第一話 新生活の始まり
青く澄んだ大きな空の下で、桜が舞い散りウグイスが鳴いている。
春一番が通り過ぎてから約一ヵ月。暖かな陽光とともに開けておいた窓から心地良い風がウグイスの鳴き声を運んでくる。
「待ちに待った入学式だーー!!!」
セットしていたアラームよりも早くに起きてしまった渡邊 晴輝は寝起きとは思えないほどの大きな声を出して布団から起き上がる。そのまま素早く支度を整え、用意されていた朝食を食べ始める。
「あら、ハルおはよう。今朝は珍しく早いのね」
既に朝食を済ませている母が階段上から降りてくる。
「もちろん!なんといっても今日は入学式だからね!」
「仕事の都合で見に行けなくって悲しいわぁ。高校生活楽しんでね。それじゃあ、行ってくるわね」
「ありがとう。母さんもお仕事頑張って」
母はそれに応えるようにニコッと笑って仕事に向かった。
「ちょっと早いけど‥‥ゆっくり行けばちょうどいいか」
晴輝はちょっぴり陽気な足取りで家を出る。違う制服、違う道、違う時間‥‥いろんな違うが重なって、少しばかりドキドキしながら最寄りの駅へ行き、電光掲示板に映し出されてる電車の時間をしてホームで待つ。
ホームへ行くと社会人や学生たちがスマホ片手に電車を待っていた。晴輝は心の中で「うぉっ」とだけ言い、目の前にある列に並んだ。
5分ほど待っていると駅内のアナウンスとともに電車がやってきた。晴輝は何の気なしに並んでいた列に身を任せて電車に乗り込もうとしたところ、不意に肩を掴まれた。
「そっちじゃない。」
「っへ?!?!」
驚いた晴輝は後ろを振り返るもそこには灰色の少し大きめなパーカーを頭まで被った同じ高校の生徒らしき女の子がスタスタ自分から離れていく姿しか見えなかった。
「??? あっ電光掲示板見なきゃ」
ホームにある電光掲示板を見上げると、行く方向と逆の方向に行ってしまう電車に乗ろうとしたことがわかった。
「あっぶねー‥‥あっ お礼言わな‥きゃ‥」
辺りをいくら見回しても灰色のパーカーを着た女の子を見つけることができず、晴輝の声もだんだん小さくなる。
晴輝は少しもやもやした気持ちで正しい電車に乗り込み、その後改札を出て、そのまま学校への通学路を歩く。今日は入学式で親に送迎してもらう生徒が多いせいか同じ制服を着た人をあまり見かけることはできなかった。
晴輝は気づいたらもう校門の前まで来てしまっていた。
「おはようございます!新入生は校舎の玄関先で受付を済ませて自身のクラスへ向かって待機していてください!おはようございます!・・・・・」
生徒会であろう人たちが校門一歩手前で元気よく挨拶と案内をしているが、みな目が死んでいる。入学式の受付は1時間ほど余裕をもって行われているため彼らも疲れてきているのだろう。そんな彼らを見た晴輝は「おはようごさいます‥」と苦笑いしながら彼らの間を通り過ぎて受付を済ませた。
「1年4組は っと ここか」
晴輝は教室内に入るものの、愕然とする。
(なんだよこのお葬式みたいなスーーンとした雰囲気は?!もう半分以上揃ってんのになんで誰一人喋ってないんだよっ?!)
晴輝は動揺しながらも黒板に掲示されている自分の席を確認し、着席する。
(誰もッ 居ないッ)
晴輝の苗字は渡邊。つまり出席番号順で言うと限りなく後ろのほうなのだ。窓際、それに加えて前後左右、斜めすら居ない。四面楚歌の逆バージョンの状態である。晴輝は地獄のような空気の中で、あれやこれやと考え事としていたらいつのまにか担任であろう教師が入ってきた。
「よしっ 大体そろってるな。これからみんなは入学式のために体育館に移動してもらう。出席番号順で列を崩さずに行ってくれ。」
教師はそれだけ言ってまた隣のクラスに同じようなことを言って回った。
その後すぐに出席番号の前の人が立ち、それについていく形でぞろぞろと体育館までついていった。
入学式は絵に描いたような手順で順調に進行された。晴輝の通う学校は1学年約150人、5クラスで構成されている。その中でも1・2組がⅠコースと呼ばれるガリ勉進学コース、3・4組がⅡコースと呼ばれる普通のコース、5組がⅢコースと呼ばれるスポーツコースとなっている。
さすがに入学式の点呼でふざける奴は居なかったが、顔立ちの整った人が立つとほんの少しばかりざわっとした。晴輝は「俺の番まだかなー」などと考えていると、2回連続で同じ名前が呼ばれていることに気づきハッとしたように少し俯き気味だった頭を前に向けた。
「‥‥一ノ瀬 凛音!」
「‥‥‥‥‥‥」
呼ばれている少女は起立はしているものの返事がない。しかし教師が座っていいよと手で合図したかと思ったその瞬間、
「はい‥‥」
その声が聞こえた人たちはただ愕然とした。彼女は体育館の後方まで届くかどうかわからない声量で確かに返事をした。だが晴輝の耳にはまるで真隣で喋っているかのような大きさで聞こえた。いや、聞こえてしまったのだ。
(!!! 今朝助けてくれた人と同じ声だ!!)
彼女の声はまるで天使の囁きのような、漫画で言うところの台詞の吹き出しが他のキャラクターと違って装飾されるポジションにいるような人の声をしていた。
すっかり彼女に気を取られた晴輝は自分の名前が呼ばれていることに驚いたように気づいて急いで起立した。
「ハイッ↑↑」
「‥‥‥‥」
(やっちまったっ! でも誰も反応してないし意外とばれてないの、かも?)
そんなこんなで入学式は終わり、地獄の空気感を未だに抜け出せていないクラスに戻ってきた。
「プリント無い奴は居るかー?」
戻ってきてすぐに大量のプリントを配った先生は校則や一日の流れを説明していく。
「最後に一番重要な連絡だ。先程配ったプリントの中に選択授業の希望書があるだろ?それを出してくれ。お前たちⅡコースは美術、書道、音楽、家庭科の4教科のうち、1人2教科選択することになっている。これから学校の設備案内をしながらそれらの教科についての説明もするから何を取るのか考えておけよ。今日中に回収するからな。」
その後先生の後ろをみな蟻のようにについていき説明と淡々と聞き続けた。
特質すべきはこの学校には基本的な設備に加えてⅢコースのためにサッカー、ラグビー、と陸上競技用の設備がいろいろ合わさったグラウンドと学校専用のテニスコートと野球場があることぐらいであろう。先程言っていた4教科は中学校でやっていたものとほとんど変わらなかった。強いて言うなら実習が多めだということだけだ。
そのまま教室に戻り先生が大きなため息をついた。
「はぁ~ お前らここまで一言もしゃべらないのは逆にすごいな。出席番号順で座って喋らないようならこっちも助け船出してやるか。席替えするぞ?」
もちろん誰一人反応がない。石化しているのかと思うくらい全員固まっている。
先生は教卓に置いてあったノートパソコンを開くとウェブサイトを使ってランダムに席を決めた。「席替えする時にこんなに盛り上がらないのは初めてだ。」と先生が言いながら黒板に新しい席順を書いていく。
(俺は黒板向かって左後ろか。窓からひとつ離れてるけどかなり当たり席だな。)
「確認できたか~? それじゃ移動開始。俺はしばらく席を外すから楽にしててくれ。」
ぞろぞろとみんなが移動し、席に着くと先程とは打って変わってみんな頑張って隣の席の人に話しかけている。もちろん晴輝も例外ではない。
「俺は渡辺晴輝。これからよろしくね!名前教えてよ!」
尻尾を振った犬のようにパァッとした笑顔の晴輝は隣の窓際の女の子に話しかけていた。
「‥‥一ノ瀬凛音。こちらこそよろしく。」
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