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第16話『魔王ちゃんと妖刀ザラキエル その1』

 それは、勇者ユウがゴブリン討伐依頼(クエスト)を達成した帰り道のことだった。

 野生化したゴブリンを倒したユウは、森の奥深くで一人の少女と出会った。


 崩れた(ほこら)の前で泣き続ける幼い少女。

 この辺りでは見かけない服装だ。

 迷子だろうか?

 ここはゴブリンと戦った場所からそう離れてはいない。

 血の匂いにつられ、他の魔物や獣が現れる可能性がある。


 ――いや。

 仮に安全だったとしても、まだ年端も行かない少女をこんなところに残しておくわけにはいかない!


「立てる?」


 怖がらせないよう、できるだけの笑顔で手を差し伸べる。

 少女はコクンとうなずくと、勇者の手を取った。


「僕はユウ。君の名前は?」

「……ザラキエル」


 その瞬間、少女の顔が邪悪に笑った――。




* * *




 ここは雄大にして壮大なる魔王城。

 その玉座の間では、アタシの盛大なため息が響き渡っていた。


 数日前の鑑定の片眼鏡モノクル・オブ・アナライズで、勇者たんがフリーだということはわかった。

 でもそれって、言い換えればアタシもシロガネ先輩も同じラインってことじゃん?


 先輩は勇者が好き。

 アタシも勇者が大好き。


 あーもー!

 よりによって親友が同じ人を好きになっちゃうなんてー!

 恋愛系ストーリーではあるあるだけど、リアルだとこんなに困るものだったとは!!

 マンガの主人公たち、今まで楽しんじゃっててゴメンね。

 アナタたち、マジリスペクト!


 ぐぬぬーと唸るアタシに(かたわ)らのバルギウスが口を開く。


「アイラ様、一人にらめっこですか? 流石です、その変顔はとてもレベルが高い。くすくす」

「うるさーい! そんな寂しい遊びをしてるわけじゃなーい!」


 ほんと、どっちを選べばいいんだろ。

 勇者のことも先輩のことも大好きだしー。

 ……ってか、そもそも恋愛と友情って比べるの無理くない!?


 つらたんつらたん!

 マジつらたん!!

 アタシは、玉座の周りを(うつむ)いたり頭を抱えたりしながらウロウロ。


「おや、今度は動物園のゴリラごっこですか? フフフ、アイラ様は私を楽しませるのが本当にお上手ですね」

「むきーっ! アナタはアタシを怒らせるのがお上手よねっ!!」


 先輩を意識する必要なんてない。

 アタシがすべきことは、少しでも魅力的になるよう自分を磨き高めること。

 そう言い聞かせたりもした。


「自分磨きですか。具体的に何かされたのですか?」

「新必殺技を開発しました!」

「それはまた脳筋な磨き方を……」


 でも、不安は尽きない。

 勇者の心の中には、憧れの人の存在だってあるわけだしー。

 あー、モヤモヤがモヤモヤして最強にモヤモヤし過ぎちゃて!

 もーヤダー!


 だから……。


「気が晴れるような楽しいお話してっ!」

「それ、言われて一番困ることじゃありませんか……」


 バルギウスは短く息を吐くと、

「仕方がありませんね……」

 と言わんばかりにアゴに手を当てて考えるそぶりを見せる。


 しばしの後、その手がポン! と鳴った。


「アイラ様は “妖刀ザラキエルの伝説” はご存じですか?」

「ふおぉっ、なにそのワクワクしそうな響き!!」


 前のめりになるアタシに、バルギウスは言葉を続ける。


「妖刀ザラキエルは、異世界から転移してきたという刀鍛冶師たちが作り上げた魔剣です。彼らは、元の世界ではキリの一族と呼ばれていたそうです」

「霧の一族!!!」


 なにそれヤバイ!

 めっちゃカッコイイ響きじゃーん!!

 霧の一族って、シロガネ先輩の国に伝わる忍者みたいな感じかなー?


 霧の中から現れて、霧と共に去ってゆく、霧隠れの忍者集団。

 人知れず世直しを行う正義の一族! ってね!

 きっとクールなイケメンなんだろなー。


「その当主の名は、呪い鍛冶師の人田(ひとだ) 斬衛門(きりえもん)

「はい、極悪人決定ーっ!!!」


 キリってそっちの “斬り” かー!

 アタシの中のイケメン像が音を立てて崩れ落ちた。


「斬衛門の怨念が込められた刀は自らの意思を持ち、少女の姿に化けて人を惑わすそうです。取り憑かれた者は性格が豹変し、ゆくゆくは魂を喰われて殺戮マシーンと化すみたいですね」

「ぶ、物騒なお話ね」

「そのため、森の奥深くの(ほこら)に封印されております。ですが、祠も老朽化もしているので、そろそろ再封印しなければならないのですが」


 ね、ねえっ!

 それって、かなりヤバくない?

 もし、封印が解けて勇者が手にしちゃったら……。


 アタシはごくりとツバを呑む。


 勇者が、ワイルドで強引な俺様勇者になっちゃうー!?!?!?

 んぁあ!!!

 そそそ、それはちょっと見てみたいかも!!!


 えっと、突然入ってきた俺様勇者に、壁ドンからのアゴクイされて……。


「お前、俺の女になれ」

「え……ちょっと待ってよぅ……。バルギウスもいるのに、恥ずかしいよぅ……」

「気にするな。俺が顔を近付ければ、お前の瞳には俺しか映らないだろう?」


 とか言われちゃって、そして強引に……!!!


 なーんて、もーキャー♡

 俺様系の少女漫画あるあるだけどー、アタシには刺激的が過ぎるって!!

 でも、そんな勇者たんも悪くないぞ、あははー♡


 その瞬間――。


「――っ!?」


 幸せ妄想を吹き飛ばす強烈な悪寒。


「バルギウス!」

「アイラ様も感じましたか、この邪悪な魔力を。何者かがこの魔王城に乗り込んできたようですね」


 アタシは〈空間転移(アポート)〉の魔法で仮面を呼び出し装着する。

 気持ちが瞬時に魔王モードに切り替わる。


「迎え撃つわ!!」

「——ほう? 俺を出迎えてくれるって?」


 不意に響く声。

 振り返れば、玉座の間の入り口に人の姿があった。

 扉に背を預け、こちらを眺める者。

 それは……。


「勇者!?」


 そう、それは紛れもなく勇者だった。

 でも、いつもと雰囲気が違う。

 オールバックの髪型に鋭い目つき。

 少しだけ、はだけた胸元から(のぞ)く鎖骨のセクシーアピール。

 口角を上げてクールに笑う彼、その口から発せられる言葉は……。


「そうだ。お前は俺のことだけ考えてればいい」


 俺様勇者キターーーーーーッッッ!!!!!


 気持ちが瞬時に恋愛モードに切り替わる。


 勇者は無造作に髪をかきあげると、流し目で親指をそっと唇に当てた。

 その姿はまるでイケメンのカリスマモデルみたい!

 行動に何の意味があるのかわからないけれど、とにかくカッコイイ!!!!


「アイラ様……勇者の右手をご覧ください」


 バルギウスの言葉にアタシは目線を落とした。

 その手には、漆黒の短刀が握られている。


「あれが妖刀ザラキエルです。どうやら勇者は支配されているようですね」

「え、それってちょっとヤバいんじゃないの!?」


 はぁう。

 これは、イメチェンを楽しんでる場合じゃないーっ!

 このままだと勇者が殺戮マシーンになっちゃう!


 焦るアタシたちを見据え、勇者は喉を鳴らして笑った。


「魔王、お前の部下たちは物分かりがいいな。誰も俺を止めようとしなかったぞ」


 違う。

 それは止めなかったんじゃない、きっと止められなかったんだ。

 だって、妖刀からは禍々しい瘴気(しょうき)が溢れ出ているから。

 ほとんどの者がその瘴気に当てられて、まともに動くことすらできなかったんだと思う。


 もちろん、魔王(デーモンロード)のアタシや、魔神将(アークデーモン)のバルギウスにはこんなプレッシャーは効かないけどね。


「バルギウスは手を出さないで!」


 アタシはずいっと一歩進み出る。


「よろしいのですか?」

「勇者はあんな手土産を持って逢いに来てくれたのよ? なら、アタシがおもてなしをしないと失礼じゃない」

「ハッ! さすが魔王、(いさぎよ)いな! お前のそういうとこ、好きだぜ!」


 勇者は笑うと妖刀を構える。

 アタシも片方の拳を突き出すと、腰を落として低く構えた。

 ピンと張り詰める空気。

 場を支配する緊張感。

 仮面の下の顔が、思わず “にへら” と緩んだ。


 ちょっと待ってちょっと待って!!!

 アタシ、今、好きって言われちゃったー!?!?!?


 わかってる!

 あれは妖刀に言わされたことで、勇者の意思じゃないことくらいわかってる。

 魔王ちゃん、アンダースタンド。


 でもさでもさでもさ!

 あの顔で言われちゃうと、破壊力ヤバくなーい?

 もー、マジでアガりまくりなんだけどー!!!

 笑顔(ニヨニヨ)が止まらなーい♡

 あー仮面してて良かったー!


 仮面の上から頬に手を当て幸せに浸るアタシ。

 その前で小刀だったザラキエルの刃が長く伸びた。

 刀身に一筋の線が走り、割れて大きな眼が現れる。

 それは、アタシを値踏みするようにギョロリと睨んだ。


「さあ、いくぜぇ!!」


 勇者が異形の大太刀を振りかぶる。

 刹那、床を強く蹴った。

 一気に懐に入り込むそのスピードは、人間のそれを遥かに超えている。


「お前を斬る! 斬り刻む!!」


 どうやらザラキエルは所有者の能力も底上げするみたいね。

 冷静に分析しながら、アタシは軽く身を(ひね)った。

 空を斬る刃は、甲高い音を立てて床を深く切り裂いてゆく。


 ……まぁ、この程度なら何の問題もないか。


 アタシはくるりと勇者に背を向けた。

 赤いツインテールが弧を描いて舞い上がる。


「さぁ、つかまえてごらんなさい」

「こ、このっ!」

「うふふ、うふふふふー」


 勇者の手をするりとかわし、襲い来る刀をすっと避ける。

 イメージは、青い海をバックに砂浜を走るカップルの追いかけっこ。

 女の子なら一度は憧れるシチュエーションじゃん?


 ただ、問題は……。


「このクソザコ、ヘラヘラ逃げんじゃねぇ! 引きずり倒してドタマかち割って脳髄(のうずい)ぶちまけたんぞ、ビチグソがァッ!!!」

 

 この彼氏、引くほどに言葉が悪い。

 製作者の人田 斬衛門は、よっぽど性格が悪かったんだろう。

 仕方がないので、耳を塞いで逃げることにした。


 逃げるアタシを追いかける勇者。

 ここが砂浜じゃないのは残念だけど、そこは得意の妄想力で補完すれば……。

 ほら、幸せシチュエーション!

 よき!!

 めっちゃよきー!!

 あはは、ちょー楽しいー!!!


 あはははは……。

 

 ふと、アタシは足を止めた。

 ゆっくり勇者を振り返る。


「ようやく観念しやがったか! 死ねやぁ!!」


 脳天を目掛けて振り下ろされる刀。

 ふぅ……と、アタシはため息をついた。


「やっぱ楽しくないっ!」


 迫る刃を裏拳で弾き飛ばす。

 ギイン!

 という音が辺りに響き渡った。


「な!? バカな!! 俺の渾身の一撃だぞ!?」

「んー? 確かに攻撃力は凄いんだろうけど~、なんかこう勇者味を感じないのよね。剣に込められた重みがないっていうか~」

「ワケのわからんことを!!!」


 勇者は頭を振って叫ぶ。

 ザラキエルがどんなに凄い魔剣でも、そこに勇者の心がなければそれはただの刀でしかない。

 斬衛門の怨念より、勇者の愛の方が深いってことね!


 バルギウスがメガネをくいっと上げる。


「ザラキエルの最大魔導力は10万です。18万のアイラ様に敵うはずもありません」


 10万か~。

 英雄と呼ばれる人たちと同じレベルの強さなのね。

 まぁ、アタシの強さには届かないけど。


「なお、鑑定の片眼鏡モノクル・オブ・アナライズは改良して私の眼鏡に組み込んでみました。ゆくゆくはコンタクトレンズ化も考えております」

「技術の進歩が、ヤバヤバっ!」


 アタシは一歩前に進み出た。


「さぁザラキエル、これでわかったでしょ? いい加減、勇者から離れなさい。今なら、俺様勇者を見せてくれたことに免じて許してあげるから」

「……うるせぇ」


 ギリッと歯噛みする音が響く。

 燃えるような恨みの目でアタシを睨んでくる。


「んー? なにその反抗的な態度。ないわー、人がせっかく見逃してあげるって言ってんのに」

「うるせぇ、うるせぇ、ウるセェ、ウルセェッッッ!!!!!」


 勇者は天に向かって叫んだ。


「俺ニ、指図スルンジャネェ!!!!!!」


 刀身(ザラキエル)の眼が大きく見開かれた。

 それと同時に柄から木の根のような触手が伸びて、勇者の腕に突き刺さって絡みつく。


 更なる形態変化!?

 (いびつ)に巨大化する刀。

 その長さはアタシの身長と同じくらい。

 今や、勇者の右腕すべてが異形の大太刀と化していた。


「斬ル斬ルKILLキルキルルルル……!!!!」


 くっ!?

 溢れ出る邪悪な瘴気(しょうき)はさっきの比じゃない。

 このアタシが押しつぶされそうな重圧を感じているんだから!


「アイラ様! ザラキエルの魔導力が70万に上昇しました!!」


 な!?

 バルギウス超え!?

 ちょっとインフレ、ヤバすぎない?


 勇者はザラキエルを天にかざした。

 その精神は完全に飲まれてしまったみたい。

 瞳から光が消え失せていた。


「キルキルキル……」


 意味不明な言葉を発する口が邪悪に歪む。

 ゆっくりと刀を振り上げると、

 スッ――。

 と、静かに振り下ろした。

 それは、目の前の埃を払うような何気ない動作だった。


 ――っ!!


 だけど、アタシは嫌な予感を覚えて咄嗟に身をひるがえした。

 その瞬間、衝撃波が空間を裂いて抜けてゆく。

 見えない斬撃は背後の玉座を、そしてその後ろの壁を粉々に斬り刻んだ。


「……避けたと思ったんだけどな」


 アタシの仮面に走る一筋の線。

 仮面は二つに割れ、床に落ちて乾いた音を響かせた。

 頬に痛みを感じて手を当てる。

 そこには赤い血が流れていた。


「ちょっとー! 女の子の顔を傷つけるなんて何考えてるのよ!」


 魔王であるアタシには超再生の力がある。

 そのため、傷もダメージも即座に回復する。

 でもね、痛いものは痛いんだ!!


 アタシは勇者――ザラキエルを強い目線で睨む。

 玉座の間は、かつてないほどの緊迫感に支配されていた。




 ~その後のアイラ&ザラキエル&バルギウス~


「キルキル、キルルルッ!」

「なっ! それはちょっと言いすぎじゃない! アタシ、そんなことしないもん!」

「キルル、キルルルルゥ!」

「ひどーい! そんな言葉、口にしていいと思ってんの!? アタシの勇者を汚さないでよ!」

「キッキッキッ、キルキルキーッ!」

「むっきー! ちょっとバルギウス! 黙ってないでアナタも何か言ってやってよ!」

「いえ……というか、なんで会話が成立しているのですか」



 最後までお読み頂きまして、ありがとうございます!


「面白い」

「続きが読みたい」

「更新が楽しみ」

「アイラ可愛い!」


 と、少しでも思って頂けましたら、

 ブックマークや、下にある☆☆☆☆☆から作品の応援を頂けたら嬉しいです。


 これからもどうぞよろしくお願いします!

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