幼馴染が婚約破棄しに来たので、まずはデートから始めます 〜婚約破棄は真実の愛とワンセット〜
「笹谷 柑奈!お前との婚約を破棄させてもらう!」
そんな、ドラマみたいな台詞を浴びたのは。
早朝、部活のために家を飛び出した直後の曲がり角だった。
声の主は、近所の幼馴染の男の子、前川 晃。
小学校までは一緒で、彼のお姉さんも含めて仲も良かったんだけど。近所なのに別の中学校になってしまって、それで疎遠になったままだった。
見つめ合う。
お互いに、別々の学校の制服姿。
ここは日本で、異世界でも外国でもないし、燕尾服とかスーツとか、ドレスとかじゃない。
よくある婚約破棄な世界との共通点は、せいぜい、ズボンとスカートというくらい。
髪も目の色も。まだお互い黒一色だった。
少なくとも、あたしが中学生でいる間は。
彼の言う婚約は……、思い出せた。
小学校の思い出。卒業の時にした約束。
『15になって、お互い誰も恋人いなかったら結婚しよう』って。
もちろん正式なものなんかでは全然無い。
でも、小学校の卒アルに書いちゃった婚約だった。
……まだ、覚えてくれてたんだ。
フェードアウトしてた筈の約束と、幼い恋心。
むず痒い記憶が、奥底から甦る。
そりゃあ、何にも思ってない男の子と、フリとはいえ婚約なんてしないでしょうとも。
「晃、覚えてくれてたんだね。」
笑いかけると、思った以上に彼はたじろいだ。
「晃の誕生日、明日だっけ。婚約成立しちゃうってことは、さてはフリーのままかな?」
「……う、うるさい。柑奈。俺は、約束の破棄に来たんだ。」
それは聞き慣れない一人称。小学校の時の彼が使ってたのは、僕だった。
最初の声の時にも思ったけど、声変わりを経て、低くなった声。
「約束、守りに来てくれたんだよね?」
一歩距離を詰める。手の触れる、かつての距離。
彼の背は、いつからなのか既にあたしを超えていた。
けれど、あたしが詰めたのの半分だけ。半歩分だけ、彼の身体が逃げる。
そういえば。中学になってから。
女子と男子が、身体的にも別れてからは、こんな距離で話した事はなかった。
「どっか遠くへ行くの?」
「行かない。」
「実は……、彼女が出来た、とか?」
「いない。」
「じゃあさ、あたしのこと嫌いになった?」
「……そうじゃない。」
彼の返答は素っ気ない。
視線はあたしの顔と、膨らんだ胸の間を行ったり来たり。
メイクしてないし、目立つのそこだし、仕方ないんだけど……。
髪を揺らして、目の方に視線を誘導する。
「嫌いじゃない、理由もない、なのに婚約破棄なの?それって、理不尽じゃない?」
「婚約破棄は、理不尽なものだろ?」
なるほど。ごもっとも。
「うーん。破棄されてもいいんだけど……。」
妙に緊張で硬い、彼の顔を見ながら考える。
「……それって今は婚約してる、っていうことだよね?じゃあさ。今日いちにち、デートしよ。」
「なんでそうなる……。それに……、いまから学校あるだろ?」
「仮病つかったらいいじゃん。婚約破棄っていうならさ、まず婚約してるって味あわせてよ。破棄は、それからでしょ。」
「いや、そうじゃなくてだな……。」
「はいはい。いっくよー!」
ごちゃごちゃ言いたそうな彼の腕をとって、そのまま駅へと歩き出す。
雲ひとつない天気。まだ、これからギアを上げてくよーって言ってる夏の太陽。
ジューンブライドな季節は過ぎ去って。
婚約破棄を受けるには、悪くない青さの突き抜けた空だった。
◆◇◆◇
「どう?似合う?」
化粧室から戻ったあたしは、まだ及び腰な晃に、顔を突き出すように背伸びする。
彼の格好は変わらないけど、せっかくだから練習中のメイクを、といったところ。
コンビニは、なんだって揃う。
ファンデーションからリップやティント、マスカラとか、コスメだってひと揃い。
……だから『コンビニに行くだけ。お手軽簡単可愛く盛れちゃう。10分後にデートでも♡』なんてメイク動画もあって。
やってみて。そして鏡で、セルフィーで、何度もチェックした。
さすがにお小遣いが厳しくて、動画の通りの全揃いというわけにはいかず、唇と目元を盛れるだけの最低限。
なのにうっかり何度も再生しちゃった動画のせいで、画面の中の綺麗な大人のお姉さんと中学生の差が頭にチラつく。
……だから強気でいかないと。必要以上に……ドキドキしちゃう。
何はともあれ、格好だけはらしく取り繕って。
今からサボって、デートな二人組だった。
もちろん、お互いに制服のままだから、周囲からは多少浮く。
だからこそ、木を隠すには森の中。
近くの遠足や修学旅行生御用達の、でっかい神社へ。
中は混んでて、見知らぬ制服の学生もたくさん。
ひとつに固まってるのも多いけど、自由行動の学生もちらほら。学生同士なら、もちろん見分けなんて簡単だけど、外から見ればみんな似た格好に違いない。
ほんとはデートなら、ゲーセンとか遊園地の方が良いんだけど。そっちは行くと捕まるからね。
聞いた話だけど、学校と連携してサボり監視してるらしい。お客としてお金取りつつ通報はする、って理不尽の極みだよね。
その点ここは無料だし。先生はいるけど、他校の生徒なんて見てないし。灯台下暗し的に、制服のままでも意外と安全。
参拝も、どうせだからしてみるけれど。まず注目は境内の内外に広がる常設の屋台だった。
「妙に手慣れてるな?」
「まさか。これから婚約も破棄されようってくらい、ウブな乙女ですとも。せっかくだから、屋台奢って。お金ない。」
「コンビニで変なもの買うからだ。捕まりたくないなら、余計に浮く真似をするなよ。」
「デートだし。手を抜いたら思い出にならないじゃん。」
「……あ、ついでに手も繋いで欲しいな。」
「どんなついでだよ。」
文句を言いながらも、晃は手を取ってくれた。
「何がいいんだ?」
上手く塗れたか少し自信のない唇を気にしながら、並ぶ出店を見比べる。
「……りんご飴。」
「あれかよ。高いな。いちごかブドウじゃダメなのか?」
「だめ。」
「どうせ飴なの外側だけだろ?」
「うん。でもだめ。」
「あんなでかい飴、子供みたいじゃないか。」
「だめ?」
「……わかったよ。」
彼が払い。あたしが受け取る。
真昼間のりんご飴。
懐かしの味。
ちょっとませてたあたしは、これを……。
怒られない口紅みたいに思ってたっけ。
晃と、ここではない近所の夏祭りに行った遥か昔の思い出。
……夜で、浴衣で。
「うまいか……?」
ぱりっとした飴の食感と、その内側のしっとり感。
味は飴で、りんごは後から。
甘酸っぱさは、幾つかの記憶を呼び覚ます。
中学の初めての先輩、2週間の付き合い。卒業して……それきり。
同級生とは……、からかわれすぎて長くもたなかったな。
「うん……。赤いね……。」
齧ってついた歯形を見ながら、呟く。
「偽物の赤だろ?」
「じゃあこれだって。偽物だよ?」
唇を引っ張って、見せた。
飴の艶を纏った紅。晃の目線があさってを向く。
手のひらも離されてしまった。
「アリスも白雪姫だって、これ好きだよ。」
温度の残る手を、握り直しながら。
スマホを取り出して、リンゴの飴と並べてセルフィー。
晃も、後ろにちらっと写す。
その顔色は、りんごのようではないけれど。赤い……、たぶん。
「そいつら、どっちも赤は敵じゃないかよ。」
ごもっとも。
少し離れた彼に追いつく。
歩幅は、もう同じじゃない。
背も、頭ひとつぶん晃が高い。
繋いでた手も大きく、声だって低くなった。
あたしの顔を、メイクの少女を。眺める目線も、戸惑う仕草もちゃんと男の子。
でも、話す感覚は。昔と何も変わらない。
「齧る?」
「やだよ。ベトベトになる。」
「……ん、なら仕方ないなぁ」
飴のりんごを齧って、そして大きな破片を咥える。
「はへる。」
「いや……、それはお前な……。」
「ははく。」
急かすと、漸く彼が口を近づけてきた。
その口に咥えたりんごを渡しがてら、少しだけ押し込む。
赤の色が、飴越しに少しだけ触れる。
「…………お参り、いこっか?」
並ぶ出店の終わり、りんご飴を片手に。文句は、彼のたじろぐ微笑みで押し切った。
◆◇◆◇
「何を願ったの?」
「教えない。お前は?」
「晃の婚約破棄が、上手くいきますようにって。」
「ぶっ……。」
「せっかくだから、絵馬も書いてく?」
「い・や・だ!
どんなせっかくだよ!そんな絵馬、あっという間に晒されるだろ!永久にネットの海に残り続けるわ!婚約破棄されるんなら、もうちょいしんみりとかならないのかよ。」
「だって。どうせ終わりが決まってるなら、楽しんだ方が良いじゃない。」
そう言って晃のほうに振り返ってから、遠くに見つけた人影に足を止める。
「あ……。」
「どうした?」
「まっず、先生だ。」
「どこ?」
「小学校の時の。生徒指導の、ほら、あのうるさい女性教師。」
なんとなく顎で、見つけた先の空間を示す。なんか見つめていると目が合ったみたいでイヤだった。
「……松谷先生?」
「そう。きょろきょろしないでよ。気付かれるし。」
「なんでこんなところに?」
「今、隣の県の中学生教えてるはずだから、課外授業じゃない?」
せっかく小学校を卒業して、縁が切れたのにって思いながら、遠くの女教師を眺める。
……考えすぎかもしれないけど。なんかこっちを見てる気がする。
「あたし、あの先生苦手なんだよね。」
「そうか?あのゴリラと呼ばれてた岩下先生より優しくないか?」
「ゴリラは怒られても一回で済むの。松谷先生は、一度でも注意されてみなさいよ。何度だってむしっかえすんだから。」
うっかりネイルを塗ったまま、学校に行って見つかって……。
それ以来マークされ、事あるごとに爪を確認されていた。
クラスメイトとお揃いでつけてたキラキラリップを、あたしだけ剥がされた恨みは忘れてない。
「あの人が厳しいのって、メイクとかアクセサリーだろ?大体、自業自得じゃないか?」
晃が呟く。
そういえば、彼は。一度も、先生に詰められたのを見た事がない優等生。
「分かってないなぁ。女子はね。ただ怒られるじゃ無くて、扱いの不公平に敏感なの!」
ぎゃいぎゃい騒いでいたら、ふと目の前に影が立ちはだかった。
「ちょっと!笹谷さんに前川君。学校は?その制服、府中と一中よね?今日は授業あるはずだけど?
それに、メイクは校則違反よ!」
『げ……。』
◆◇◆◇
松谷先生に、彼女の生徒が戻るまでの1時間ほどこってり絞られた……。
辛うじて親と学校への通報は回避し、けれどメイクはしっかり拭わされた。
晃と、とぼとぼと、神社から駅までの道を歩く。
「もう少しで追放させられるとこだったな。」
「まさか。義務教育って知らないの?気をつけないといけなくなるのは、あと数ヶ月後からだよ。」
軽口を叩いてから……。
無言。ぱたぱた歩く音だけ。
もうすぐ駅で……ゴールが見えちゃう。
さてと……。仕切り直さなくちゃね。
ふぅ、と伸びをする。
「婚約破棄、なんだよね?」
「ああ。」
「婚約破棄にはね。理由がいるんだよ?何かつけてよ。」
告げると、ぱたっと晃が立ち止まった。
だから、くるっと身体を後ろ向きに。
「お前が……。
お前が遠くに行くんだろ……。」
詰まったような声。
それは多分、心の奥から滲み出た本音。
首を傾げるように、髪を耳にかけ直して。
届いた言葉を、風のように味わう。
彼の言葉は、……本当のこと。
あたしは、……あたし達家族は。
外国へ引っ越しする予定だった。
「追放されるから、婚約破棄される、って逆じゃない?」
「逆じゃない。居なくなったら、俺の中でずっとスッキリしなくなるんだよ。」
晃は一度あたしを見て、それから目を遠くに逸らす。
そして片手を頭に置いた。
帽子なんてないのに、まるでツバを握って顔を隠すような仕草。
「あぁ……、最初に。何それ?ってバカにして笑い飛ばしてくれればよかったんだ。
なんで、なんでまだ。約束が有効だったんだよ……。」
言葉を、吸い込むように。大きく深呼吸。
受け止めるあたしも、すこし揺らいで、握った手のひらを胸に添える。
「ずっと待ってたわけじゃ無いよ?
ただ、しっくりする人がね。いなかっただけ。……晃以外にね。」
「なんでだよ……。俺は、婚約破棄に来たんだぞ。」
覗き込んだりはしない。それくらいのデリカシーはあたしにもある。
「うん。ありがとう。約束を覚えてくれてて嬉しい。」
「違う、そうじゃない!柑奈、俺は……。」
晃が、顔を上げた。
そこにあったのは……。
ぼやけた瞳なんかではなく、しっかりと意思を湛えて、あたしを見据える目。
「お前が、好きだ!」
――止まった。
そう感じるほどに。添えた手の、胸の鼓動の感覚が無くなった。
「何でだよって思うだろ?3年近くも、会いにも来なかったのに!」
告白の、一瞬では受け止めきれなかった言葉が、あたしの芯を揺らす。
じわじわ奥から、そして過去から、好きって想いが溢れていく。
「そんな事ないよ。普通に会って、挨拶したりしてたじゃない。」
「違う、あれは……。ただの友達だった。だから、ちがうんだよ。」
真っ直ぐ向いた瞳に、あたしが吸い込まれて落ちていく。
「お前が引っ越すって。遠くに行くって聞いて……。もう会えないって、そう思った途端にだ……!」
「……だから。婚約破棄?」
「そうだよ。悪いかよ。お前にはもう、会えなくなるんだ。だから、ケジメをつけたっていいだろ?」
目が逸れて……。
そしてあたしも、呪縛が解けた。
にっこりと、作り物ではなく、本心から溢れる笑みをそのまま顔に浮かばせる。
「ふーん……。あたしに、いて欲しい?」
「ああ。」
「あたしが近くにいると嬉しい?」
「……そうだよ。」
「そうかそうか……。
じゃあねぇ。とっておきの裏技があるよ。ひとりじゃ、どうにも出来なかったのがね。」
あたしは一大決心して、くるりくるりと歩道で回った。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おはよう。」
朝。起きた俺は、姉貴の部屋に声を掛ける。
声は返ってこない。
どうやらこの部屋の主は、既に居ないようだった。
2階の自室から降りて、リビングへ。
そこに……。
――俺を待つ、少女がいた。
「遅いよ、晃。今日から高校デビューだよ?」
髪をうっすら明るい茶色にした柑奈。
あのあと、俺の家に柑奈が押しかけ。
そして、お互いの両親と話し合った結果が……。
俺の両親と同じテーブルに当然のように座る柑奈。
彼女は立ち上がると、キッチンへ行って、
勝手知ったる戸棚を開けて、皿とコップと焼いたトーストを持ってきた。
それはもう。当たり前の、ふたりぶん。
――これだ。
柑奈の居候。
両親を振り切って日本に残った彼女は、大学入学で出ていった姉と入れ替わるみたいに、この家に収まった。
もちろん、相当すったもんだした。
感動ものの献身とか柑奈は言っていたが、交渉の勢いは勘当の方じゃないかと思ったくらい。
それでも、半年以上に及ぶ説得の末に日本に残る権利を勝ち取った彼女は、三月に我が家に転がり込んで来た。
そこからわずか一ヶ月で、すっかり前川家の子になり、俺と同じ高校の二次募集にもきっちり合格して……。
目の前には、実の娘のように母と談笑する姿。もう一緒に買い物も、料理だってしてるらしい。
そのバイタリティには、脱帽するというか、舌を巻くしかないというか……。
内心で誉めたばかりの彼女は、俺が近づいた途端に口を開いた。
「ねえ、晃。婚約なんだけど。」
ぶふぉっ……!
両親が吹き出した。
一瞬にして、平和な朝の光景がどこかに吹き飛んでいったが……。目の前で咳き込む両親が全く見えないかの如く、柑奈は続ける。
「まずは、恋人からって事でいいよね?」
俺の方を向いた彼女は、どうやら俺の引き攣った顔も見えてないらしい。いかにも楽しそうな、転がる声で、笑顔で、俺をたじろがせる。
「良いよね?だって婚約破棄はね。真実の愛と、ワンセットなんだからね!」
ウィンクに……、やられて文句が抜けていく。
どうやら俺は、柑奈に全く勝てそうにない。
傍迷惑な同居人。
しかし彼女を彩る笑顔は、乙女ゲームのヒロインにも悪役令嬢にも似てない、柑奈だけの輝きを放っていた。
同じく少し捻った婚約破棄モノあります。もしご興味ありましたら、こちらもご賞味ください。
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