友情と約束と呪いと
「9月」をテーマにした小話です。
私を含め3人でリレーした小説ですが、他二名の許可の下、私の名義で投稿しています。
秋来ぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる
ぺったん、ぺったん。兎は、餅をつく。
輝く夜、秋刀魚は月へ向かった。菟葵の、青い衣を纏って。
別離の告白は唐突で、しかしわかりきったことだった。
心のどこかで、わかっていたのだ。出会った時に、感じたのだ。それが定めだということを。
それなのに、それなのに。
涙で秋刀魚の姿は見えなかった。ただすまないと、幾度となく秋刀魚が呟いていた。
――今日まで待ってくれと言いだしたのは兎だ。
「この日なら、迷わない。満月が、僕らを照らしてくれるから」
長き友情を思い浮かび上がらせるかのように、紫の花火が十五夜に咲いている。体の奥底まで震える響きは、彼らに最後の時を刻み付ける。兎は、心を決めた。
「ありがとう」
ただ、それだけを告げた。杵で秋刀魚を空高く掲げる。
「楽しかったんだ。過ごした時間の全てが」
そう言い残し、秋刀魚は満天の星空へと、静穏の海へと、旅立って行った。
――兎が、一心不乱に餅をつく。
「いけない……。もっと大きくなくては」
杵を振り上げ、一度丸めた餅に振り下ろす。何度も、何度でも。
月からでも、秋刀魚が見つけられるように、大きく、大きく。思い出してほしいから。いつまでもいつまでも、忘れたくないから。
ぺったん、ぺったん。晩夏に響く、記憶の鐘。
――何年経っただろうか。
「もう、私の腕は杵を握れない」
子供に生業を託し、兎は静かに息を引き取る。
眼は我が子さえ分からない。
しかし、残された耳が。
最期に、声を聞いた。
「ありがとう」
兎は餅をつき続ける、秋刀魚が戻るその日まで。
必ずここへ帰ってくると言った秋刀魚を、ただひたすらに
親から子へと、世代を超えて
ぺったん、ぺったん。
いつまでも
ちょっとだけ解説を。
序盤にある、「ぺったん、ぺったん。兎は、餅をつく」が表わしているのは全ての兎、つまり、秋刀魚と共に過ごした兎であり、秋刀魚との約束を守り続ける子孫の兎でもあります。
また、偶然だったのですが、「莵葵」の「菟」の漢字は、「うさぎ」を意味します。偶然にしてはできすぎた一致でした。「葵」は「青い」とかけています。
実は、「静穏の海」は地名です。ご存知の方もいるでしょうか。月面の「海」と呼ばれる部分、肉眼や望遠鏡で見たときに黒く見える部分。それぞれに「晴の海」や「神酒の海」などの名前がついているのですが、その中でとくに有名なのが「静かの海」です。なんと、アポロ11号が着陸に成功した場所なのです。また、月の模様を兎の餅つきに例えた場合の兎の頭に該当する部分でもあります。
初投稿がリレー小説と言う……ね。まあ、これからも小話はたまに書くつもりです。テーマは色々。
最後になりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございます。