プロローグ いつまでもあると思うな、親と金
「お母さん、宝くじ、当たっちゃった!」
御歳60の母君は、キャハっ☆と気持ち悪い声をあげながら、三十路突入したばかりの一人娘の私にそう言った。
「何? 1万でも当たったの?」
私は冷蔵庫から牛乳を取り出しながら、そう問いかける。少しでも背が伸びてほしいと幼稚園から牛乳のんで26年。残念ながら育ったのは胸だけだ。
若い頃は150センチに満たない身長と、Fカップでロリ巨乳なんて言われたが、女も30過ぎれば、ロリなんて付くわけもなく、「お前って残念な女だよな」と同情される始末だ。
好きで結婚しないわけじゃない。
男を見る目がないだけだ!
と内心、自分を落としながらも牛乳を飲んだ瞬間、母親の一言は正に爆弾だった。
「当たったのは一億☆」
ぶーー!!
「そのお金でマンション買っちゃったから、お父さんとお母さん、この家出ていくね☆」
ぶーーーー!!
「この家は、リフォームします。そして売ります。あ、買い手はついてるのよ♪」
「ついてるじゃないよ! そんないきなり言われても! 引っ越しいつよ!?」
口元を拭いつつ母を睨めば、母は笑いながら言う。
「あら、珠希は引っ越ししないわよ?」
「.........は?」
「珠希付きで、売りました」
「.................はぁ?」
一瞬、聞き間違えた。
凄く変な風に聞き間違えた。
そうでなければ、そんな人身売買紛いのことあり得る訳がない。
そう思っていた筈なのに、母は違ったらしい。
「来月から、珠希の旦那さんがくるから、珠希、仲良くしなさいね」
何、その、犬猫がきますみたいな軽いテンション。
私のテンション、急降下、だ!
「冗談だよね、お母さん?」
「冗談じゃないわよ、珠希」
母は満面の笑みだが、目が笑っていない。
「28で会社の男に二股かけられて居辛くなって会社辞めたのは仕方ないわよね。
それからバイト初めて、彼氏出来たと思えば、ギャンブラーやら、フリーターやら、禄でもない男ばかり。しかも就職もできない」
「し、仕方ないじゃない! 三十路過ぎのスキルなし女なんて、雇ってくれる会社ないんだもの!」
「お見合いしろといっても、自分で選ぶとわがままばかり。しかも、ましな男を選んでくるかと待てば毎回、金も稼げないバカばかり。
珠希、お勤めしていた頃の貯金、もうないわよね?」
「うっ!」
虎の子500万は、毎年知り合う男どもに貢いでなくなった。
悲しいかな、私は現在、無職。2カ月前、バイト先の飲み屋の25歳フリーターに二股駆けられ(しかも職場内で私の方が浮気相手だった)、退職したばかり。
この父の持ち家と、母のご飯で生き長らえていると言っても過言ではない。
「だから、お父さんとお母さんで、素敵な男性を見つけてきました。先週、夕飯食べにきた男の人、覚えてる?」
「え? お父さんの会社の人?」
確かに珍しく来客があった。
いきなり夕飯を食べていくと言われて、私は渋々外にハンバーガーを食べに出かけたのだ。
流石に父の会社の人に、無職で家事手伝いのデカい娘がいるなんて、わざわざ顔合わせしたくない。
それでもチラリと挨拶だけはして、その時見た顔は、私より少し年上の落ち着いた男性に見えた。
銀色のフレームの眼鏡が印象に残っていた。
「あの人、お父さんの会社の人じゃないから」
「ま、まさか...」
「そう、珠希の旦那さんになる人よ」
くらり。
一瞬、目の前が暗くなった。
よく見ておけば良かったなんて、少ししか思ってない。
寧ろ、このじわじわとくる逃げ道のなさが怖い。
怖すぎる。
「お、お母さん、そこに私の意見は...?」
「お母さん、去年、お見合い持ってこようとしたとき、珠希に言われたわよね?
『来年までには彼氏くらい見つけてやる!』って」
「い、一応、彼氏できたじゃん!」
「あんた、彼女じゃなくて、セフレ扱いだったでしょ!」
じ、実の親にセフレ扱い。
もう、色々ダメージが多すぎた。
「だから、お母さん、この家付きであんたを売ることに決めました」
「き、決めましたって.....」
いやいやいや!
宝くじ、当たったんでしょ、お母さん!
それ、私に分けてくれるとかないんですか?
色々、オロオロしながら母に言ったが、母は
容赦がなかった。
ピシャリと私が伸ばした手を叩くと言い放つ。
「いつまでもあると思うな、親と金!」
母よ、何で宝くじなんか当たった?!