表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

8 最愛の娘

 珠希へ


 この手紙は、今から珠希に晴哉くんとの結婚を告げる前に書いています。

 これから先、珠希が幸せになれたら、その時、お父さんから珠希に渡して貰おうと思って書いてます。


 お母さん、手紙なんて書き慣れてないから上手く書けないんだけど、話し言葉でいいよね?



 ええと、お母さん、あと少しで、死にます。

 病気です。

 半年前、病院に行って、先生に言われました。言われた日はショックで、何も考えられなくて、ぼんやり公園のベンチに座りこんでいました。


 西永晴哉くんとは、その公園で知り合いになりました。

 お母さんの方が死ぬのに、晴哉くんの方が死にそうな顔で、側にいたカインがクゥンと鳴いていて可哀想だったので、お母さんからナンパしちゃいました。


 晴哉くんは最初は戸惑っていましたが、何回か病院の帰り道の公園で会う内に、お互いのことを話すようになりました。

 書いておきますが、お母さんはお父さん一筋です。


 晴哉くんはとても素敵な男性なのに、奥さんが浮気していて、家族にも恵まれず、とても寂しそうでした。

 お母さんは晴哉くんと話す内に、こんな子が息子だったらいいのにな、と思いました。


 その内、晴哉くんの奥さんに子供が出来て、晴哉くんが離婚することになり、お母さんが元気で動ける時間も少なくなってきました。


 このまま、家にいたら、きっと珠希にもお母さんの病気が分かってしまう。


 そう思ったとき、お母さんは珠希のこれからが心配になりました。

 職もなく、生きていく生き甲斐もなく、ただ、毎日を過ごす。


 お母さんがいる内はいいでしょう。


 でも、お父さんと二人きりになり、やがてひとりになったとき、珠希が泣きそうで辛いのです。


 あなたがひとりでも生きていける強い子だったら、良かったのに。


 だけど、珠希は、情に厚く、涙もろく、優しくて、そして寂しがりやの女の子に育ちました。

 お母さんにとっては自慢の娘です。

 そんな珠希がひとりにならないためにはどうすれば良いのか、お母さんは考えました。


 そして、皆を巻き込みました。


 晴哉くんは家族に餓えていました。

 優しい彼は珠希の好きなタイプではないかもしれませんが、珠希と話は合うでしょうし、穏やかな愛情を育める人だと、お母さんは思いました。


 だから、晴哉くんを説得し、お父さんに精一杯お願いして、



 お母さんは珠希に、


 『ひとりにならない人生』


 をプレゼントします。



 巻き込んだ晴哉くん、お父さん、ごめんなさい。そして、ありがとう。


 だけど、珠希が幸せな人生は、きっと、お父さんも、晴哉くんも幸せな人生だと、お母さんは確信しています。


 暖かな新しい家庭が、きっと、お母さんのいない寂しさを埋めてくれるでしょう。

 だから、お母さんからあげられる物をいっぱい、いっぱい、いっぱい、死ぬまでに用意してあげます。


 珠希の意見がちっとも反映出来なくてごめんね。


 でも、ここまでだから。

 これからは、どんなにしてあげたくても、何も出来ないから、お母さんは最後に自分のわがままを通します。


 わがままなお母さんでごめんね。

 お母さんの娘に、生まれてくれてありがとう。



 幸せになってね、珠希。


 

 宝くじじゃないけれど、お母さんは自分の人生の最後に、晴哉くんという『当たり』を引けた幸運に感謝しています。


 だから、きっと、珠希は幸せになれます。



               母より。





☆☆☆




「わがまますぎ......」


 我が家の一階にリフォーム後に出来た和室は、父の部屋になった。

 買ったと言いながら、実は賃貸だったマンションから、父は我が家に戻ってきた。

 真新しい仏壇と一緒に。


 父の部屋のワンスペースに、ちょこりと置かれた真新しい仏壇の前で、私は可愛らしいピンク色の封筒に入った手紙を、父から渡された。



 母が倒れたのは、私の結婚式のすぐ後。

 そして、一ヶ月後にはぽっくりと死んでしまった。


 私が結婚して、五ヶ月目に入ったときのことだ。



「ねえ、晴哉さん.......」

 私は涙声で晴哉さんに問いかける。


「お母さんのこんなわがままで、私と結婚しちゃって良かったの?」


 晴哉さんは笑う。泣きそうな笑顔で。


「そんなお義母さんとお義父さん込みで、珠希さんと結婚したかったから、したんだ。

 涙もろくて寂しがり屋の奥さんに、

 娘想いのお義母さん、

 そんな二人を黙って受け止めてくれるお義父さん、

 そんなみんなと、家族になりたいと思ったんだ」


 きっと、私と晴哉さんが普通に出会っても、結婚はしなかっただろう。

 お父さんとお母さんがいたから、晴哉さんは私と結婚した。


 そして、多分私もお母さんに言われなければ、こんなに優しい旦那さんを持つこともなかった。


 私は手紙を握りしめたまま、晴哉さんの胸にこつんと頭を寄せる。

 きっと、お父さんの前じゃ、私は泣けなかった。


 だって、お父さんだって、辛い。


 お母さんが死んで辛いのは、お父さんだって一緒だ。


「ふっ.....ぅぅ...........」

 嗚咽が漏れる。そんな私を晴哉さんが抱き締めてくれる。

 泣いていいよ、と背中をさすってくれる。


 私はその胸に顔を押しつけて、子供みたいに泣いた。お葬式でも泣けなかったのに、バカみたいに泣いた。


 お母さん、


 お母さん、


 お母さん、


 お母さん..........!!!




 泣き虫でごめんなさい。

 強い娘になれなくて、ごめんなさい。

 寂しがり屋でごめんなさい。



 お母さん、


 私を愛してくれて、ありがとう。


 私、幸せだよ、お母さんの娘に生まれて。



 お母さん、


 お母さん........


 ......お母さん。大好きだよ。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ