25、王から勲章が贈られた(本人不在)
朝。出勤していつものように椅子を引こうとしたら、机の上に見慣れない箱が鎮座していた。
ぱっと見で、まず「高そう」と思った。
四角くて、赤いベルベットのリボンが巻かれていて、「王室御用達」って金色のシールがぴかっと貼られている。リボンはきっちり真ん中で結ばれていて、まるでプレゼントの見本みたいだった。
こういうの、百貨店の一番上の階に置いてあるイメージ。中身を見なくても、たぶん庶民向けじゃない。
タグには、これまた丁寧な手書きの字で「リュカ様へ」と書いてあった。
クセのない、まっすぐな字だったので、書いた人はたぶん几帳面でまじめな人なんだと思う。文房具の手入れもきっと怠らないタイプ。
──……おやつかな? と、一瞬だけ思った。
最近、ありがたいことに、差し入れが届く機会が増えてきていて。
クッキーとか、焼き菓子系が多い。マドレーヌは包装が可愛いので、見た瞬間に「当たりだ」とわかる。そういう成功体験の蓄積が、私の脳を「これはスイーツだな」という方向に誘導したらしい。
お昼までとっておこうかと少し迷ったけれど、結局は誘惑に負けた。箱のリボンをほどく手が、自分でも呆れるほどスムーズだった。
……そして中に入っていたのは、金色の勲章だった。
思ってたのと全然ちがった。
お菓子どころか、食べられる要素がひとつもない。
黒い起毛のケースに収まったその勲章は、ちゃんと重さがあって、中央にはライオンのレリーフが刻まれていた。周囲をぐるっと囲む装飾が、やたら本格的だったので、なんとなく姿勢を正して見てしまった。
小さく彫られていた文字には、こうあった。
【第三階級黄金獅子章】
……なんか聞いたことあるな、これ。たしか、王国で三番目にすごいやつだった気がする。
名前の響きが強いので、前にどこかで耳に残っていたらしい。
「……ふむ、これは……」
しばらくケースを持ったまま黙って見つめて、うんうん、と頷いた。
「お菓子じゃないですね。残念」
そういう結論に至ったので、ひとまずケースを閉じて、そっと引き出しの中に戻しておいた。
食べられはしないけれど、見た目はきれいだった。あとで飾ろう。
⸻
どうやら昨日、王都では【戦果報告式典】という大きな式典が行われていたらしい。
私がその場で表彰された、とのこと。あとから同僚のケイが、少し興奮した様子で教えてくれた。
でもその時間、私は裏庭の木陰でお昼寝をしていた。
仕事はお休みだったし、天気も良かったし、そよ風も吹いていて、うとうとするには完璧な条件がそろっていた。
ケイは言った。
「……リュカ、お前まさか式典に呼ばれてたのに行かなかったのか……?」
「え? 呼ばれてたんですか?」
「案内状届いてただろ! 水色の封筒!」
「ああ、あれ。封も開けてないです。メモ紙にしたあと、送り返しました」
その瞬間、ケイの顔がフリーズした。
たぶん驚きすぎて、情報処理が間に合っていなかったんだと思う。
「……信じられない……国王陛下からの勲章だぞ!? 黄金獅子章だぞ!?」
声がいつもより1.5倍くらい大きかった。こういうとき、ケイは素直でわかりやすい。
「知らない人からの手紙は開けるなって、両親が言ってました」
そう返したら、ケイはしばらく無言で頭を抱えて、それから遠くを見つめ始めた。
どこかで聞いたような深いため息も漏れていた。
たぶん、私が親の教えをしっかり守っていることに感動していたのだと思う。
ああいう顔、なかなかできるものじゃない。誇っていい表情だった。
⸻
その日の午後、本部から正式な通達がメールで届いた。
リュカ殿の過去三か月の功績が王宮に伝わり、不審なほどの成果を上げていたことから第七防衛支部に調査が入った。結果、すべての事象が真にリュカ・ミラライトによるものと断定され、王国として最大限の敬意を表すべく、勲章が贈られた。
──とのことだった。
「不審なほど」という表現は、もう少しオブラートに包んでもよかったのでは? と思ったけれど、まあ事実なので仕方ない。
たぶん、成果の半分くらいは偶然と気まぐれと運で構成されていた。でも、起きたことは確かなので、たぶんそれでよいのだと思う。
通達の最後に、ひときわ太字でこう書かれていた。
本人が式典に不在だったのは、大変遺憾である。
……王様、ちょっとだけ怒ってる気がする。
次はちゃんと開けます。封筒。頑張って。
⸻
あとで聞いた話によると、私が送り返した封筒──メモ紙になった水色のやつ──は、王様の執務室まで届いていたらしい。
表面には、こう書かれていた。
《今日のごはん:きのこリゾット予定! やったー!》
お昼前に書いたやつだったので、テンションがだいぶ高かった。たしかに、きのこリゾットは嬉しい。
国王陛下はそれをしばらく無言で眺めたあと、静かに天を仰いだそうだ。
……空を見ると、たしかに気持ちが落ち着く。わかる。私もよくやる。