33、魔王が転職希望で面接を受けにきた
今日は面接の日だった。
正確には、そんな予定はなかった。朝いちばんの時点では。
いつもどおりに受付名簿を確認していたら、一番上に、妙な名前が書かれていた。
「魔王」
名字も名前もなし。役職欄にも記載なし。ただ、一語。魔王。
おそらく肩書き、もしくは主義。いや、人生そのものかもしれない。
最初は誰かのいたずらかと思って、登録履歴を確認してみたけれど、顔写真のデータも、魔力スキャンも一致。しかも検知された魔力レベルは、かつて火山一帯を一瞬で蒸発させた級だった。やっぱり本物だった。
もしかして、前に私が手紙を返送したことを怒っているのかな。もし怒られたら誠心誠意謝ろう。それができる社会人の常識。
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自称・魔王(仮)の面接は、私が担当することになった。
理由は単純。誰もやりたがらなかったから。
勇気とか覚悟とかではない。好奇心で手を挙げたらそのまま通ってしまっただけ。こういうことって、たいてい誰かがやらねば終わらない。私はそういう人種である。
ちなみにセシルさんは私を止めなかった。途中で「お茶、いる?」とだけ言った。いる。
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魔王は、静かに現れた。
見た目は「ザ・魔王」。黒マントに金刺繍、角、浮かぶルーン。存在感が、歩くだけで物理的に空気を割るレベル。
足元は相変わらずサンダルだったけど。
魔王は、受付でちゃんと番号札を取って座っていた。律儀。
面接室は空いていなかったので、資料室の隅の小さなテーブルを使うことに。
照明が半分切れていたけれど、窓からの光で意外と居心地はよかった。結果オーライ。
棚の間から魔王が現れるさまは、ちょっとしたホラーだった。
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せっかくなので、お茶を出す。
高級茶葉の在庫が奇跡的に一袋残っていた。やはり私はついてる。
魔王は湯気をじっと見つめていた。
湯呑みに添えられた指は白く、意外と手がきれいだった。清潔感のある魔王は評価が高い。
お茶菓子はクッキー。魔王は手袋を丁寧に外し、マントの袖を整えて、静かに口に運んでいた。上品。
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「では、志望動機をお聞かせください」
「……世界征服より、こっちの方が健全だと思った」
お茶を吹きそうになったが、耐えた。えらい。
「そうですね、冒険者たちの安全確保に貢献している職場ですので」
「健全な業務内容。規則正しい勤務時間。安定した給与体系……ふむ」
魔王は求人票のコピーを見ながら、神妙な顔をしていた。
真剣な求職者には、こちらも真剣に応じるべきである。とりあえず魔王と同じ顔で「ふむ」と言っておいた。一体感を演出できたと思う。
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「弊支部を選んだ理由は?」
魔王の目がわずかに細くなった。
「ここには、我が副官が亡命していると聞いた」
そういえば、そんなこともあった。亡命してきた魔王軍の副官・ガルヴァさん。
あの人、今はうちの庶務課で書類整理をしている。昼休みには一緒にご飯を食べたりしているが、あまりに穏やかなので魔王軍の副官だったことを忘れていた。
「彼は……とても真面目に働いています」とだけ伝えたら、魔王は少し黙ってから「そうか」とうなずいた。ちょっと目が潤んでた気がした。
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その後、面接は順調に進んだが、話題がなぜか“弱点”の話になった。
「……ところで」魔王がふと、湯呑みに視線を落としながら言った。
「我の弱点が、なぜ人間側に漏れたのか……何か、思い当たる節はあるか?」
私は少し考えてから、正直に答えた。
「あ、たぶん資料室の床に落ちてた本ですね。拾って整理したら“魔王は深夜二時から三時の間、魔力が減少する”って書いてあったので、みんなで共有しておきました」
魔王の口元が引きつった。
「それは、我の……親戚の子供が書いたものだ……」
「あ、そうなんですか? その子、字書くの上手ですね」
その後、魔王はしばらく黙っていた。親戚の子を褒められたから照れちゃったのかな。魔王ってけっこう身内に甘いのかも。
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面接終了後、履歴書の提出も済ませた。
職歴欄には「闇の玉座」とだけあり、在任期間は“千余年”。書類の隅で黒い龍がうごめいていたけど、ケイが黙って処理していた。プロ。
希望職種は「一般事務」。字が妙に丁寧だった。
本気で転職したいらしい。
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採用についてはまだ検討中らしい。
でも、“闇の玉座から一般事務へ”という転身が実現したら、きっと世界が静かになって良さそうだと思った。




