ひかえめなナルシシズム
好きだなんて言えなかった。
言いたかった。
せめて一言、そう、告げることが出来れば、今、もう少しさっぱりしていただろう。
こんなぐちゃぐちゃな醜い私ではなく、すっきりと、綺麗に諦めてあの二人を応援できたはずだ。
心からの祝福。
平常な私ならきっとそうできたはずだ。
「私のほうがずっと好きだった」
彼を。
ずっとずっと。
もう一年半も。
ずっと彼だけを見ていた。
愛していた。
いや、今だって。
いっそ嫌いになれればいい。
放課後、待ち合わせて楽しそうに話しながら校門をくぐる二人。
私の入る隙なんて無い。
ただ、よく話しかけてくれる彼が、くだらないジョークを言う彼が、コミュニケーションを取ろうと必死になってくれる彼が好きだった。
いや、その前からずっと。
一目見たときから。
だけども、私は話しかけることすら出来ない。
ただ、惹かれた。
それだけ。
他の子達みたいに、アド交とか、そう言ったことが出来なかった。
だって、はしたない。
女の子からそういうことをするものじゃない。
女の子から声を掛けたりしない。
ずっとそういうものだと思ってたから。
一度は一言告げようとした。
「好きです」って。
でも、女の子がそういうことを言っちゃいけないって。
いつだったお母さんはそう言うの。
だから、そういうものだと思ってた。
だけど、あの時、決意したその時にちゃんと告げていたらって。
そうしたら、たとえダメでも今よりずっと気持ちは楽だったと思う。
だって、彼は知らない。
私がこんなにも愛していることを。
もしかしたら、あんなブスなんか捨てて私を選ぶかもしれない。
不器用な彼はきっとそうだ。
そうに違いない。
だって私は可愛いもの。
そりゃあ、あの子だって身長は私より足りないし、私より太っているし一重だけど、愛嬌があって可愛いかもしれない。
でも、私はもっと可愛い。
ううん。美しい。
だって、いつもみんな「美人さん」って私に言うもの。
それに、彼に見てもらうために頑張った。
髪を染めたし、化粧も覚えたし、それに何よりも誰よりも奇抜な格好をした。
恥ずかしいけれど、そんなことはどうでもいい。
誰もが振り向かずにはいられないそんな格好をすれば一瞬でも彼の視界に入る。
それが大事。
けど、そんな努力もむなしく、彼はあの子を選んだ。
私よりも愛想の良いあの子を。
愛嬌があって可愛いとは思う。
気遣いもある。
でも、私だってあの子に負けないはずだ。
声が高いのが悪かったのかしら?
ううん。それくらいは他でカバーできる。
だって私は可愛いもの。
誰よりも私は彼を愛している。
うん。愛しているの。
だからね、私は彼を応援したい。幸せになって欲しいって思ってる。
たとえ隣に立つのが私ではなくても。
でも、それと同時に気に入らないの。
彼の隣に立つあの子が。
不思議ね。
届かないって知れば知るほど、一途になっていく。
もう、他の人なんて目に入らない。
ううん。
最初から。
最初から彼しか目に入らなかった。
「大嫌いよ。みんな嫌い……」
憎いの。
私をここまで狂わせるあなたが。
憎くてたまらない。
だけど愛おしくてたまらないの。
二人並ぶとどちらも愛おしくて、どちらも憎い。
手に入らないからなのかしら。
まるで葵上みたい。
そのうちあの子は弱っていく。
私の恨みによって。
嫉んで嫉んで嫉んでもまだ足りない。
怨めしい。憎い。
そんな醜い感情。
きっと私はあの子を傷つける。
そして、鬼になるんだ。
ううん。
鬼にもなれない。
だって結局あの子のことも好きだもの。
あの子は良い友人。
社交的で、いつも笑顔を振りまいている。
そんなあの子が好き。
だけど、もう人ではない。
既に人ではないほどに、私は怨みに穢れている。
人に戻れない。
鬼になれない。
まさに狭間の生霊で。
彼の幸せを壊したくないのに。
私は不幸を望んでいる。
私だけ、なんて許せない。
世界で一番不幸な私がいるなら、あなたも道連れ、でしょ?
一緒に死ねたらなら、それが一番幸せだけど。
この手で殺してしまえれば、幸せだけど。
あなたの未来を壊したりはしないわ。
だから。
私は精一杯憎むの。
あなたたちを。
そうすることでしか、私は存在できない。
だって、一番好きなのは私だから。