27、魔王の弱点を見つけた
今日は会議だったらしい。
気づいたら廊下がやけに静かで、窓の外には見慣れない飛空艇がいくつか停まっていた。なるほど、そういう日か、とすぐに察した。
各国の代表が集まって、魔王対策について話し合うらしい。
……まだ仲直りしてなかったのか。そういえば、前回の会議で「友好宣言まであと一歩」とか言っていたけれど、その一歩が毎回長い。
私はというと、当然呼ばれていなかったので、地下倉庫の整理をしていた。
どうせなら、落ち着いた場所で役に立つことをしようと思ったのだ。あと、前から気になっていた段ボールの山に、ようやく着手するいい機会だった。
地下倉庫は相変わらずひんやりしていて、空気もほこりっぽくない。
ときどき天井の通気口から風が通り抜けるのが心地よくて、ここは意外と穴場かもしれないと思った。湿気が少ないせいか、本の状態も悪くない。
棚の裏に、古びた木箱がいくつか積まれていたので、一つひとつ丁寧にどかしていった。
それなりに重かったけど、力仕事は嫌いじゃない。単純作業は思考が整理されていい。
ただ、一度だけ足の小指をぶつけた。声にならない痛みで、しばらくその場にうずくまった。
あれは本当に不意打ちだった。
で、その直後のことだった。
頭の上から、パサリと何かが落ちてきた。
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それは一冊の本だった。
落ちてきたのに、表紙はほこりひとつなく、やけにきれいだった。
『超極秘:魔王に関する観察記録』という仰々しいタイトルが、古びた革表紙に金の文字で刻まれていた。
中をちらりとのぞくと、ところどころにくまの形をしたふせんが貼られていた。色もカラフルで、なんだか可愛らしい。
ちょっとだけ欲しくなったけど、これは拾得物なので、いちおう上に報告することにした。
こういう時は、倫理観が問われる。
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会議室へ本を持って行った。
廊下に立つ見張りの人に少し怪訝な顔をされたが、「届け物です」と言うとすぐに通してくれた。
重たい扉をそっと開けて中をのぞいたら、十数人の代表たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
ものすごく静かだった。たぶん、今話していた内容を一時停止した音が、聞こえた気がした。
「落とし物です」
私はできるだけ邪魔にならないように、声のトーンを抑えて言った。
「どこで見つけた?」
誰かが低い声で訊いてきた。
「地下の倉庫です。上から落ちてきました。魔王に関する観察日記らしいです」
その場にいた誰かが、ぽつりと「信じられん……」とつぶやいた。
信じられないのはこっちだ、と思った。普通、本は上から落ちてこない。しかも“観察日記”が。
どうやってあんな高い棚の上に置いたのか、それが今となっては一番の謎だった。
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それからしばらくして、会議室の中がざわざわし始めた。
どうやらその記録、ただの観察日記じゃなかったらしい。
「“魔王は深夜二時から三時の間、魔力が減少する”……これ、本当か……?」
「香り……“バニラの香りが苦手”……?」
資料に目を通していた代表たちが、急に真顔になったり、目を丸くしたりしていた。
私はと言えば、本の内容は読んでいなかったので、全て初耳だった。
記録が本物かどうかの判断もつかないし、そもそも私はただの整理係だ。
とはいえ、“バニラが苦手”という情報にはちょっと笑いそうになった。
誰がどこでそんな観察をしたのか。ふせんのくまはその人の趣味だろうか。
「この時間帯を狙えば、突破できるかもしれん」
「……一体、どこの誰が書いたんだ、これ……」
私は答えなかった。筆者名は書かれていなかったし、聞かれても知らない。
なんとなく、知らないままでいい気もした。
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後に、その記録がきっかけになって、魔王軍との交渉が進められた。
結果的に交渉は成功したらしい。偉い人たちが「和平への第一歩だ」と喜んでいた。
どういう交渉だったのかは知らないけど、世界平和に一歩近づいたならいいことだ。
私はというと、その間も変わらず倉庫で箱を整理していた。
次に手に取ったのは、古い紙束の入った段ボールだった。中には、うさぎ柄のふせんが挟まっていた。やっぱり可愛かった。色もきれいに残っていたので、メモ帳として再利用できそうだ。
付箋に罪はない。私はそう思っている。
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帰り際、支部長が誰かと立ち話をしているのが聞こえた。
「……またリュカか……」
と、ため息まじりに。
“また”というのは、たぶんこういうことがたびたびあるからなんだろう。
でも私は特に気にしなかった。よくあることだし、私はただ、片づけをしていただけだから。