9、魔王から親書が届いた
昼休みが終わってすぐ。午後の仕事に取りかかろうと書類の山と格闘していたときのこと。
私のデスクには、なにやら妙に分厚い封筒が置かれていた。封蝋つき。ちょっとした儀式に使われそうな感じで、ずっしりと重い。
しかも、宛名が異様に達筆。たぶん本物の羽ペンで書いてる。
読めるけど、ちょっと怖い。時代感覚が500年くらいズレてる気がする。
「なんだか懐かしい感じの手紙ですね」
つぶやいたら、隣の先輩がちらりと封筒を見て、そのまま固まった。
本当に静止画になったみたいに動かない。
「……それ、どこで受け取った?」
「さっき黒いローブの人が渡してくれました。郵便局の制服は着てなかったですけど、すごく急いでるみたいでした」
「……ローブ?」
「はい。あと、角が生えてました。寒そうでした。足元、サンダルだったし」
先輩は深く目を閉じ、重く、低く、沈んだ声で言った。
「お前……魔王からの親書、素手で受け取ったのか……」
あのサンダルの人は魔王だったらしい。
⸻
私は開封しなかった。
だって、知らない人からの封筒を迂闊に開けるのはよくない。それは社会人の基本だ。私は慎重な人間なのである。
中身も確認せず、宛名の「リュカ様」だけをちらっと見たけど、「差出人不明なのは怪しい」と思ってすぐに却下。
なにしろ、封筒の端に「敵対したくない」「ぜひ中立を」みたいな文言が、雑な殴り書きで書かれていたのだ。
私は確信した。これは詐欺だ。
きっと、私のようなピュアで誠実な新人を狙ってお金を騙し取ろうとする新手の手口。だまされない。私はこの世にあるすべての詐欺から人々を守るために生まれてきたのかもしれない。もはやヒーロー。
というわけで、手紙は回覧板と一緒に支部の返送ポストに投函した。
ちゃんと付箋も貼っておいた。
「差出人不明のため受け取り拒否」
それともうひとつ、事務室の棚にあった「がんばってください!」という可愛い応援付箋も貼った。
詐欺なんてしてる暇があったら、頑張って正直に働いてほしい。その願いを込めて。
⸻
二時間後、外務課の人たちが血相を変えて飛び込んできた。
すごい勢いだった。机を蹴ってる人もいた。
「バカか!? 魔王陛下直筆の親書を返送しただと!? しかも“差出人不明のため受け取り拒否”って付箋貼って!!」
なんで怒られてるんだろう。
私はただ、詐欺っぽい郵便をていねいに返送しただけなのに。
しかも付箋、めっちゃ可愛かったのに。
「がんばってください」って書いたの、すごく良いチョイスだったと思う。癒しと警告のハイブリッド。
むしろ私は褒められるべきでは? 犯罪防止に一役買ったと思う。
「最近の詐欺って手が込んでるなぁと思って……」
私がそう言ったとき、外務課長は机に額をぶつけたまま10秒ほど動かなかった。
きっと私の真意に気づいてしまったのだ。
私の慎重さと誠実さ、そして社会秩序を守ろうとする高い意識に、言葉を失ったに違いない。
「頭を上げてください」と声をかけてあげた。
外務課長は、なんとも言えない顔をしていた。何か学びがあったらしい。
⸻
でも、事態は本当に深刻だった。
あの封筒は魔王軍からの正式な親書。しかも内容は「中立交渉」の申し出だったらしい。
それを私が丁寧に送り返してしまったことで、「中立拒否=敵対の意思あり」と解釈され、戦争寸前まで緊張が高まったという。
あれは詐欺じゃなかったのか。
やらかしてしまったかもしれない。私としたことが。
「……で、なんで結局、魔王の怒りは治まったんですか?」
聞いてみたら、外務課の人が神妙な顔で言った。
「それが……君が“差出人不明”と書いて返したことで、“こちらに悪意はない”と解釈されたらしい。しかも、“リュカの誠実さを尊重する”と……魔王が言っていて……」
……えっ、見抜かれてる……?
私はただ、いつも通り誠実に、慎重に行動しただけなのに。
手紙を返送しただけで私の内面を見抜くなんて。
やっぱり魔王ってすごい。見る目ある。名君だ。
⸻
会議が終わったあと、支部長が私のところに来た。
顔色が限界の白さで、疲れきった人の動きをしていた。
「……なんで、君は、こう……毎回……」
「え?」
「いやもう、なんでもない。むしろありがとう。ほんと……助かった……」
「いえいえ。困ったときはお互い様です」
「君は困ってなかったよね?」
「はい。最近ちょっと郵便が多いなとは思いましたけど」
⸻
今日も無事に一日が終わった。
たくさん働いたし、人類の未来を守ったし、魔王とも誠実な絆を築いた。
すごくえらい。
でも、明日はもう少し穏やかな日になるといいな。
おやすみ、リュカ。