第4話『魔王ちゃん、勇者に逢いに行く! その1』
「――以上で今回の財務報告を終わりますじゃ」
そう言って、恭しく頭を下げる長い白髭の魔物。
このお爺ちゃんが魔王城の財政担当、名前はカネトル。
「う~ん……ちょっと待って」
立ち去ろうとした彼を呼び止める。
アタシは魔王アイラ。
泣く子も惚れるプリティガール。
「どうかしましたかな?」
「ガッポ・リトルゾ地方の税率なんだけどー、これ、控えめに言ってちょっと厳しくなーい?」
「ふぅむ。ですが、あの地方の二国、ガッポ国とリトルゾ国は反逆を企てたため、長年他より厳しい設定にしてあるのですじゃが」
カネトルは、アタシの言葉をやんわりと否定する。
でもね、ここで引き下がってたら魔王なんてやってらんないのよ。
「反逆って50年も前、おじい様が魔王だったころの話じゃん? その二つの王家も転覆して、今は新しい王になってるわけだしー。もー、いいんじゃん?」
「しかしですじゃアイラ様、また反逆をたくらむ輩が現れぬよう、見せしめとして……」
「見せしめとか、そーゆーのいいって。いっつも言ってるでしょー、こーゆーのはバランスが大切なの! 民を無意味に苦しめたりとか、恐怖による支配とか、アタシの趣味じゃないしー」
「……わかりましたじゃ。アイラ様がそうおっしゃるのであれば」
「御意に」と言葉を続けてカネトルは頭を下げた。
「わかってくれて、ありがと。“正しい支配”、それがアタシの目指すべき姿なんだっ!」
「そうですな、その理想のため尽力いたしましょうじゃ。それにしても、アイラ様は本当に立派になられましたな。このカネトル、800年も生きてると頭が固くなって仕方がないですじゃ」
「ううん、これからも頼りにしてる。だから、長生きしてね」
「ふぉっふぉっふぉ、あと500年は生きるつもりですじゃ」
嬉しそうに玉座の間を後にするカネトル。
もう一度言うわ。
彼は魔王城の財政担当、その名はカネトル・イヤトラヌ。
とーっても理解力あるお爺ちゃん!
「流石ですね、アイラ様」
背後から聞こえてくる声と拍手に、アタシは得意げに振り返る。
称賛の声の持ち主はもちろん、アタシの補佐官バルギウス。
「ふふーん、どう? アタシだってちゃーんと考えているんだからね。だって、人間と余計なトラブルなんて起こしたくないじゃん?」
「おおっ、それは素晴らしい。余計なトラブルしか起きなそうな恋愛をしている方とは思えませんね」
「う、うるさいなぁ!」
キッと睨むアタシ。
だけど、バルギウスはそんな視線なんか気にする素振りもない。
いつも通り、クールな表情でメガネをクイッと。
くうぅ!
悔しいから正座させて、地面にキスするくらい頭を下げさせてやろうかしら……。
「ところで、本日の勇者情報ですが……」
ぴょ~ん!
とアタシは飛び上がると、玉座の上に正座待機。
「おや、アイラ様? 私を地面とキスさせるのでは?」
「何言ってるの? そーんなことするワケないでしょ。アナタの心の読み間違いじゃないの?」
「記憶を失う魔法に〈忘却〉というものがありますが、アイラ様はそれをかけられたのでしょうか……」
「いいからいいから! そんなことより、早く勇者情報をちょうだいっ! ほらっ、ほらっ!」
「ふぅ、仕方がありませんね……。現在、勇者は故郷の村の北にあるノーデンシュタットという街にいるそうです」
「北の街?」
えーと……。
確か、勇者の村から延々と山道を下った先にある大きな街よね?
「そこで何してるの?」
首を傾げるアタシに、バルギウスは言葉を続ける。
「どうやら、子猫を探すクエストに時間を取られていたようです」
「子猫!!! そっかぁ……わかった、報告ありがと!」
ここのところ逢いに来てくれないなぁ~と思ってたけど、そんなワケがあったのね!
もー、勇者ったら仕方ないなぁ。
アタシが、その子猫探しを手伝ってあげるわ!
そしたら……、
「魔王ちゃん、君のおかげで無事に子猫を見つけることができたよ! 愛してる! 結婚しよう!」
――な~んて言われちゃったりして~~~~!!!
うふ、うふふふ♡♡♡
勇者たん、今、逢いに行くからねー!!!
アタシは玉座から飛び降りると、部屋の窓に目を向けた。
「アイラ・ウイーング!!!」
その言葉に合わせて、背中にバサッと大きな翼が現れる。
悪魔羽とも呼ばれるそれを広げると、アタシはふわりと宙に浮いた。
「開けー、窓!」
アタシの言葉を受けて開く窓。
外は快晴、絶好のお出かけ日和!
「それじゃ行ってくる――」
「あ、お待ちください」
「きゃんっ!?」
飛ぼうとした瞬間、アタシは足を引っ張られてべチャっと地面に落ちた。
いったーーーい!!!
顔面、めっちゃぶつけたんですけどー!!!
「ちょっと何すんのよ!! アタシが地面にキスしちゃったじゃない!」
もー、ちょー痛かったんだからね!
涙、出てきちゃったからね!
顔をさすりながら、アタシはバルギウスを睨んだ。
だけど、目の前の魔神は通常運転。
顔色一つ変えてくれない。
「いえ、子猫はもう見つかったので、あとは飼い主に返すだけとのことですよ」
「え? あ、そーなの?」
なんだ、じゃあ、お手伝いはできないじゃん~。
子猫は勇者の腕の中、か……。
…………って、んはっ!?
ちょっと待ってちょっと待って!
子猫を抱いた勇者たんって……。
はわ~、はわわわ~!!
それ、最高すぎてヤバくない!?
尊みが深すぎない!?
もー、そんなの見に行くしかないでしょ!
生で見るしかないでしょ!!!
「――というわけで、行ってくる!」
アタシは再び宙に浮かぶ。
目標は北の街!
待っててね、勇者た――。
「お待ちくださいって」
「みぎゃっ!?」
その瞬間、また足を引っ張られて顔面を強打。
痛いってー!!
アタシは地面とキスする趣味なんてないのにーぃ!
「アイラ様、新しい遊びを開発したのですか? ですが、そうやって地面を這いつくばるのは虫けらみたいですので、お止めになった方が良いかと」
「だ、誰のせいだとと思ってるのよ!!」
アタシの飛び起きながらの猛抗議に、バルギウスは恭しく頭を下げた。
「ああ、これは申し訳ありません羽虫様。私が至らぬばかりに」
「アナタ……絶対、悪いと思ってないでしょ」
口元の薄い笑みを崩さない彼。
その腹の内は、はかり知る事が出来ない。
っていうか、知らない方が幸せな気がする……。
アタシは思わずため息をついた。
「で、何よ? アタシは早く勇者たんに逢いに行きたいんだけどー」
「アイラ様はそのお姿で向かうおつもりですか?」
「え? アタシの格好?」
その場でくるんと一回転してみる。
ふわりと揺れる赤いツインテールの髪。
その髪を掻き分け、天に向かって伸びる二本角。
身に纏うは黒を基調としたミニスカドレス、その名も『闇夜の衣』。
そして、極めつけは背中に見える立派な悪魔羽!
「どこから見ても、サイコーに魔王ちゃんじゃない」
「だからですよ」
胸を張るアタシに、バルギウスはため息をつく。
え、ちょっと待って。
マジ、意味わかんない。
「いいですか、アイラ様。我々魔族と人間は支配関係、言い方を変えれば敵対関係にあるわけです。その状況で魔王が人間の街に現れたらどうなります?」
「えっと……大パニック?」
「その通りです」
う……!
余計なトラブルは起こしたくないって言ったアタシがトラブルの元とか……そんなのシャレになってないじゃん!
うう~、仕方ない……勇者に逢いに行くのは諦めるしかないかぁ……。
くぅう、くぅううう!
「アイラ様、どうしたんですか? そんな、トイレを我慢してるみたいな顔をして」
「話しかけないで! アタシは今、自分の欲望と戦ってるの! ううっ……もう、辛くて悲しくて、全身から血の涙が噴き出しちゃいそう」
「それはもはや、涙ではありませんね」
くっ、このっ!
アタシがこんなに辛いのに、バルギウスはいつものように冷静で。
ちょっとはこっちの気持ちを考えなさいよ、もうっ!
って恨みを込めた目で睨んでたら……。
「……やれやれ、仕方ありませんね」
そう言って、ため息と共に何かを手渡してきた。
「んー? これは?」
「それは “変身の指輪” という高価な魔道具です」
「え!? それって……!」
「はい。これで人間の姿に変身すれば、街も混乱することはないでしょう」
「あ……ありがとう、バルえもん!!」
「誰がバルえもんですか。いいですか、私は用事があって同行できませんが、くれぐれも問題などは起こさぬよう」
「わかってるわかってるー! ちょっと遠目から見るだけだってー! じゃ、行ってくるね!!」
アタシは翼をはためかせると、玉座の間の窓を抜けて今度こそ空へ!
目の前に広がるのは透き通るような青空と、白い絵の具を薄く伸ばしたような長い雲。
遮るものが何もない太陽は高く強く輝いて、アタシはその眩しさに思わず目を細めた。
抑えることができない感情は笑顔に、そして笑い声になって無限の空に響いてく。
遠くに霞んで見えるのは、アタシが目指すべき街!
「待っててね、勇者たん! 今、逢いに行くからねっ!!!」
~その後の近隣の村人とバルギウス~
「お、オラ、見ただよ! 空をすんごい勢いで飛ぶ赤い物体を! 鳥? バカ言っちゃいけねぇ、見間違うワケなかっぺよ! 笑い声みたいな音を立てて飛ぶソレ、ああいうのを未確認飛行物体っていうんだべ? オラ、怖くなって布団の中で振るえてただ!」
「……そうですか、貴重なお話をありがとうございます。――〈忘却〉」
「あへー?」
「ふぅ、やれやれ。目撃者はこれで最後でしょうか。アイラ様の後始末も楽じゃありませんね」
最後までお読み頂きまして、ありがとうございます!
「面白い」
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「更新が楽しみ」
「アイラ可愛い!」
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