15、お茶を設置したら神扱いされた
その日はとても暑かった。
じっとしていても額に汗が滲むような、夏の本気を感じる気温だった。
支部内は冷房が効いていて快適だったけれど、業務の都合で、何人かと一緒にダンジョンの定期監視と点検に行くことになった。
しばらくぶりの現地入りで、少しだけわくわくした気持ちもあったけれど、洞窟の中は蒸し暑くて、わくわくがすぐに汗に変わった。
そのとき私は思ったのだ。
「こんな蒸し暑い場所に、冷たいお茶がないのは異常では?」
真剣に、心から、深くそう思った。
そして私は思い出した。過去に備品庫で拾った、例の「属性変換型保冷石」のことを。
説明書はなかったけれど、手のひらに持っていると冷たい。
つまり、冷やす力がある。それだけは分かっていた。
これをどうにか使えないかと考えた結果、私は石をダンジョンの壁に軽く埋め込み、その前に魔法瓶をそっと置いておくことにした。中身は、さっき自分用に入れてきた冷たいお茶。
「冷やしたものは、みんなで分け合うべき」
これも常識である。
冷たいお茶のありがたさを共有できれば、点検中の疲れも癒えるはずだ。みんな喜んでくれるに違いない。
満足した私は、そのまま任務を終え、オフィスへと戻った。
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翌朝、支部がざわついていた。
「異常事態発生」「モンスターの出現率が激減」「ダンジョン内部に異変」
とにかく色んな声が飛び交っていて、私は「へえ」と思いながら耳を傾けていた。
話をまとめると、ダンジョンのモンスター出現率が通常の数値から0.02%にまで激減し、さらに調査に入った戦闘部隊が一度も襲撃されなかったとのこと。
それどころか、モンスターたちは明らかに穏やかで、なんなら敬意を向けてきたという。
「これは、何か……神の怒りを鎮める儀式か?」
「いや、神の恩寵を受けているのでは……?」
言ってることが大袈裟だなあと思いつつも、私はあることを思い出していた。
昨日の帰り際、魔法瓶をうっかり置き忘れてきたのだった。
お茶を……忘れるとは……一生の不覚。
というわけで、私はこっそり回収に向かった。
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目的地に着いてすぐ、魔法瓶を発見。無事だった。
手に取ろうとしたら、その下に一枚の紙が敷かれていることに気づいた。
その紙には、こんな文字が印刷されていた。
《神の御業ここにあり
冷たき飲み物 清らかな泉のごとし》
神……? 泉……?
頭にクエスチョンマークが並ぶ私の目に、さらに下に置かれていたもう一枚の紙が飛び込んできた。
ああ、これは私のメモだ。
「冷蔵庫がわりに石を埋めました。お茶はご自由に。リュカ」
……うん。これが正しい情報。間違いなく。
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結果、ダンジョンは「小規模な聖域」に指定された。
その判断はかなり迅速だった。
敵対していたモンスター同士が、冷茶を挟んで和解し合い、ついには自主的にダンジョン内の清掃活動まで始めた。
点検に訪れた職員は、「ここ、支部より綺麗ですね……」と複雑な顔をしていた。掃除、がんばろう、支部も。
なかでも感動的だったのは、モンスターの長老格の発言だ。
「この地に神が降臨した」
……という言葉を、石板にきちんと彫って記録に残していた。
たぶん、私のこと。
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午後、支部長が私のところに書類を持ってきた。
「これ見てくれる?」
そう言って置かれた書類に目を通すと、そこにはこうあった。
「ダンジョン内秩序の急速安定化に寄与した“神格存在”の名前:リュカ」
私は顔を上げて尋ねた。
「これ、私ですか?」
支部長は、ものすごく疲れたようにうなずいた。
「……そうなる」
「涼しいところにお茶って、常識では?」
「いや、そうなんだけど……違うんだよな……!」
支部長はそのまま目を閉じて、魂が抜けるような動きで去っていった。
私は、自分がまたよく分からないうちに何かをやらかしたことに気づいたけれど、悪いことではなかったので良しとすることにした。
感謝されるのは素直に嬉しい。理由はあとからついてくる。
それに、私ってやっぱり役に立てる存在なんだなと思う。たとえ無自覚でも、結果が良ければそれでいい。
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今日は、生きていた上に功績まで残した。
これはかなりえらい日。私、すごい。
明日はもっとすごい日になるかもしれない。
おやすみ、リュカ。今日は本当にえらかったね。