小説投稿サイトに“コミカライズ部門”が創設されました
出版社の打ち合わせコーナー。パーテーションで区切られたスペースには、納得いかない表情で眼鏡の女性が俯いている。反対側には机を挟んでいかにも不機嫌そうな顔の男がいて、彼は腕組をして彼女を見下ろしていた。そしてその間の席には、なんとか彼らを宥めようとしている編集者の一人が困った顔で座っていた。
眼鏡の女性は漫画家で、現在、男のラノベ作品のコミカライズを担当している。作品名は『イケイケ人生! 特殊スキルでGO!』。小説投稿サイト“作家になるぞう”に投稿された人気作で、総PV数は5千万を超える。
「勝手にストーリーの順番を変えてもらっちゃ困るんですよ!」
男が言った。
それに女性は反論をする。
「でも、一番印象に残るシーンに決めゴマを持ってくるのにはこの順番が最も良くて……」
「それはあなたの感性での話でしょう? 僕は実力でランキング上位に入ってこれだけの人気を獲得したのですよ? 僕の感性を信頼して欲しいな」
実は漫画家の女性は、小説の一部を改変していたのだった。それが作家の男は気に食わないと怒っているのである。
……自身の作品に拘りを持ち、メディア展開された後も執着をする作家は多い。ただし、拘る点は様々だ。そしてその拘る点をかわしさえすれば意外に認めてくれる場合も多い。
キャラクター性に重きを置く人、雰囲気に重きを置く人、メッセージ性に重きを置く人……
(ドラマ化に際し改変をされ、自殺までしてしまった漫画家は、作品テーマの根幹となるメッセージ部分に手を加えられてしまった事がショックだったようだ)
ただ、そのいずれでもないケースも存在するのだった。
“気に食わない。どうして僕の小説はまったく売れていないのに、こいつの漫画は売れているんだよ!”
――そう。
彼は単に自分の小説が売れない八つ当たりと僻みで彼女のコミカライズに文句を言っていたのであった。
そもそも彼の小説は流行りの作品から様々な要素を拝借してちょっと手を加えたような内容で、なんらオリジナリティはない。強い思い入れがあるはずもなかった。
彼女はその彼のオリジナリティ皆無の小説に色々と工夫してオリジナリティを与えていた。今となっては彼女の方が作品に思い入れがあるかもしれない。だからこそ意欲的にクオリティの高い作品を仕上げてくれる。実力も高い。出版社にとっても小説投稿サイトにとっても、そして、原作者にとってもありがたい存在だ。
……だから、当然、怒らせてしまったらまずいはずだった。
が、彼は全く心配はしていなかった。何故なら、“原作者”という立場はそれだけ強いからだ。彼がOKを出さなければ、彼女は作品を描けない。彼女は自分に逆らえない。もちろん、そんな事をやっていれば悪評が立つだろうが、彼はそれも心配していなかった。何故なら、小説投稿サイトに作品を投稿し、アクセス数さえ稼げれば、いくらでもコミカライズの話はやって来るからだ。
作品のトリガーは自分が握っている。ラノベのコミカライズ担当は、だから自分には逆らえない。
そう少なくとも彼は思っていた。思っていたのだが……
――小説投稿サイト“作家になるぞう”にコミカライズ部門が創設された。
小説の作品設定でコミカライズOKフラグが立ったものに対しては、サイト内に限りコミカライズが自由に行えるというようにしたのである。
そして、コミカライズされた作品のポイントの一部が元の作品にも加算される仕組みになっているから、コミカライズされた方が有利になる。また、コミカライズ作品については、ランキングはポイントだけでなくアクセス回数も影響する事になった。サイト外の読者も多いだろう点を考慮したのだ。
結果、実力のある漫画家にコミカライズしてもらった小説が、ランキングにおいて圧倒的に有利になったのだった。
となると、当然……
彼は苦悩していた。
いくら作品を投稿しても、ランキング上位には入らない。以前なら、多数小説を投稿していれば、いずれは高いポイントが入る作品が出たのに、今は他のコミカライズしてもらっている作品にまったく勝てない状態だ。
そして、漫画家に嫌がらせをし続けていた彼の作品をコミカライズしてくれる実力のある漫画家は現れそうにもなかったのだった。
漫画家に選んでもらえなければ、ランキング上位に入れない。アクセス数は稼げない。出版もできない。
つまり、漫画家と原作者の立場が完全に逆になってしまっていたのだった。
「まさか……」
彼は苦悩していた。
「まさか、こんな事になるだなんてぇ!」
小説投稿サイトから出版される小説の多くはあまり売れなくなっています。にもかかわらず、まだ小説投稿サイトがある程度のアクセス数を維持できているのは、コミカライズ作品のお陰でしょう。
つまり、小説投稿サイトの作家達が出版できているのは優秀な漫画家達のお陰です。
……小説投稿サイトの作家達は、もっと漫画家に感謝をして、彼らを慮ってあげるべきじゃないでしょうか?