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2 結婚って

「私の私物は明日の午後に届くので、午前中の内に届けを出して、買い物しましょう」

 簡単に私が作った夕飯後、晴哉さんがそう言った。

 いってらっしゃい、と思ったが、多分、私も一緒なんだろうなぁ。


 明日にはこの男と夫婦になる。


 そう思うと何だか変な感じだ。

 お互いのことを直接知らなくても、結婚って出来てしまうんだな、と思ってしまう。

 若い頃はもっと夢見ていたし、三十路になった最近は焦りもしていたから、凄く大変なことのような気がしていたが、いざするとなると、紙切れ一枚、役所に出せば済むのだから、凄いと思う。


 そう言えば晴哉さんは、以前どこに住んでいたのだろうか、と婚姻届を見てみると、二人とも同じこの家の住所になっていた。

「あれ? どうして住所が一緒なんですか?」

「今日、こちらに来る前に住民票の異動をしてきました」

「何でまた?」

「その方が明日の手続きも早くなるんです」

 よく分からないが、本籍とか住民票とかの処理をしてからの方が早いらしい。そう言えば、この前結婚した友人は、旦那が他県の人で、戸籍を取り寄せてなかったから書類不備で入籍したい日に入籍出来なかったなんて言っていた。

「私たちの書類ってこれだけで大丈夫なんですか?」

「後は私の転籍届です」

「転籍届、ですか?」

「戸籍にバツがついてるんで、こちらを本籍にさせてもらいました」

「そうするとどうなるんですか?」

「私の戸籍に珠希さんが入るとき、バツが見えなくなってます。追っていけば分かるんですが、珠希さんも初婚ですし、綺麗な戸籍で迎えたいと思いまして」

「はあ......」

 離婚すると戸籍にバツがついてるのか、とか、本籍移せば、バツが見えなくなるとか、ちょっと知りたくない知識を知った気がする。

「あ、でも珠希さんの戸籍にバツをつけることは決してしませんから、安心してください」

 ニコリと晴哉さんは紳士的に微笑んだ。

「家計のこととか、色々珠希さんにお願いしていくことになりますが、どうぞ宜しくお願いします」

 あぁ、結婚したら、そういうことも管理してかないとならないのかぁ、と思った。

 何か、結婚って、本当、夢見るだけじゃ駄目なんだな。

 生活していく為に、色んなことをしていかなくちゃならないってことに、改めて気づかされたけど、今更「なしで!」って訳にもいかないだろう。


 だって、この人、喜んでるよね?


 たった二回しか会ってない私との結婚。

 不安とか全くなく、嬉しそうにニコニコしてる。

 その笑顔を見てると、無しにはできないよなぁ、と思う。


「ところで珠希さん」

「はい」

「今晩はこちらに泊まってもいいでしょうか?

 やんわりとオブラートに包まれた言い方に、ドキリとする。

 そうか、明日から夫婦だもんね、


 やることだってやるよね!


 今更、処女でもあるまいし、出し惜しみするつもりもない。

 目の前の男がありかなしかで言えば、流石、我が母の眼鏡にかなっただけあって、私、十分、イケます。


「ど、どうぞ。明日から夫婦なんですから、遠慮しないでください」

「寝る部屋って....」

「夫婦の寝室が、既にリフォーム済みであります」

「え?」

「はい?」

 晴哉さんは目を大きく見開いてから、恥ずかしそうに「あ、すいません」と謝ってきた。

「あの、ですね。

 特に他意はなくて、ただ、カインに早くなれて貰いたくて......」


 犬の為かい!!


 カアア、と頬が赤くなる。

 勘違いした自分がたまらなく恥ずかしい。

 というか、イケるとか考えた私、マジで最低だ。


 目も合わせられず俯いた私をどう思ったのか、晴哉さんは優しい声で言う。


「珠希さん、ゆっくりでいいですよ」

「はい?」

 顔をあげると晴哉さんの穏やかな笑顔と目が合った。

 晴哉さん、本当に草食系だな。

 笑顔が神々しい。


「ゆっくり、夫婦になっていきましょう」

「ゆっくり、ですか?」

「はい。目を合わせて会話をして、お互いを知って、手をつなぎましょう。

 夫婦になることが先だけど、そこから始まる愛情があっても、私はいいと思います」


 優しい声に、情欲なんてものは全くなく。

 寧ろ、熟年夫婦のような穏やかな物言いに、私も気がついたらほほえみ返していた。


 凄くドキドキするわけでもない。

 ただ、いい人だな、と心がほっこりした。


 そして、この人と結婚したら、きっとお爺ちゃんお婆ちゃんになっても、こんな風に穏やかに会話が出来るだろうな、と未来が想像出来てしまった。


 今までの彼氏と、結婚とか、新婚の未来ゆめは想像したけれど、老後を想像したのなんて初めてで、でもそれが全然、嫌じゃない。


「お爺ちゃんお婆ちゃんになっても、こんな感じですか?」

 思ったことを口にしてみると、馬鹿にした声が返ってくることは決してない。

 晴哉さんは寧ろ私の問い掛けがとても嬉しかったらしく、更に口元を緩めて笑みを浮かべてくれる。


「いいですね。お爺ちゃんお婆ちゃんになってもこんな風に、のんびり日だまりで珠希さんとお話したいですね」


 その言葉が穏やかで、その想像した未来があんまりにも穏やかで、思わずにっこり微笑んでしまった。




 

 私が今まで結婚出来なかった理由が分かった。


 結婚って、生活で、

 そして、

 未来を想像できる人としないと駄目なんだ。

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