悩ましい1日
「おはよーっ」
「おー。おはよ。きこ今日早いじゃん。」
「えみの方が早いのに何言ってんのよ。」
今日こそ、一番に着いたと思ったのに相変わらず同期のえみは来るのが早い。
私と同じようにダンスは未経験。さらにどちらかというと苦手らしく、誰よりも努力をしている。
でも彼女は歌声がとても綺麗で、たまに彼女が口ずさむ鼻歌すら私にとっては魅力的だ。
「ここの腕はこの位置で。いつも下がっちゃうから。」
先輩の藍衣さんが振りを教えてくれてる。
鏡に映る先輩たちの振りと自分がどう違うのかよく観察しながら踊る。
そうしている間に、フォーメーションチェンジをする。鏡に映る自分を見ると少し強張っている気がした。幸い、この曲は少し暗いから、表情をそこまで意識する必要ないと思った。
「ちょっと休憩にしようか。」
かなさんの合図で、曲が止む。
私はその場にへたり込んで、水分を取る。ふと目線を横に移すと、
覚えたばかりの曲の振りを忘れまいと、えみはすぐさまノートにメモをしていた。
ああ、彼女は努力を惜しまないんだな。私も、私なりに覚える努力はしているんだけどな。
「さきこ、顔怖いよ?」
かなえさんが心配そうに顔を覗かせる。その大きな瞳に私はいつも吸い込まれそうになる。
「すみません。少し考え事してました。」
「どした?なんかあった?」
彼女は心配そうに、でも明るく微笑んだ。
私はかなえさんの太陽のような明るい笑顔が大好きで、彼女の笑顔につい釣られてしまう。
「私、こんなダンス下手で、なんで受かったんだろう。って思うんですよ。」
「さきこはダンス初心者なんだから、しょうがないじゃん。誰だって、初めっから上手いわけじゃないんだよ?」
「まあ、そうなんですけど。」
「それに、上手にすることだけが全てじゃないはずだよ?」
「どういう意味ですか?」
「ん?そのうちわかるよ。」
「そうですか。」
「再開しよっか。」
私は腑に落ちないまま、かなさんの声に反応して練習に向かった。
「ここまでにしよっか。」
かなさんと藍さんが目を合わせて、今日の練習は終わった。
私は、ダンス練習が終わった足でボイストレーニングに向かった。
私は、歌が下手だ。昔から音楽に触れてるくせに歌はからっきしだった。そもそも私の声は掠れていて、完全にオフの時は、体調がなんともない時でも「風邪大丈夫?」と心配されるくらい。
「末芳さんは、高音の時少し喉に力を入れすぎなんですね。」
そうボイトレの先生には言われる。でも、力を抜いたらカスカスになってしまう。この人は何を言っているのだろうか。なんて思いながらも、私が苦手な高音が出るように体の力を抜いて歌えるトレーニングをしてもらった。少しだけコツを掴んで高音が出やすくなったなと思い始めたところで、時間が来てしまった。
外に出るともう辺りは真っ暗だった。
「どうして受かったんだろう。」
晴れてアイドルグループに所属できたとはいえ、このままではまだ自分のファンはいないであろうデビューライブで、下手くそな歌とダンスを披露することになってしまう。
「顔、そんなに怖かったかな。」
先ほど先輩のかなえさんに言われた言葉を思い出していた。
でもあの曲はそんなに笑う必要ないよな。そんなことを考えている間に、家の扉を開けていた。
真っ暗な部屋の電気のスイッチを押すと、照明は煌々と部屋の中を明るく照らす。
ふと壁に掛けてあるカレンダーに目を移す。
「あと2週間かぁ。」
オーディションに受かって、早2ヶ月。私が麻咲というアイドルとしてデビューすることが決まってここまでくるのにあっという間だった。いつも、どうしてこんなに自分はうまくいかないんだろうかと、悩むばかりだ。もう流石にフォーメーションは覚えてきてはいるし、振りも入ってきてる。でも、先輩たちのように動けない。どこがどう違うのか正直わからない。
でも今ここで悩んだって仕方がない。
「風呂入るかぁ。」
湯船の蛇口をひねって、湯を貯め始めた。
その間、先輩からもらった、今日のレッスンの映像を見始める。
先輩と比べると動きも表情も全て硬い。
かなえさんが言ってたのはこのことか。こんなに自分が強張っていることには気づけなかった。
なんだか、必死であまりにも余裕がないなぁ。
動画の中の自分を見てそう思った。
リズミカルな音楽が部屋に響いた。風呂の湯が溜まったようだった。
「入るかぁ。」
考え事をして入ってしまったものだから、上がる頃にはのぼせてしまった。
保湿とドライヤーをして、今日は眠ることにした。