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7 結婚式

 とてもよく晴れた日、今日は布団を干して、晴哉さんがお休みだから午後から買い物にでも行こうなんて思ってたら、朝一で両親に拉致られた。


 何事?!


 なんていう暇もなく、つれてかれたのは大きなホテル。


「いらっしゃいませ」

と頭を下げられ、両親に「綺麗にして貰いなさいよ」と言われて、何がどうしてこうなったのか??


 気がついたらウェディングドレス姿で、ホテルに備え付けのチャペルの扉前に立っていた。


「何ですか、これは?」

 隣に立つ父に問えば、モーニング姿の父親は、私を眩しそうに見ながら、

「よく似合う」

と涙ぐんでいうし。


「いやいや、そういう問題じゃないし!」

 もう、家事売られた時点で、大抵のことには動じないけれど、サプライズ過ぎるでしょ、これは!!


「そのドレス、お母さんが選んだんだ」


 母よ、また貴女ですか.......


 娘の人生、尽く楽しんでますね。貴女。


 後で絶対、文句言ってやる!と思っていたのに、扉が開いて、バージンロードの先に晴哉さんの姿を見つけたら、真っ白になってしまった。

 頭の中、このドレスみたいに真っ白。


 パイプオルガンの荘厳な音と共に、父に伴われてバージンロードを歩いていく。


 結婚が先になって、こういうこと、出来ないだろうなと思ってた。

 何もかも、母のお膳立てというのが気に入らないけど、それでも、もうしないだろうな、と思ってたことをされて、涙もろい私は、それだけでちょっとうるりとしてしまう。


 晴哉さんの元までたどり着いて、「知ってたの?」と、視線だけで問えば、晴哉さんは申し訳無さそうに小さく頭を下げた。


 あぁ、お母さんがまた強引に進めたんだろうなぁ。


 当事者の母は、一番前の席で、既にハンカチで目尻を抑えながら、私を見ている。


 そうだよね、娘の結婚式、夢見てたのはお母さんだもんね。

 私が小さい頃から、「珠希は結婚式にはどんなドレス着たい?」なんて聞いてきてた。二十歳はたち過ぎたら、恋人ができる度に、「ドレスはお母さんも一緒に選ぶからね!」と娘より夢見がちだったっけ。


 一緒に選ぶなんていいながら、勝手に旦那も指輪もドレスも選んでくれちゃって......。

 文句の一つも言いたいところだけど、晴哉さんのとろけるような笑顔を見たら、何も言えなくなってしまう。


「よく似合ってる」


 晴哉さんが私にスッと手を差し出す。

 スルリと父の腕から手を外し、彼の手に重ねると、すんなりと壇上にエスコートされる。

 目の前には外国の方と思われる牧師さん。


「それではこれから、西永 晴哉さんと田中 珠希さんの結婚式を始めます」


 うわ! 日本語ペラペラだ!

 牧師さんは流暢な日本語で、話していく。


 式自体は、友達の式に参列した経験も、この歳になれば結構多かったので、それらと変わらない感じで行われた。


 賛美歌歌って、

 牧師さんが何か言って、

 誓いの言葉を誓い合って、

 キスして!(親の前でって!!)

 宣誓書に名前書きあって、

 また賛美歌歌って、

 また牧師さんが何か言って、

 退場して終わり。


 おでこにチューでも良かったのに、きちんと口にチューされた。しかも、プロのカメラマンがいるらしく、シャッター音が聞こえてた。

 やーめーて!

 そんなところ、撮らないでー!!!


 絶好のシャッターチャンスなんだろうが、キスシーン撮られるって、恥ずかしいでしょうが!!!


 そう思ったけれど、ジタバタするわけにもいかず、表面上は大人しく、内面嵐で、式は終わった。

 ううう、結婚式ってこういうものなのか。

 もっと感動できるのかと思ったけれど、サプライズ過ぎて、そういう感動の針は振り切ってしまった。


「はい、それではチャペル前で記念写真を撮ります!」

 両親がカメラマンの声にウキウキしながら、私たちの隣に並ぶ。晴哉さんの横に父。私の横に母。


「珠希、綺麗だった!」

 涙ぐんでいる母親に、私は

「やるんなら、一言言ってよ」

と文句を言った。

「だって、珠希に言ったら、ここがいい、あれがいいって、決まらなかったじゃない」

「いやいや、こういうことは私にも選ばせてよ! 一生に一度のことなのに!」

「あら、晴哉くんは二度めよ?」

 母のその言葉に、晴哉さんがギョッとする。私もびっくりだ。

 結婚式に言うことか、それ?!

「でも、二人ともこれっきりよ。

 これが、最初で最後。

 そして、これからは全部、二人で決めて、二人で頑張っていかなくちゃならないの。

 お母さんがお膳立てできるのも、ここまで」

 お膳立て過ぎるにも程がある。

「そんなこと言って、これからも色々やってくるんじゃないの?」

 少しふてくされてそう言えば、母は笑いながら、「しないわよ」と断言する。


「これからは、夫婦二人で、がんばりなさい」


 ここまであれこれ口出したくせに、その放置感、半端ない。


「娘の人生の重要事項にこれだけ口出して、全部お膳立てしたくせに......」


 私はぼやきながらも、急に放り出された気分で少し不安になる。

 う、これがマリッジブルー?

 いやいや、もう結婚してるし。

 結婚式、終わったし。


「はい、こちら向いてください!」

 カメラマンさんの声に、そちらに目がいく。

 後で絶対、文句言ってやる!


「珠希」

「何よ?」

 前を見ながら、引きつる笑顔を浮かべる私に、母も前を見ながら、少し小さな声で言う。


「宝くじ、実は当たってなかったの」


...


............



「はあ?!」



 思わず母の方を見た瞬間、パシャリとシャッター音とフラッシュ。

 自分だけ前を見てる母。ずるい!!


「花嫁さん、こっち向いて!」


 カメラマンさんに怒られてしまったじゃないか!!!




 その後は着替えたら、今日はこのホテルに宿泊だと晴哉さんに教えられた。両親から強引に式をしたお詫びらしい。

 いや、それより宝くじ当たってなかったら、どうやって家のリフォーム代金だしたんだとか、この式やホテルの代金はとか、色々聞きたかったのに、着替えている内にドロンと消えていた。

 逃げ足、早過ぎ。


 しかも、着替えたら着替えたで、エステ付きのセットだなんて言われて、昼の軽食の後にこってり、つるり、ふへぇ~、とエステ体験をしていたら、宝くじなんてどうでもいっかぁ...なんて、


 思うわけあるか!!!


 

 ディナーの前に、部屋で寛いでいる晴哉さんに、私は腰に手を当てながら問いかける。

「晴哉さんは知ってたんですか、宝くじじゃなかったって!」

「そのワンピース、とても似合うね」

 晴哉さんはソファから立ち上がると、私を優しく抱き締める。

「お義母さんが見立ててくれたんだよ」


 また母か。


 あれも、これも、それも、どれも、

 全部、全部、母親。


 あまりにも、敷かれすぎたレールに怒りを通り越して恐怖さえ覚えそうになる。


「お義母さん、本当に珠希さんが大事なんだね」

 嬉しそうに微笑む晴哉さんに、私は彼の胸を押した。抗議の意味を込めて。

「だからって、何でこんなに強引に!!」


 晴哉さんは微笑む。

 この3ヶ月、見慣れた優しい笑顔。


「俺は、珠希さんに会えて良かったよ。

 結婚も出来て良かった。

 お義母さんは、確かに強引だったけど」

「......」

「俺は君のお義母さん程、家族想いの人を知らない」


 晴哉さん?


 何だか、晴哉さんの顔が笑っているのに、泣きそうに思えた。

 きっと、晴哉さんにはお母さんとの思い出が少ないから、私の母のお節介も羨ましく思えたのかもしれない。


「お母さんが私のこと心配してたのは分かってる!」


 職が定まらなかった私。


 独りで生きていく自信もなく、好きになる人は尽く『ハズレ』ばかりで、ただ、少しずつ過ぎていく毎日が怖くなりはじめていたことを見て見ぬふりをしていた。


 未来なんてものがあるなんて、想像も出来なくて。


「でも、だからって、嘘をついてまで私に結婚までさせたことの意味って何?」


 晴哉さんと会えたことも、結婚したことも、少ししか時間を共にしていないけど、感謝している。


 だけど、何もかも強引すぎる。


 それが、怖い。


 私の意志とか、私の人生とか、そういうレベルの問題じゃなくて.......




「あぁ、珠希さん、君はもう分かってるんだね?」


 私は押しのけようとしていた晴哉さんの胸を強く掴む。爪を立てるように。


 そして、必死に首を横に振る。



 知らない。


 気づいてない。


 分からない。




 買ったにしては賃貸みたいな中古マンションだった理由。


 リフォームの意味。


 母の化粧が濃くなった理由。


 指輪、結婚式、ワンピース。そして晴哉さん。

 強引に、だけど、一生懸命、私のために向けられた全てのことの意味。




 幸せになりなさい、とお母さんは言った。



 ねえ、お母さん。

 私はお母さんを幸せにしてあげられた?


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