7、初任給が特別課税対象にされる
今日は、記念すべき給料日だった。
そう、人生で初めて合法的にお金をもらえる日。
これまでも、いろいろなかたちで報酬めいたものを手にしたことはある。
たとえば道に落ちていたキラキラした石を換金所に持っていったり、道端のゴミを回収していたら、気前のいいおばあちゃんにリンゴをもらったり。
ありがたいことではあるけれど、それは“偶然の成果”だった。いわばボーナス的な何か。
でも、今日は違う。
今日は、“労働の勝利”だ。
封筒を手渡されたときは、ちょっとだけ指が震えた。
この中に私の働いた証が入っていると思うと、不思議と背筋が伸びた。
少し迷ったけれど、そっと封を開けて中身を確認する。
思っていたよりも厚みがあった。
本当に、“紙幣の重み”って存在するんだな。重さは軽いけれど、気持ちがずしんと来る。
私は、正直そこまで働いたつもりはなかった。
仕事中に昼寝もしたし、花の水やりに全力を注いだ日もある。
だから、雀の涙くらいかな……と予想していたのだけど、どうやら私の真面目さがちゃんと評価されていたらしい。
そう思うと、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
「誰かが見てくれている」って、それだけで嬉しいものだ。
……だが、その喜びは長くは続かなかった。
「すみません、リュカさん。追加の手続きが必要でして……」
経理の人に呼び止められた。
何か不備でもあったのかと不安になったけれど、彼女の表情は、妙に申し訳なさそうだった。
「えっと……今回、特別課税が発生していまして……」
「とくべつ……かぜい?」
舌に乗せてみると、なんだか響きだけは格好いい。
でも、たいていこういう言葉は現実的によろしくない話とセットになっている。
「はい。こちらをご覧ください」
差し出された書類には、「臨時戦功者特例課税(高位対象)」という、これまた耳慣れない文字列が並んでいた。
その下には、「緊急ゲート事件」や「地下五層消失事案」など、やたらと物騒な単語たちが堂々と並んでいる。
「……つまり?」
「えーっと、ですね……あなたが先日、敵性存在の拠点を単独で壊滅させたり、五層を“管理的判断で封印”したことが……うちの管轄外に影響しすぎてまして……」
ふむ。そんなことがあった気がする。
いや、あれはたしかに私の判断だった。でも、「封印」って言われるとちょっとすごい。
「私、封印とかしてたんですね。えらいな……」
誰も褒めてくれないなら、自分で褒めるのが一番早い。
大人の世界は自己肯定力で乗り切るものだ。
経理の人が目を伏せた。たぶん、感動しているのだと思う。
「で、その……該当する処理のために、ちょっとだけ控除額が……その、給与から三分の一ほど引かれてまして……」
「なるほど。つまり私は“国にも頼られる存在”ってことですね?」
「……そ、そういう解釈も……あながち間違いでは……」
彼女は、書類の端をぐしゃっと握っていた。
目の下には、うっすらとクマが見えた。たぶんこの手続きのせいで寝ていないのだろう。
税金って、担当する人にもダメージがあるのかもしれない。
私は彼女の努力にも敬意を払って、がんばって納税することに決めた。
――そんな一日だったのだけど、話はまだ終わらない。
その日の夕方。支部内の食堂でいつものようにハンバーグ定食を食べようとしたら、値段が……上がっていた。
あれ?と二度見したほど。いつもより明らかに“社食らしからぬ”価格設定になっている。
貼り紙には、こうあった。
「一部職員に応じた価格調整により、価格を一時的に変更しております」
まさかとは思ったけれど、一応、厨房のおじさんに尋ねてみた。
「いやぁ、リュカちゃんだけ貢献ポイント高すぎて、全体の平均が上がっちまってな。制度的にしょうがないんだよ、うん」
……うん、知ってた。
私はこういう制度を、意図せず揺るがすタイプの人間らしい。
責任って、思ったよりずっしり重たい。
でも、きっとこういう人こそ給料から“特別課税”されるんだろうなと納得もした。
というわけで、今夜はちょっと自分にご褒美をあげた。
帰りに寄ったケーキ屋で、ショートケーキとモンブランとチーズタルトを買って、全部食べた。
人に見られると怒られそうだから、部屋でこっそり。
明日も真面目に働こうと思う。
……起きられたら。