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19/32

19、突然“最優秀職員賞”にノミネートされた

 最近、やたらと封筒が届く。

 一日ひとつは確実。多いときは三つ。宛名は全部私の名前だった。読み間違いじゃなければ。


 机の上には、花束やメッセージカードも置かれている。

 誰が持ってきたのかはいつもわからない。朝来ると増えているので、きっと夜の間に誰かが忍び込んでいるんだと思う。警備はどうなっているんだろう。あとで訊いてみよう。


 正直、ちょっと困っている。

 花の置き場所がもうないからだ。仕方なく、引き出しをひとつ花瓶用に空けた。書類は別の棚に避難させた。私は順応が早いタイプらしい。


 ⸻


 きっかけは、たしか数日前の午後だった。

 情報課の人たちが、突然部屋に押し寄せてきたのだ。


「失礼します、貴方がリュカ・ミラライトさん……で、合ってますか?」


「はい。たぶんそうです」


 自信がなかったわけではないが、私は名乗るのが得意じゃない。名札を指さして「これです」と言いたかったけど、相手のテンションが高かったのでやめた。


 彼らはどこか浮き足立っていた。白衣の下にスーツ、耳には無線、手には何枚もの資料。なんだかドラマの中から出てきた人たちみたいだった。


 話を聞いてみると、「内部データ改ざん事件」の調査を担当しているらしかった。中央局内で長らく原因不明とされていた情報のゆがみ。深刻なシステム障害につながるかもしれない、それなりにやばいやつ。私はそれを、知らないうちに解決していたらしい。


「この“地下2階給湯室のグリップが緩かった”という貴方の日報の記録がですね……」

「システム監査ログと一致しまして……!」

「つまりこの位置情報が、バグのトリガー座標と完全に重なっておりまして……!」

「貴方のおかげで、改ざん箇所が特定できたんです!」


 そう言って、彼らはまるで祝勝会のように拍手をした。少し戸惑ったが、とりあえず一緒に笑っておいた。たぶんそれが正しいリアクション。


 ⸻


 その日、私がやっていたことといえば──

 ただ、職場の給湯ポットを調整していただけだった。


 コーヒーの出が悪かったから、気になった。中を開けてみて、グリップのネジを締め直して、ちゃんと出るようにして、日報に「改善済」と書いた。


 それだけ。ほんとうに、それだけのことだった。

 でも、何気ない行動が誰かの役に立つのなら、まぁいいかなと思う。


 ⸻


 翌日。


 庶務課の人が、そっと銀色の封筒を机に置いていった。

 きらきらしていて、ちょっと厚みがある。中央局の刻印入り。なんだか、開けるだけで怒られそうな気配があった。こういうものは、たいてい面倒ごとの予感がする。でも放っておいても視界に入り続けるので、思い切って開けてみた。


 中には、賞状の原稿と候補通知が入っていた。


「中央局主催・最優秀職員賞」

 どうやらノミネートされたらしい。自分で読んでてもいまいち実感が湧かない。というか、そんな大層なことをした記憶はない。コーヒーの出を良くしただけなのに。


 でも、なんだか私の優秀さが世に知られ始めているらしかった。

 これもまた、慣れが必要なことなのかもしれない。


 ⸻


 そんなこんなでここ数日、私の机の上は贈り物でにぎやかだ。

 花束、メッセージカード、手作りのお守り。お菓子もあった。でも全部味が濃かったので、一口ずつだけ食べて、残りは休憩室に置いておいた。たぶん誰かが喜んでくれる。


「応援してます」「人生変わりました」「ポット直してくれてありがとう」──そんな言葉が手書きで並んでいるのを読むと、少しくすぐったい気持ちになる。知らない人に感謝されるのは不思議な感覚だ。


 思えば、日報を丁寧につけるのはもう何年も続けている習慣だった。別に誰に見せるつもりもなく、ただ自分が後で見返すためにやっていただけ。でも、それがここにきて評価されたらしい。


 私はどうやら、「まめ」という長所を持っているらしかった。

 初めて自覚した。でも、悪くない。


 ⸻


 その日、私は自分用のポットを買い替えた。

 音が静かで、注ぎ口の角度もちょうどいい。なかなかの当たりだった。そのおかげか、今日のコーヒーはほんの少しだけおいしかった。そう感じただけで、ちょっと得をした気分になる。


 世界を救ったつもりはないけれど、少なくとも誰かの手間を減らすことはできたかもしれない。

 それなら、まあ、良い日だった。

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