19、突然“最優秀職員賞”にノミネートされた
最近、やたらと封筒が届く。
一日ひとつは確実。多いときは三つ。宛名は全部私の名前だった。読み間違いじゃなければ。
机の上には、花束やメッセージカードも置かれている。
誰が持ってきたのかはいつもわからない。朝来ると増えているので、きっと夜の間に誰かが忍び込んでいるんだと思う。警備はどうなっているんだろう。あとで訊いてみよう。
正直、ちょっと困っている。
花の置き場所がもうないからだ。仕方なく、引き出しをひとつ花瓶用に空けた。書類は別の棚に避難させた。私は順応が早いタイプらしい。
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きっかけは、たしか数日前の午後だった。
情報課の人たちが、突然部屋に押し寄せてきたのだ。
「失礼します、貴方がリュカ・ミラライトさん……で、合ってますか?」
「はい。たぶんそうです」
自信がなかったわけではないが、私は名乗るのが得意じゃない。名札を指さして「これです」と言いたかったけど、相手のテンションが高かったのでやめた。
彼らはどこか浮き足立っていた。白衣の下にスーツ、耳には無線、手には何枚もの資料。なんだかドラマの中から出てきた人たちみたいだった。
話を聞いてみると、「内部データ改ざん事件」の調査を担当しているらしかった。中央局内で長らく原因不明とされていた情報のゆがみ。深刻なシステム障害につながるかもしれない、それなりにやばいやつ。私はそれを、知らないうちに解決していたらしい。
「この“地下2階給湯室のグリップが緩かった”という貴方の日報の記録がですね……」
「システム監査ログと一致しまして……!」
「つまりこの位置情報が、バグのトリガー座標と完全に重なっておりまして……!」
「貴方のおかげで、改ざん箇所が特定できたんです!」
そう言って、彼らはまるで祝勝会のように拍手をした。少し戸惑ったが、とりあえず一緒に笑っておいた。たぶんそれが正しいリアクション。
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その日、私がやっていたことといえば──
ただ、職場の給湯ポットを調整していただけだった。
コーヒーの出が悪かったから、気になった。中を開けてみて、グリップのネジを締め直して、ちゃんと出るようにして、日報に「改善済」と書いた。
それだけ。ほんとうに、それだけのことだった。
でも、何気ない行動が誰かの役に立つのなら、まぁいいかなと思う。
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翌日。
庶務課の人が、そっと銀色の封筒を机に置いていった。
きらきらしていて、ちょっと厚みがある。中央局の刻印入り。なんだか、開けるだけで怒られそうな気配があった。こういうものは、たいてい面倒ごとの予感がする。でも放っておいても視界に入り続けるので、思い切って開けてみた。
中には、賞状の原稿と候補通知が入っていた。
「中央局主催・最優秀職員賞」
どうやらノミネートされたらしい。自分で読んでてもいまいち実感が湧かない。というか、そんな大層なことをした記憶はない。コーヒーの出を良くしただけなのに。
でも、なんだか私の優秀さが世に知られ始めているらしかった。
これもまた、慣れが必要なことなのかもしれない。
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そんなこんなでここ数日、私の机の上は贈り物でにぎやかだ。
花束、メッセージカード、手作りのお守り。お菓子もあった。でも全部味が濃かったので、一口ずつだけ食べて、残りは休憩室に置いておいた。たぶん誰かが喜んでくれる。
「応援してます」「人生変わりました」「ポット直してくれてありがとう」──そんな言葉が手書きで並んでいるのを読むと、少しくすぐったい気持ちになる。知らない人に感謝されるのは不思議な感覚だ。
思えば、日報を丁寧につけるのはもう何年も続けている習慣だった。別に誰に見せるつもりもなく、ただ自分が後で見返すためにやっていただけ。でも、それがここにきて評価されたらしい。
私はどうやら、「まめ」という長所を持っているらしかった。
初めて自覚した。でも、悪くない。
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その日、私は自分用のポットを買い替えた。
音が静かで、注ぎ口の角度もちょうどいい。なかなかの当たりだった。そのおかげか、今日のコーヒーはほんの少しだけおいしかった。そう感じただけで、ちょっと得をした気分になる。
世界を救ったつもりはないけれど、少なくとも誰かの手間を減らすことはできたかもしれない。
それなら、まあ、良い日だった。