32、支部が神域認定される
今朝、出勤したら、支部の正門に大きな門松みたいなものが立っていた。
正確には、門松というより“盛大に飾られた御神体の入口”みたいな何か。
竹の柱に紙垂が揺れ、金色の縄がぐるぐると巻かれ、その脇には盛り塩と水盤まであった。ちょっとした神社だった。誰がいつの間に作ったのか、朝露に濡れたまま、立派に鎮座していた。
その隣で、知らない人たちが正座していた。しかも、整列して。
みんな、白い装束を着ていて、額に“世界保守”って筆で書いたような鉢巻までしていた。
「……ここが、神の降り立った地……」
「この場所こそ、救世の原点……」
「リュカ様が一歩を踏み出された、その床板に祈りを……」
……誰だろう。
ありがたい感じのことを口々に言っていたが、その人たちのせいで靴を脱ぐスペースがなかった。
それに、床板って、普通の木材なんだけどな。たぶん業者が二年前くらいに張り替えてたはず。
仕方がないので、近くの窓を開けて、またいで入り口に着地した。今日が荷物の少ない日でよかった。
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支部の中も、いつもとはまったく違う空気だった。
静かだったはずの廊下には、花びらが舞い、ふんわりと香の匂いが漂っていた。何かの儀式の準備でもしているのかと思ったら、どうやら勝手に誰かが線香を焚いただけらしい。
警報は鳴らなかった。不思議なことに。
トイレに行こうと思って個室の前まで行ったが、中から祝詞が聞こえてきたので、ひとまず撤退した。聞き取れたのは「聖保守のリュカよ、永劫の加護を与えたまえ」だった。何の加護かは不明。
ちょっと集中できる気がしなかったので、タイミングを改めることにした。
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午後、庶務課に資料を届けに行ったら、棚の上に笹が飾られていた。
短冊がぶら下がっていて、“保守安定五千年”とか、“エラー領域の鎮静を願う”とか、シュールな言葉が並んでいた。よく見ると、情報課の職員たちの名前まで書いてある。
「これ、季節行事ですか?」と訊いたら、ケイがちょっと疲れた顔をして、目を伏せながら答えた。
「……違う。上層部が“ここはもう神域だから、信仰の自由を尊重しろ”って通達出してきた……」
神域。神の領域という意味だと思う。
でも、ここって一応セキュリティも請け負ってる支部だったはずなんだけど。神域でセキュリティを保つって、なんだか設定が喧嘩している気がする。
なぜこんなことになっているかというと、どうやら、昨日の“リュカ=世界保守装置”説が、一部で大きく拡散されてしまったらしい。
そこから派生して、“リュカが働いている場所こそ、神の力源なのでは?”という説が誕生し、
最終的に「ここが現世における神の依代の勤務先」として“認定”されたとのこと。
……どこに認定されてしまったのかは、だれも明言してくれなかった。でも、ものすごく困った顔で資料課の人たちが頷いていたから、たぶん実際にどこかから通達が来てるんだと思う。
結果、今日から“巡礼整理係”という新しい職種が追加された。
今は当番表を調整しているらしい。たぶん、明日は誰かが門松の前で案内板を持つことになる。
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夕方、私の机の前に、三人くらいの人が並んでいた。
手を合わせたり、深々とお辞儀をしたり、「光栄です……」と感極まった表情で言ってくる。
一人の人は、カバンに大きな文字で「転生三週目」と書かれたバッジをつけていた。なにかのカルトなのか、それとも新しい趣味のサークルなのか。いまのところ、判断は保留中。
でも、なんとなく“そっとしておいたほうがいい”という気配はあったので、そっとしておいた。
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夜。ようやくトイレが空いたので向かったところ、中に祭壇ができていた。
小さな卓上台の上に、手書きの御札と、私のコピーした申請書が飾られていた。たぶん、どこかで拾ってきたらしい。
その横には香炉が焚かれていて、ぼんやりと煙が漂っていた。匂いが少し強すぎて、むせた。
これでは落ち着いて用も足せない。
香炉をどかそうとしたら、「神域への干渉は控えてください」と書かれた紙が貼られていた。
誰が書いたのかは不明。でも、わざわざ達筆で書いてあったあたり、わりと本気だったらしい。
私は一度扉を閉めて、深呼吸をした。明日は、もう少し静かだといいなと思った。
それと──できれば、トイレくらいは、神域じゃない場所にしてほしい。




