表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/35

27、魔王の弱点を見つけた

 今日は会議だったらしい。

 気づいたら廊下がやけに静かで、窓の外には見慣れない飛空艇がいくつか停まっていた。なるほど、そういう日か、とすぐに察した。


 各国の代表が集まって、魔王対策について話し合うらしい。

 ……まだ仲直りしてなかったのか。そういえば、前回の会議で「友好宣言まであと一歩」とか言っていたけれど、その一歩が毎回長い。


 私はというと、当然呼ばれていなかったので、地下倉庫の整理をしていた。

 どうせなら、落ち着いた場所で役に立つことをしようと思ったのだ。あと、前から気になっていた段ボールの山に、ようやく着手するいい機会だった。


 地下倉庫は相変わらずひんやりしていて、空気もほこりっぽくない。

 ときどき天井の通気口から風が通り抜けるのが心地よくて、ここは意外と穴場かもしれないと思った。湿気が少ないせいか、本の状態も悪くない。


 棚の裏に、古びた木箱がいくつか積まれていたので、一つひとつ丁寧にどかしていった。

 それなりに重かったけど、力仕事は嫌いじゃない。単純作業は思考が整理されていい。

 ただ、一度だけ足の小指をぶつけた。声にならない痛みで、しばらくその場にうずくまった。

 あれは本当に不意打ちだった。


 で、その直後のことだった。

 頭の上から、パサリと何かが落ちてきた。


 ⸻


 それは一冊の本だった。


 落ちてきたのに、表紙はほこりひとつなく、やけにきれいだった。

『超極秘:魔王に関する観察記録』という仰々しいタイトルが、古びた革表紙に金の文字で刻まれていた。


 中をちらりとのぞくと、ところどころにくまの形をしたふせんが貼られていた。色もカラフルで、なんだか可愛らしい。

 ちょっとだけ欲しくなったけど、これは拾得物なので、いちおう上に報告することにした。


 こういう時は、倫理観が問われる。


 ⸻


 会議室へ本を持って行った。

 廊下に立つ見張りの人に少し怪訝な顔をされたが、「届け物です」と言うとすぐに通してくれた。


 重たい扉をそっと開けて中をのぞいたら、十数人の代表たちの視線が一斉にこちらへ向いた。

 ものすごく静かだった。たぶん、今話していた内容を一時停止した音が、聞こえた気がした。


「落とし物です」

 私はできるだけ邪魔にならないように、声のトーンを抑えて言った。


「どこで見つけた?」

 誰かが低い声で訊いてきた。


「地下の倉庫です。上から落ちてきました。魔王に関する観察日記らしいです」


 その場にいた誰かが、ぽつりと「信じられん……」とつぶやいた。

 信じられないのはこっちだ、と思った。普通、本は上から落ちてこない。しかも“観察日記”が。

 どうやってあんな高い棚の上に置いたのか、それが今となっては一番の謎だった。


 ⸻


 それからしばらくして、会議室の中がざわざわし始めた。

 どうやらその記録、ただの観察日記じゃなかったらしい。


「“魔王は深夜二時から三時の間、魔力が減少する”……これ、本当か……?」


「香り……“バニラの香りが苦手”……?」


 資料に目を通していた代表たちが、急に真顔になったり、目を丸くしたりしていた。

 私はと言えば、本の内容は読んでいなかったので、全て初耳だった。

 記録が本物かどうかの判断もつかないし、そもそも私はただの整理係だ。

 とはいえ、“バニラが苦手”という情報にはちょっと笑いそうになった。

 誰がどこでそんな観察をしたのか。ふせんのくまはその人の趣味だろうか。


「この時間帯を狙えば、突破できるかもしれん」

「……一体、どこの誰が書いたんだ、これ……」


 私は答えなかった。筆者名は書かれていなかったし、聞かれても知らない。

 なんとなく、知らないままでいい気もした。


 ⸻


 後に、その記録がきっかけになって、魔王軍との交渉が進められた。

 結果的に交渉は成功したらしい。偉い人たちが「和平への第一歩だ」と喜んでいた。

 どういう交渉だったのかは知らないけど、世界平和に一歩近づいたならいいことだ。


 私はというと、その間も変わらず倉庫で箱を整理していた。

 次に手に取ったのは、古い紙束の入った段ボールだった。中には、うさぎ柄のふせんが挟まっていた。やっぱり可愛かった。色もきれいに残っていたので、メモ帳として再利用できそうだ。

 付箋に罪はない。私はそう思っている。


 ⸻


 帰り際、支部長が誰かと立ち話をしているのが聞こえた。


「……またリュカか……」


 と、ため息まじりに。


 “また”というのは、たぶんこういうことがたびたびあるからなんだろう。

 でも私は特に気にしなかった。よくあることだし、私はただ、片づけをしていただけだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ