第5話『魔王ちゃん、勇者に逢いに行く! その2』
「着いたーー!!」
魔王城から飛び続けること1時間、ようやく目的の北の街に到着した。
ノーデンシュタットという名前のこの街。
空中停止しながら、人目につかない場所を探す。
ちなみに、ふつーに歩いたら一週間はかかるかな。
翼って偉大~!
「さー、早く愛しの勇者たんを探さなくちゃ!」
アタシは街外れの小屋の影に降り立つと、素早く指輪を装着。
バルギウスに渡された “変身の指輪” だ。
問題は起こさないようにっていう言い付けを、ちゃーんと守るアタシって偉い!
「指輪に宿りしマナよ、アタシの姿を変えよ。我が姿は我がものにあらず!」
呪文を唱えたアタシは眩い光に包まれて――。
次の瞬間、人間の少女の姿に変わった。
もちろん頭に角なんてない。
どこからどう見ても、赤髪ツインテールの普通の女の子。
「ふふーん、これならアタシってバレないでしょ!」
はーっはっはっはー!
と高笑い。
「おい、お前!」
「ひゃうっ!」
――してるときに不意に背後から声をかけられて、アタシはドキッとして振り返る。
そこにはガラの悪そうな大男が立っていた。
体格はアタシよりも遥かに大きい。
目つきの悪さと頬の大きな傷は、いかにも悪人といった感じ。
「アァン? お前、この辺じゃ見かけねぇ顔だな!」
はうあっ!
喋り方もそれっぽーい!
でも、どうやら変身を見られたわけじゃないみたい。
ホッと胸をなでおろす。
潜入した瞬間に身バレとか、マジで最悪だからね!
男は、そんなアタシを上から下まで舐め回すように見る。
その口が、ニチャア……と、いやらしく笑った。
「ほう……なかなかの上玉じゃねぇか! どうだ、俺と楽しいことしてみねぇか?」
悪人を地で行く男。
マジであり得ない!
それが初対面の人に対する態度かー!
ペシンペシン!
と、心の中でオシオキしてやった。
アタシは男に向き直ると、ニコッと微笑む。
「ごめんなさい、アナタには1ミリも興味ないわ」
「チッ、なんだお前! お高くとまりやがって!」
男はアタシを睨むと、地面にペッと唾を吐いて去ってゆく。
ちょ……なんなのあの態度!
アタシが魔王って気付いてないでしょ、気付かれちゃダメなんだけど!
追いかけてって捻り殺してあげようか、しないけど!
バルギウスから問題は起こさないようにって言われてるしね。
ここは穏便に済ませといてあげるわ。
命拾いしたことに感謝しなさい、バーカバーカ!
遠ざかる男の不機嫌な背中に、
ベーッ!
と、思い切り舌を出してやった。
「――って、こんなことしてる場合じゃなかった!」
アタシには、愛しの勇者たんに逢いに行くという重要ミッションがあるんだ!
寄り道してる暇なんてない!
「うーん……でも、勇者はどこにいるんだろ? あてもなく探しても見つかりそうにないし……」
「あの……どうかしましたか?」
そのとき、またも背後からかけられる声。
まーたナンパ!?
そう簡単に、この魔王ちゃんがなびくとでも思ってるの?
ここは毅然とした態度でキッパリ断ってあげるわ!
ぐうの音も出ないほどにね!
「いえ、間に合って……――!?!?!?」
振り返ったアタシは、思わず「ぐう」と唸った。
な、な、な、なんと、そこにはあの勇者たんがいたの!!!!
しかも、その腕に子猫を抱いてる!!!!
やっば!!!!!
マジでやっば!!!!!
普通の勇者たんでも尊いのに、勇者たん(子猫付き)って尊さマシマシすぎるぅ!!!!!
あああ、もう眩しくて目が開けてられないーーーーっっっ!!!!
ひゃあう!
ってなってるアタシを勇者は覗き込む。
「大丈夫ですか?」
んきゃー、顔近っ!!
瞳きれーい!!
まつ毛長っ!!
「は、はいっ、大丈夫です! ごちそうさまですっっ!!!」
アタシは何を口走ってるっ!?
一瞬、目を丸くする勇者だったけど、その顔はすぐに微笑みに変わった。
「うん、大丈夫そうだね。僕の名前はユウ」
「アタシはアイラ……」
そう名乗って、ハッとする。
ヤバッ、名前言っちゃった!
魔王ってことがバレちゃう!
と思ったけど、勇者は気にする素振りもない。
そっか……いつも『魔王』って呼ぶし、アタシの名前を知らないのかもしれない。
ホッとしたような……でも、悲しいような……。
複雑な気持ちが胸に込み上げる。
「アイラは、この街は観光かな? 困ったことがあったら、いつでも声をかけてね!」
顔もイケメンなのに、言うこともイケメン!
こんなの、ますます好きになっちゃうでしょー!
去っていく勇者、小さくなる背中。
でも、ときどきこちらを振り返っては、大きく手を振ってくれる。
「勇者の笑顔、初めて見た……。あんな顔して笑うんだ……」
アタシと戦ってるときの真剣な顔も素敵だけど、心があたたかくなるお日様みたいな笑顔も好き!
えへ~、勇者しゅき~、しゅきしゅき~♡
もー、さっきの大男とは大違い!
でも、これで【勇者に逢う】というミッションは終了。
大人しく帰路につく……。
……と、思ったら大間違いよ、バルギウス!
ここからは追加ミッション!
【勇者を観察せよ!】発令よ!
だって、もっともっと勇者のこと見ていたいじゃない?
アタシはニッと笑うと、こっそりと勇者の後を追いかける。
「魔王歩きは忍び足ってね!」
――程なくして、勇者は小さな建物の扉の前に立った。
コンコン――とノックすると、中から5歳くらいの女の子が飛び出してきた。
勇者の腕の中の子猫を見ると、満面の笑みでぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ありがとー、勇者さまぁ!」
子猫を受け取った女の子は、ぷにぷにのほっぺをその子に摺り寄せている。
子猫も嬉しそうに「ニャア~」と鳴いた。
次いで、女の子のお母さんかな?
30代くらいの女性が姿を現した。
「ああ、ありがとうございます。娘は子猫がいなくなってから泣いてばかりで……。こちらはお礼です。少なくて申し訳ありませんが、お受け取りください」
そう言って、お母さんは手にしていた革の巾着袋を差し出した。
だけど勇者は首を横に振る。
「いえ、報酬は冒険者ギルドから頂きますので!」
「で、でも、腕だって、そんなに擦り傷や引っかき傷が……」
袖口から見える腕は、確かに傷だらけ。
たぶん、子猫と激しく格闘したんだろうな。
だけど、やっぱり勇者は首を縦には振らない。
「勇者の本分は、人々に笑顔をもたらすことですから。……まぁ、これは初代勇者である父の受け売りなんですけどね。だから、そのお金は娘さんのために使ってあげてください」
そう言って笑う勇者たん。
ちょー!!!
もー、マジ神!!!
この世の善は、今ここに集結してるんじゃないかってくらいに神対応!!!
「勇者さま、バイバーイ!」
親子に見送られた勇者たんが次に向かったのは、街中の大きな建物だった。
両開きの大きな扉を開ける彼に続き、アタシもこっそり中に入る。
「わぁ……」
そこは酒場になっていた。
少し薄暗い店内は所狭しと椅子やテーブルが並べられ、壁際には剣や鎧が飾られている。
そして、昼間だというのに沢山の人、――たぶんこの人たちは冒険者ね。
活気のある風景は、バルギウスの持ってた漫画の『冒険者の酒場』そのものだー!
その漫画によると、吹き抜けの一階は酒場&冒険者ギルドになってて、二階は宿屋になってるんだって。
とりあえずアタシは、さりげなく隅っこの席をゲット。
いぇい!
勇者はというと……。
『冒険者ギルド』って看板があるカウンターで、向こう側にいる女性に声をかけてる。
「マリーダさん、ただいま!」
少し眠そうな目と、ウェーブのかかった長い髪がとっても妖艶!
勇者の顔を見ると、プルっと膨らんだ艶のある唇がフッと緩んだ。
「お帰り、ユウ。その様子だと、依頼は無事に達成できたようだね」
そう言ってカウンターに肘をつくと、無意味に髪をかきあげる。
ちょっと!
いちいちなんなの、その色っぽい仕草は!
服なんか胸元が大きく開いちゃって、谷間と膨らみがこれでもかってくらいに強調されてるじゃん!
アタシの勇者たんを誘惑しないでよねっ!
ガルルル!
唸るアタシ。
と、そのとき――。
「お、さっきのネェちゃんじゃねぇか!」
聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
嫌な予感と共に隣を見れば……。
「んきゃ!? さっきのナンパ男!!」
「へへへ、なんだよ。俺を追いかけて来たのか?」
男は樽ジョッキを持つと、アタシの席に移動してきた。
うっ、お酒臭ーい!
男のいたテーブルには、空になったジョッキが6つもある。
この短時間で、どんだけのペースで飲んでるのよ!
っていうか、どいてよ!
そこに座られると勇者たんが見えないでしょ!!
必死に向こう側を覗こうとしても、男の巨体がそれを遮る。
目に入るのは、頬に傷がある赤ら顔の酔っ払いだけ。
ほんっっと邪魔!!!
だけど男はそんなこと気にする様子もなくて。
ビッ!
と親指を立てて自分を指すと、黄色い歯を見せてニチャッと笑った。
「自己紹介がまだだったな。俺の名前はワルスギル! 二つ名は【ジャガー】だ!」
「ジャガー……?」
「ああ、そうだ! 誰が呼んだか知らねぇが、森の王者であり力の象徴である獣、ジャガーに姿を重ねたんだろうよ、ウハハ!」
得意げな大男。
筋肉質の浅黒い肌と茶色の短髪、ゴツゴツしたその顔と傷。
ふーん、なるほど。
獣のジャガーじゃなくて、ジャガイモのジャガーね。
「なぁなぁ、俺といいことしようぜ!」
「うるさいなぁ、1ミクロンも興味ないって言ってるでしょ!」
「ケッ! クソが、調子に乗りやがって!」
暴言を吐き捨てると、ジャガイモジャガーのワルスギルは自分の席に戻ってく。
帰り際に
ガン!
とテーブルの足を蹴っ飛ばしたけれど、それは店の喧騒に飲み込まれて誰にも気づかれない。
ただただ、アタシに不快感だけを残して去っていく。
むっきー!
アイツ何なの!?
バカなの!?
アタシを怒らせないと死んじゃう病にでもかかってるの!?
ほんっっと無理なんだけど!!
……でも、これでやっと勇者をゆっくり眺められ――。
「やあ、アイラ。君も来てたんだ」
「ってーっ!?」
いつの間にか目の前に勇者たん!
な、な、な、なんでー!?
「相席いいかな? ここしか空いてなくて」
見回せば、店内は満席状態。
確かにアタシの前の席しか空いてるところはない。
「ど、ど、ど、どうぞっ!」
声が裏返りつつも、アタシは勇者に席を勧める。
「ありがとう」
ニコッと微笑む勇者。
トキューーーン♡♡♡
あああもうっ、その笑顔はヤバいってー!!!
幸せすぎて溶けちゃいそう~~~~!!!
もー無理!
いい意味でほんと無理ぃ♡
……でも、その幸せは長くは続かなかった。
「おう、誰かと思ったら勇者ユウじゃねぇか!」
お酒臭い息を吐くのは隣のジャガイモ男こと、ワルスギル。
ほんと、いい加減にしてほしいんだけど!
そんな心の声に気付くはずもなく、男はカウンターをチラリとみると唐突に小声になった。
「……おい、ユウ。マリーダはどうした?」
「なんでも、用事があるとかで店から出ていきましたよ」
「ほう……」
ニヤリと笑ったワルスギルは椅子にふんぞり返る。
勇者の答えを聞いた瞬間から、態度はあからさまに大きくなるし……。
さては、偉い人にはヘコヘコするタイプだなー!
「マリーダさんって素敵な方ですよね。『どんな小さなクエストでも、達成したなら祝杯を上げな。それが冒険者たちが仲間を求めて集まるマリーダの酒場のしきたりなのさ』って言ってくれて」
だけど、そんな勇者の言葉をワルスギルは鼻で笑う。
「ヘッ、今回は迷子の子猫探しだっけか? どんな小さなって言ったって限度があらぁな!」
「でも、依頼人のお母さんも、娘ちゃんも喜んでくれたから僕は満足です」
「ハッ! 国家認定の勇者サマは殊勝なお考えで。テメェみてぇな腰抜けは、ペット探しがお似合いだぁな!」
な、なによコイツ!
勇者のどこが腰抜けだっていうのよ!
世界を救うため、何度倒れても立ち上がってアタシに戦いを挑んでくるのよ!!
アナタにそれができる!?
その言葉、訂正しなさいよ!!
「テメェの親父は国から選ばれた勇者だったが、おおかた魔王が怖くて逃げだしちまったクチだろうよ!」
そう言うと、周りの冒険者に無理やり同意を求める。
冒険者たちからは、仕方なしな感はあるけど、笑い声が聞こえてくる。
「んで、その後を継いでテメェが勇者だぁ? 駆け出しにようやく毛が生えたEランク冒険者のテメェが! 本来なら絶賛上昇中の俺が選ばれるべきだろ! Cランク冒険者であるこの俺がよ!! ふざけんじゃねぇ、国が認めても俺は認めねぇぞ!」
冒険者はランク付けされてるって聞いたことがある。
S、A、B、C、D、E、Fの7段階に分かれていて、Eランクの勇者たんはまだまだ駆け出しの冒険者。
Dランクになって初めて一人前みたい。
ジャガイモはCだから中級冒険者。
でもね!
たとえ神が認めたって、アタシはアナタを絶対に認めない!
恨みを込めた目で睨んでたら、不意にワルスギルがこっちを向いた。
「ほら、目の前のネェちゃんだって、そう思ってるぜ!」
な……アタシがそんなこと思うわけないでしょ!
勝手なこと言わないで!
こっち見んな、バカッ!!
「オラ、何か言い返してみろよ! この腰抜け親父の七光りが!」
酒場中に響く心無い罵声。
勇者は立ち上がると、俯いたまま歩き出す。
その拳は小刻みに震えていた。
アタシとすれ違いざま、
「……巻き込んでゴメン」
そう言い残して、酒場を飛び出していく。
その背中をワルスギルは指をさして笑った。
「ヘッ、張り合いのねぇヤツ。なぁネェちゃん、あんな奴は放っておいて、俺といいことしねぇか?」
ニチャッと笑う男。
相変わらずの汚い笑み。
アタシは向き直ると、
「この大バカッ!!」
そう叫んで、勇者の後を追いかけるのだった。
「――待って! ねぇ、待ってよ!」
アタシは、通りを走る勇者の手を掴んで引っ張る。
「あのジャガイモに、あんなこと言われて悔しくないの!?」
その問いに勇者は寂しそうに微笑んだ。
「悔しいけど、僕が弱いのは事実だし……。それに、あの人には何を言っても無駄だから」
自嘲とも、諦めとも取れる言葉。
「僕の父さんはさ、10年前に魔王に戦いを挑んだんだ。でも、帰ってくることはなくて……」
知ってる。
初代勇者は最大のライバルだったって、当時の魔王だったおじい様が言ってた。
「遺留品すら見つかってなくて……。だからみんな、父さんは魔王が怖くて逃げたんだって……」
俯いた口から悲しい声が漏れる。
いつも直向きに頑張っていた彼のこんな姿は初めてで……。
胸の奥がチクリと痛んだ。
「そう……。アナタも、お父さんのことを腰抜けだと思ってるんだ……」
アタシがそう呟いた瞬間――。
「それは違う!!」
勇者は弾けたようにアタシの肩を掴んだ。
「父さんは逃げる人じゃない! どんな強敵が相手でも絶対に引く人じゃない!」
真っ直ぐにアタシを見つめる顔は真剣で。
その瞳には一点の曇りもなくて。
「誰かのために命を懸けて、笑顔で道を示してくれる。そんな勇者だから僕は憧れたんだ!」
ひたむきに信じる心は、人として、父として、初代勇者として、どれほど大きな存在だったのか。
それが痛いほど伝わってきて、アタシは思わず微笑んだ。
「なんだ、そんな顔できるんじゃない」
「……っ!」
「好きな人のこと、悪く言われて黙ってることなんてないよ。結果、ぶつかり合ったっていいじゃない。アナタの中の真実は絶対に曲げちゃダメ! 誰かのために怒ったり泣いたりできるのって、素敵なことだと思うから」
アナタは腰抜けなんかじゃない。
努力だってたくさんしてる。
それは、何度も戦ってきたアタシが一番よく知っているから。
「ごめん……」
勇者は手を離すとアタシに向き直る。
「……父さんも言ってた。『勇者とは国に認められたからなれるんじゃない。人のために勇気を出せる者が勇者になれるんだ』って。そっか……そうだよな。僕、何を逃げてたんだろう」
そう言うと、フッと笑った。
その顔にはもう、迷いの色はなかった。
「アイラ、ありがとう! 僕、ちょっと行ってくる!」
踵を返して走り出す勇者。
その後をアタシも追いかける。
さっき勇者に掴まれた両肩を、指先でそっと触れてみた。
そこはまだ微かに熱を帯びている。
「えへへ、勇者に触られちゃった……♡」
「ん? アイラ、何か言った?」
「な、なんでもないっ!」
肩の熱は勢いを増し、顔に、そして全身に広がっていくのをアタシは感じていた。
~その後のアイラ&ユウ~
「でも、アイラ。顔が赤いよ? 熱があるんじゃない?」
「や、これはなんでもないっ! なんでもないからっ!」
「ちょっとオデコ出して……どれどれ、オデコ同士でコツン☆」
「きゃぴっ!? 顔が顔が顔が近いぃぃぃ!!! ふわあああ、ぷすぷすぷす~~……」
「うわっ、アイラ、頭から煙が出てるよ!!!」
「ぷすぷすぷす~~……」
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