第五話
甲高い音が鳴り響く中、水望はふと顔を上げた。
「……色葉……?」
本陣付近で総大将の赤松と待機していた水望は、開戦の合図と共に、ある異変に気が付いた。魔導師は「マナ」を通して相手の気配を読む事ができる。それを利用して、水望は色葉の気配をずっと探っていたのだが、いきなり彼のそれが苛烈なものへと豹変したのだ。
ちなみに、なぜ水望が待機しているのかというと、前線でいざ出陣と意気込んでいた時に、待機を指示する伝令が本陣からあったからだ。色葉は心から安堵している様子だったが、水望にしてみれば、大変不本意なこと甚だしい──
いや、今はそれどころじゃない。
色葉のその異変について、水望は赤松に意見を求める事にした。
「あの、赤松さん」
「水望……まだ「おじいちゃん」って呼んでくれんのか。わしは悲しいぞ」
開口一番に、赤松は突然そんな事を言い出した。
日頃色葉の愚痴を聞いている水望は、その理由が今ようやく分かった。確かにこれは、毎日一緒だと面倒くさいかもしれない。水望自身にとっては、優しい気さくな老人といった印象なのだけど。
「そんな事、どうでもいいですっ!」
赤松の余裕に引き込まれそうになったが、慌てて気を引き締め、本題に入った。
「その、色葉の様子が、少し……」
「ふむ…………やはりお前さんにも分かったか」
「じゃあ……っ!」
身を乗り出そうとした水望は、赤松が持つ扇に押しとどめられた。そして赤松はその扇を開き自らの口元へと持っていき、水望から表情を隠すように顔の半分を覆った。
彼の纏う雰囲気が、変わった。
「全ては筋書き通りじゃ。お前さんは何も心配せんでいい」
「それって…………色葉に何かあったんですか!?」
赤松の言葉に、水望は血相を変えて詰め寄った。だが赤松も、断固としてその表情を変えない。下半分はどうか分からないが、少なくとも目は笑っていない。
「わしらの目的は、この戦に「勝つ事」じゃ」
赤松は、普段の優しさのかけらも無い口調で続ける。
「色葉が……いや、紅葉がどうなろうと、わしは知らん」
「紅葉……? 誰ですかっ、ちゃんと説明して下さい!」
あまりにも無情なその言葉には、これまで聞いた事の無い名が含まれていた。紅葉とは誰か。色葉の異変と何か関係があるのか。──今、色葉の身に何が起こっているのか。
水望は、いてもたってもいられなくなった。
「私、色葉のところへ行きます!!」
赤松の返事を聞かない内に、水望は猛然と駆け出した。一際激しい戦闘が繰り広げられている場所へ。赤松は、そんな彼女の背中を、顔色一つ変えず眺めていた。
「お前さんにあいつは止められんと思うがな。のう、白花?」
そう赤松が背後に呼びかけると、物陰から一人の少女が姿を現した。
「……よくあんな心にも無い事言えるね、おじいちゃん」
「ふぉっふぉ、わしとした事が、顔に出そうになってしもうたわ」
白花は水望と同じく、白を基調とした服に身を包んでいた。だが水望とは違って、こちらは細やかな意匠もほとんどない。ほぼ白一色だ。
先程の赤松の問いかけに、白花はようやく答えた。
「そりゃそうだよ。お兄ちゃんを、紅葉を止められるのは、私とおじいちゃんだけだもん。でも……」
いつになく悲痛な面持ちの白花は、何か言いたげな素振りを見せていた。
「何じゃ?」
「……でも私、水望ちゃんならきっとできると思う」
「そうか。なら、そうかもしれんのう」
遠ざかっていく水望の背を見送りながら、白花は赤松のすぐ隣に、膝を抱えるように座り込んだ。赤松は扇をぱちんと閉じ、その反対の手を白花の頭に乗せた。
「……さて、これからどうするのかのう。わしのかわいい孫は」
そう意味深に呟いた赤松は、遠くを見透かすように目を細めた。
「なんだぁ? なんでがきが──」
その言葉が終わらない内に、兵の首から上がとんだ。鮮血がぱっと散る。周囲が呆気にとられる中、傍らにいた二人も立て続けに胸を貫かれた。
「っだぁぁあっ!」
雄叫びを上げながら振り返り、赤眼の色葉──紅葉は刀を薙ぎ払った。彼の背後に忍び寄っていた敵兵も、真っ赤な血を撒き散らしながら絶命していく。
その感触に、紅葉はにやりと笑った。たまらない爽快感が体中を駆け巡る。
「もっと……もっとだぁっ!」
その幼さが残る美貌からは考えられないような声を、紅葉は気迫と共に吐き出した。勢いそのまま、別の新たな敵兵の集団へと突っ込んでいく。
縦へ、横へ。紅葉は縦横無尽に大きな刀を振るう。その度に血しぶきが舞い、一人、また一人と敵兵が斃れていく。その最期に彼らが目にするのは、赤い眼の、悪魔。
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
完全に戦意を喪失した敵将兵が、一斉に撤退を始めた。無理もないだろう。何しろその悪魔は、見た目はただの子供なのだから。
「おっと、やりすぎちまったか?」
頬に付いた返り血を手の甲で拭いながら、逃げていく敵兵達を紅葉は楽しそうに眺めた。刀を大きく一振りして、刀身に付着した血を振り払う。
「ったく。弱いんだよ、お前ら」
吐き捨てるように言い放って、紅葉は背後に視線を巡らせた。その鋭い視線を向けられた味方兵は、慌てて敵兵の追撃に移る。
「こんなところか。……後は任せた」
一人の味方兵に低く言い残して、紅葉は彼らとは別の方向に走り出した。その先にあるのは──
敵本陣。
生島軍は開戦と同時に、戦線を徐々に後退させていった。現状は敵方にかなり押し込まれる形となっている。戦が始まる前は生島軍が優勢だったのだが、今や戦況は完全に藤神軍に傾いていた。
理由は考えなくともすぐに分かった。
「──ほ、報告しますっ! 北方の戦線が壊滅しましたっ!」
「──馬鹿なことを言うな! 藤神ごときに我ら生島が負けるはずが無い!」
「──し、しかしっ!」
「──黙れっ! まだ我らは負けぬ、負けぬのだぁ!」
少し離れた部屋から、そんなやり取りが聞こえてきた。いったいこれで何度目だろう。いい加減、嫌気が差してきた。
あそこで盛大に唾を飛ばしまくっているであろう男が、第二代生島家当主で、この戦の総大将。そして──
僕の父親だ。
「だからあの時……」
僕はつい数時間前の事を思い返した。
「伝令! 藤神家が、我が領地に攻め込んできましたぁ!」
突然戸が開けられ、慌てた様子の伝令兵が部屋に駆け込んできた。
「うろたえるな! 敵兵力は!」
「八千です!」
「ふん。ならば心配無用だ! 我らは一万二千。四千も差があれば負けはせん!」
甲冑に身を固めた男が尊大に言った。すると、
「ねぇ〜、それ本気で言ってる〜?」
どこか間延びした、暢気な声が飛んできた。そんなあまりにも場違いな声に男は目を剥いた。
「うるさい! お前に何が分かる! 小童ごときが戦に口出しするな!」
仰向けに寝転がって欠伸をしている少年を、男は鋭く睨みつける。そんな視線を向けられた少年は、内心で舌打ちしつつもにへっと笑った。
「あ〜、はいはい。もう何も言いませんよ〜」
足を振り上げて勢いをつけ、少年は曲芸的な動きで立ち上がった。人を食ったような笑みを広げ、どこか哀れむような目つきで壁に寄りかかった。
「でもさ〜、僕の話も少しは聞いておいたほうが──」
「黙れっ!」
少年の言葉をその一言で遮り、甲冑のかちゃかちゃという金属音を鳴らしながら、男は少年に詰め寄った。そして、その細い首筋に右手を押し付けた。
「お前もこの家の跡取りなら、もっと身の振舞い方を知れ! 愚か者!」
少年の口から、音にならない喘ぎ声が漏れる。その顔が苦痛に歪むのを見た男は、分かったか、と低く呟いて手を離した。
ぜいぜいと荒い息を繰り返す少年は、一瞬だけ男の顔を見上げて睨んだ。しかし、すぐさま笑みを広げ、男から距離を置いた。
「了解しました〜、前へ倣え! ってね〜」
そう言って、少年は部屋を走り去った。背後から怒声が飛んできたが、そんなもの、もう聞く気すらなかった。
──この家は、もう駄目だ。
そして今に至る。
去り際に抱いた思いは、今もまだ心にくすぶっていた。もうすぐ、この家は終わる。あの無能な父親のせいで。
「……まぁ、自業自得だよね〜」
こんな僕ですら密かに行っていた諜報活動も、父はろくにしていなかった。だから藤神家の強さを把握できず、こんな無様な負け戦をするはめになったのだ。
事前に情報収集をしていれば、何か作戦でも立てられただろう。そうでなくとも、ある一人の将には警戒できたはずだ。
「……藤神、色葉……」
廊下の壁にもたれかかって、小さく呟いた。
僕が手に入れた情報によると、彼はつい先月に成人したばかりの子供で、年は十歳だという。だが何よりも重要なのは、その圧倒的な強さだ。その桁外れの強さを誇る剣術は、ともすれば山城、いや畿内でもかなり強い部類に入るらしい。一度手合わせしてみたいものだが、敗北する事は目に見えているのでやはり遠慮したい。
そういえば、一つだけよく分からない報告があった。藤神色葉は、実は女ではないかというものだ。理解のしようが無いので、その報告は保留にしているのだが、多少の興味をそそられた事も事実だ。
とにかく、このままでは生島家は負ける。この時代、負けた者が辿る運命はただ一つ。
死だ。
人間、誰しも死にたくはない。もちろん僕だってそうだ。ならば、生きるための選択をしなくてはならない。そう、生きるための。
目を瞑って、深い溜め息を吐いた。
「…………逃げようか……」
迫りくる藤神家からではない。愚かな当主率いる、生島家からだ。
僕だけが寝返る事も悪くはない。でも、もっといい方法がある。
それは──
「だぁぁっ!」
目の前に立ち塞がる敵兵を、全速力で駆けながら薙ぎ払った。傾いでいく体の間をあっという間にすり抜ける。
今、最高に気分がいい。
こんなに暴れられるのは何年ぶりだろう。いつも裏にいる俺の意識が、今は表にいる。表で、この体を動かしている。それだけでも十分だ。
しかもいきなり戦ときた。戦って相手を殺しても、誰も咎めない。
だから今、最高に気分がいい。
「……にしても、こいつも強くなったな」
自分の胸に手を当てて独白する。二年前は、俺の助けが無ければ少し心許なかったが、もう元のこいつだけでも安心だ。無論、俺も引っ込む気は無いが。
ようやく敵本陣が見えてきた。戦線からかなり踏み入ったので、もう周囲に味方兵の姿は無かった。だがそんな事俺には関係ない。雑魚が増えたところで邪魔なだけだ。それよりも、さらなる戦いに心が躍る。
──その時、一際大きく鼓動が脈打った。激しい心臓の痛みに呻く。
「……なんでっ……今なんだよ……っ!」
自然とその足が止まった。息が詰まり、新たな空気を求めて喘ぐ。右手で肌の薄い左胸を押さえる。二年前と変わらない、少し骨ばった体。そして、あの時と変わらないこの胸の痛み。
だが、今は負けられない。何に対しても、屈するわけにはいかない。
「くっ…………まだ、いける!」
自らを奮い立たせて、紅葉は顔を前に向けた。その時、
「──ねぇ、ちょっと待ってよ〜」
目の前に一人の少年が現れた。人を食ったような笑みに、茶色がかった少し癖のある髪。そして、生きる事に対してまっすぐな瞳。
いつの間に、と思うより前に、紅葉は胸の痛みを抑えて抜刀した。相手が子供であろうと、戦場に姿を現した以上は、殺すか殺されるか、このどちらかだ。
「邪魔だ!」
「ちょっ、だから待ってって!」
一瞬にして振られた紅葉の刀を、少年は軽やかな身のこなしで避けた。まさか簡単に避けられるとは思っていなかった紅葉は、少年に鋭い視線を投げかけ、薄く笑った。
「ふーん、少しはできるみたいだな、お前」
「まあね〜」
紅葉の笑みにつられるように、少年も満面の笑みを広げた。語尾を伸ばす特徴的な話し方のまま言葉を続けた。
「ねぇ、少し話があるんだけど〜、いいかな?」
「んだよ」
ぶっきらぼうというより、乱暴と形容した方が近いような返事。そんな紅葉に少年は全く怯まない。というより、むしろ楽しんでいるようにも見える。
「あのさ、僕とやらない?」
「はぁ?」
その言葉の意味を一瞬掴みあぐねたが、続く行動で理解できた。少年は腰に佩いた刀を静かに抜き、紅葉に向けた。そして広がる、微笑み。
「やっぱり話はそれからで、いいよねっ!」
少年の語尾が風に消えた。一瞬で体勢を低くし、必要最低限の動きで刀を振り上げる。その素早い初撃は紅葉の左肩をかすった。
「っ、お前がその気なら!」
その紅い眼を輝かせて、紅葉も切りかかった。相手の動きに呼応するように、右へ左へと流れるように攻撃を繰り返す。時折、刃と刃がぶつかり合い、金属音を響かせる。そしてその度に火花が散る。煌く刀を紙一重で避け、また同じように避けられる。
紅葉はまたとない高揚感を覚えていた。少年の一撃一撃は軽いものの、それを繰り出す速さが尋常ではない。もしかすると、紅葉のそれをも上回る勢いだ。
だが紅葉も負けてはいられない。滑らかに攻撃を受け流し、隙をついては刀を突きつける。
もっと早く、もっと強く!
そんな無意識の声に応じるかのように全ての感覚が研ぎ澄まされ、相手の僅かな意識の乱れすら感じられるようになった。一進一退の攻防から一転、紅葉は完全に攻めに転じた。
紅葉の剣術は元々攻撃に特化している。勝つという明確な目的にこそ、その真価を発揮するのだ。
少年の顔に、焦りが見えてきた。勝利の光が見えてきた。
しかし。
「……うくっ……?」
再び、激しい痛みが紅葉を襲った。堪え切れない痛みに腕の動きが鈍る。紅葉の異変に気が付いた少年はこれを好機と見て、渾身の力を込めて刀を振り上げる。
「っ……!」
乾いた音を立てて、紅葉の刀が宙に舞った。それはくるくると回転しながら、はるか後方の地面に突き刺さった。
「これで終わりっ!」
少年の刀が、紅葉の左胸めがけて突き出された。対する紅葉は、右手で胸を押さえて動こうとしない。その美貌を痛みに歪めている紅葉には、もはやどうする事もできない。
──俺のせいで。
俺が表面に出ていなければ、こんな痛みには襲われなかっただろうし、こんな無謀な戦いには挑まなかっただろう。いや、無謀ではなかった。実際、俺が必要以上の負担をこの体にかけなければ、絶対に負ける事はなった。やはり、俺のせいだ。
その先端が、命の脈動を生み出しているものへと吸い込まれようとした。
その瞬間。
「──色葉!!」
背後から、元の体の持ち主を呼ぶ声が聞こえた。
その時、紅葉の胸を別の衝撃が襲った。もう一人の、命のざわめき。
──こいつだったら、もしかしたら。
不意に脳裏に思い浮かんだのは、そこにいるはずの無い少女の姿。二年前にいなくなって以来、一度も会っていない少女。もう一度、彼女に会うまでは、まだ。
紅葉は、再び裏側に回る事を受け入れた。
眼の色が瞬く間に漆黒──色葉のそれに戻った。
「まだ、死ねない!」
そう叫んで、色葉は右手でその刀身を掴んだ。切っ先が胸の皮膚に食い込む。だが、ぎりぎりの所でそれは止まった。
「はあぁぁっ!」
気合と共に、じりじりとそれを押し返す。鋭い痛みと共に、手の平から血が流れ出した。そして右腕を伝い落ちる。血で赤く染まっていく腕を、色葉は完全に意識から排除した。
対する少年は目を見開いた。こんな華奢な子供のどこにこんな力が隠れていたのか。ありったけの力を振り絞るが、どうしても押し負けてしまう。
こう着状態のまま、お互いの視線が交差した。少年の僅かな戸惑いと、色葉の明確な決意。その二人の胸に秘められた強い想いが、瞳と瞳の間を行き交う。
だが、それも一瞬だった。
右手で少年の刀を掴んだまま、色葉は地面を蹴った。空中で体を捻り、左足を振り上げる。そのまま体を回転させながら、左足のかかとを少年の右手にぶつけた。遠心力と脚力が合わさって、少年の刀が凄まじい勢いで弾けとんだ。
「っ……!」
軽やかに着地した色葉は、左手を力いっぱい握り締める。腰を落とし、痛みに呻く少年の懐へ飛び込む。
そして、その拳は少年の鳩尾に叩き込まれた。
「色葉!」
背後から、息を切らせて走ってきた水望の声が聞こえた。その声に色葉は苦い顔をする。
「遅い」
「はぁ……はぁ……だ、大丈夫?」
水望は、色葉とその腕の中の少年を見比べて、どちらかというと少年の方に向けて言った。
「大丈夫、だとは思う。気を失ってるだけだし」
色葉はその少年をそっと寝かせた。腹部に激しい痛みがあるはずなのに、この少年はなんともあどけない寝顔を見せている。……少し腹が立った。
そんな感想を密かに抱いた色葉の隣に、水望は同じように少年の顔を覗き込んだ。
「で、この子誰?」
「さあ?」
「なんで戦ってたの?」
「突然襲ってきた」
「なんで?」
「さあ?」
淡々とした色葉の返事に水望は絶句した。短い応酬だったが、こんなにも実の無い会話はそうそうないだろう。諦めて溜め息を吐く。
「でも、本当に良かった。色葉に何とも、無く……て……?」
心から安堵した様子の水望だったが、色葉の姿に改めて視線を移した途端、その活発な印象の両目を大きく見開いた。
「ぜ、全然大丈夫じゃないじゃん!」
服が黒いので分かりにくいが、色葉の全身には相当な量の血がこびり付いていた。そのほとんどが紅葉に殺されていった敵兵のものなのだが、水望は何を勘違いしたのか、顔を真っ青にして色葉の体を触りだした。
「どこ怪我したのっ? ここ? それともこっち?」
「……うざい、離れて。怪我したのは右手だけ」
いつも以上に辛辣なその言葉に、水望はすぐさま色葉から離れた。いまだ心配そうな顔をしているが、色葉の言葉を信用したのかその顔に血の気が戻った。
「そう? ならいいけど……」
とは言ったものの、やはりどう見ても色葉の顔色が優れない。さっきまでの異変と関係があるのだろうか。それなら、ちゃんと事情を説明してもらわなくては──
「……後は、頼んだ」
水望が口を開こうとした途端、色葉がそう小さく呟いた。そしてゆっくりと体が傾いでいく。前のめりに倒れていくその体を、水望は慌てて支えた。その小さな体が力なく水望の腕に抱きとめられる。
やはり重い怪我でも負ったのではないかと、水望が血相を変えかけた。最悪の展開が脳裏を駆け巡る。
しかし、そんな心配は全く必要なかった。
「…………もう、無理……寝る」
まるで遺言のように色葉は呟いた。そして、規則正しい寝息が静かに響きだした。
「えっ、ちょっと色葉! おーいっ!」
三条水望十一歳は、戦場の真っ只中という状況で、深い眠りについた少年二人を見守る羽目になってしまった。その顔に広がったのは、諦めと和みが半々に混ざった苦笑い。
「……もう。風邪ひいても知らないよ?」
見比べたその二つの寝顔は、まるで戦の終結を確信しているかのように、穏やかだった。