デリバリー・ザ・レッド
食、職、色。世の中には色々なしょくで溢れています。
今回は猛暑日でも戦い続ける配達員。立ちはだかるは・・・
蒸し暑くなってきた日の昼下がり、コンクリートジャングルを駆けるバイクが一台。
アスファルトから照り返される熱に体が焼かれるのを感じながらバイクにまたがる男は配達員。
色んな店の物を色んな場所へ届ける。みんなのお届け人である。
この仕事が嫌いな訳ではないが、どうしても暑さと寒さが難敵である。夏に焼かれ、冬に凍らされる度に転職や車の購入を考えるが、未だに長年連れ添った歴戦の相棒であるバイクを手放せないでいる。
昼飯を食べる時間も無く、男は東奔西走駆けまわる。
昼過ぎの渋滞と暑さ、そして目的の場所への到着予定時間が迫ってきているという現実が男の頭を沸騰させる。イライラする自分を制御できず、思わず運転も少し乱暴になってしまいそうだが、配達員としてのプライドがそれを抑制する。
渋滞を抜け、目的地が目の前に迫るとようやく安堵できた。これならギリギリ間に合うであろう事と考えていた矢先。それをあざ笑うかの如く目の前の信号が赤く染まる。目と鼻の先に目的地があるというのに、あと少しが届かないもどかしさが冷静になっていた男の頭に再び火を入れる。
1~2分であろう待ち時間も、時間に追われる男からしたら永劫に近い時間に感じられた。イライラと思わずハンドルを握る手に力が入ってしまう。
その時、「グオォ~~~ッ!!」と自分でもびっくりする程の轟音が腹の辺りから唸りを上げる。すさまじい音に今のは自分の腹の虫か?と思わず困惑してしまうのと同時に、とてつもない空腹感に襲われる。
頭に血が上ったからか、とっくにランチタイムを過ぎているからか、体の方がガス欠を起こした。
皮肉にも腹の中で轟音を鳴らす空腹の鐘が男の頭を冷静にさせる。
すると信号機は青に代わり、待ってましたと再び走りだす。
ギリギリだが予定通り到着できた。後は届物を渡すだけだ。
バイクの荷台に固定された多いなバッグから届物であるちょっと豪華な弁当を4つ取り出す。
自分と同じくランチタイムを逃した人たちなのかと思いを巡らせながら弁当に異常がないか確認すると、再び腹の中から轟音が鳴り響く、安堵感に打ち消されかけていた空腹感が男を襲う。
思わず「ゴクリッ・・・」と喉を鳴らしてしまった自分を振りほどくように頭を横に振りながら弁当を運ぶ。ただ、男の中には絶対に昼飯は弁当にしようという決意の火が灯った。
ミッションコンプリート。
無事、配達を終えると男は急いでバイクへ戻り、あっという間に再び灼熱のアスファルトへ走りだす。
もはや暑さなどなんのその。男の中では弁当をかっ食らいたいという衝動に支配されていた。
近くのコンビニか?いや、近くに弁当の上手いスーパーがあった筈だ!と、ある種の職業病と言えるのか、近隣の地図が完璧に脳内にインプットされている男の判断は早かった。最短ルートでスーパーへのルートを駆け抜け、あっという間に目的地が見えてくる。
しかし、再び男の前には赤いシグナルが立ちふさがる。忌々しい事この上ないが、この耐え難い時間が飯を美味しくしてくれるだろうと自分に言い聞かせ平静を保つ。
シグナルが青に変わるとF1ドライバーかの如くほぼ同時にスタートを決め、念願の目的地に到着。駆け足気味で惣菜売り場へ向かうと、そこにはランチタイムを過ぎ、残った弁当が点々としていた。完売という最悪を避けられただけで男にとっては御の字である。品定めを始めると一つの弁当が一際目を引いた。見つけた瞬間にこれしかないという確信めいたモノすら感じた程である。
手に取るは『鶏肉の塩だれ弁当』。こいつに決まりだ。
冷えた水を一緒に買い、店内の一角に設けられたイートインスペースへと到着する。待望の時、きたる。深く深呼吸をし、弁当の蓋をあける。スペースには温める用のレンジも用意されているが、男は目もくれなかった。
冷えた弁当からしか得られない美味さがある。とはこの男の談である。
蓋を開けると、塩だれのと肉のあまじょっぱい臭いに口の中が唾液であふれそうになる。
塩だれのかかった鶏肉、ナポリタン、漬物、ほうれん草の胡麻和え。そして日の丸を思わせる白米と梅干。空腹の極致までたどり着いている男からしたら宝石箱のようなラインナップだ。
期待に胸を踊らせながら箸を割ると、ガブリと鶏肉を一切れ、一口で放り込み、頬張る。作られてから時間が経っているからか暖かさを感じる事はないが、反対に時間が経った故かより味の染みているように感じる。
鶏肉の旨味と塩だれの甘じょっぱさが疲れた体にはたまらない幸福感を感じさせる。ゴクンと飲み込むと、間髪入れずに白米を大きく取り、かっ食らう。こと食事において、この追い米で口がいっぱいになる瞬間は日本人に生まれて良かった。と心から思わせる。冷えた米もまた良いものだ。
ほうれん草や漬物のような、脇を固めるスーパーサブがまた良い仕事をしてくれる。口の中のしょっぱさをスーパーサブでリセットすると、再び大口を開けて鶏肉を頬張る。
残り数切れとなった所で鶏肉の横に添えられたカットレモンをギュっ!と絞ると再び口の中で唾液が溢れる。
頬張るとしょっぱさを引き立てるすっぱさが更に食欲を加速させた。
しかし、ここで一時停止。三度現れたるは白米の上の赤きシグナル。
梅干しが嫌いな訳ではないが、その丸い赤色は憎き赤い信号機を思わせ、男の思考を停止させた。
何ていうのも一瞬の出来事。頭を振って雑念を取り払うと一口で梅干しを喰らい、白米で追撃する。何か塩分取りすぎじゃないか?と脳裏を掠めたが、疲れた体には丁度いい位だと雑念を払う。
「ズゾッ!」と人啜りでナポリタンを平らげ、再び鶏肉へ箸を伸ばす。
最後の一口を味わいながら、食べるのに夢中で口をつけていなかった冷えたミネラルウォーターを一気飲みする。猛暑日が続いている為か、このスーパーは一部ドリンク系をキンキンに冷やして販売していた。
疲れた体と満たされたお腹にはまさにオアシスの水が如く体の隅まで浸透する。
「ゲフッ」と思わず息が漏れ、周りに誰もいない事に安堵する。
すると疲労と満腹感からボーっと意識が遠のきそうになる。店内で流れる最近のヒットナンバーに耳を傾ける。愛だの恋だの歌っているが、まったく頭に入ってこない・・・。
このまま眠ってしまいたい。という誘惑にあらがっているとスマホが震える。まだ働けと尻を叩かれている気分だ。
再びバイクを走らせる。少々眠いが、昼下がりの陽気は先ほどに比べるといくらか良い気持ちだ。
頑張りますか!と気合を入れなおす。と・・・
後方から「止まりなさい」とバカでかい声が聞こえる。
ミラーから見えるのは赤い光。
「え?」
デリバリー・ザ・レッド
油断大敵。