表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/40

5、定時退勤、英雄扱いされる

 今日も一日、定時までがんばった。

 誰がなんと言おうと、私はしっかり働いたと思う。


 具体的には──

 休憩室でコーヒーを飲んでいたら、昼を過ぎていて、気づいたときには夕方になっていた。

 時の流れは早い。働き者の時計に、私はいつも置いていかれてしまう。


 後で聞いた話によると、休憩中に魔力探知装置のエラー音が鳴っていたらしい。どうやら私は、それを子守唄にして眠ってしまっていたようだ。


 私は環境への順応が早い。どんな状況でも眠れるというのはひとつの才能だ。

 適応力は社会人の武器。私は今日も武装していたわけだ。よしよし。


 さて、帰ろう。

 “帰る”という行為は現代社会において数少ない絶対正義だ。

 たとえ空が割れ、魔王軍が総攻撃を仕掛けていようと、私は残業だけは断固拒否する。

 時間厳守。私は真面目だから。


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、見慣れた風景の中にひとつだけ変化があった。

 いつもは閉まっているはずの扉が、今日はぽっかりと開いていた。


「新しく導線が整備されたのかな」


 組織改革。職場改善。素晴らしい。

 現場の声に耳を傾ける上層部の姿勢がうかがえる。ありがたい話だ。

 私は迷わず、その扉に入った。変化には前向きに応じていきたい。これは社会人としての基本姿勢だと思う。


 扉の向こうは、青白く光っていた。やたらと幻想的だ。

 床には主張の激しい魔法陣が描かれていて、よく見ると『緊急転送口』という文字が浮かんでいた。


「ふむ」


 たぶん、観光用だ。最近のダンジョンは体験型のPRブースが多いと聞いた。

 私は社会との接点にやや疎いので、こういう“現場型イベント”には積極的に参加したい。

 アンテナは高く、足取りは軽く。社会人のあるべき姿だと思う。


 そして転送の光に包まれ、気づいたときには、薄暗い洞窟にいた。

 ──というか、ゴミ屋敷だった。


 床には黒ずんだ魔石が転がり、空気はどこかぬめっとして、重たい。

 古びた魔道具や砕けた防具、謎の粘液などもそこかしこに散らばっている。

 一言で言うなら、ひどく汚かった。けれど、私は思った。


 やりがいがある。


 掃除対象があるというのは、幸せなことだ。

 誰かが手を入れなければ、世界はすぐに荒れてしまう。

 だから私は真面目に、整理をしようと足を踏み出した。


 ──その瞬間、何かにつまずいた。

 前のめりに転びかけて、踏んでしまった。

 床にあった黒ずんだ魔石を、思いきり。


 ぷちっ。


 嫌な音がした。直後、地面が低く唸った。

 壁が震え、天井から砂がざらざらと降ってくる。

 地鳴り。空気の圧が変わる。たぶん、何か大きな仕組みが壊れた。


 だが、私は動じない。

 大人は騒がない。冷静さは信頼の源だ。


 その場で静かに立ち尽くす私の前で、床の魔法陣が再起動し、帰還用のゲートが開いた。

 便利な職場だ。帰り道が自動で用意されるのは、働く者に対する優しさだと思う。


 私は、ほんのり誇らしい気持ちで帰還した。


 ⸻


 翌朝。支部の食堂は、少しだけざわついていた。


「マジで魔王軍の前線拠点、吹っ飛んだらしいぞ……」

「単独で踏破って、どういうことだよ……」

「戦果報告に名前出てたぞ。見ろこれ」


 差し出された報告書を見たら、ちゃんと載っていた。

【戦功者:リュカ=ミラライト】


 どうやら私は英雄になっていたらしい。


「転送先がちょっと汚かっただけです。踏んだら静かになったので、整理して帰りました」


 そう説明したら、支部長が目頭を押さえていた。

 感動しているようだった。やはり、日々真面目に働いている姿は誰かの心を打つのだと思う。


 その後、臨時の報奨金が支給された。やった。

 私はその足で、食堂のチーズパンを2個買った。ひとつは今食べて、もうひとつは午後のご褒美用に。


 今日はちょっと贅沢な日だ。


 こうして、今日も無事に定時退勤。

 世界は、たぶん少し平和になった。私のおかげで。


 私は今日もはなまる満点だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ