10、表彰式、“貢献度ランキング1位”に選ばれる
今日は、年に一度の職場の表彰式だった。
ダンジョン管理支部ごとに一年間の貢献度が集計されて、優秀だった人が表彰されるらしい。
私は別に何か特別なことをした覚えはなかったので、完全に見学モードで参加した。
式典って、お菓子が出るからわりと好きだ。とくに、クッキーとかマドレーヌとか、あの「業者から仕入れました」感のある焼き菓子がたまらない。たまに、妙にしっとりしてたり、逆にものすごく硬かったりするのも含めて風物詩だと思っている。
空いている席に座って、配られたクッキーをひとつ口に入れた。
見た目は普通だったけど、食べてみると案外しっかりと固め。噛むたびにカリッと音がして、ほんの少しだけ粉がこぼれた。
でも私は、そういう細かいことはあまり気にしないタイプだ。粉は落ちるもの。床は拭けばきれいになる。
式が始まって、壇上ではスーツを着た人たちが拍手されたり、賞状をもらったりしていた。
みんな背筋を伸ばしていて、話し方もきちんとしていて、たぶんすごい人たちなんだと思う。
私は人の名前と顔を覚えるのが本当に苦手なので、誰が誰だかさっぱりだった。
でも壇上で褒められてるってことは、えらい人なんだろう。えらい人はえらい。私はそれで十分満足している。
そんなふうにクッキーの残りを食べながらのんびりしていたら、突然場内アナウンスの声が耳に入ってきた。
「――第七支部所属、リュカ・ミラライト! 貢献度ランキング、堂々の第1位です!」
一瞬、頭の中が白くなった。
手にしていた紙コップのコーヒーが危うく膝の上に倒れるところだった。
私は思わず、まわりを見渡してしまった。
同姓同名がいるのかと疑ったけれど、どうやらそうではないらしい。
周囲の視線が、釘で打ち付けたみたいに私に集中していた。みんなびっくりしたような顔をしていて、主に第七支部の人たちが「まさか」って目でこっちを見ていた。
「いやいやいやいや……」
「ほんとに? 本人?」
「なにやったっけ……?」
そんな声が聞こえてきたけど、私自身も正直なところよくわからなかった。
でも無意識のうちに何かやっていたんだと思う。私はそういうところがある。
とりあえず立ち上がって壇上に向かう。なんとなく、そうするべき流れだとわかったから。
でも壇上に上がる途中で、なんとなく周囲の空気がふわっと変わった。
みんな、「え、ほんとに行くの……?」みたいな視線だった。たぶん、信じきれてなかったんだと思う。
壇上では、偉そうな人がにこにこしていた。
その目は微妙に泳いでいたけど、たぶん緊張しているんだろう。人前に出るって、意外と大変だし。わかる。
「貴女は……各地での異界災害の防止、封印装置の再起動、敵性組織への壊滅的打撃など……極めて大きな功績を……」
と、なにやら長くて壮大な実績が読み上げられていた。
あまり大声では言えないが、半分くらい心当たりがなかった。
だけど私は、褒められたときは素直に受け入れる方針で生きている。謙遜しすぎるのも相手に失礼だしね。
「ありがとうございます。こう見えて、日々こつこつ頑張ってますので」
ちょっとそれっぽいことを言ってみたら、場内から拍手がわっと大きくなった。
言ってみるものだな。
真実かどうかはさておき、言葉には力がある。今日ひとつ学びになった。
壇上を降りたら、ケイがすでに肩を落として立っていた。
「リュカ、お前……何で表彰されたか、ちゃんと把握してるか?」
「いいえ。でも褒められたんだから、何か良いことしたんじゃないかと」
私がそう答えると、ケイは目を閉じて、そのまま黙った。
何かを考えていたのかもしれないし、脳の処理が追いついていなかったのかもしれない。
......もしかしたら、ケイは今回のランキング一位を狙っていたのかもしれない。
だとしたら、ちょっと悪いことをした。申し訳ない気持ちもある。
だから、心からの謝罪と、ささやかな激励の意味を込めて――
「ケイも表彰されるといいですね」
そう伝えた。
ケイは顔を真っ赤にして、拳を握りしめながらプルプル震えていた。
きっと感動しているのだと思う。友人の活躍を心から喜んでくれる優しい人なのだ。
支部長も、遠くのほうで頭を抱えていた。
職務と感動のあいだで板挟みになっているのかもしれない。管理職は本当に大変そうだ。
いろんな部署から拍手と歓声が上がっていた。
なんだかんだで、今日はにぎやかだった。
私は手を振ってみたけれど、誰も振り返してくれなかった。
でもまあ、そういう日もある。私のことがまだ信じられなかったのかもしれない。
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賞状は、とりあえず部屋の壁に立てかけた。
画鋲は刺すのが面倒だし、壁に穴も開くし、最初は立てかけるくらいでちょうどいい。風が吹かない限り倒れたりもしない。
とくにがんばった記憶はなかったけど、今日はいっぱい褒められた。
だから、いい日だったと思う。