彼女からの手紙 76通目
――さて、ご褒美は終わったけど、ここから大事な話があります。
――私、来年3月に卒業します。
――が、就職はしません。
――結婚します。
――君ではない別の男の人と。
心臓が止まりそうになった。
ここから、グンと本を探すペースが落ちた。
それに70問を過ぎた辺りからは、ちょっとやそっとじゃ思い出せないくらい相当マニアックな問題に変わっている。
そろそろスマホのアプリでキーワードを検索しないと、問題の本が見つからないぐらいまでに難しくなってきている。幸いにもこの村でも3G回線がつながるようになった。
――正解だよ。ここまでの手紙、読んでいるかな?
――次は「海のオーケストラ号にのってお父さんが旅に出るお話」
――正解だよ。それとも君にも、誰にも届かずに捨てられちゃうかな?
――次は「『華麗なる没落の為に』は宮垣葉太郎の作中作だけど、とある作家が同じタイトルの作品を部誌に掲載していて、そのプロトタイプが元になった作品は?」
――正解だよ。だからお願い、結果はどんなに辛くても、メールぐらいはちょうだいね。
――次は「前年の文化祭では安心院鐸玻の『夕べには骸に』が配布された」
――正解だよ。彼にプロポーズされました。
――次は「『あなたが蜘蛛だったのですね』で始まり『あなたが蜘蛛だったのですね』で終わる長編」
――正解だよ。そして私は先週、返事をしました。
――次は「『心の世界では、あなたが泥棒で、わたしが探偵だった。だって、あなたは私の心を盗んだのだから』これは戯曲だけど、戯曲の元になった原作は?」
手紙の内容も酷だが、次のお題も酷だった。もはやスマホに頼らないと見当がつかない。
今のは85通目。
残りは15枚。
そして時計は7時30分をまわった。
残り時間が迫っている。
――ねぇ、君には彼女はいるの?
――それとも彼氏かな?
――もしかしたら、もう結婚してたりして?
――それともそれとも、私にキスしておきながら、あの頃から私に隠れて誰かと付き合っていたりとか?
――結局、そんなことも話さなかったね。
――知ってた?私は君が進んだ学校のことも知ってるんだよ。
――こっちの先生に教えてくれた。こんな田舎じゃ、個人情報保護法もへったくれもないね。
――君の学校の文化祭にね、私行ったんだよ。君が書いた本も買った。
――っていうか、君が売り子をしてる時に買ったんだけど、気づいてほしかったな。
――プロデビューしたんだってね。おめでとう、夢をかなえたんだね。
――でも、増版かからなくて残念だったね。大丈夫、とってもおもしろかったから、また次があるよ。
文化祭に来ていたことも、その時に会っていた事も知らなかった。
彼女は私の作品を読んでいてくれていたのか。
残念ながら、2版も、2作目もない。出版社からは連絡は途絶えた。
弱小の出版社だ。ミステリー自体から撤退して、ラノベに一本化する通達があった。
異能力もファンタジーも出てこない私の作品は、読者層が全くかみ合わない。
そもそも自分の作品がおもしろくなかったのがいけない。仕方がない。
またアマチュアからやり直しだ。