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幼馴染が婚約破棄しに来たので、まずはデートから始めます 〜婚約破棄は真実の愛とワンセット〜

作者: 久寿 たまや
掲載日:2026/07/04

「笹谷 柑奈(ささたに かんな)!お前との婚約を破棄させてもらう!」



 そんな、ドラマみたいな台詞を浴びたのは。

 早朝、部活のために家を飛び出した直後の曲がり角だった。


 声の主は、近所の幼馴染の男の子、前川 晃(まえかわ あきら)。

 小学校までは一緒で、彼のお姉さんも含めて仲も良かったんだけど。近所なのに別の中学校になってしまって、それで疎遠になったままだった。



 見つめ合う。

 お互いに、別々の学校の制服姿。


 ここは日本で、異世界でも外国でもないし、燕尾服とかスーツとか、ドレスとかじゃない。

 よくある婚約破棄な世界との共通点は、せいぜい、ズボンとスカートというくらい。



 髪も目の色も。まだお互い黒一色だった。

 少なくとも、あたしが中学生でいる間は。



 彼の言う婚約は……、思い出せた。

 小学校の思い出。卒業の時にした約束。



 『15になって、お互い誰も恋人いなかったら結婚しよう』って。


 もちろん正式なものなんかでは全然無い。

 でも、小学校の卒アルに書いちゃった婚約だった。



 ……まだ、覚えてくれてたんだ。

 フェードアウトしてた筈の約束と、幼い恋心。



 むず痒い記憶が、奥底から甦る。


 そりゃあ、何にも思ってない男の子と、フリとはいえ婚約なんてしないでしょうとも。



「晃、覚えてくれてたんだね。」



 笑いかけると、思った以上に彼はたじろいだ。


「晃の誕生日、明日だっけ。婚約成立しちゃうってことは、さてはフリーのままかな?」


「……う、うるさい。柑奈。俺は、約束の破棄に来たんだ。」



 それは聞き慣れない一人称。小学校の時の彼が使ってたのは、僕だった。

 最初の声の時にも思ったけど、声変わりを経て、低くなった声。



「約束、守りに来てくれたんだよね?」



 一歩距離を詰める。手の触れる、かつての距離。

 彼の背は、いつからなのか既にあたしを超えていた。


 けれど、あたしが詰めたのの半分だけ。半歩分だけ、彼の身体が逃げる。



 そういえば。中学になってから。

 女子と男子が、身体的にも別れてからは、こんな距離で話した事はなかった。



「どっか遠くへ行くの?」


「行かない。」


「実は……、彼女が出来た、とか?」


「いない。」


「じゃあさ、あたしのこと嫌いになった?」


「……そうじゃない。」



 彼の返答は素っ気ない。


 視線はあたしの顔と、膨らんだ胸の間を行ったり来たり。

 メイクしてないし、目立つのそこだし、仕方ないんだけど……。

 髪を揺らして、目の方に視線を誘導する。



「嫌いじゃない、理由もない、なのに婚約破棄なの?それって、理不尽じゃない?」


「婚約破棄は、理不尽なものだろ?」



 なるほど。ごもっとも。



「うーん。破棄されてもいいんだけど……。」



 妙に緊張で硬い、彼の顔を見ながら考える。



「……それって今は婚約してる、っていうことだよね?じゃあさ。今日いちにち、デートしよ。」


「なんでそうなる……。それに……、いまから学校あるだろ?」


「仮病つかったらいいじゃん。婚約破棄っていうならさ、まず婚約してるって味あわせてよ。破棄は、それからでしょ。」


「いや、そうじゃなくてだな……。」


「はいはい。いっくよー!」



 ごちゃごちゃ言いたそうな彼の腕をとって、そのまま駅へと歩き出す。

 雲ひとつない天気。まだ、これからギアを上げてくよーって言ってる夏の太陽。


 ジューンブライドな季節は過ぎ去って。

 婚約破棄を受けるには、悪くない青さの突き抜けた空だった。



◆◇◆◇



「どう?似合う?」



 化粧室から戻ったあたしは、まだ及び腰な晃に、顔を突き出すように背伸びする。


 彼の格好は変わらないけど、せっかくだから練習中のメイクを、といったところ。



 コンビニは、なんだって揃う。

 ファンデーションからリップやティント、マスカラとか、コスメだってひと揃い。

 ……だから『コンビニに行くだけ。お手軽簡単可愛く盛れちゃう。10分後にデートでも♡』なんてメイク動画もあって。



 やってみて。そして鏡で、セルフィーで、何度もチェックした。



 さすがにお小遣いが厳しくて、動画の通りの全揃いというわけにはいかず、唇と目元を盛れるだけの最低限。

 なのにうっかり何度も再生しちゃった動画のせいで、画面の中の綺麗な大人のお姉さんと中学生(あたし)の差が頭にチラつく。



 ……だから強気でいかないと。必要以上に……ドキドキしちゃう。



 何はともあれ、格好だけはらしく取り繕って。

 今からサボって、デートな二人組だった。


 もちろん、お互いに制服のままだから、周囲からは多少浮く。



 だからこそ、木を隠すには森の中。

 近くの遠足や修学旅行生御用達の、でっかい神社へ。


 中は混んでて、見知らぬ制服の学生もたくさん。

 ひとつに固まってるのも多いけど、自由行動の学生もちらほら。学生同士なら、もちろん見分けなんて簡単だけど、外から見ればみんな似た格好に違いない。



 ほんとはデートなら、ゲーセンとか遊園地の方が良いんだけど。そっちは行くと捕まるからね。


 聞いた話だけど、学校と連携してサボり監視してるらしい。お客としてお金取りつつ通報はする、って理不尽の極みだよね。


 その点ここは無料だし。先生はいるけど、他校の生徒なんて見てないし。灯台下暗し的に、制服のままでも意外と安全。


 参拝も、どうせだからしてみるけれど。まず注目は境内の内外に広がる常設の屋台だった。



「妙に手慣れてるな?」


「まさか。これから婚約も破棄されようってくらい、ウブな乙女ですとも。せっかくだから、屋台奢って。お金ない。」


「コンビニで変なもの買うからだ。捕まりたくないなら、余計に浮く真似をするなよ。」


「デートだし。手を抜いたら思い出にならないじゃん。」



「……あ、ついでに手も繋いで欲しいな。」


「どんなついでだよ。」



 文句を言いながらも、晃は手を取ってくれた。



「何がいいんだ?」



 上手く塗れたか少し自信のない唇を気にしながら、並ぶ出店を見比べる。



「……りんご飴。」


「あれかよ。高いな。いちごかブドウじゃダメなのか?」


「だめ。」


「どうせ飴なの外側だけだろ?」


「うん。でもだめ。」


「あんなでかい飴、子供みたいじゃないか。」


「だめ?」


「……わかったよ。」



 彼が払い。あたしが受け取る。

 真昼間のりんご飴。



 懐かしの味。

 ちょっとませてたあたしは、これを……。

 怒られない口紅みたいに思ってたっけ。


 晃と、ここではない近所の夏祭りに行った遥か昔の思い出。

 ……夜で、浴衣で。



「うまいか……?」



 ぱりっとした飴の食感と、その内側のしっとり感。

 味は飴で、りんごは後から。


 甘酸っぱさは、幾つかの記憶を呼び覚ます。


 中学の初めての先輩、2週間の付き合い。卒業して……それきり。

 同級生とは……、からかわれすぎて長くもたなかったな。



「うん……。赤いね……。」



 齧ってついた歯形を見ながら、呟く。



「偽物の赤だろ?」


「じゃあこれだって。偽物だよ?」



 唇を引っ張って、見せた。

 飴の艶を纏った紅。晃の目線があさってを向く。


 手のひらも離されてしまった。



「アリスも白雪姫だって、これ好きだよ。」



 温度の残る手を、握り直しながら。


 スマホを取り出して、リンゴの飴と並べてセルフィー。

 晃も、後ろにちらっと写す。

 その顔色は、りんごのようではないけれど。赤い……、たぶん。



「そいつら、どっちも赤は敵じゃないかよ。」



 ごもっとも。

 少し離れた彼に追いつく。


 歩幅は、もう同じじゃない。

 背も、頭ひとつぶん晃が高い。


 繋いでた手も大きく、声だって低くなった。

 あたしの顔を、メイクの少女を。眺める目線も、戸惑う仕草もちゃんと男の子。


 でも、話す感覚は。昔と何も変わらない。



「齧る?」


「やだよ。ベトベトになる。」


「……ん、なら仕方ないなぁ」


 飴のりんごを齧って、そして大きな破片を咥える。


「はへる(あげる)。」


「いや……、それはお前な……。」


「ははく(はやく)。」



 急かすと、漸く彼が口を近づけてきた。

 その口に咥えたりんごを渡しがてら、少しだけ押し込む。

 赤の色が、飴越しに少しだけ触れる。



「…………お参り、いこっか?」



 並ぶ出店の終わり、りんご飴を片手に。文句は、彼のたじろぐ微笑みで押し切った。



◆◇◆◇



「何を願ったの?」


「教えない。お前は?」


「晃の婚約破棄が、上手くいきますようにって。」



「ぶっ……。」



「せっかくだから、絵馬も書いてく?」


「い・や・だ!

どんなせっかくだよ!そんな絵馬、あっという間に晒されるだろ!永久にネットの海に残り続けるわ!婚約破棄されるんなら、もうちょいしんみりとかならないのかよ。」


「だって。どうせ終わりが決まってるなら、楽しんだ方が良いじゃない。」



 そう言って晃のほうに振り返ってから、遠くに見つけた人影に足を止める。



「あ……。」


「どうした?」


「まっず、先生だ。」


「どこ?」


「小学校の時の。生徒指導の、ほら、あのうるさい女性教師。」



 なんとなく顎で、見つけた先の空間を示す。なんか見つめていると目が合ったみたいでイヤだった。



「……松谷先生?」


「そう。きょろきょろしないでよ。気付かれるし。」


「なんでこんなところに?」


「今、隣の県の中学生教えてるはずだから、課外授業じゃない?」



 せっかく小学校を卒業して、縁が切れたのにって思いながら、遠くの女教師を眺める。

 ……考えすぎかもしれないけど。なんかこっちを見てる気がする。



「あたし、あの先生苦手なんだよね。」


「そうか?あのゴリラと呼ばれてた岩下先生より優しくないか?」


「ゴリラは怒られても一回で済むの。松谷先生は、一度でも注意されてみなさいよ。何度だってむしっかえすんだから。」



 うっかりネイルを塗ったまま、学校に行って見つかって……。

 それ以来マークされ、事あるごとに爪を確認されていた。

 クラスメイトとお揃いでつけてたキラキラリップを、あたしだけ剥がされた恨みは忘れてない。



「あの人が厳しいのって、メイクとかアクセサリーだろ?大体、自業自得じゃないか?」



 晃が呟く。

 そういえば、彼は。一度も、先生に詰められたのを見た事がない優等生。



「分かってないなぁ。女子はね。ただ怒られるじゃ無くて、扱いの不公平に敏感なの!」



 ぎゃいぎゃい騒いでいたら、ふと目の前に影が立ちはだかった。



「ちょっと!笹谷さんに前川君。学校は?その制服、府中と一中よね?今日は授業あるはずだけど?

それに、メイクは校則違反よ!」


『げ……。』



◆◇◆◇



 松谷先生に、彼女の生徒が戻るまでの1時間ほどこってり絞られた……。

 辛うじて親と学校への通報は回避し、けれどメイクはしっかり拭わされた。


 晃と、とぼとぼと、神社から駅までの道を歩く。



「もう少しで追放(たいがく)させられるとこだったな。」


「まさか。義務教育って知らないの?気をつけないといけなくなるのは、あと数ヶ月後からだよ。」



 軽口を叩いてから……。

 無言。ぱたぱた歩く音だけ。


 もうすぐ駅で……ゴールが見えちゃう。



 さてと……。仕切り直さなくちゃね。

 ふぅ、と伸びをする。



「婚約破棄、なんだよね?」


「ああ。」


「婚約破棄にはね。理由がいるんだよ?何かつけてよ。」



 告げると、ぱたっと晃が立ち止まった。

 だから、くるっと身体を後ろ向きに。



「お前が……。

お前が遠くに行くんだろ……。」



 詰まったような声。

 それは多分、心の奥から滲み出た本音。


 首を傾げるように、髪を耳にかけ直して。

 届いた言葉を、風のように味わう。



 彼の言葉は、……本当のこと。


 あたしは、……あたし達家族は。

 外国へ引っ越しする予定だった。



「追放されるから、婚約破棄される、って逆じゃない?」



「逆じゃない。居なくなったら、俺の中でずっとスッキリしなくなるんだよ。」



 晃は一度あたしを見て、それから目を遠くに逸らす。


 そして片手を頭に置いた。

 帽子なんてないのに、まるでツバを握って顔を隠すような仕草。



「あぁ……、最初に。何それ?ってバカにして笑い飛ばしてくれればよかったんだ。

なんで、なんでまだ。約束が有効だったんだよ……。」



 言葉を、吸い込むように。大きく深呼吸。

 受け止めるあたしも、すこし揺らいで、握った手のひらを胸に添える。



「ずっと待ってたわけじゃ無いよ?

ただ、しっくりする人がね。いなかっただけ。……晃以外にね。」



「なんでだよ……。俺は、婚約破棄に来たんだぞ。」



 覗き込んだりはしない。それくらいのデリカシーはあたしにもある。



「うん。ありがとう。約束を覚えてくれてて嬉しい。」



「違う、そうじゃない!柑奈、俺は……。」



 晃が、顔を上げた。


 そこにあったのは……。

 ぼやけた瞳なんかではなく、しっかりと意思を湛えて、あたしを見据える目。



「お前が、好きだ!」



 ――止まった。

 そう感じるほどに。添えた手の、胸の鼓動の感覚が無くなった。



「何でだよって思うだろ?3年近くも、会いにも来なかったのに!」



 告白の、一瞬では受け止めきれなかった言葉が、あたしの芯を揺らす。

 じわじわ奥から、そして過去から、好きって想いが溢れていく。



「そんな事ないよ。普通に会って、挨拶したりしてたじゃない。」


「違う、あれは……。ただの友達だった。だから、ちがうんだよ。」



 真っ直ぐ向いた瞳に、あたしが吸い込まれて落ちていく。



「お前が引っ越すって。遠くに行くって聞いて……。もう会えないって、そう思った途端にだ……!」


「……だから。婚約破棄?」


「そうだよ。悪いかよ。お前にはもう、会えなくなるんだ。だから、ケジメをつけたっていいだろ?」



 目が逸れて……。

 そしてあたしも、呪縛が解けた。

 にっこりと、作り物ではなく、本心から溢れる笑みをそのまま顔に浮かばせる。



「ふーん……。あたしに、いて欲しい?」


「ああ。」


「あたしが近くにいると嬉しい?」


「……そうだよ。」


「そうかそうか……。

じゃあねぇ。とっておきの裏技があるよ。ひとりじゃ、どうにも出来なかったのがね。」



 あたしは一大決心して、くるりくるりと歩道で回った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おはよう。」



 朝。起きた俺は、姉貴の部屋に声を掛ける。

 声は返ってこない。

 どうやらこの部屋の主は、既に居ないようだった。



 2階の自室から降りて、リビングへ。


 そこに……。


 ――俺を待つ、少女がいた。



「遅いよ、晃。今日から高校デビューだよ?」



 髪をうっすら明るい茶色にした柑奈。


 あのあと、俺の家に柑奈が押しかけ。

 そして、お互いの両親と話し合った結果が……。



 俺の両親と同じテーブルに当然のように座る柑奈。

 彼女は立ち上がると、キッチンへ行って、

 勝手知ったる戸棚を開けて、皿とコップと焼いたトーストを持ってきた。

 それはもう。当たり前の、ふたりぶん。



 ――これだ。



 柑奈の居候。


 両親を振り切って日本に残った彼女は、大学入学で出ていった姉と入れ替わるみたいに、この家に収まった。


 もちろん、相当すったもんだした。

 感動ものの献身とか柑奈は言っていたが、交渉の勢いは勘当の方じゃないかと思ったくらい。

 それでも、半年以上に及ぶ説得の末に日本に残る権利を勝ち取った彼女は、三月に我が家に転がり込んで来た。


 そこからわずか一ヶ月で、すっかり前川家の子になり、俺と同じ高校の二次募集にもきっちり合格して……。

 目の前には、実の娘のように母と談笑する姿。もう一緒に買い物も、料理だってしてるらしい。


 そのバイタリティには、脱帽するというか、舌を巻くしかないというか……。



 内心で誉めたばかりの彼女は、俺が近づいた途端に口を開いた。



「ねえ、晃。婚約なんだけど。」



 ぶふぉっ……!



 両親が吹き出した。


 一瞬にして、平和な朝の光景がどこかに吹き飛んでいったが……。目の前で咳き込む両親が全く見えないかの如く、柑奈は続ける。



「まずは、恋人からって事でいいよね?」



 俺の方を向いた彼女は、どうやら俺の引き攣った顔も見えてないらしい。いかにも楽しそうな、転がる声で、笑顔で、俺をたじろがせる。



「良いよね?だって婚約破棄はね。真実の愛と、ワンセットなんだからね!」



 ウィンクに……、やられて文句が抜けていく。

 どうやら俺は、柑奈に全く勝てそうにない。


 傍迷惑な同居人(無敵のヒロイン)。

 しかし彼女を彩る笑顔は、乙女ゲームのヒロインにも悪役令嬢にも似てない、柑奈だけの輝きを放っていた。

























同じく少し捻った婚約破棄モノあります。もしご興味ありましたら、こちらもご賞味ください。


断罪された偽聖女は、偽物のままで全てを終わらせたい

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婚約破棄は、わたくしの余興ですわ 〜真実の愛(アイ)も、すべてわたくし〜

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