学園七不思議
「皆さん。本日は私、アナスタージア・オールディントンのお茶会に参加して頂きありがとう」
主催者であるアナスタージアが挨拶をする。
学園の貴族専用サロン。
使用するには、ある程度の信頼度と身分が必要となる。
主催者は問題なく使用できる者。
「本日はお茶会に招待して頂きありがとうございます。私もアナスタージア様とお話ししたいと思っていたのです」
「私も、このような機会に感謝しております」
「キャロライナ様にジョージアーナ様。以前からお二人には、意見を聞いてみたいと思っていたの」
優雅に始まったお茶会。
招待された二人は主催者の二言目で内容を察する。
「あの件についてですよね?」
キャロライナの言葉にジョージアーナもアナスタージアを窺う。
「えぇ。あの件について……お二人のお気持ちを知りたくて」
「「私達の気持ち……」」
二人は正直に心情を話し始める。
「……そうなのね。それでは、こういうのはどうでしょうか?」
アナスタージアは二人にある提案をする。
「……まぁ、それは面白そうですね。私、考えるのは得意です」
「では、私が皆さんに伝えておきますね」
三人はある計画の為、動き出す。
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卒業パーティー
「バージヴァル王子。本日は何故、そちらの方をエスコートしてらっしゃるのかしら?」
笑顔で尋ねるアナスタージア。
何故、王子にその様な事を尋ねるのかと言うと、二人は幼い頃に決定した婚約者。
婚約者であれば、卒業式のパーティーに一緒に参加するのもの。
特別な事情がない限り……
「アナスタージア。僕は事実を確認したく、エスコートを断らせてもらった」
「事実……ですか?」
「あぁ。こちらのミッシェルは知っているだろう?」
バージヴァルは隣に立つ女子生徒を紹介する。
三年間、学園に通ったアナスタージア。
同じクラスにならずとも、その女子生徒の名前と顔は把握している。
「えぇ、もちろん。バージヴァル王子の不貞の相手ですよね?」
「失礼な事を言うなっ」
バージヴァルは自身の事を追及され慌てる。
「あら、違いますの?」
「僕がミッシェルと会話するようになったのは、アナスタージアが関係している」
「私ですか?」
「僕は一年の頃からミッシェルに相談を受けていた」
「相談ですか?」
「君についての相談だ」
「私についてですか?」
「身に覚えないか?」
「……全く」
まどろっこしい。
早く言えばいいものを。
「平民であるミッシェルが学園に通うのを不快に思い、酷い言葉を受けたと聞く」
「……そのような事は、覚えていないのですが……本当に、それは私でしょうか?」
「ミッシェルが嘘を吐いているというのか?」
「いえ。勘違いなさっているのではないかと確認しているのです。どうなのでしょうか、ミッシェル様。本当に私だったのでしょうか?」
「……酷いです。私はアナスタージアさんに何度も『平民風情が学園にいると空気が悪くなる』『入学を認められたという事実で満足し、辞退するべきなのよ』『共に学んでいるからと、貴族だと勘違いしないこと』と言われ、学園を去ることを提案されました」
「まさか、貴族の模範となる公爵令嬢の君がそのような事をしているとは思わなかった」
ミッシェルは震えながら訴え、バージヴァルも疑う様子が無い。
「身に覚えがないのですが……」
「認めないと言うんだな。他にも聞いている。倉庫に閉じ込め、階段から突き飛ばしたこともあるそうだな。階段から落ちれば命の危険もあっただろうに、そこまでミッシェルを目の敵にしているとは思わなかった」
「まぁ、ミッシェル様は階段から落ちたのですか? お怪我はありませんでしたか?」
「白々しい。ミッシェルは犯人の名前を言うのを躊躇っていたが、教えてくれた」
「まぁ、どなたですの?」
「アナスタージア、君だろう」
「私ですか?」
「……はい……アナスタージアさんの後ろ姿を見ました」
「後ろ姿であれば、私とは限らないのではありませんか?」
「いい加減にしろ。突き飛ばされたミッシェルがそう言っているんだ。認めろ」
「バージヴァル王子。オールディントン公爵家の名誉に誓い、そのような事はしていないと宣言致します」
「君がそこまで強情だとは……」
「ミッシェル様。確認なのですが、それはいつの事です?」
「あれは……二週間前の午前で授業が終わった日です」
「そうですか。であれば、私ではありませんね。その日、私はある方達とお茶会を開催していましたから」
「お茶会だと? 誰とだ?」
バージヴァルは私の発言を嘘だと決めつけている。
「その方達は……」
「私達です」
私がが告げる前に、二人の人物が現れる。
「私、ジョージアーナ・ワトキンソンと申します。二週間前でしたらアナスタージア様主催のお茶会に参加しましたので、アナスタージア様の無実を証言できます」
「私、キャロライナ・ハトルスローンと申します。私も、アナスタージア様主催のお茶会に参加致しました。令嬢は一度も席を外すことはありませんでしたので証人となります」
ミッシェルが突き落とされたという日の私の証人二人が現れてくれた。
「君達二人についても報告を受けている」
バージヴァルは現れた証人の証言について話すことなく、証言者について話し出す。
「俺から話をさせてくれ」
バージヴァルに確認を取るのは、騎士見習いで王子の側近の一人。
ベネディクト・デイヴィーズ。
「あぁ。ベネディクトに任せる」
「ジョージアーナ、俺は婚約者として君を庇いたいが騎士として正義を歪めることは出来ない。この三年間、ミッシェルに対し過剰に行動を指摘していたらしいな」
ベネディクトとジョージアーナも幼い頃に親同士によって決まった婚約者。
「……行動を指摘とは何のことでしょうか?」
「ミッシェルは確かに貴族の作法をしらない。だからと言って努力を怠ったわけではない。それにも拘らず、姿勢や仕草が疎かになると暴力に匹敵する行動を取っていたらしいな」
「……ベネディクト様が何を仰っているのか、私にはそのような記憶が無いのですか?」
「……普段から周囲にその様な行動を取っているから気付かないのだな。ミッシェルは君から指導を受けただけと赤くなった手を隠し、涙を流していた」
「その出来事は事実だったとしても、相手は私ではありませんね」
「君がそこまで醜い人間だったとは……ミッシェルは最後まで君を庇っていたというのに……」
暴力を受けたと主張する、ミッシェル。
暴力を振るったのは自身ではないと主張する、ジョージアーナ。
二人の意見を聞き、ジョージアーナを責め立てるベネディクト。
「アナスタージア、君の友人なだけあるな」
二人の会話を聞き、ある結論に至ったバージヴァルは二人を見下す。
「キャロライナ。私からもいいか?」
「はい」
ベネディクトに代わり宰相の息子でバージヴァルの側近の一人。
オスニエル・クロウリーが引き継ぐ。
オスニエルが指名したアナスタージアの証言者の一人キャロライナは、彼の婚約者。
「君も平民出身であるミッシェルに対し、貴族にあるまじき行為をしていたそうだな」
「何のことでしょうか?」
「私はミッシェルが教科書を抱えて涙を流しているところに遭遇した事がある」
「そうなのですか?」
「平民にとって教科書を購入する事が容易ではないと知り、彼女の教科書を盗んだり破損させたりしていたのだろう?」
「……私がですか?」
「立ち去る君の横顔を見たとミッシェルが証言している」
「私の横顔を見たからと言って、私が関わっている証拠にはなりませんよ」
「……頭の回転が速いな。それだけじゃないだろう? 倉庫に閉じ込められた現場付近でもキャロライナの姿を目撃されている」
「倉庫に閉じ込められたのですか? それはいつでしょう」
「一カ月程前だ」
一カ月前ではなく、一カ月程前。
オスニエルは断定していない。
先程の件もあり断定を避けたのは、彼の機転だろう。
「正確な日時は分からないのですね。では、私も自身の無実を証明する事は難しいですので発言は控えさせていただきます」
「……そうだな。だが、ミッシェルを助けたという人物はいる。後に正確な日付で君の行動を確認させてもらう」
「えぇ。構いませんわ」
オスニエルからキャロライナへの追及はこの場で継続は出来ないと判断し終わった。
「アナスタージア。君の無実の証人だが、令嬢二人に怪しい点があるため証言を採用することは難しい」
「そうですか……私からすると、バージヴァル様は私達の証言など関係なく結論を既にお決めになっているように思えるのですが」
「そんな事あるわけがない」
「では、私達の証言も念頭に置き結論付けるのですよね?」
「勿論だ」
「では、それはこの場には相応しくありませんので……」
「いや、答えは出た。アナスタージア・オールディントン、君との婚約は解消させていただく」
私の言葉を聞きいれてのバージヴァルの宣言とは到底思えなかった。
「ジョージアーナ、俺も君との婚約は解消させてもらう」
「キャロライナ、私も婚約解消をせざるを得ない」
初めから決まっていたように次々に婚約解消を宣言する。
「……やはり、結論は既に決まっていたのではありませんか?」
「そんなことはない。君達三人が『平民』というだけで、ミッシェルを苦しめ続けていたことは確かだ」
「全て私達には身に覚えがないと告げたはずですが」
「君たちの発言を考慮した上での判断だ」
「……どうして、そんなに私との婚約解消を急ぐのですか? まるで、他の方との婚約を考えているように見えますね」
「なっ……確かに僕はミッシェルとの婚約を視野に入れているが、疚しいところなど無い」
「……そうですか、それはデイヴィーズ様とハトルスローン様もでしょうか?」
「あぁ、騎士に誓って」
「私も王家に仕える者として自身の言葉に責任を持とう」
「そうですか……では、私達から確認をしてもかまいませんか?」
「「あぁ」」
三人の婚約解消宣言。
卒業式のパーティーどころではない。
「ミッシェル様」
「……はぃ」
ミッシェルはバージヴァルの隣で不安であることを過剰とも思える仕草で返事をする。
「大丈夫、僕が隣にいるから」
「うん」
婚約解消を宣言したとはいえ、解消されたわけではない。
現婚約者が目の前にいるのに、二人きりの世界に。
「……よろしいかしら?」
「あぁ」
「はい」
ミッシェルに話しかけているのだが、バージヴァルが先に返事をする。
「ミッシェル様は、バージヴァル様とはどのような関係ですか?」
「友人です」
「友人ですか……人目を避け密会していると多くの証言がありますが?」
「密会って、私達は友人でゆっくり話が出来る場所を選んでいただけよ」
「触れ合った事はありますか?」
「触れ合う? 友人だもの、握手したり触れたりするわ」
「唇が触れたりなどは?」
「なっ、それは……」
「婚約者のいる者と口付けを交わすことは不貞となりますが、どうなのでしょうか?」
「やめろ、アナスタージア。女性にその様なことを聞くのは失礼じゃないか?」
「では、私の婚約者であるバージヴァル様にお聞きします。ミッシェル様と音楽室で口付けを交わしたことはございますか?」
「それは……」
場所まで指定すると、バージヴァルは明らかに動揺を見せる。
「していないのであれば、隠すことはありませんよ。そもそも友人が口付けを交わすことがおかしいのですが」
「僕達は……」
「女性の気持ちが分かる王子なら、二人の思い出を嘘で汚された女性が『傷つく』なんてこと私が言わなくてもご存じですよね。恋人関係にある相手を周囲に紹介しないのは、相手の存在を『恥じている』ということにもなりますし。王子が私達国民を欺き婚約者以外の女性と親密となり嘘の報告するとは思っていません。さぁ、どうぞ。『僕達は口付けなどしていない』と宣言してください」
「……くっ……」
何も言えないバージヴァルは隣にいるミッシェルに切なげな視線を送る。
ミッシェルは悲しみの中に怒りを滲ませたような瞳。
「二人は口付けを交わしていないんですよね?」
「……あぁ」
「ミッシェル様は?」
「……して……ません」
「そうですよね。ミッシェル様、騎士のデイヴィーズ様とはどのような関係なのですか?」
「ベネディクト? 友人よ」
「放課後の鍛錬場で抱き合うような友人ですか?」
二人の関係を確認すると、驚いたようにミッシェルに視線を向けるバージヴァルとオスニエル。
「ぁっ……それは……その……」
「抱き合う友人なんて、聞いたことありませんが平民の間ではよくあることなんですか?」
「み、見間違いじゃないの? 私達は抱き合っていないわ」
「見間違い……ですか……多くの方達が見間違えたと仰るのですね」
「そうよ。制服を着た後ろ姿なんて見分けつかないもの」
「後ろ姿は見分けつきませんよね。では、クロウリー様とはどのような関係ですか?」
「オスニエルとは……」
「クロウリー様とも図書室で口付けを交わしていたという証言が……」
小さく『オスニエルとも?』と呟くベネディクト。
三人は親しい関係だが、互いの恋愛観については話していない様子。
全員がミッシェルと秘密の関係だった事を知る。
「違うわ。誰かが私を陥れようとしているのよ」
「ミッシェル様が否定しようと、お相手の方達は真実を知っていることでしょう」
アナスタージアはミッシェルの相手達に視線を送る。
愛していた女性が自分以外の親友とも親密だったことを知り、三人は互いを確認。
「これらは全てミッシェル様ではないのですね」
「もちろんです」
彼女を愛していた者達の気持ちが冷めていくとは知らず、嘘を平気で吐き続ける。
「そうですよね。バージヴァル様にデイヴィーズ様、クロウリー様と親密な関係を築き口付けを交わす関係だなんて……まるで娼婦ですものね」
「私を娼婦だなんて、侮辱よ」
声を荒げるミッシェル様の姿は、天真爛漫と言われていた彼女と同一人物とは思えない。
「落ち着いてください。三人と恋人関係のように振舞っていれば娼婦でしょうが、ミッシェル様は三人とはただの友人関係なのでしょ?」
「……えっえぇ。私は、皆と仲がいいだけよ」
仲がいいだけ……
その言葉が彼らにはどう届くのか。
「三人と関係を持ち婚約解消に導いたとなれば、ミッシェル様は高位貴族の婚約だけでなく王族の婚約解消を扇動した……国を混乱させた疑いで裁判となるでしょうね。その時、バージヴァル様達三人の素行調査も行わる事でしょう。結果によっては廃嫡……追放?」
「「「「え?」」」」
「四人は互いに疚しいことのない、ただの友人なのでしょう?」
顔色を悪くさせる者、震える者、生唾を飲み込む者、自身を抱き締める者。
各々反応を見せる。
「心配する事はありませんよ。全ては裁判で明らかになる事でしょう」
「……待ってくれ、俺は騙されていたんだ」
突然バージヴァルが宣言する。
「騙されていた? 誰にです?」
「もちろん、このミッシェルにだ」
バージヴァルの突然の訴えに驚愕する。
「バージヴァル、何を言い出すの?」
バージヴァルの告白が信じられない様子のミッシェル。
「どうしてアナスタージアに婚約解消を宣言したのか、分からない……僕はそんな気はなかったのに……」
「俺もだっ」
「私もだ」
バージヴァルに同調するようにベネディクトとオスニエルも続く。
「なっ、二人までどうしたのよ急に」
「僕はアナスタージアと婚約を解消するつもりは無かった。ミッシェルからアナスタージアの悪評を囁かれ続け、いつの間にかおかしくなっていたんだ」
自身を被害者のように語るバージヴァル。
「嘘よ。『政略的な婚約でアナスタージアにはうんざりしている』って言っていたじゃない。私といると癒されるって」
「僕が婚約者をそのように言うはずないだろうっ」
醜くも裏切りあいが始まった。
「ベネディクトだって、『婚約者の話は興味のない事ばかりで一緒に過ごすくらいなら鍛錬していた方が良い』って私に言ったわよね? 私が見学しているとやる気が出るって」
「誰かと勘違いしているんじゃないのか? 俺は誰が見ていようと鍛錬は常に本気だ」
「何よっ。オスニエルだって、婚約者との時間は苦痛でしかないって。私と会話している方が頭が冴えるって言ったわよね?」
「君との会話が苦痛だ」
先程までとは打って変わり、三人はミッシェルを遠ざけ始める。
「なっ、急に態度を変えたって無意味よ。貴方達は先程婚約解消を宣言していたじゃない。ここにいる全員が証人よ。それに、私はこの三人と恋人関係だったわ。抱き合ったり口付けだって何度もしたわ」
ミッシェルは三人との関係を大声で暴露した。
絵本の魔女のように振舞うミッシェルの姿に三人は血の気が引く。
震えるしか出来ない三人に婚約者達が近付き囁く。
「「「助けて差し上げましょうか」」」
不貞を暴かれたにも拘らず救いの手を差し伸べる婚約者の三人。
そんな婚約者を信じていいのか分からないでいる不貞男三人。
それでも、その手に縋るしかなかった。
「「「助けてくれ」」」
婚約者の反応に、三人の令嬢達は笑みを見せる。
「やはり、あの噂は本当でしたのね」
「そうみたいですわね」
「聞いた時は信じられませんでしたが」
アナスタージアの言葉にジョージアーナとキャロライナが続く。
「う……わさ?」
ミッシェルが聞き返す。
「我が学園には七不思議があるそうです」
アナスタージアに同意するよう至る所で『その話、私も聞いたことがあるわ』との声が上がる。
「七……不思議?」
「その一、開かずの部屋。昔、恋をした男子生徒が想い人を手に入れる為にある部屋へ呼び出し二人きりになった。相手の女性には婚約者がいた為、叶わぬ恋に彼は彼女を誰のものにもさせないために命を奪い自らも命を絶った」
「……そんな話、信じるわけないじゃない」
「それからその部屋は使用を控えるも、男子生徒が思いを寄せた女性に似た生徒が入ると閉じ込められると語り継がれているわ。ミッシェル様は彼が思いを寄せていた女子生徒に似ていたのね」
「皆、騙されないで。貴方達は自分達がした嫌がらせを誤魔化そうとしているだけじゃない」
「その二、意識を奪われる音楽室。留学する恋人へ送る曲を練習中、指を怪我してしまった。恋人に指の怪我を告げることが出来ず、花束を手渡し見送る。雨の中隣国へ向かう道中、恋人は馬車の事故に巻き込まれ帰らぬ人に。自身が曲を聞かせていれば、時差が生れ恋人は助かっていたのではと後悔し彼は命を絶った。それから雨が降り頻る日は、怪我した指で曲を弾き続ける彼の姿が目撃される。その曲を聞くと、意識を奪われ女子生徒を恋人と勘違いしてしまうそうよ」
「そうだ。僕はあの時、曲を耳にした。『誰もいないのにどうして?』と思ったら、意識が遠のいた」
アナスタージアの話に乗っかるバージヴァル。
「何言ってんのよ、バージヴァル。『この可愛い唇に触れてもいいか?』なんて聞いて、私に口付けしたんじゃない。何が『意識が遠のいた』よっ」
「意識が正常であれば、婚約者でない君と口付けをするはずないだろう」
「あんたねぇっ」
「その三、体を乗っ取られる鍛錬場。思いを寄せている男子生徒の婚約者を怖がらせようと鍛錬場に呼び寄せ驚かせるも、自身が練習用の剣の下敷きになり亡くなった。それから、居残って練習している男子生徒に近付く女子生徒がいるとその体を奪おうと隙を窺っている」
「そうだ、あの時得体のしれない女を見たんだ。あまりに恐ろしかったが、狙いが彼女だと分かり俺は咄嗟に引き寄せたんだ。それを抱き合っていたと勘違いされたに違いない」
ベネディクトも自身の経験は七不思議であると証言。
「はぁ? 『俺の鍛錬はお前を守る為だと、ようやく気が付いた』って言ったじゃない」
「俺は、騎士だ。弱い者を守るのは当然だ」
「あの言葉は嘘だったの?」
「嘘ではない。君が間違って解釈していただけだ」
「……その四を話しても宜しいかしら?」
「アナスタージア嬢。続きを」
「そんな出鱈目話いい加減にっ」
「その四、鏡に映った自分が出現する図書室。真面目に勉強していた生徒はある時、女子生徒に恋をした。どうにかして近付きたくも、うまく行かず。ある時、嫌がらせを受けていた彼女を助けようとしたが逆に自分が嫌がらせの犯人と疑われてしまう。動揺した彼は本棚にぶつかり本の下敷きになり亡くなった。その後、図書室で真面目に勉強している男子生徒が鏡に映るとその生徒の姿を借り女子生徒に近付くそうよ」
「そうだ。私はその女子生徒と口付けなどしていない。私の姿をした誰かだ」
いつも難しい本を読んでいるオスニエル。
そんな彼がこのような話に乗っかった事に周囲は驚き『事実なのか?』と信じ始める。
「オスニエルまで。『結婚前に私と出会えた事に感謝する』って言ったじゃない」
「だから、それは私ではない。結婚前に君と会えてどうなる? 何も変わらない」
「婚約者とは婚約を解消し、私を妻に迎えたいって言ったじゃない。だから私は口付けをしたのよ」
「何度も言うが、それは私ではない。私が不貞を犯すはずないだろう」
「その五……」
二人の言い争いを諫めることなく、その五を話し始める。
「背中を押される階段。婚約者の不貞の相手を追いかけ追及する女子生徒。婚約者が現れ、もみ合いになり階段から転落。それから、その階段で女子生徒が二人きりでいると一人だけ背中を押される」
「……それは、貴方が無罪を主張したいだけでしょ」
「私は無罪よ」
「そんな作り話、誰も信じ……って聞きなさいよ」
「その六、自我を奪い愚行を走らせる卒業パーティー。婚約者が不貞相手に唆され婚約破棄を宣言された令嬢。彼女は失意のあまり自害。婚約者のいる者にありもしない偽りの過去を植え付け、婚約解消を唆すそうよ」
「そうなんだ。僕は突然色んな情景を見せられ婚約解消しなければと思ってしまったんだ」
バージヴァルはアナスタージアの話の通りだと告げる。
「これが我が学園の七不思議です」
「違うわ。彼らは彼らの意志で婚約解消を宣言したわ。婚約者じゃなく、私を選んだのっ」
周囲は無罪だと宣言する三人と、関係を持ったと主張するミッシェルのどちらが正しいのか決めかねていた。
「……アナスタージア、一ついいか? 七不思議と言ったが、六つしかないが」
「最後の一つは……すべてに関係していた者は、悪魔に魅入られる……」
「それは……」
全ての視線が一人へ向かう。
「はい。見目麗しいミッシェル様は悪魔に選ばれてしまったかと」
『悪魔』と発すると会場の全員がミッシェルを警戒する。
「そんなの嘘よ。あるわけないわ」
「ですが、七不思議通りです」
「それは人に移るのかっ」
バージヴァルは完全にアナスタージアの話す七不思議に怯える。
「その女性の周囲で起こるので、近付かなければ……」
聞いた途端、ミッシェルから距離を取る三人。
「そんな話信じるなんて、どうかしてるわっ」
ミッシェルが噂の否定を叫ぶも、誰も聞いていない。
「どうするべきなんだ?」
バージヴァルはアナスタージアに答えを求める。
「この悪魔は恋愛が絡むと呪いを発動します。彼女を男性のいない場所に隔離すれば、被害はないかと」
「そうか……では、ミッシェルは女子修道院に入るように。これは命令だ」
王族のバージヴァルが宣言。
「はぁぁぁぁぁ、ふざけんなっ。絶対にイヤだからなっ。出鱈目話してんじゃないわよ、このくそ女」
バージヴァルの決定に怒りを隠さないミッシェル。
「あの異変、まさか悪魔に取りつかれたんじゃ?」
一人の言葉に恐怖が伝染する。
駆け付けた騎士により、ミッシェルは捕らえられ牢へ。
「まさか、僕達が洗脳されていたとは……君達には感謝する」
バージヴァルとベネディクト、オスニエルはアナスタージアとジョージアーナ、キャロライナの元を訪れ感謝を述べる。
「いえ、婚約者ですもの」
笑顔で彼らの失態を許す婚約者達。
男達三人は今後、婚約者の令嬢達に逆らうことは出来なくなった。
もちろん、不貞も……
準備が整うとミッシェルは女子修道院へ護送された。
その間も喚き散らしていたので、『悪魔に取りつかれた』と隔離される。
悪魔に洗脳されかけた婚約者を救った令嬢達三人は学園で語り継がれることに。
学園七不思議。
話を考えたのはジョージアーナ。
噂を拡散させたのはキャロライナ。
発案者兼断罪者、アナスタージア。
実際、学園に七不思議があるのかどうかは……不明。