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第2話『魔王ちゃんと少女漫画』

 アタシはアイラ・ヴ・ジャグニナス!

【黒炎帝】の二つ名を持つ大魔王ジャグニナスの孫にして、人間界を支配する魔王。

血濡れの姫(ブラッディプリンセス)】のアイラとはアタシのことよ!


 でも、そんなアタシにも悩みがあるの。

 それは勇者ユウの存在。

 ことあるごとに、この魔王城に乗り込んできて……。

 おじい様の呪いで死んでも蘇る彼は、何度倒しても諦めることを知らなくて……。


 ああぁ、もーーーーっ!!!!


 なのに、なんで最近は逢いに来てくれないのっ!!!!!


『――良いことじゃないですか』


 心の中に響く声はアタシの補佐官、魔神将(アークデーモン)のバルギウス。

 片手に持った本に目を落とす姿は、まさにインテリメガネといったところ。


 そんな彼を、アタシはキッと睨みつける。


「そーやって人の心を勝手に読んで、テレパシーでツッコミを入れるのは止めてって言ってるでしょー!」

「申し訳ありません、アイラ様。まるでダダっ子のようでしたので」

「ダダっ子じゃないもん! ダダっ子じゃないもん! 勇者に逢いたいんだもん!!」

「ダダっ子じゃないですか……」


 バルギウスは「ふう……」とため息をつく。


「いいですかアイラ様。勇者が来ないということは、我々魔族が平和に過ごせるということなのですよ?」

「それは……そーなんだけど……」

「じゃあ、いいじゃないですか」

「やだもん! やだもん! 勇者が来ないとつまんないんだもん! バカー!」

「ダダっ子、ここに極まれりですね……」


 やれやれと言った様子のバルギウス。


 う~。

 だって、仕方ないじゃない。

 好きな人には早く逢いたいじゃない!

 1分1秒だって側にいたいじゃない!


 少し童顔な勇者たん。

 彼のことを思い出すだけで、心の中が温かくなって……。

 嬉しくなって……。

 顔がニヤけて来ちゃって……。


 えへへ、しゅきぃ~~~~♡

 勇者たん、しゅきぃ~~~~♡


 なーんて、こんな気持ち誰にも知られるわけにはいかないんだけどね。


「アイラ様……」

「ああ、そーだったわね! アナタは心が読めるんだったわね! アタシのプライバシー返して!!」


 うう……ちょっと泣きたくなってきた。


 アタシがこんな気持ちになっているというのに、目の前の毒舌魔神は手にした本に目を落としたまま。

 こっちを見ようともしない。

 その姿に、思わず怒りが込み上げる。


「ちょっと! 人と話してる最中に、ずっと何読んでるのよっ!!」

「……おや、気になりますか?」


 彼は手にした本をパタンと閉じると、この日初めてアタシに顔を向けた。


「これは漫画というものです。人間たちの創作品ですね」

「……まんが?」

「はい、これがなかなか面白くて。これが読めるだけでも人間どもを生かしておいた価値があったというものです」

「ふぅん……」

「アイラ様も読んでみてはいかがですか?」


 クールな笑みで勧めてくる彼。

 だけど、アタシは首を横に振った。


「アタシはいいわ。そーいうの興味ないし〜」


 そして、親指をビシッと立てて決めポーズ。


「アタシ、文字は読まない主義だから☆」

「なんておバカな言葉をドヤ顔で……。まあ、そう言わず。あちらに沢山用意してありますから」


 バルギウスが指し示す先。

 玉座の間の一角。

 そこには漫画とやらが山のように積みあがっている。


「……アナタはここを何だと思ってるの」

「まあまあ。色々なジャンルがありますから、アイラ様のお好きなものをお選びください」

「むぅ~……」


 押し切られたアタシは、仕方なく一冊の本を手に取った。

 表紙には、大きな瞳をキラキラさせた笑顔の女の子が描かれている。


「さすがアイラ様。それは“少女漫画”といわれるジャンルの本ですね」

「べ、別に、なんとなく手に取っただけなんだから! つまんなかったら秒で戻すんだからね!!」



* * *



「いっけなーい、遅刻遅刻!」


 爽やかな朝の通学路を、トーストを口にくわえて走る美少女が一人。

 あたしの名前は時芽(ときめ)きらり。

 今、学校に遅れそうで、とーっても慌ててるの!


 あたしとしたことが、今朝は寝坊しちゃって……。

 もー、不覚不覚ぅ⭐︎

 え? いつものことだろって?

 もー、それは言わない約束でしょ!


 自慢じゃないけど、あたしの足は早い。

 学校でも1、2を争うくらいなのだ。

 部活はもちろん陸上部に入ってます。


「そーいえば、今日は転校生が来るって先生が言ってたっけ」


 運動が好きな子だったら、陸上部にスカウトしちゃうぞー!


 なーんてことを思いながら全力で曲がり角を曲がったら……。


「わっ!?」

「なっ!?」


 ドッシーン!

 と、あたしは何かにぶつかって転んじゃったの。


「いたたた……。もー、何よ……」


 鼻を押さえながら体を起こしたあたしは、一瞬にして言葉を失った。


 目の前で倒れてる少年、歳はあたしと同じくらい。

 風に揺れるサラサラの髪と形の良い大きな瞳は超好みのタイプ!

 王子様系って、こういう人のことを言うのかな。

 でも、この辺じゃ見かけない顔だけど……。


 ――って、そんなことより!


「大丈夫?」


 あたしは飛び起きると、彼に手を差し出した。

 ゆっくりと伸びてくる彼の手。

 その指は細くて綺麗で……。

 思わず胸がトゥンク♡ って音を立てた気がしたの。


 彼の手がもうすぐ触れる……。

 そう思った瞬間――。


 ――パン!


 あたしの手は払いのけられていた。


「大丈夫じゃねーよ!」 いきなりタックルしてきやがって!」


 形の良い目が、あたしを睨む。


「お前のぶちかまし、トラックにはねられたのかと思ったぜ! だいたい、物を食べながら走るなって習わなかったのかよ! しかも、トーストに納豆乗せって……制服がベタベタじゃねーか!」


 口から飛び出す文句の数々。

 それはまるでマシンガンみたい。

 最初は黙って聞いてたあたしだったけど……。


 もー、我慢の限界!

 こめかみピキピキ☆

 温厚なあたしだって、怒るときは怒るのだ!


「ちょっと! ぶつかってきたのは、あたしじゃなくてそっちでしょ!」

「はぁ? 何言ってんだ!」

「それに、納豆はとーっても栄養があるんだから!」

「そういう問題じゃねえだろっ!」


 睨み合うあたしたち。

 そのとき聞こえてきた音は……。


 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪


「あーっ、こんなことしてる場合じゃなかった! 学校に遅れちゃうよぅ!」


 慌てて走り出すあたし。

 その後ろを彼が追いかけてくる。


「な、何よ! ついてこないで!」

「ついてってるわけじゃねーよ! 俺も今日からこっちなんだよ!」

「今日から……? って、もしかして、あなた転校生!?」

「だったらなんだよ、納豆女!」

「へ、変な呼び方しないでよっ!」


 何よこいつ!

 すっっっごく嫌なやつ!

 ちょっと顔がいいからって、調子に乗らないでよね!

 あたしのトゥンク♡を返してよ!


 このトキメキ泥棒ーーーー!!!



* * *



 ――ぱたん。

 アタシは本を閉じると、玉座にゆっくりと腰掛けた。


「ちょっと……何よこれ……」


 額に手を当てると、口から自然と深いため息が漏れた。


「こんなモノをアタシに読ませて、何を考えてるの……!」


 心の奥底から、ふつふつと湧き上がる感情。

 気が付けば、体は小刻みに震えてる。

 

 アタシはバルギウスを睨みつけると、思い切り叫んだ。


「こんなの、ハマるしかないじゃなーーーーい!!!!」


 ねぇ、ちょっと待って! ちょっと待って!

 きらりちゃん、めっちゃ可愛いんですけどっっ!!

 てか、可愛すぎてヤバイんだけどっっ!

 気持ち、すっごく共感しちゃう!

 納豆トースト、めっちゃ笑う~~~!!!


「バルギウス! アタシ、漫画なめてた! 漫画ってすごい!」

「ふふ、アイラ様もお気に召したようで」


 そう言って、バルギウスは嬉しそうに微笑む。


 漫画――。

 この中にはたくさんの世界が広がってて、主人公たちと一緒に笑ったり泣いたり……。

 様々な感情を共有できる。

 なんて素敵な創作物なの!

 これ作った人、マジ魔神なんだけどっ!


 このあと、きらりちゃんはどうなるんだろ?

 恋に落ちちゃうのかなっ?

 彼女にとっての王子様は転校生の彼だけど……。

 アタシにとっての王子様は絶対勇者たん!


 角を曲がったらぶつかっちゃうって、運命感じちゃう的な?

 もー、ロマンティック全開じゃーん!

 くうぅ~!

 いいな、いいな、いいなーっ!


「アタシもやりたーーーーい!!!」


 思わず叫んじゃったアタシに、バルギウスがポンと手を叩いた。


「それは良かった! ほら、アイラ様。ちょうど勇者の来襲(らいしゅう)があったようですよ」


 差し出された遠見の水晶球。

 そこに映る人は、間違いなく愛しの勇者たん!

 彼は、この城の通路を真剣な顔で走ってる。


 長い通路を抜け――。

 大きな扉を開け――。

 階段を駆け上がって……。


「――って、ちょっと待って! 勇者、もう、すぐ近くじゃん!」

「そうですよ」


 バルギウスは当たり前のように言うと、スッと前方を指差した。


「まもなく勇者は、開け放しにしておいたあの扉から姿を現すはずです。そこでアイラ様は漫画の通りに実践すればいいのです」


「簡単でしょう?」と、メガネの奥の目を細めて笑う彼。


「や、や、や、ちょ、ちょっと待って! アタシまだ、セリフとか覚えてないっ!」

「大丈夫です。私がメモを取っておきました。アイラ様はこれを読み上げてください」


 そう言って、メモをアタシに手渡す。

 (いた)れり()くせりって、まさにこのことなの!?


 勇者の足音はどんどん大きくなってる。

 あと数秒後には扉から姿を現すと思う。


「で、で、で、でも、まだ心の準備が……!」

「そんな暇はありません。ほら、いつもの仮面をかぶって、この小道具も持って……今です、行ってください!」

「え? え? え? ちょ、ま!」


 背中を押されて走り出すアタシ。


 あー、もうすぐ勇者と出逢っちゃう!

 アタシ、あの漫画みたいにできるのかな……?

 きらりちゃんみたいになれるのかな……?

 

 ――ううん、違う!

 なれるのかなじゃない!

 もう、なるしかないっ!


 覚悟を決めたアタシの前に勇者が姿を現した。


 サラサラとなびく黒い髪。

 幼く見えるけど、意志の強そうな瞳。

 程よく鍛えられた、しなやかな体。

 ああ、気絶しそうなくらいにアタシの心臓は脈を打っているっ!


 ――でもっ!

 この想い、セリフに乗せて勇者に届けるから!!

 だから見てて、きらりちゃん!!!


 アタシは大きく息を吸い込むと、手の中のメモを読み上げた。


(タマ)取ったらぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」

「ぐわあああああああ!?!?!?」


『アイラ様は短刀(ドス)を繰り出した! 痛恨の一撃! 勇者に9999のダメージ! 勇者は死んでしまった!』


 頭に響くバルギウスの実況テレパシー。


「な……なにこれぇぇぇぇ!?!?!?!?」


 それをかき消すアタシの叫びが、辺りに響き渡った……。




~その後のアイラ&バルギウス~


「ちょっと! アナタは何の漫画を読んでたのよ?」

「ふふ……私は『仁義なき魔物たち』です」

「な!? ちょ、それって……!」

「はい、いわゆるヤクザものですね」

「は……(はか)ったなぁー!」

「ふふふ、ふふふふ」



 最後までお読み頂きまして、ありがとうございます!


「面白い」

「続きが読みたい」

「更新が楽しみ」

「アイラ可愛い!」


 など、少しでも思って頂けましたら、

 ブックマークや、下にある☆☆☆☆☆から作品の応援を頂けたら嬉しいです。


 これからもどうぞよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] 投稿お疲れ様です パン咥えてぶつかるって再現はあれど、 キッカケになる漫画って今浮かばないですよね 漫画で参考になる距離の詰めかたあるといいですね
[一言] >これが読めるだけでも人間どもを生かしておいた価値があったというものです 漫画、なにげに人類を救っている件……
[一言] 有能そうな側近が上司おちょくって好き放題するの好きです。
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