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16/40

16、支部長は胃を痛めて早退した

 朝、支部長が遅刻した。

 珍しいこともあるものだと思っていたら、それ以上の珍事が起きた。


 お昼前になってようやく姿を見せたと思ったら、開口一番。


「……医務室、空いてるか?」


 声はかすれ、目の焦点は合っておらず、歩く姿はまるで魂が抜けたようだった。

 彼は、机の上に書類を置いたと思ったそのまま、椅子に座り込み、以降、ほとんど動かなかった。


 私はそっと、椅子の高さを調整してあげた。ちょっと姿勢が辛そうだったので。


 ⸻


 午後。

 セシルさんに呼び出された。

 なにも悪いことはしていない(つもり)なので、軽い気持ちで応接室に向かった。ドアをノックして入ると、セシルさんは窓際に立って外を見ていた。背中から、少しだけ不穏な空気が漂っている気がした。気のせいだろうか。


「リュカ、あなた……」


 振り向いたセシルさんの目の下には、くっきりと深いクマができていた。お疲れモード全開である。

 私は、にこっと笑ってみせた。笑顔は世界を救うらしいし、まずは基本から。


「最近、暑いですもんね。ちゃんと休んでますか?」


 セシルさんは、ふう……と深い溜息をついて、椅子に腰を落とした。肘をつき、手で頭を抱えるような格好で、ぽつりぽつりと話し始めた。


 ⸻


 話をまとめると、こういうことらしい。


 支部長は、ここのところずっと私の「功績」の後処理をしていたそうだ。

 他国との和平条約。

 魔王の親書。

 ダンジョンの聖域化。


 全部、私が「なんとなく」「流れで」「やってみたらこうなった」系の出来事だった。

 でもどうやら、それぞれが国家レベルの重要案件であり、同時並行で発生するような類のものではなかったらしい。セシルさん曰く「奇跡が渋滞してる」とのこと。そのおかげで、どうやら方々から疑いの視線を向けられているらしい。


「支部長はね……! ずっとあなたの後始末をしてたのよ……!」


 セシルさんは勢いよく机を叩いた。上に置かれていたペンが跳ねて、床をコロコロと転がっていった。

 私はそれを拾って、セシルさんに手渡す。物は大事にする主義である。


「お疲れ様です。あの人もがんばりすぎなんですよ。私みたいに、ほどほどにしないと」


 セシルさんはしばらく私の顔を見ていた。その目が、現実を受け入れるために意識を飛ばしているようにも見えた。


 ⸻


 私は、自分ではわりと頑張っているほうだと思っている。

 仕事はそれなりに真面目にやっているし、周囲への配慮も忘れないようにしている。

 何か大きなことが起きたとしても、それは「やる気の結果」ではなく、ただの「自然現象」なのだ。

 雨が降るのに理由がないように、私に平和条約を締結するつもりがなかったように。


 ……まあ、多少は認識している。

 私の言動の影響が、時々、想定よりも何十倍か大きくなってしまうことがあるということは。


 でもそれは私の責任というより、私のポテンシャルが高すぎるだけなのではないかと思う。責められるべきは私を産んだ両親か、世界の法則そのものだ。


 褒められたら、「うれしいです」と答える。

 叱られたら、「反省します」と口では言う。しっかり反省してるっぽい顔はする(心が伴うかはそのとき次第)。

 けれど、そうした表面的なリアクションにかかわらず、私はずっと私であり続ける。根本は変わらない。

 そういうものだと思っている。


 ⸻


 でも……ひとつだけ、今日は思ったことがある。


 きっと私の「無自覚」は、誰かを傷つけることもあるのだと。

 支部長のように。

 彼の胃に穴を開けたのは、魔王でも外交官でもなく、私である。

 こればかりは才能ある者の宿命だ。


「支部長、いい人だから心配だな。お見舞いにお茶でも持っていこう」


 飲みやすくて、癒されるようなお茶を選ぼう。

 できれば、現実から逃げたくなるような味ではないやつを。

 それが、今の私にできるせめてもの誠意だと思う。


 ⸻


 ※追記:

 セシルさんにお見舞いに行っていいか訊いたら、「やめなさい、今はダメ……!」と全力で止められた。

 どうやら、癒しよりまず、静寂と距離が必要らしい。了解です。明日また様子を見に行こう。

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