きっと冒険が始まる。
二番煎じだったらごめんなさい。
「さあ!冒険の始まりだ!」
某県の北部にある神立山高等学校。通称、立高。なぜ頭文字の「神」ではなく、その次の文字の「立」を取るのかと言えば、神上高等学校――通称、――神高――の存在があるからである。
神立山高等学校から南緯に1分と29秒、東経に1分と15秒ほど離れた所にある神上高等学校は県内屈指の進学校として有名であり、文武両道を校訓として掲げている。そんな高校が近所にあるものだから、神立山高校は神高と名乗るに名乗れず、仕方なしに立高と名乗っている。ここまではよくある話。
そんな両校の時計の短針が丁度10時を指した時、唐突にスピーカーから甲高く耳障りな声が聞こえてきた。
「あー、あー。テッステス、テッステス……御機嫌よう人様諸君」
人様という割には随分と上からの物言いに感じた。
「突然のことで困惑されているところかと思いますが、どうか慌てずにお聞きください。私の名前はレプスと申します、。ええ、ええ。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、ラテン語で兎を意味します。よろしいですか、兎は愛らしく寂しがり屋な生き物です。どうか人様の皆様も私のことを可愛がってくださいね」
俺はレプスと名乗るその声に眉をひそめた。スピーカー自体の機械音と、そこから聞こえてくる神経を逆撫でするような甲高い声は不快感を誘う。実際にクラスの何人かは、耳障りな音から逃れるために耳に栓をしている。
「という前口上はこのぐらいにして、さっそく本題へと参りましょう。今回、人様である皆様に参加してもらうゲームはこちら!ドゥルルルルルルル――」
口頭によるドラムロールが流れる。その安っぽさにクラスの誰かが思わず吹き出した。それでも、それ以外の多くは事態の把握ができずにただ唖然とするばかりだった。
幾分長めのドラムロールに気を取り戻したのか、教鞭を取っていた教諭がやや苦笑気味に笑い、生徒に落ち着くように促した。確か名前を橋本といったはずだ。
「あはは、誰かの悪戯かなこれは。誰か知っている人はいるかい?」
橋本教諭の問いかけに誰も答えない。そもそも、入学してまだひと月を過ぎたくらいにそこまで広い知己を持っている奴はいない。それを知っているのか、橋本教諭はまた苦笑いを浮かべて、
「そっか、じゃあ他の学年の生徒かな。とりあえず僕は他の先生にどうするか話を聞いてくるから。大人しく待っていてね」
と足早に教室を出て行った。
いや、橋本教諭は出て行こうと引き戸に手をかけたところで、何があったのか勢いよく手を引き戻した。
その様子に何かあったことを感じたのか、ついこの間学級委員長に指名された篠宮礼が不思議そうに声を上げた。
「先生、どうしたんですか?」
「ああ、いや、どうしたんだろうね」
そう答える橋本教諭の顔に苦笑いは浮かんでいなかった。ただ取っ手にかけた指をさすり、取っ手をにらむように凝視していた。そして、もう一度、今度はそろそろと取っ手に手をかけて……勢いよく引き戻した。
橋本教諭の反応は明らかにおかしかった。
「……静電気?」
誰かが呟いた。確かにそれは的を射ているようで、橋本教諭はその声に頷き返した。
「うん、そうみたいだ。ちょっと、手で触れるのが躊躇われるくらいだから普通の静電気ではないのだろうけど」
誰かゴム手袋を持っていないか、そう橋本教諭が声を出した時、長い長いドラムロールが止んだ。クラス全員の視線が橋本教諭からスピーカーに移る。
ザザッというテレビの砂嵐のような音がして、またあの甲高い声が聞こえてきた。
「――ジャン!君らが参加するゲームは、その名も「RPG」だ!パフパフッ」
クラスとは明らかに違う温度差で流れるその声は、明らかに非日常的で不釣り合いだった。
相も変わらず引き戸を開けようとする橋本教諭をよそに、スピーカーは言葉を紡ぐ。
「起源は二千と七百年くらい前。人間が自然現象に対する答えとして超自然的、宗教的、もしくは神話的な説明を受け入れちゃったあげく、魔法的な能力に目覚めちゃった世界。結果としてこの世界とは全く別の歴史を歩むことになっちゃった世界。君たちにはそんな世界に行ってもらいまーす!」
何を言っているのだろうか。スピーカーから届く言葉は日本語であるにもかかわらず、理解の範疇を超えて頭の中を通り過ぎていく。
他のクラスの連中や橋本教諭も同じようで訝しげな顔で静かにスピーカーを眺めていた。
「あっれれー?反応が薄いなぁ。前情報ではこの世界にはそんな話が数多あるって話だったのに、イマイチ盛り上がらないな……」
きっと声の主はスピーカーの向こうで首を傾げただろう。そんな無関係なことが頭に浮かぶ。
「しょうがないなあ。よしっ、今回に限り君たちには特別な力をあげようじゃないか。え?いらない?本当に?そんなぁ、せっかく用意したのにー。シクシク」
そんなスピーカーの一人芝居が続く中、ようやく橋本教諭が我に返った。
「いやいや、そんなことができるわけない。そんなどこかの小説みたいな話、あるわけないじゃないか。確かに多少は憧れはしたし、その類の本は何十冊と読んだけど。それは人の頭の中の話であって現実なわけがない」
橋本教諭の隠れた趣味が発覚した瞬間だった。ほとんどの奴が聞いてはいなかったが。
「とにかく、きっとこの扉の静電気も向こう側で電気か何かを流しているに違いない」
扉には向こう側を見られる窓がついているため、電気を流してるかどうかは確認すれば済む話なのだが、橋本教諭の頭はそこまで回らなかったらしい。教師としての責任感からか、それとも憧れが現実になりそうとおもったからか、ともあれ半ばパニックになっているのだろう。
そんな橋本教諭を嘲笑うようにスピーカーの声は一際大きくなった。
「しょーがありませんね!君たちがそこまで拒むのなら否はありません。ですが丸腰だと危険なのもまた事実。そこで、君たちにはこれを受け取ってもらいましょう!聖剣という名の神をも切るかもしれない名刀を!ハイ、拍手!」
クラスの何人かがつられるように拍手をする。見ると橋本教諭も拍手をしそうになっていた。
「それでは、準備は整いました。主に私の。というわけでさっそくゲームの舞台へと移動してもらいましょう」
スピーカーの声に合わせて教室の床が勢いよく光り出した。その光は徐々に強さを増し、教室を埋め尽くしていく。
後ろから悲鳴が聞こえた。隣から怒号が聞こえた。混乱が頂点に達した教室では逃げようと生徒が走り出し、それに突き飛ばされた生徒は勢いよく机にぶつかる。
そんな間も光は広がり、やがて視界を埋め尽くしたところで教室の中の喧噪の間からスピーカーの声が聞こえた。
「さあ!紳士淑女の野郎ども!冒険の始まりだ!」
最期までハイテンションな声を最後に意識が途切れた。
一応言っておきます。
これは短編ですので続きはありません。
お読みいただき誠にありがとうございました。