合法です。警察の許可もあります」

 ステファニーがいきなりとんでもないことを言い出すので、友貴枝は慌てて否定する。

「まぁ、持たされてると言った方が正しいかもしれませんね……」

「そんなに危険なの?悪と銃で撃ち合いとか」

 とある女刑事を思いだし、遠い目をして彼方を見る探偵。そんなところへ、彼女が的はずれなことを質問してきた。

「ドラマやマンガの見すぎです。そんなことはありません。おそらく……たぶん……滅多に……」

 否定はしたものの、何かのトラウマを思い出したのか、後半俯く探偵。

「ふ~ん。ま、いいや。それよりも、先程のお礼をさせて!」

 その辺を意に介さなかった彼女は、突然そんなことを言い出した。

「……お礼、ですか?」

 予想もしなかったキーワードに、戦慄が走る探偵。まさか、お礼参りでもする気ですか?と、こちらも的はずれなことを考える。

「うん。何かしてほしいことない?家事掃除洗濯、それ以外でもいいから、あたしが出来ることなら何でもするよー。とにかく、さっき助けてもらったお礼がしたいの」

 尾行の理由が漸くわかり、何だかんだで気さくに話す人ですね、と思いながら考え込んでいると、ステファニーは探偵が持っている買い物袋に目をつけた。

「あ、これからお食事?」

「ん?あぁ、これですか。そうですね。ちょっと遅くなりましたが、お昼を……」

「それ、あたしに作らせて!」

 探偵が言い終わらないうちに、事情を察した彼女が声高らかに提案してきた。

「料理をしてもらう理由が見当たりません」

「あたしがお礼として作ってあげたい、って言ってるの!それで充分でしょ?」

「でも、こちらが勝手に首を突っ込んだだけですし……」

「四の五の言わずに、あたしに作らせなさい!はい決定。さ、何処へいけばいいの?」

 あまりの剣幕に引いていた探偵から、買い物袋を奪い取ったステファニーは、広い通りに向けて歩き出した。それを見た探偵は、ヤレヤレといったジェスチャーをして諦め、彼女に屈した。そして一言。

「事務所はこっちですよ」

「あれ、逆だったのか」

 慌てて探偵についていくステファニーであった。



「こちらです」

 先程から狭い路地をいくつも通り抜けた先に、目的地はあった。

「ふえ~。めっちゃ分かりにくいところにあるんだねー」

「理由があっての、この場所ですから」

 そう言って、探偵が玄関を開ける。傍らには「Yukie's Detective Office」と小さい看板がある。それを見逃せば、ただの廃墟ビルにしか見えない。周りも似たような雑居ビルが立ち並ぶこの界隈。人が住んでいるような雰囲気は感じられない。

「お邪魔しま~す……」

 恐る恐るといった様子で事務所に入るステファニー。先程の勢いが微塵も感じられず、探偵は苦笑する。

「ゴーストとか苦手ですか?」

「ゴースト?あぁ、幽霊か……って、お、お、オバケ出るのっ!?」

「お祓い済みなので、出ませんが」

「なんだぁ~、びっくりした。普通苦手でしょ、女の子は」

 こういうところは、日本人ぽい普通の女の子なんですね、とまたもや失礼な事を考えつつ、可愛いんですね、とも感じていた。

 程なくして、仕事場兼リビングらしきところに出て、二人は固まった。

「あ……」

 片や予想もしていなかった惨状に。

 片やこの惨状を忘れていたことに。

(この一週間、まともに掃除をしていなかったのを忘れてました)

 自分の失態を悔いる探偵。さて、どうしてお引き取り願おうか……と思案していたら、惨状を見てプルプル震えていたステファニーがいきなり吠えた。

「うわー、なにこれー!掃除のしがいがある~♪」

「……は?」

 幻滅されるかと思っていたので、ステファニーの台詞が俄に信じられなかった。

「よし、予定変更。探偵さん、一旦外に出てて。掃除が終わったら呼ぶから」

 ステファニーが、とんでもないことを言い出した。

「い、いや、それは私の台詞では……」

「いや~こんなに掃除のしがいがありそうな部屋、久しぶりに見たわ~。もうダメ。スイッチ入っちゃった。ささ、邪魔者は外に出た出た~」

 有無を言わさず、事務所を追い出される探偵。自分の根城なのに、納得がいかないご様子。

「せ、せめて何か手伝いを……」

「これくらいなら一人で充分。っていうか、他の人がいると効率が落ちるからかえって邪魔。さ、掃除道具は何処?」

 そう言われると、大人しく退去するしかないですね、と探偵は納得することにした。納得してないけど。



「まだですかねぇ……」

 外は黄昏時。友貴枝が自分の探偵事務所から追い出されて3時間ほど。いつもなら、情報収集等で出掛けてるか机にかじりついている時間。今のところ行く宛もない友貴枝は、玄関先で何をすることもなくぼぉ~っと佇んでいた。

「書類とか、大丈夫ですかね……」

 そう思い、何度か事務所に突入を試みるも、その度に「邪魔です!」と掃除人に追い出されてしまう。途中から諦めた友貴枝は、愛用の銃の簡単な手入れをしながら時間を潰していた。


「お待たせー、終わったよー!」

 少しして、掃除人である金髪麗人であるステファニーが玄関先に現れた。

「いやー、ごめんね探偵さん。気合い入りすぎて時間かかっちゃった♪」

「どれだけ掃除をすれば気が済むんですか……」

 半分呆れた感じでステファニーを見た友貴枝は、ギョッとなった。それもそのはず、折角の金髪が埃まみれ、着ている服が所々黒く汚れているのだ。

「貴女、その格好……」

「あはは。気合い入りすぎて、汚れなんか気にしてなかったよ」

 彼女の能天気さに、探偵は頭が痛くなった。

「……はぁ。まぁいいです。シャワー貸しますから、浴びてください」

「ラッキー。借りる借りる~。流石にこのままじゃあ料理出来ないし、困ってたんだよね」

「案内しますから、ついてきてください」

 リビングから1フロア分下がったところに、シャワールームと浴場があった。

「こちらでどうぞ。服も洗濯させてもらいますから、脱いで下さい」

「そこまでされたら悪いよぉ」

「そうしないと、私の気が収まりません」

 軽い押し問答があったが、掃除人をシャワー室へ押し込む。服を剥いだ際に見えた、グラマラスボディに涙しながら。


「シャワーありがとう。助かったよー」

 暫くして、シャワーを終えたステファニーが、リビングに戻ってきた。

「着替えみたいなのが置いてあったから、使わせてもらったけど……これ、男物だよね?」

 着ているシャツに手をやるステファニー。彼女の服を洗濯してしまったので、代わりを置いておいたのだが。

「流石に、私の服ではその……殺意を覚えるワガママボディには対応できないので」

「殺意って……やっぱあたし殺されちゃうの!?」

「全ての貧乳女性の敵です……そこは冗談として、父の遺品で申し訳ありませんが、簡単な着替えを用意させてもらいました。ごめんなさいね」

「いやいや、こっちこそゴメンね?そこは気にしないから大丈夫……ダディいないんだ、探偵さん」

「少し前に……ダディ?父親のことですよね?」

 あまり聞き慣れない単語に、探偵は疑問を抱く。

「あ、うん。そう呼べって煩くて……だから中途半端に外人だと思われちゃうんだよね」

 そうじゃないと思うんですけどね、と心の中で探偵はつっこんだ。

「さて、遅くなりましたが、食事にしましょう。もう夕食に近い時間ですが」

 そう言って友貴枝は、パスタが乗ったお皿をリビングのテーブルに配膳した。

「あれ、料理しちゃったの?折角ヤル気満々だったのに……」

「シャワーの間にさせてもらいました。掃除をあそこまでしてもらって、料理までとなると流石に……」

「ま、仕方ないか。もう夕方だしね。それは次回ということで」

 聞き捨てならない台詞が、彼女の口から飛び出した。探偵は戦慄する。

「次が……あるのですか?」

「料理のつもりが掃除になっちゃったからねぇ、今回。お礼が返せてないし」

「掃除だけで充分なんですが」

「掃除はあたしが勝手にやったことだし。お返しの範疇ではないよ」

 このままでは、また押し問答になりそうな予感がした友貴枝は、そのままこの話を流すことにした。立地条件とか色んな理由があって、彼女が一人でで此処を訪れることは不可能に近いはずなのだから、と探偵は考えていた。

「では、食事にしましょうか。冷めてしまいます。食事も貴女も」

 そう言われ、ステファニーもテーブルについた。ごく普通のカルボナーラなパスタが目の前に鎮座している。

「どうぞ」

「でわ、遠慮なくいただきます!」



「それはそうと、先程の隠密スキルは見事でしたね」

「んん?」

 自己紹介っぽい話から始まった食事。両親が既にいない探偵の話やら、日本好きで帰化までした両親の話をするステファニーの話やらで、盛り上がっていたところから突然、友貴枝が彼女に話を振ってきた。尾行テクニックの高さが、ずっと気になっていたようである。

「尾行で、私に姿を視認させないのは、感服しました」

「あぁ、あれね。よっし、プロからお墨付きを頂いちゃった♪」

「気配は消せてませんでしたけどね」

「あうっ」

 誉めてもしっかりと釘を刺す探偵であった。

「ほら、あたしってこの風貌でしょ?」

 そう言われて、彼女を改めて見る。金髪碧眼、サラサラのロングヘアーにボンキュッボン、という擬音を具現化したかのようなグラマラスボディ。背もそこそこある。何もかもが、友貴枝とは正反対だ。

「小さい頃から目立ってたのよね。胸も早い頃から大きかったし」

「嫌みですか」

 無い胸に視線を落とし、項垂れる友貴枝。

「そうじゃないけど……子供の頃のかくれんぼなんかでは、すぐに見つけられちゃう事が多かったのよ。だから、子供なりに頑張って隠れても見つからないテクニック……て言うのかな?これ。それを極めていったのよ。今は、そう簡単に見つからない自信があるよ~」

 幼少期から頑張っていたのですか……探偵は感心していた。短時間ではおいそれと身に付かない事は、友貴枝も仕事上で自覚している。

「探偵の素質があるのかもしれませんね……」

「そ、そっかな~、エヘヘ」

 友貴枝は、小声で呟いた……つもりだったが、しっかりとステファニーに聞かれていた。

「さ、食べてしまいましょう。貴女を送らないといけないし」

「大丈夫だよぅ~、一人で帰れるってば」

「この界隈は、非常に危険です。女性一人で歩く場所ではありません」

 探偵の凄みに、ひきつるステファニー。昼間はまだいい方だが、夕方以降は治安も悪く、ならず者の溜まり場が何ケ所か存在するのも事実だ。そこを、彼女が一人歩きするのは無謀である。それでは、昼間に助けた意味がなくなってしまう。その辺りを、重々説明していく。

「そんな危険なところなんだ……」

「わかりましたら、素直に送られてください」

「了解だよ~」



 食事も終了し、今は友貴枝の愛車である660cc3気筒ターボエンジン搭載の軽オープンカーに二人とも乗り込み、ステファニーの住む街のある駅に向かってるところである。因みに、安全上の理由でオープンにはしていない。

「すっかり日も暮れちゃったね~。ダディ、怒ってるかなー」

「連絡していないのですか?」

 ステファニーのまさかの台詞に、驚愕する友貴枝。

「いあ、母さんにはメール入れてあるけどね。どっちにしろ、遅い時間なのは事実だし、怒られるのは確定かなー、と」

「色々ありましたからねぇ」

 白昼の暴漢騒ぎから、半日以上が経過している。こんな一日になるとは、探偵も予測はしていなかった。でも、それもこの送迎で終わりだ。長い人生の中の僅かな時間で出会った女性、ステファニー。二度と会うことはないだろう。

「この駅でいいのですか?」

 予めステファニーから指示された駅に到着したようだ。街からは少し離れた郊外の駅だった。

「ここからどうするのですか?」

「ん?歩いていくよ。5分とかからない場所が家だし」

「大丈夫なのですか?」

 探偵事務所の界隈よりは安全そうとはいえ、心配になる探偵。

「もう20年以上住んでるところだし、周りは知り合いばかりだよ。何かあれば、みんなが味方だよ」

「そうは言いますけどね……」

「もう、心配性だなぁ……あ、ダディだ」

 車を降りた彼女が見た方向に顔を向けると、厳ついガタイをした、いかにも異国の方ですという風貌な男性が近づいてきていた。

「ステフ!遅いから迎えに来たぞ」

「遅くなってごめんね、ダディ」

「……こちらの方は?」

「今日、色々お世話になったの。探偵さんだよ」

 友貴枝も車を降り、ダディと呼ばれる男性に、名刺を渡しながら挨拶をする。

「初めまして。遼河友貴枝というしがない探偵です」

「ほぉ。あのミス・ハルカですか。腕利き探偵という噂を耳にしたことがありますぞ」

「き、恐縮です」

「ワシはこの娘のダディ、ラルフという者だ。よろしく」

 相手に手を出されたので、握手しておく。

「で、何故ミス・ハルカとステフが一緒に?」

 探偵は、今までの経緯をラルフに説明していく。

「おぉ、そうだったか。娘を助けてくれて感謝するぞ」

「当然の事をしたまでです」

「その謙虚さや良し。今日はもう遅いが、後日改めて礼をさせてもらうぞ」

「それには及びません。娘さんに色々お世話になりましたから」

「ム、そうか?まぁ、気が向いたらワシの家にでも遊びに来なさい。ワード家何処だ?と近所で聞けば、教えてもらえるはずだ」

「機会がありましたら、そうさせてもらいます」

「ウム。しっかりしたお嬢さんだ。さ、ステフ。帰るぞ」

「オッケー。じゃ探偵さん、またね~」

「さようなら」

 ステファニーとダディが家路につくのを見届けて、友貴枝は車に乗り込み駅を後にする。あの人がいるなら、彼女も安心だろう。


(……私は、何故彼女の心配ばかりしているのだろう?)

 事務所へ帰る道中、友貴枝はずっとその事を考えていた。


 彼女とは、今日限り。

 また会いそうな気もしないでもないが、そんなの天文学的数字な確率のはず。

 事務所にしたって、そう簡単にはわからない場所に構えているから、素人には辿り着けないはず。

 ……でも、彼女の手料理が味わえないのは残念だったですね。


 色んなことを勘案しながら、溜まっている仕事を片付けなければいけないことに気づいた探偵は、車のアクセルをいつもよりチョッとだけ余計に踏んで、事務所へと急ぐのだった。


◇Next Story◇


 次の日のお昼前。

 徹夜で書類仕事を片付けた友貴枝は、微睡みのなかにいた……のだが。


「探偵さーん、起きた起きた!もうお昼だよー!」


 カンカン!、とマンガみたいに鍋を叩く音で、夢の国から引き戻された友貴枝は、音を奏でる原因を見て、驚愕した。


「え……す、ステフ……さん!?何故貴女がここに!?」


 いるはずのない人物がそこにいた。何故ここに辿り着けたのですか?

「今日こそ、お礼をさせてもらいますからね」


 もう会うことは無いと思っていた彼女。

 もしかしたら……と淡い期待はしていたが。

 まさか、昨日の今日で再会しようと、誰が予想したか。


 探偵・遼河友貴枝の、今までと違う日常が今、幕を開ける……


To be continued...



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