17、飼い始めたペットが国家機密だった
通勤中、光る卵を拾った。
文字通りの「卵」。サイズは両手で包めるくらいで、ほんのりあたたかくて、やわらかい光をぼんやり放っていた。
交差点の角、信号待ちの人々のすぐそばに落ちていて、誰も気づかないふりをしていた。私だけが立ち止まった。卵も、私に拾われるのを待っていた気がする。
常識的には、落とし物は交番に届けるべきなのだけど、これはどこに持っていけばいいのかまったくわからなかった。
「光る卵です」と言って、笑われる未来しか見えない。
なので、その日はそっとマフラーに包んで、カバンの中に入れて持ち帰った。
帰宅後、玄関に置いておくと、うっすら呼吸しているように光が強くなったり弱くなったりしていた。私はとりあえずクッションの上に寝かせた。部屋がほんのり明るくなった気がした。
そのまま、一週間ほど経った。
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そして、孵化した。
ある朝、目を覚ますと、ベッドの足元に何かがいた。
最初はぬいぐるみかと思った。でも、動いた。尻尾がふにゃりと持ち上がって、私の足に巻きついた。
よく見ると、トカゲのようで、獣のようで、ふわふわしていて、分類に困る生き物だった。目つきは鋭くて、ちょっと威嚇されてる感じがあったけど、毛並みはとても柔らかかった。
尻尾の先が、やたらと器用に動く。まるで手のようだった。
鳴き声は「グルル……」と低い。唸り声のようで、でもなんだかくすぐったいような、妙に親しげな音だった。
私はこの子に「トコ」と名前をつけた。
トカゲっぽいから。命名はいつも直感である。
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トコは、最初から私にだけ懐いていた。
仕事の書類を持って歩けば、足元を小さくついてくる。ソファに座ればすぐ膝に乗り、寝ようとすると腕を鼻先でつついて、腕枕を要求してくる。
性格は少し甘えん坊で、でもどこか誇り高い感じがする。不思議なバランスだ。
ある朝、出勤しようとカバンを手に取ったら、中にトコがいた。ちゃんとおすわりしていた。どうやら「連れて行け」の意思表示らしい。
ダンジョン勤務だし、魔物も出るし、別にペットの一匹くらい連れていっても大丈夫だろう。
そう判断して、私はそのままトコをカバンごと肩にかけて、出勤した。
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職場の廊下で、研究室の主任に出会った。
彼はトコを見るなり、すごい勢いで後退して、壁にぶつかった。
「な、なんで禁忌種がここにいるんだ!?」
とても驚いていた。私は落ち着いて説明した。
「トコです」
主任は目を見開き、震えながら呟いた。
「幻炎獣……マルフェリオン……!? 国家指定の……!? かつて大陸を三分の一焼き尽くした、災厄そのもの……!?」
どうやら、トコは伝説に残る存在だったらしい。
封印され、記録からも抹消され、存在そのものが「忘れられる」ことを前提とされた、災厄級の危険生物。
名前は「幻炎獣マルフェリオン」。ずいぶん立派な名前である。
「なんでお前がそれを抱っこしてるんだ……!」
「私のペットです。抱っこしてみますか?」
主任は全力で首を振って逃げていった。たぶん、アレルギーだったのかもしれない。気をつければよかった。
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その日のうちに、職場中が騒然となった。
軍部が来て、封印局が来て、対災害課が来て、長官まで来て、会議室の椅子が足りなくなっていた。
でも、報告が進むにつれて、関係各所は次第に落ち着いていった。
調査結果のまとめはこうだった。
「……君に懐いてるなら、もうしょうがないな……」
そういう結論でいいのか、と思ったけれど、みんな真顔だったのでたぶん正しいのだろう。
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というわけで、トコは正式に“私のペット”として登録された。
名前入りの許可証が発行され、職場に連れていくための専用ポーチまで支給された。
なぜか餌代の補助も出ることになった。優遇されすぎでは? と一瞬思ったけれど、ありがたいので深く考えないことにした。
セシルさんが何度も頭を抱えていたけど、私は素直にお礼を言った。
「ありがとうございます。トコも喜んでます」
トコは「グルル」と鳴いて、私の肩に乗った。
その尻尾が、私の髪をやさしく撫でた。やっぱり可愛い。
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トコはちょっと危ない存在らしい。
でも私は、たぶんうまくやっていける。
だって私は可愛いし、可愛いもの同士はきっと通じ合えるのだ。
今夜はトコと一緒に寝ることにする。
ふかふかで、あったかくて、きっとよく眠れる。おやすみ。